新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

私は都会の田舎者

2019-07-07 08:00:28 | コラム
東京の変貌振りに振り回されるの記:

畏メル友のO氏は「私も、銀座など久しく行っていません。行っても、まさに浦島太郎です。」と言っておられた。

かく申す私も東京の生まれ育ちでありながら、悲しいことに今や全く同様な状態だ。私も滅多に都心に出て行かなくなってしまった。新卒で入社後に通算13年余り通った(日本の)会社の頃には、昔の日比谷劇場の隣で三信ビルの前に本社があったのだが、今ではそのビルは何十年も前になくなり三信ビルもなくなっているので、昔を偲ぶことも出来なくなってしまっている。昨日出掛けていった京橋には1972年から2年半在籍したMead社の事務所があったのだが、あの界隈の急激な変貌というか新しい建物が多過ぎて、最早40数年前を偲ぶことも出来なくなった。

特に地下鉄銀座線の京橋駅が変わり方が激しすぎて、明治屋の反対側にある理髪店に行くにはどうすれば良いか解らずに、駅員に恥を忍んで明治屋はどの方角にあるのか尋ねざるを得なかった。こういう都内の変わり方は何処に行っても同様で、2~3年前に待ち合わせ場所を大崎のニューオータニと指定された際にも、改札口でそこに行く道を尋ねざるを得なかった。こういう事態は何も都心だけで出会うことでもない。数年前には小田急線の成城学園前駅でも往年の北口がなくなっていて途方に暮れたことがあった。

ういう悲しい状態に至るところで出会うので、最早都心でも何処でも新宿以外にでていく時は「聞くは一時の恥」を励行せざるを得ないのだ。後期高齢者の実感としては、時代の変化に対応するのは楽ではないのだ。

私は都内にあれほど新しい高層建築物が増えていく背景には、ビルそのものの耐用年数もあるのかと思うが、かなり多くの場合に「耐震建築にせざるをないのだ。そうしないとテナントが見向きもしなくなる危険性がある」と聞かされたこともあった。私は東京の都心にあれほど多くの高層建築ばかり建ててれば、何時の日か高層ビル群ごと地盤が沈下してしまうのではないかと、半ば本気で心配するほど、知らない高層ビルばかりで「自分は一体何処にいるのだろう」と不安にさせられてしまうのだ。

現代の人たちはスマートフォンに歩行者用のGPSの機能が入っているようだから不自由はしないだろうが、そういう端末を持っていない私などはPCでGoogleで検索してそこをプリントアウトでもして持参するしかないのかと思うが、それも面倒だ。矢張り時代の変化に対応するのは容易ではないと思う。




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