マキペディア(発行人・牧野紀之)

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未来工業

2011年01月13日 | マ行
 「上場企業では日本一休みが多い」と言われる岐阜県の電気設備資材メーカー「未来工業」(名証2部)。

定年は70歳、ノルマもないのに好業績。ユニークな取り組みでも知られ、売上高が約250億円の企業に、全国からの視察が絶えません。はやりの成果主義に背を向けた型破りな経営の原点には、創業者らが若き日に志した劇団運営の手法がありました。

 岐阜県大垣市の隣町にある本社の廊下は昼間でも薄暗い。「暗くても支障はない」と、普段は電灯を消しているからだ。「印刷代がもったいない」と食堂の食券もなくして自己申告に変えた。65年に創業した山田昭男相談役は「日本一の倹約経営者」と自称する。

 そんな未来工業は労働時間の短さでも知られる。年間休日は約140日。今度の年末年始には19連休を予定する。勤務時間は朝8時半から午後4時45分までで、昼休みは1時間。残業は原則的に禁止。残って仕事をしている社員には、山田さんが「早く帰れ。電気代を徴収するぞ」と声をかける。

 育児休業も昨年、社員の要望をふまえて2年から3年に延長した。それでも給与は岐阜県庁とほぼ同額。どれもこれも、社員のやる気を引き出すためだ。

 「給料を上げるのが一番だが、それには限度があるから労働時間を短縮する。社員の休みが多くてつぶれた企業はない」と山田さん。「働かなくてもその分ペナルティーを受ければいいんだろう、という言い訳を与えることになる」とノルマ制度も導入しない。給与は年功序列で、はやりの成果主義とは対極の路線を進む。

 そんな「楽」をしながらも、収益力は高い。

 2006年3月期の売上高は247億円で経常利益は32億9000万円。中小企業経営に詳しい坂本光司・静岡文化芸術大教授は「数々の新製品を生み出す開発力が抜群で、売上高に対する経常利益率は同業他社の倍以上」と分析する。松下電工などの大企業が「ライバル」と位置づけるほどという。

 有名なのは国内で8割以上のシェアを持つスイッチボックス。壁に付ける電灯などのスイッチの裏側に埋め込むため、上に壁板が張られると位置が分からなくなってしまう。そこで上下にアルミテープを張り、金属探知機で探し当てる仕組みを開発した。手のひらほどの箱に約10もの特許、実用新案が詰まっている。

 付加価値にこだわり、これまで発明した新商品は1万8000種類以上。大手問屋を通さず、工事業者と直接取引し、社員が業者との対話からアイデアを見つける。

 社内の各所には「常に考える。なぜ、なぜ、なぜ」という社是が掲げられている。社内の提案制度では、上司の悪口と給料への不満以外なら、提案さえすれば「参加賞」として500円、最高報酬は3万円。年間9000件もの提案が集まる。

未来工業の試み

●全員正社員:働く約800人はすべて正社員で、パートや派遣社員はゼロ。「机を並べて同じ仕事をして給料が違うのはおかしい」 
●社員旅行:行き先を伏せた「ミステリーツアー」や海外旅行を5年に1度、社員が企画し、全額会社負担で実施。2006年はグループ企業も含む社員1250人を豪州旅行に招待。
●ユニホーム手当:工場を含め、制服を廃止。年に1回、1万円の衣服代を支給。
●勤務管理:タイムレコーダーはなく、勤務中の私用電話が可能。菓子を食べてもいい。
●節電:蛍光灯には社員名を記した札がかかり、こまめに消すよう奨励されている。
●管理職の決定方法:上場した1991年、「上場企業にふさわしい組織に」と旧大蔵省から指摘され、課長を25人から65人に増員。社員名を書いた紙片 を扇風機の前に置き、飛んでいった社員を名義上の課長に引き上げた。

 ユニークな経営の原点は、演劇にある。未来工業は、山田さんや清水昭八会長ら「未来座」という劇団の仲間が1965年、「親のすねかじりを続けられない」と、劇団をやめて起業した。

 山田さんは「演劇は、演じる側が感動できなければ、お客も喜ばない。企業も同じ。社員が喜んで働くよう仕事をしやすい仕組みを整え、幕が開けば社員という役者に任せる。任せなければ役者は育たない」と話す。

 「現場を一番よく知る者が判断すればいい。無知な上司に相談するのは無駄」と、「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」も禁止するほど現場重視は徹底している。

 「高価格でもお客に納得してもらうことが大切」という考えも、演劇と商売に共通するという。安ければ売れるという先入観を捨て、価格競争と距離を保つ。

 そんな未来工業はメセナ(企業の文化の支援活動)でも知られる。1975年に「ミライコミュニティシアター」を設立、演劇やロシアのバレエ、中国の京劇などの公演を毎回、数千万円かけて企画し、地域の人をのべ数万人、無料で招待してきた。

 阪神大震災が起きた1995年には、得意先の債権を計約1億6000万円放棄し、電気工事業者には復旧資材を無償提供した。

 未来工業の会社案内にはこう書いてある。「演劇集団は、企業になった。企業は大所帯になったが人々をいつも感動させることを忘れない」。

 「経営改革の切り札」として成果主義を導入した多くの企業で、社員の士気低下につながった。一方、「ユートピア経営」と評される未来工業をそっくりまねて失敗した経営者もいる。ともに、制度を支える明確な思想が社員に浸透しなかったのだろう。やりすぎ、と思えるほど節約を積み重ねるが、メセナや被災先への支援には大盤振る舞い──そんな未来工業にはファンが多く、社員も誇りに思っているという。社員のやる気を徹底的に引き出そうとする姿勢こそ、学ぶべきなのだろう。

 (朝日、2006年11月11日。小室浩幸)