一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

北沢方邦の伊豆高原日記【48】

2008-11-06 00:23:07 | 伊豆高原日記

北沢方邦の伊豆高原日記【48】
Kitazawa, Masakuni

 前夜、木枯らしとまではいかないが、かなりの風が吹き、庭の落葉の散乱が、晩秋の弱い陽射しを浴びている。散りかけたカキの葉の赤みがかった鮮やかな黄色の上方に、まだ青みを残すクヌギの枝越しに、碧玉の海がひろがり、梢ではモズが誇らかに高鳴きする。

アメリカ大統領選挙 

 民主党のバラク・オバマ上院議員が大統領選挙に勝利を収め、次期大統領に確定した。世論調査で10ポイント近くリードしていたが、それを上回る圧勝といえよう。おそらく後世の歴史家はこれが、アメリカのみならず、世界にひとつの転機をもたらした歴史的な選挙であったと指摘するだろう。事実共和党大統領候補のジョン・マケイン上院議員の「敗北宣言」――実にみごとで感動的なものであった――も、この選挙の歴史的意義をたたえ、そこに参加できたことを誇りに思う、というものであった。 

 たんにオバマ氏が黒人であるというだけではない。事実長期にわたる予備選挙の前半では、ジェッシ・ジャクスンやアル・シャープトンといった民主党の黒人指導者だけではなく、一般の黒人たちにもオバマ支持者は少なく、大多数はヒラリー・クリントン上院議員を支持していた。投票日前日に亡くなった母方の祖母――幼少期のオバマ氏を育てた――は純粋白人であったし、黒人の父はケニヤからの移民であって、アメリカ黒人たちのように奴隷の子孫ではなかったからである。 

 この選挙が歴史的であったのは、まさにアメリカが主導してきた政治的・経済的グローバリズムの崩壊を目の当たりにするという、世界的な危機状況のさなかの戦いであったからである。 

 9・11につづくアフガニスタンとイラクでの戦争は、「テロとの戦い」に勝利するどころか、むしろ敗北とさえいえる泥沼化をもたらし、レーガン政権以来の新保守主義イデオロギー、いいかえれば政治的グローバリズムによる世界制覇を崩壊に追い込んだ。いまわずかに、現地米軍が採用した「アンバール・アウェイクニング(覚醒)」とよばれる方策――アルカイダの暴虐に憤慨するイラク・アンバール県のスンニー派武装勢力を、過去の敵対を問わず味方にし、アルカイダ武装勢力に対して合同で戦うという方策――が成功を収め、その教訓にもとづき、アフガンのタリバーン穏健派を取りこむ試みが、残された唯一の希望となっているだけである(イラクの治安改善は、米軍の増派というよりもこの方策によるところが大きい)。 

 他方、ウォール街に端を発した世界的な金融恐慌と、実体経済に急速に波及しはじめている経済危機である。 

 新保守主義と両輪をなしていた新自由主義経済イデオロギーは、すでにたびたび述べたように、多国籍大金融機関や大企業のために各国のあらゆる分野で規制緩和を推し進め、市場万能と完全な自由貿易の名のもとに、それらの世界制覇を計ってきた。だが経済グローバリズムに内在する多くの矛盾は、ついにその破綻を招き、もはや新自由主義は理論としても実践としても破産したといっていい。 

 オバマ氏が唱えてきた「変革(チェンジ)」は、出発当初はかなりあいまいでエモーショナルにみえていたが、いまやこの世界的危機をもたらしたグローバリズムの根本的変革という、きわめて具体的なものと映じはじめたのだ。それが合衆国ではいまなお厚い人種の壁を越えて、ひとびとの心をつかむものとなった。 

 だが問題は今後である。経済では新自由主義を踏襲し、北米自由貿易協定(NAFTA)などを推進した民主党のクリントン政権の政策(ヒラリー・クリントンはNAFTAの見なおしを公約のひとつとした)に回帰することはできない。オバマ氏の大統領選挙での公約は経済にかぎっても、中産・下層階級への減税、きびしい環境政策や環境ビズネスの育成など、大きな転換を予測させるものがある。もし彼がすぐれたブレーンを結集し、経済にとどまらず、すべての領域で脱グローバリズムの政策的展望を示すことができたなら、それは世界そのものの「変革」をもたらすアリアドネーの糸となるだろう。