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まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

枝葉を育てる

2007年05月02日 | にこにこ
 先日、初めて大阪にある「東洋陶磁美術館」に行ってきました
 私の両親が暮らす大阪の「梅田」というところからは、目と鼻の先。けれど、帰省しても、自宅で両親の相手をするのが私の役目、と決めていた私にとっては、自由に一人で勝手に出かける、ということは、なかなか気分的にも憚られ・・・
 そんなことを知ってか知らずか、せっかくこんなに近いのだから、散歩がてら行ってみようと、今回は一緒に帰省をした主人に勧められ、念願だった美術館行きが実現しました

 すでにご存知の方も多いと思いますが、この美術館に展示されてある主に中国と韓国の年代物の貴重な陶磁器は、かつては栄華を誇った今はなき「安宅産業」のコレクションです
 安宅産業が伊藤忠商事に吸収され、事実上の倒産に追い込まれた時、それを管理した住友銀行(現在の三井住友銀行)が安宅コレクションを大阪市に寄贈し、この美術館がオープンしました
 膨大Bな陶磁器をはじめとする芸術作品の目利きコレクターであり、安宅産業の二代目として生まれた権力者安宅英一氏は、音楽の分野でも多くの若き芸術家のパトロンとなり、事業家としては企業破綻を招いた浪費家ではあったものの、別の意味では、大きな偉業を成し遂げた人ではありました

  「・・・この本社ビルなあ(古くなり、少し色の褪せた本社ビルの写真が展示されてありました)、あの当時はえっらいきれいやったでえ。さすがに『アタカはんやなあ・・・』おもたわ
 車椅子を押して、美術館内の入ってきたご老人が、前屈みになって、車椅子に座る奥様に向かって話しました
  「アタカはん、ほんまにものすごい勢いやったさかいになあ・・・のーなってしもて(無くなってしまって)もったいないなあ・・・
 私はこの言葉を聞き、ああ、何て大阪的なこと・・・と思わずニンマリと笑ってしまいました
 この二人の会話を聞いていると、「アタカはん??このご夫妻は、あの『安宅氏』のお知り合い、なのか??」と勘違いをする人もおいでになるでしょうね 当然、話しの成り行きから(大阪人である私は、成り行きなど聞かなくとも、親しげに「アタカはん」と呼ばれていても、親しくはない、ということは感覚でわかりますが)、安宅氏とこのご夫妻には、何の人間関係もないことはわかるのですが・・・

 とにかく、大阪の人は、誰をも自分と妙に親しい存在、として会話に登場させます
 それは、人だけではなく、「えびっさん、だいこくさん、てんじんさん」と、戎様、大黒様、菅原道真公などという神様や奉られた人をも○○さん、と呼び、親しい自分の仲間にしてしまいますからね・・・
 そのほかには、食べ物を呼ぶ時にも同じようなことがあります。
その代表的なものには「飴ちゃん(あめ玉、キャンディー全般)」「お芋さん(芋類すべて)」「おかいさん(お粥)」「お鯛さん(関西での魚の王様、鯛に敬意を称して?!)」など
 まあ、今どきの大阪の若者達は、すでにそんな言葉は使わず、知らないかもしれませんが・・・

 それはさておき・・・
展示の部屋を、一つ一つゆっくりと見てまわっていると、どやどやと熟年の一団が入ってきました。
 声が大きく(ほとんどの大阪人の声は大きい!)、どう聞いても普通の会話なのに、まるで漫才のようにボケとつっこみがありおもしろいのです。私は主人とボソボソとたまに話し、しみじみと一つ一つの展示品を見ていたのですが、自然におじさん達の会話は耳に入ってきます

  「なあ、この形、何かに似てへんかあ?・・・何やろなあ・・・」
  「わかった なああんた、骨壺とちゃうか?しろーて(白くて)、つるっとした蓋ついてて・・・
  「ほんまやなあ、そんなこと言うたら、バチあたんで それにしても、こんな壺にお骨入れたら、僕やったら骨になっても、気―つこて(気を遣って)、ゆっくり成仏もできへんわあ・・・
  「はっはっは、ほんまやなあ それにしても、これ、こうたら(買うとしたら)、なんぼやろなあ(いくらでしょうね)?」
  「あんた、美術品見て、値踏みしたらいかんわー。それにしても、あの大きなお皿・・・てっさ(ふぐの薄造りのお刺身のこと)、何人前盛れるやろか?
  「しょーむないこと、思いつくなあ・・・ははは、100人前はくだらんでえ・・・」etc.etc.・・・

