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まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

男尊女卑?!

2006年03月12日 | ふーん
 「あのね、私ね、肋骨2本にヒビが入っているのよ
えーーーーー?ちょちょちょちょっと待ってよ!そんなの、初耳じゃないの、お母さん!私は腰が抜けそうになりました
 
 詳しく話を聞いてみると・・・転びそうになった父をかばい、咄嗟に父の体を支えようとして、ダイニングテーブルの角でわき腹をしこたまぶつけた、というのです 「お父さん、大丈夫だった?って聞こうと思ったらね、声が出ないんだもん、もう驚いちゃって。息だってできないし・・・それでね、次の日、ちょっと心配になったから、整形外科に行ってレントゲンを撮ったら、肋骨にヒビが入ってます、だって
 冗談じゃない・・・ 私は、事の重大さを知ってか知らずか、あっけらかんと話す母にも、その話を横で聞きながらも、表情一つ変えない父にも「異常」を感じました。これが、老老介護の現実なんだなあ、と実感しました。

 ちっとも楽しい話でもなく、育児に関する話でもない話題を、このブログに書く必要は何?とも思いましたが、敢えて、さまざまなことを身近に感じ、考えていただく機会として、敢えて書かせてください。

 昭和ひとけたの男性、まさに私の父はその一人です。
以前のブログにも書いたことがありますが、私の父は40代前半にパーキンソン病を発症。病状の進行は非常に遅く、幸い、ある程度の補助具があれば、まだ自分での歩行が可能な状態です

 しかし、私が今回のことですぐに感じたこと、それは、病気の状態や症状、介護に関する問題点ではなく、むしろ「父を助けようとして、自分が犠牲(この言葉が適切かどうかは少々疑問ですが)になりながらも、それを『驚いた』というところにポイントを置いては話した母」と「いくら病気の症状とは言え、自分が原因で妻が怪我をしたにも関わらず、あまりショックをうけず、淡々としていた父」に、とても違和感を感じたのでした

 父は、病気になる前から、お湯ひとつ沸かさない(沸かせない)人でした 休日、どこかに母が出かけるときには、必ず母は父の食事の支度をして出ました。父は、そんな自分のことを「亭主関白の、日本男児の鏡」のように思っていたようでしたし、母はいつも「父に尽くして、身を粉にしている自分を女性の鏡」と思っていました

 私は、男女二人の子どもを育てていく上で、やはり何かを配るときには息子が先、娘が後・・・にしましたし、何かと「男の子」であること自体を優先の条件にしていました 確かに、我が家の場合は、第1子が息子、ということもありましたので、それは非常にスムーズな行為だったと思います。しかし、そういう条件がなくても、家族の中では何でも父親が一番でしたし、父、母、兄、妹、という順番は、無意識のうちに常識でした!
 そういう意味では、たんなる男尊女卑だと批判されてしまうかもしれません。ただ、私はひとつの日本の文化として、そういう順列は大切にしたい、と思ったのでした。

 とは言え・・・我が家の父、つまり私の夫は、お台所にも頻繁に入り、お料理もすれば、食器洗いをすることもあります。たまには掃除機をかけるときもあります
 そんな夫、結婚後、私の実家でせっせとキッチンに入り、コーヒーを沸かしたり、配膳の手伝いをする姿を見て、私の父は苦虫を噛み潰したような顔をして、舌打ちをしていたものです

 夫、父の立派さは、決して威張ることではないでしょうね。威張らなくても、立派な人は自然に敬われるものです。
 最近では、父親の権威は低くなったと言われています。それは、大きく優しい心を持ちながらも、厳しい目で物事を判断し、子ども達にとってはちょっぴり近寄りがたい・・・ と思わせる威厳のある父親が減ったからなのか、それとも、人を敬う尊い心が育っていない、勝手で傍若無人な母親が増えたからなのか・・・考えてしまいました
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オリンピック、時代とともに・・・

2006年02月22日 | ふーん
 鳴り物入りで始まったトリノオリンピック
メダル獲得がすべてではありませんが、なかなかそのチャンスは日本には巡ってこないようですねえ・・・

