<続き>
今回は、Gao Ma-Fuang古窯址 から約300mと程近いPo-Ui Taeng古窯址を紹介する。民家の庭先から40-50m程、丘陵地を上った処に窯址はあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/05/a82715e285606fc293edcff971bf3df9.jpg)
<位置>
北緯19°02′03,94″ 東経99°57′36,72″
アプローチが大変である。背の高い雑草や木々に阻まれ、山刀で払いのけねば辿り着けない。後学の方々がアプローチされる場合、それなりの備えが必要である。
窯址は立派な覆屋に、単独で1基が鎮座していた。比較的良い状態で保管されており、目分量ではGao Ma-Fuang窯と同じで、全長5m前後と思われ、サンカンペーン・ワット・チェンセーン窯より一回り大きい。
周囲から採集した陶片を以下紹介する。散乱している陶片の数も少なく、次の予定もある事から、下の3点を収集したに過ぎない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/1e/db70c90e87de38f92f32c6f6afc0a310.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/32/aec92c0b923109c2cdd8fa076f0b9f5a.jpg)
高台は、サンカンペーンのそれと比較し、しっかり削り込まれ畳付のの幅も広い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/83/c311c45d8791bd9bc3700bc27160443a.jpg)
カベットに鎬文様が施された陶片である。鎬文はサンカンペーン、パヤオ共通であるが、その表現方法は多岐に渡り、当該陶片は平丸彫刻刀のような工具でそぎ落としている。その様子は、下の写真で伺うことができる。
<続く>
<次回予告>
待ちに待ったモンオーム古窯址を紹介する。待ちに待ったが結果は、やや期待外れでもあった。
今回は、Gao Ma-Fuang古窯址 から約300mと程近いPo-Ui Taeng古窯址を紹介する。民家の庭先から40-50m程、丘陵地を上った処に窯址はあった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/05/a82715e285606fc293edcff971bf3df9.jpg)
<位置>
北緯19°02′03,94″ 東経99°57′36,72″
アプローチが大変である。背の高い雑草や木々に阻まれ、山刀で払いのけねば辿り着けない。後学の方々がアプローチされる場合、それなりの備えが必要である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/1f/816a61897afc3d1711cb4d2796cea281.jpg)
周囲から採集した陶片を以下紹介する。散乱している陶片の数も少なく、次の予定もある事から、下の3点を収集したに過ぎない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/1e/db70c90e87de38f92f32c6f6afc0a310.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1d/32/aec92c0b923109c2cdd8fa076f0b9f5a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/da/dff43980cb89c80047206cd52426eec2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/83/c311c45d8791bd9bc3700bc27160443a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/6b/a25b788264f5165bbfbbd07253a4bafa.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/51/76709bf488c122bd1883aef036d0d6e1.jpg)
<次回予告>
待ちに待ったモンオーム古窯址を紹介する。待ちに待ったが結果は、やや期待外れでもあった。