 このユーモアが介せなかったら、本当にくだらない話しで、美術館には相応しいとは思えない会話ですが・・・でも、おじさん達、最後にこんなふうに話しをまとめていたのでした

  「せやけど、アタカはん、最後はしょうむないことになってしまいはったけど、よーさん音楽してはる人や、芸術してはる人を助けはったんやで・・・私には、ここに並んでる壺の良さとか値打ちはわからへんけど、アタカはんが男の一生かけてやりはったことは、やっぱり意味のあることやわなあ
  「ほんまほんま。僕らも、あとなんぼほど(あとどのくらい)生きられるかわからへんけど、死んだ時に、息子や娘が、『お父ちゃん、不細工な人やったけど、○○だけはすごかったなあ・・・』みたいに、一つだけでも言うてもらえること、せんといかんなあ(しないといけないね)思うわ
  「名も残さへん、大きなこともようせんけど(できないけれど)、あの人の『○○はすばらしかった!』みたいに言うてもらえるように生きないかんな

 何だか、私はうるっとしてしまいました。
身のまわりのこと、すべては自分の生きる糧・・・私はよくそう思います
 私も「好み」はありましたが、そこに展示されていた作品について、深く何かを感じられるほど、そういうものに造詣が深いわけではありません むしろ私も、おじさん達にアタカはんと呼ばれていた安宅英一氏の生き様や、アタカ産業という企業についてのほうに興味を引かれました
 あのおじさん達・・・きっと、東洋陶磁美術館で、たくさんの「何か」を感じ、帰っていかれたのでしょうね。そして、そのことは、1週間後?ひと月後?1年後?5年後?に、何らかのかたちとなって、おじさん達の生き方に反映されるのでしょう

 たまたま、一つの展示スペースの入り口に、ピアニストの中村紘子さんが書かれた文章がありました。
  「ある時、突然に安宅英二氏からお電話をいただき、ボリショイサーカスに行きましょう!と誘っていただきました。その日は、初日。私は道化、動物のサーカス、空中ブランコなど、次から次に展開される出し物に夢中になりながらも、いったいなぜ、今日は安宅氏からこのサーカスにお招きをいただいたのだろう、と考えていました。すると、急に安宅氏は、こう切り出されました。『動物の謝肉祭ですが・・・』私はやっとわかったのでした。私はそのすぐ後の時期に、シューマン作曲の動物の謝肉祭を演奏することになっていたのでした。しかし、私はサーカスなどは一度も見たことはなく、ひたすら想像を膨らませながら、ガンガンとピアノの練習をしていたのでした。でも、あのボリショイサーカスを見て以来、私には確かに「何か」が生まれ、良い演奏ができるようになったのでした・・・

 このことにも、同じような意味がありますね
何か物事に相対する時、目先のことにばかり必死になっていても、結果的には頭打ちになったり、良い打開策が見つからなかったり、一段越えることができなかったり・・・しかし、発想の転換や、気持ちを入れ替えたり、価値ある息抜きをしたりすることで、飛躍的に物事がはかどったり、良い発想が生まれたりするのではないでしょうか?

 我が子に、勉強ばかりを強要しても成績は伸びなかったり、練習ばかりさせても、得点やタイムが伸びなかったりすることが多々あります。
 教養を磨く・・・ これは、人としての「豊かさ」を身につける、という言葉と同義語だと思います。教養や豊かさこそが、ピンポイントではないけれど、人のさまざまな面での向上、成長を促す・・・違うでしょうか?

 漫才おじさん達は、東洋陶磁美術館で、「アタカはん」が集めた東洋の陶器を見ながら、あとの残りの人生を、どう生きるか?を考えました
 中村紘子さんは、ボリショイサーカスを見ながら、動物の謝肉祭の演奏をより豊かに弾く感性を身につけられました
 ピンポイントの学習は、とてもデジタル的で効率良い方法でしょうが・・・人には枝葉、寄り道が必要に違いない・・・

 子どもを育てる時もきっと同じです
とかく現代の親は、目先の成長、促成栽培的効果を望み、ピンポイント学習に魅力を感じるようです
 また、育児そのものに対しても、ここ数年は効率の良さを重視する傾向にあるように思います。

 こんな子育てをしていては、「優秀」と呼ばれる子どもは育っても、無味乾燥で、「優秀」だけが取り得の、カサカサの人間が育ってしまう・・・私はそう思い、とっても憂いています
コメント (2)
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すてきな上司

