中日新聞の日曜版「おじさん図鑑」に「涙・なみだ」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセーを書かれていました。
新聞の健康コラムに、人の一生を八十年として、涙の分泌量は十八リットル、一升瓶で十本分と書いてあった。
これはまばたきで目の表面を湿らせる分泌量で、泣いたり刺激を受けて出る涙の量とは別だともある。
何を隠そう、おじさんは心の耐性が弱く、涙の量は半端でない(自慢にならぬが)。
道端で子どもが「お母さーん」と叫ぶのを聞くだけで、涙ぐんでしまう。
カラオケでさだまさしの「案山子(かかし)」を歌い始めたとたん、亡母のことや息子が巣立った昔を思い出し、涙声となって歌いきれずに泣いてしまう。
思えば子どものころから涙にまみれていた。
大人になってからも何かというと涙を流した。
涙の原因はすべて忘却の彼方だが、涙ながらに生きてきたといってもいいと思います(なぜここで”ます”なのか?)。
だから、通常の涙の分泌量十八リットルX2ほどの涙を流してきたのではなかろうか。
一升瓶で二十本に相当するほどの涙だ。
だからといってどうするものではない。
涙の量が人生の蓄積の指標ともならない。
ただ、この先も涙のタネは尽きることはないだろう。
涙も死ぬまで涸れはしない。
おじさんは泣き続け、涙の量も右肩上がりだ。
以上です。
私はあまり泣かない方でした。
「男は泣くものではない」と、言われて育ってきたせいかも知れないです。
歳を取ったせいか、最近は涙もろくなってきました。
韓ドラなどで、涙目になる事が多いです。

25〜6年前に観た「マディソン郡の橋」。小説も読んでいました。
「最後の雨の別れのシーン。
雨の中フランチェスカを見つめるロバート、そして車のドアを開けようか迷うフランチェスカ。」。
雨の中フランチェスカを見つめるロバート、そして車のドアを開けようか迷うフランチェスカ。」。
この場面は、切なくて涙で目が曇ってしまい、よく見ることが出来なかった覚えがあります。
5年前ぐらいに眼科でドライアイの検査をした時、涙の量がゼロだったのには驚きました。😅
歌われている石井聖子さんは、坂本スミ子さんのお嬢さんだとのこと。歌が上手いはずだ。 この‥駅で