新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

8月7日 その2 「未だマスクをしておられるのは何故ですか」

2024-08-07 14:27:28 | コラム
新型コロナウイルス(COVID)感染の流行は終わっていない:

最新の変異株「KP.3は感染力が強く、ワクチンの免疫では防ぎきれない」との報道があったばかりだ。現に報道では罹患者は増加傾向にあると言うではないか。しかも、5類に変更した為に来月から(なのかな?)ワクチンを打つと有料になるそうだし、特効薬(って言うのか)は保険適用かどうかも知らないが、1万円を超えるとかだ。患者を診ておられるクリニックの医師は「解熱剤(ともう一つ何か)を処方して対応している」と語っておられた。

しかし、市中を見れば(インバウンド様は措くとしても)マスク無しの人は70~80%に達していると思う。私が、通院している国立国際医療研究センター病院(NCGM)の入り口には「入場者はマスク着用」と掲示されているし、東京山手メデイカルセンターでも同様である。毎日のように利用するバスも「マスク着用」を求めている。要するに「COVIDに対する警戒態勢」は解除されていないのだ。この点が何処まで認識されているのかは疑問だ。

つい先日、NCGMにマスク無しで入場しようとした高齢の男性が監視員に注意され、その場で自動販売機だったかで購入を指示された。その小父さんは監視員の指示で着用はしたものの、無謀にも一歩中に入った途端に外して床に叩き付けたのだった。こういう手合いを何と言って批判したら良いか解らないが、一般論として「COVIDに対する認識は、喉元過ぎれば熱さを忘れる」状態にあるかのようだ。これで良いとは思えないのだが。

私のように超後期高齢で慢性心不全等の基礎疾患を抱えている身では、KP.3云々を聞くまでもなく警戒態勢を維持する以外の対応の手段はないと思っている。故に、マスクには細やかに投資して外出時には必ず着用し、義務ではなくなっているジムの中でも着用している。その状態を見ておられた方が、ロッカールームで「未だマスクをしておられるのは何故ですか」と尋ねられた。「未だ感染したことがないし、今後も感染が怖いからです」と答えた。

先ほど見たYahooのニュースでは「既にパリ2024では40名以上が感染していた」とあった。「だから言ったじゃないか」ではないか。マスクにはディフェンス力は乏しいと聞いているが、白人たちは殆ど着用しないので、私は「パリで感染が広がっていても不思議ではないだろう」と受け止めた。心すべき事は「virusを甘く見てはならない」という点だろう。マスク着用は兎も角、未だ未だ八方に気を配って注意すべき時期ではないのか。

余談だが、ある医師から「アルコールを吹きかけて手を消毒することが一般的だが、アルコールはバクテリア退治にはなるが、virus(昔はビールスで、今はウイルス、英語読みは「ヴァイラス」なのだ)には効力が弱いのだ」と教えられた。当方の体質はアルコール(飲料)とアルコールによる消毒に合わないので、噴霧消毒をされるのを極力どころか絶対に回避してきた。最初は知らずに受けて、手全体がかぶれて自乗に苦しめられた。

オリンピックの話題から偶には転換して

2024-08-07 07:31:29 | コラム
気分転換にカタカナ語は如何:

オリンピックの話題ばかりを取り上げるのが能事ではない気がしていたので、何かそれに変わる話題がないかと思っていたところ、今朝の新聞の折り込み広告に「グルメ」という大きな見出しがあった。勿論「食通」や「美食家」ではなくて「美味いもの」の宣伝のチラシだったのだ。そこで、気分転換にこのようなカタカナ語の話題を取り上げようと考えた次第。

グルメ:
このフランス語のgourmetは「美味な食べ物を良く知る人のことで、好みの料理やお酒を選んで楽しんでいる」という風にOxford English Dictionary(OED)が解説している。カタカナで表記するならば元の発音に従えば「ゴーメイ」とすると近いと思う。要するにgourmetは何時の間にか「美味いもの」のことをいうカタカナ語にされていたのだった。

また屁理屈かと言われそうだが、言いたい事は「カタカナ語には元の原語の意味とは異なった形で使われている例が多いのである」という事で、「グルメ」などはその典型的な例と言えると思う。何故、そうなっていたか、または恣意的に異なる使い方にしたのか、不思議な現象だと思う。

プライベート:
似たような例を挙げていこう。「プライベート」などはprivateという英語の単語にはない意味の「私生活」を意味するカタカナ語になって広く通用している。特に芸人様たち御用達で、屡々プロダクション側が「プライベートは当人に任せてあるので」などと言う言い逃れの常套句になってしまっている。

“private”は形容詞では「私用、個人に属する、私有の、自家用の、秘密の」という意味があり、OEDには「必ず名刺の前に置くこと」と指定されている。だから、privateの後にlifeが来る「私生活」の頭だけを取って「プライベート」となるカタカナ語を作り上げたのだろう。カタカナ語として使う事は妨げないが、英語として英会話などで使うのは避ける方が良いと思う。因みに、名詞ならば軍隊の「兵卒」のことになってしまう。

ハンド:
サッカーに「ハンド」と言われている反則がある。言うまでもないが「手」という意味である。「手の反則」とはおかしいと思うのが当然だと思う。それもそのはずで本来は“handling”だったのだから。ゴールキーパー以外は手でボールを扱ってはならないサッカーで「手で扱った」即ちhandleしたのだから反則なので、本来は「ハンドリング」だったのだが、ここでも頭だけを取って「ハンド」となって通用している。

野球用語の「ファウル」も同様に頭の部分だけを取った用語の例だろうと思う。即ち“foul”だけだと「不潔、汚い、不正な、悪い、邪悪な」の意味しかないのだから。そこで“foul ball”として初めて意味を為すのだが、そこは得意技「頭の部分だけを取る」形で「ファウル」としてしまったようである。因みに、バッターボックスから外に踏み出して打った「不正打球」は一寸難しくて“illegally batted ball”と言っている。

コンセント:
電気器具の「コンセント」も不可思議な誤用/転用だろう。「コンセント」即ちconsentには「同意、承諾、意見の一致」の意味はあっても、カタカナ語のような意味はない。これに相当するアメリカでの用語は“outlet”または“electrical outlet”だと思う。もしかして「コンセントに差し込むことに同意したのか」なんて。なお、UKの用語は“socket”であるようだ。