2007年03月16日 | にこにこ
 私の行きつけの美容院の話しは、今までもよくブログに登場させますが、覚えていらっしゃいますか?少し前も、美容院に用意されたキャンディーボックスの話をしましたね
 さて、その美容院。じつはまた、とっても素敵なことがあったので、思わずそのお話をご紹介したいと思います

 私はひと月に1回の割合で美容院に行きます。ショートカットで、30代からすでにチラチラ白髪交じりになってきた私にとっては、その頻度がちょうどベストのタイミングなんです
ふた月前のその日、そうです、例のキャンディーボックスの日、ヘアーカラーをしていただいている間、私はHanakoという雑誌を読んでいました
老眼がひどくなるまでは、必ず文庫本を持っていき、カラーの時間はのんびり読書をする、という楽しみがあったのですが、今は老眼鏡なしでは本を読むことなど不可能になりました 特に、茶色っぽいページの上の小さな字なんて、とんでもない・・・それ以来、美容院は「とにかくリラックスする場」として考え、読書も含め真剣に何かをする、ということは諦めたのでした

 そんな私のことをよくご存知のスタッフの方々は、比較的活字の大きい、私好みの雑誌を数冊、上手に選んでもってきてくださいます。そんな雑誌の中でも、Hanakoは写真も多く、特集の内容によっては、かなり「そそられる雑誌」で、私のお気に入りです

 その日も、シャンプーを済ませた私に、アシスタントの女性がHanakoを持ってきてくれましたいくつかの特集の中に「ソウルのおいしい新店舗」というものがあり、昨年から恒例にしようと企んでいる友人とのソウル行きに、これまたソウルの食事情にはまってしまった主人との、次回のソウルホリデーに、フルに活用できそうな特集だと思い、一生懸命に読み始めました
けれど、記事自体はかろうじて読めますが、米粒の半分以下の大きさの活字で書かれたレストランの場所や住所、連絡先や地図などは全く読めません たとえ名前だけでも覚えようと思いましたが、英語のような聞き慣れた音とは違い、馴染みのない言葉、名前は、なかなかすんなりと頭に入ってきません

 そこで、いつも笑顔で、まっすぐに仕事に取り組んでいるアシスタントのお嬢さんに声をかけてみたのです。
 「すみません、ここにある雑誌って、新しいものが発売になると、どなたかが持って帰ったりなさらずに、処分されるのかしら?あのね、私、今読んでいるこの雑誌、もし差し支えなかったら、新しい号が出たら、いただいてもいいかしら?」
 彼女はすぐにオーナーである私を担当してくださっている美容師さんに確認に向かいました。お答えは・・・
 「どうぞ、どうぞ お店に置いておきますから、次回においでになる時でも、おついでの時でも、持っていらしてください」でした。

 それからひと月、結局私は、次回のカットの時期までチャンスがなく、雑誌をいただきに行くことはできませんでした。そして半月ほど前、カットに行ったところ・・・
 シャンプーをしてくれたアシスタントの女性が、
 「南坊さん、この間のHanako、バックルームに置いてありますので、どうぞお帰りの時にお持ちになってくださいね」と声をかけてくれました。
 じつは、前回のカットの後、半月ほどは例の記事のことが気にかかり、何とかカットに行くまでに雑誌をいただきに行くことはできないか?と考えていたのですが、そのうちにバタバタとしてしまい、とうとう、オバサンの「遊びの素」のことを忘れてしまっていたのでした そして、美容院に入り、壁にきれいに並んだ雑誌を見た時、はっと思いだしたのでした

 仕上げのシャンプーもブローも終わり、いよいよおしまい、という頃になって、さっとさっきのアシスタントの女性がHanakoを手に近づいてきました。私は、自分の姿が映る鏡で、その姿を見ていたのでした。
 お嬢さんは、こそこそっとオーナーの耳元で小声で何か話したかと思うと、オーナーもまたこそこそ・・・すると、私が席を立とうとした時には、雑誌は洒落た紙袋に入れら、お嬢さんの手の中にありました
 「どうぞ、これ、玄関までお持ちします

 もちろん、その本は買ったものではないのですから、雑誌がむき出しのままでも、ちっとも問題ではありません むしろ、どうぞ!と渡していただけるだけで、十分にありがたいものでした
 けれど、オーナーがこそこそっと耳打ちした言葉は、「何か、袋はないの?」であり、また、さっとバックルームに消えた僅かの時間に手持ちの袋をささっと探し、ちょうど良いものを見つけて入れてきたアシスタントのお嬢さんの機転の良さでした・・・私は感動しました

