マキペディア(発行人・牧野紀之)

本当の百科事典を考える

都市計画の公共性

2011年01月11日 | タ行
           海道(かいどう) 清信(名城大学教授)

 わが国で中心市街地が空洞化したのは、まちづくりを進める上での法規制の弱さに加えて、土地所有者の権利意識の強さに大きな原因がある。

 開発への規制は緩やかで、市街地であっても建ペい率や容積率などの制限内であれば、好みの色や形状の建物を自由に建てられる。資産として空き地のまま持ち続けることも許され、多くの地方都市では虫食い状態の魅力なき市街地の外に、商業施設や住宅がバラバラに立ち並んだ郊外ぎが広がってしまっている。

 地域の住民や自治体が危機感を抱いても、用途地域制を基本とする法規制だけでは、簡単には開発を止められない。一部の自治体は独自の条例や所有者との話し合いを通じ、良好な街を維持する努力を続けているが、自らが郊外の新庁舎に移転して中心部の空洞化に手を貸している自治体や、店を閉めて商店街全体の雰囲気を壊しながら、新たな商売をしようとする人に貸すことを断り続けるような商店主も目立つ。

 これに対し、欧州では、多くの国が都市計画の公共性を優先し、土地所有者の権利を大幅に制限している。

 英国は欧州で最も規制が緩やかだとされるが、それでも、自治体は特定の敷地ごとに住宅を何棟建設するといった形で細かく開発計画を定めており、事前に近隣住民や自治体の同意を得なければ、所有者といえども勝手に開発することはできない。

 1986年にオックスフォード市で起きた事件は象徴的だ。住民が自宅の屋根に大きなサメのオブジェを設置したところ、自治体が「街の雰囲気を壊す」と撤去を求め、存続を求める住民運動が起きた。最終的には環墳省が「設置は可」と判断したが、9ヵ月ごとにペンキを塗り番え、午後10時半以降はサメの電気を消すという条件がつけられた。

 日本人は「自分の家にサメをつけて何が問題なのか」と思うだろうが、英国ではこうした積み重ねで、住環境や街の姿を維持している。

 ドイツの土地政策はさらに厳しい。土地の使用目的だけではなく建物の形状が細かく指定され、街の連続性を維持するために、空き地のまま土地を所有する人に対して建築を命令する制度も設けられている。個人の権利より街全体としての公共性や一体感を重視する姿勢は、フランスやオランダなどほかの各国の都市政策にも共通している。

 これらの国々が目指しているのは、郊外の開発を抑え、住宅や商業、公共施設などを中心部に集中させる「コンパクトシティ」だ。車ではなく徒歩で歩き回れる街の姿は1990
年代以降、環境やエネルギー問題、少子高齢化の対応、持続可能性(サステナビリティー)といった観点から注目され、欧州連合(EU)の主導で各国の都市政策に取り入れ
られるようになった。

 わが国でも、今回のまちづくり3法の改正がきっかけとなり、都市政策を公共性重視の方向に転じさせ、各地に「コンパクトシティ」を誕生させる可能性がある。郊外への大型商業施設の出店禁止と、中心市街地の活性化に対する選択的な財政支援という改正の柱は、野放図な郊外開発を抑え、市街地の再活性化に目を向けさせるからだ。

 それは、企業による安易な郊外開発に頼れなくなるということでもある。住民や自治体が主体的にまちづくりに取り組み、地域独自の歴史や文化、自然環境に沿って魅力を高めていかなければ、人口減社会の中で取り残され、見捨てられることになるだろう。

   (朝日、2006年08月18日。聞き手・林恒樹)

   感想

 ドイツでは200坪(660平米)以下の土地には1戸建ての住居を建てられない、という話を聞いたことがあります。