 さてさて、私はそのオリンピックで、時代の流れを感じました・・・
ニュースのハイライトシーンを見ていると、競技前のショットを撮られている選手のほとんどが、耳にイヤホンが入っているのです。そうです、何かを聞いているのですよ これは、夏のオリンピックの時にも感じていたことなのです。
 昔のように、目を閉じて、心静かに精神統一・・・ではないのですねえ。勝負をする寸前まで、音楽というものによって自分の気持ちを高めたり、リラックスしたり もちろん、一人一人、緊張をほぐす方法や気持ちを高める方法は違うでしょうから、すべての人が禅の境地?で試合に挑む、ということは、たんなるオバサンのイメージなのかもしれませんが
 そう言えば、私の娘も、テスト勉強をする時にはCDやラジオから音楽が大きなボリュームで流れていましたねえ ねじり鉢巻きとまではいかなくとも、無心に机に向かう時代に学生時代を生きた主人に、「そんなに大きなボリュームで音楽を聴いていて、勉強なんて出来るのか」と半ば呆れられながら尋ねられると「出来るなんでシーンとしてなきゃいけないの?眠くなっちゃうよ」と答えていた娘

 おっと、話しが横道にそれてしまいました
驚くのはまだまだあります。たとえば、以前のオリンピックでは、選手がスタートラインにつくと、大きな会場はしーんと静まり、まさに滑り出そうとする選手の精神統一を助けました まるで映画のスローモーションのワンシーンのように、私にも選手の鼓動が伝わってくるようでした。でも、今では手拍子があったり、声がかかったり・・・何だかすごいですねえ 私が選手だったら、きゃー、静かにしてくれーと叫んでしまいそうです。
 
 それに・・・ほぼ全員の選手が、試合を終えた時のインタビューで、こんなふうに言うこと
「はい、がんばって良かったです。」「自分としては納得しているので・・・」「メダルは取れませんでしたが、でも、満足の出来る試合でした」「最高の舞台で、楽しませてもらいました」などなど・・・
 かなり私は違和感を感じてしまいます こういう自画自賛でいいのかなあ・・・

 私などは古い人間なので、もし私が日本代表に選ばれたのならば、「対世界の強豪」という条件の中では、日本代表という立場を痛いほど意識し、「自分、私、個人」という存在以上に「国の看板を背負っている自分」「代表に選んでもらい試合に臨んでいる自分」「多くの人達に声援を送ってもらっている自分」を感じるものだ、と思っていたのです

 もし、今の時代は、「便宜上、国別にしているけれど、本来は個人個人が楽しむ競技なんですよ まあその時、○○がんばれー!だけではノリが悪いから、○○国がんばれー!のほうが楽しめるでしょう」などと言われたら、何だか私は化石になってしまう気分です やっぱりそれではピンとこないし

 だんだんオリンピックが「国際的なスポーツのお祭」みたいなものになって行こうとしているならば・・・やっぱり私は寂しいですねえ
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鳥とパンジー

2006年02月20日 | ふーん
 私は、リビングのベランダで、ちょっとしたガーデニングを楽しんでいます
お花が好きでも、種を蒔き、苗の手入れをして・・・というような手間のかかることは私には出来そうもなく、すでに開花した季節の株を買ってきては、植木鉢やプランターに植え、ワンシーズンを楽しんでいます
 今は3色のシクラメンの鉢と、色とりどりのパンジー、そして金魚草と数種類のバラです

 毎年、この時期になると、どこからともなく、たくさんの種類の鳥が飛んできます。町中のマンションではありますが、まだまだ樹木の残る小高い丘の尾根づたいに建っているうちのマンションには、鳥が多いのです
 昨日、久しぶりにちょっと大きめで、頭にピンとたった羽のついた鳥がやってきました
 そう、約1年ぶり、です。私がなぜ、数多い飛来する鳥の中でも、昨日の鳥をよく覚えているかと言うと、毎年その鳥は、手すりに引っかけたプランターの「鮮やかなパンジーの花」を食べるのです 土の中の虫を、じゃないのですよ、花びらを食べるのです

 主人は、その鳥が花びらを食べ始めるのを見て「あれ?あいつ、鳥のくせに、花びらを食べてるよ!大変、大変」と言ってソファから立ち、窓のほうに近づいていくと、鳥は人影が見えたのか、さっと飛んでいきました
 確かに、花びらの数は減っていて、見た目でも、鮮やかさが少しダウンしていました 主人は鳥のいなくなったベランダに出て、ハンギングプランターを、一段低いところにかけ直しました。
 
