マキペディア(発行人・牧野紀之)

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一燈園(いっとうえん)小中高校

2011年01月17日 | ア行
 5月の大型連休明け。朝の光が差し込む竹やぶで、高校生数人が地面の小さな裂け目を探していた。
            
 京都・山科にある「一燈園」の10万坪にも及ぶ敷地の一画。一燈園小・中・高校もその中にある。

 裂け目を少し掘るとタケノコの先が見えてきた。軍手をはめて土をよけ、鍬で掘っていく。タケノコの季節は終盤というが、30分ほどで6個が集まった。

 こうして得られた食材は、園内で暮らす人々のおかずとなる。

 「昼食に出てくると、自分たちの掘ったタケノコだってうれしくなる」と高1の河本進さんは言う。

 学校は来年、創立75年を迎える。当初は園内に住む家族の子どもたちが中心だったが、今では大半が外部から。共学で、1学年1学級のほとんどが10人以下。高校生は寮生活が基本だ。岩手県や鹿児島県からの生徒がいたこともある。

 社会や他人のために汗をかくことは「祈り」や「学習」と並ぶ教育の3本柱の一つだ。高校生になると、午前中のほとんどが農作業のほか、庭の手入れなどの営繕、食事作りなど「作務(さむ)」と呼ばれる仕事にあてられる。園内の大人たちに教わりながら、グループに分かれて体を動かす。

 食堂では、この日、昼食のハヤシライスの準備が進んでいた。全部で約160人分になる。

 ジャガイモを切っていた高2の折田恭平さんは高校から入った。「勉強だけでは物足りない。ふつうの学校ではあまりできないことをやらせてもらい、自信が生まれた」。台ふきんの用意をしていた高3の大戸彩さんも「最初はびっくりすることが多かったけれど、習慣になった。やらされているわけではなく、快くできる」と話す。

 屋外では草を刈る生徒もいた。高2の楠見真孝さんは「ムカデやハチが出てきても、立ち向かっていかなければならない。自然に触れることで、心が鍛えられる」と話す。本音では作務はあまり好きではないが、「最近は後輩ができ、しっかりお手本を見せなければと思うようになった」。

相(あい)大二郎校長(70)は、知識や技術と違い、人間性や価値観は教えられないと考えている。言葉をいくら費やしても、「そよ風のように頭の上を通り過ぎていくだけ」だ。

 「真の教育は日常生生活ら始まる。何かの役に立っていると感じることがまさに教育。汗をかくことにより、人の努力や苦しみも分かるようになる」。

 高校の修学旅行も独特だ。2年生の1月に、一燈園を開いた西田天香の生地、滋賀県長浜市で、見知らぬ家のトイレ掃除をする。これも働く喜びと奉仕を実践する作務の一環で、「行願(ぎようがん)」と呼ばれる。一軒一軒訪ねて歩くが、断られることも多い。今年参加した高3の下川道明さんは最初、不審者のように見られて恥ずかしかったという。「でも、何軒も訪ねた末に掃除をさせてもらえたとき、うれしさや達成感とともに、相手の笑顔があった。『ありがとう』の一言が力になった」。

 毎朝、小1から高3まで全員が、礼堂で15分ほど祈る。特定の宗教の祈りではなく自己と向き合う。4月には仏教の「花祭り」、12月にはクリスマスを祝う。

 マレーシア系の子が入学したことで、ムハンマド(マホメット)の誕生日も祝おうかとも考えている。「大自然の歴史から見たら、宗派にこだわるのは小さい。みんな人生の大先輩。いいことを言っているんだから、それを教えた方がいい」と相校長。

 授業時間は多い。高校の場合、夕食を挟んで夜7時ごろまで続く。基礎の徹底が中心だ。受験勉強は個別対応で、今春は京都外語大や三重大などに合格者が出た。卒業生で大阪電気通信大講師の境隆一さん(聖は「競争よりも助け合っていこうという感じが強く、ほかの学校の人たちとは価値観が違っていたのかなと思う」と振り返る。

 他校の先生も一目置く。進学校として知られる開成中・高(東京都荒川区)の橋本弘正教諭(67)は「今の時代は『人はどう生きるか』について考えることが希薄になりがちだが」一燈園では常に考えていて、生活そのものが奉仕になっている」と話す。

 生活共同体としての一燈園は、半世紀前の約500人をピークに年々減少し、現在は20世帯100人程度。一方、今春の小1は14人と、ほとんど前例のない数が入学した。来年は校舎を増築する予定だ。さらに多くの子を受け入れ、学校を中心とする「教育共同体」を目指すという。

 一燈園

 思想家・西田天香(にしだ・てんこう。1872~1968)が始めた生活共同体。「自然にかなった生活をすれば、何も持たなくても許されて生かされる」との信条」のもと、1904年に無所有と奉仕の生活を始める。この生き方に共鳴する人々と一燈園を開いた。園内には住居や学校、お堂、研修施設に加え、印刷や設計、農業技術指導の会社もある。

 劇作家・倉田百三もー時入園し、「出家とその弟子」で描いた浄土真宗の開祖・親鸞(しんらん)は天香がモデルともいわれる。

 (朝日、2007年05月27日。西村令奈、根本理香)
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