 毎年、私は悩んでしまうのです・・・
ハンギングプランターを、一段低い手すりのところにかけ直せば、鳥はとまるところがなくなり、花は食べられることはありません
 しかし、寒い冬に食べるものが少なく、ひもじい思いをしている鳥が、花びらをも食べているのだ、ということを以前に聞いたことのある私は、果たして「花を愛でるという人間様の勝手な楽しみ」のために、「鳥という生き物の命の糧を取らせないようにする」ということが、果たして許されるのであろうか?と考えてしまうのです

 まったく話しとしては一緒にはなりませんが・・・
よく町に降りてきた野生のイノシシやタヌキに、かわいそうだからという理由で餌付けをして、人の生活、野生の動物、さまざまな面で双方のバランスを欠く、という話し。公共性があるかないかで、私のベランダのお花の話しとは、かなり趣は違いますが、それでも私は、この二つに、同じ質もものを感じるのです

 きっと鳥もイノシシもタヌキも、子供達にとっては「かわいい生き物」だと思います そのかわいい生き物が可哀想な目にあっている・・・これは確かですよね。
 追い払うのが良いのか?食べさせてあげるのが良いのか?

 子ども達にわかりやすく事実を説明してやったとしたら、いったい、子ども達はどのように反応するでしょうか?
 むずかしいですねえ・・・
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やっぱり日本は島国かな・・・

2006年02月11日 | ふーん
トリノの開会式、ノリノリのイタリア人、そして、自分の国の選手団が入場すると、スタンディングオベーションで迎えるヨーロッパの近隣の国々の人達を見ていて、ふっと昔のことを思い出しました

 もう30年近く昔のことですが・・・
私は大学2年の夏、アメリカのテキサス州で6週間に渡って開催されたJulian.C.hyer International Youth Camp という国際キャンプに参加しました。参加者は男女合わせて33名。18カ国から来た青少年でした
 翌年の春、私はそのキャンプで親しくなったヨーロッパからの参加者に会うために訪欧 20歳の電車での一人旅は、まさに珍道中でした
 私は、道中、節約をするために空路を使わず、ほとんど列車を利用したのですが、島国である日本に暮らす私にとって、陸路で国境を越え、次のお友達のお家を訪問する・・・という事実は、本当に不思議な気がしていました
 昨年、あんなにブームになった韓流ブームですが、やはり隣国に行くためにも、私達日本人は空路でインチョンかキンポに行くか、ホバークラフトで関門海峡を越える海路しかないのですよね・・・車に乗って、ちょこちょこっと、は叶いません
 当時は、まだ「ユーロ」などという通貨は流通していませんでしたから、国境を越えるたびに、主要な駅で両替。ベルギーフランからデンマークのクローネへ。クローネから、オランダのギルダーへ。ギルダーからフランスのフランへ。その後も、スイス、オーストリア・・・と入国するたび、大きさも色も違うお金とにらめっこ。それはそれで、なかなか楽しかったですよ

 旅も終盤になった頃、私はオーストリアのインスブルックを訪れました。スイスのSion (今回の開催地、トリノに開催地争いで負けたスイスの町です)から国際列車に乗り、ローザンヌとチューリッヒで乗り換え、インスブルックに着いた時には、すでに夜の11時を過ぎていました
 夜中のインスブルック駅では、友人のクリスティーナが待っていてくれました。翌日は、インスブルック大学の医学生だったクリスティーナに付いて医学部の講義を受け(胃の授業でした)、午後からは彼女のお友達のゲオルグも合流することになりました
彼はチェコからの留学生。「僕はチェコ人です。日本人の友人ができるのは初めて」と感激してくれるゲオルグに、私は、つたないチェコ関連の知識、「チェコ=ドヴォルザーク、スメタナ・・・交響詩「わが祖国」=モルダウ」で必死に話題を提供し、彼にとっての「初めての日本人」の株を、辛うじて上げることができました
 翌日は大学の休講日。「イタリアにスパゲティーを食べに行こう!」というクリスティーナの提案で、車を走らせ1時間。イタリア領の小さな山の中の村に到着。 確かにおいしいスパゲティーを食べました 途中、一度停車し、国境でチェックを受け入国。いやいや、本当に簡単なものです
 クリスティーナが言うには、インスブルックのあるチロル地方は、昔から隣国イタリアと国境線を巡る小さないざこざが絶えず、よくその地区はイタリアになったりオーストリアになったりしたらしい
「この地区は、まあ、今はイタリアにあげているだけで、本来はチロルの土地なのよ」という小さな村には、3色のイタリア国旗がひるがえっていました

 今朝の開会式で、近隣の国の国旗を振って、自国の選手団にエールを送っていたヨーロッパの人々の中には、きっと車や列車に乗って、トリノについた人達もたくさんいることでしょう

 日本では、「国際人」という言葉が偉大な言葉として氾濫し、英語学習をすること、英語が堪能であることが、「国際人」と同義語になるならば・・・むー、ちょっぴり何か違うかなあ・・・と、あらためて島国を実感する私でした
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タッセルにこだわりますか?

2006年02月04日 | ふーん
 「すみません!各お部屋の、タッセルの位置を決めていただけますか?」

「はーい」私はあかるーく返事をしながらも、心の中で、「そんな細かいことまでたずねてくるなんて、よほど私は、うるさい人だと思われてしまったんだなあ・・・」と、ちょっと悲しく思っていました。たかがタッセルの位置くらいで、そんな突飛なことを言うわけではないのだから、極々標準的な位置にしてくれれば良いんだからな・・・と。

 ところがその数分後、私の感覚が、完全に間違っていたことを思い知りました。

 このブログでも何度もふれていますが、大阪に住む私の両親が、4月に引っ越しをします。父も母も現役で、毎日自分の会社には出社していますが、実際は父はパーキンソン病。長時間の歩行は無理ですから、車での会社と自宅の往復以外、どこかに簡単に立ち寄る、ということはなかなか叶いません。
 おばあさんのわりには母は物に執着がなく、母と私の和箪笥以外は、ほとんど新居に持っていきません ということで、私は、全権を委任され、新居のインテリアのすべてを調達し、ほぼ暮らせる状態まで持っていく、ということになっているのです そこで、その第1段が、各部屋のカーテンだったわけです。

 私は時間をかけて、とても慎重にカーテンを選びました
リビングダイニングの大きな窓、両親の寝室、ゲストルーム、箪笥部屋・・・すべての部屋の用途を考えた上で、どの部屋もとても凝ったカーテンをオーダーしたのでした。そう、そこまでが私の「想定内」でした
 確かに、各カーテンにぴったりのタッセルも選びました。しかし、カーテンを束ねる、という役目のタッセルの位置に、どれほどの違いがあると言うのか

 ところが・・・
カーテン職人さんに呼ばれ、各部屋に行き、「どうです?このあたりですか?・・・・それとも、もうちょっとあげてみますか?・・・・これではどうでしょうか?・・・・」と、カーテンを束ねる位置を微妙に変えていくと、確かに違うのですよ、雰囲気が、とっても
 タッセルの色や房の数、またカーテンの質感や柄によって、決して同じ位置にしてはピタリといかない・・・結局は、30分くらい上にあげたり、下にずらしたり・・・を繰り返し、やっと「あるべき位置」を見つけてタッセルの留め具をつけていただきました

 私はね、じつはこの作業をしながら、全くカーテンとは別のことを考えていたのでした。
 私がよく言う「こだわる」ということ・・・こだわりを持って我が子を育てる、とか、こだわりを持って贈り物を考える、とか、こだわりを持って装う、とか。「こだわる」のと「こだわらない」のとは、月とすっぽんの差、雲泥の違いがありますよ、ということ。タッセルも同じことだなあ、なんて思ったのでした。

 べつに、カーテンを束ねる、という本来の機能だけを考えれば、そのへんにある「ひも」だって用を成します。ましてや、束ねる位置なんて、どーこだっていいわけです。
 子どもを育てるのも同じですよね。別段、親がこだわらなくても、子どもの一日という時間は、どの子どもにも平等に訪れ、過ぎていきます。要するに、時が経てば、子どもは大きくなってはいくのです 子育てに「こだわる」か「こだわらない」かは、親の好み、ということなんですよね・・・
 親の生き方だってそうですね。それこそ、フリーターをしても生きていける時代です。自分のポリシーや、人の目や、体裁や、世間体や・・・そんなものを度外視すれば、プーラプラっと生きていけばいいのでしょう

 いかがですか?あなたは、タッセルの位置にこだわりますか?それとも、「ひも」でいいですか
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