 そこで、私は席を立つ時にお礼を言いました
 「本当にありがとうございました 私が気ままなお願いをしてしまって・・・でも、本当にうれしいです。どうもありがとうございました

 すると、オーナーは笑顔でこうお応えになりました。
 「いえいえ、この子がちゃんと覚えていて、自分でしっかり保管していたんですよ
 そして、笑顔で、「ねっ!」というようにアシスタントのお嬢さんのほうに顔を向けられました
 その時のお嬢さんの顔・・・私が、ありがとうと言った時以上に、うれしそうに、そして少し恥ずかしそうに笑顔を見せてくれたのでした

 私はこの時、心から「すごいな・・・」と心を動かされました このオーナーの言葉の「深さ」に感激でした
 この時、オーナーは、私のお礼の言葉に対して「いえいえ、どうぞどうぞ」とおっしゃるだけで十分だった、ですよね。しかし、この機会をタイムリーにきちんと捉えて、自分の店のスタッフをさりげなく誉め、評価することを忘れませんでした アシスタントのお嬢さんは、お客様の前で自分が評価されたことをとてもうれしく感じたでしょうし、自分の行為が、このようにお客様にも喜ばれ、同時にオーナーにも認めてもらえたことに感激したでしょう

 このオーナーは、ご自分にも厳しい方ですから、日頃からお店のスタッフの方々にも、やはり厳しく接していらっしゃることと思います。その甲斐あって、繁華街にあるちょっと名の知れた美容院にありがちな、派手さや華やかさ、妙な馴れ馴れしさなどはなく、十分に「元町にあるオシャレなお店」でありながら、しっかりとした品格の感じられる店なんですね もちろん、品格や雰囲気は、確かな高い技術に裏打ちされていることは言うまでもありませんが・・・

 ここでは、部下と上司、師弟関係の話しとして書きましたが、いかがでしょう?この絶妙の言葉かけは、「親子」の間でも、とても意味を成す、重要なことだと思います
 どんな子どもでも、やはり評価されること、誉められることはうれしいものです 親や祖父母、先生が誉めてくれた、というだけで、それが次への大きな励みになったり、努力の原動力になったりします こういう連鎖は、大人でも言えることですよね

 しかし、単純に誉める、というだけではなく、このように間接的に誉められる、というようなことも、じつはとても効果的、なんですよ
 この美容院の話しでもそうですね。このオーナーは、私が帰った後、アシスタントのお嬢さんに「わざわざ覚えてくれていてありがとう!南坊さん、喜んでくださって良かったね」と声をかけるだけでも、きっとそのお嬢さんはうれしかったはずです。誉められて、評価もされたのですから
 でも、このオーナーはその方法を選ばず、敢えて私という第3者のいる前で誉められました
 きっとこれは、面と向かって直接に誉められる以上に「誇らしい思い」となって、嬉しさは倍増したはずです

 「ねえ、パパ、聞いて聞いて 今日はAくんがね、幼稚園で~~できたんだって。すごいでしょう 先生からそのことをお聞きして、私、すごーくうれしかったわー
 「Bちゃん、あのね、昨日お兄ちゃまがね、~~してくれたのよ ママすごく助かっちゃったの。お兄ちゃま、かっこいいわよね

 私もそのうち我が家の娘に「ねえ、パパ 今日ね、ママが私に~~~してくれたの、すごいでしょう 私、ママみたいなお母さんになれればいいなあって、今日は心底思っちゃった」なーんて言ってくれたら、ママ、もっともっとはりきっちゃうんですけどね・・・

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目を閉じて、深呼吸

2007年03月02日 | にこにこ
 スズメ、ハト、そしてカラス。このあたりが、都会の中でいつも見ることのできる鳥でしょうか
 ちょっと地域的な要素が入ると・・・ここ横浜では、我が家から電車で10分も行けば海が見え、カモメをたくさん見ることができます

 そう言えば・・・子どもの頃、「かもめの水兵さん」というレコードを持っていました 私の人生最初のお気に入りの一枚で、松島トモ子さんが歌っていらしたと思います。
 その歌詞、「かもめの水兵さん・・・白い帽子、白いシャツ、白い服・・・」の通り、カモメは頭、顔の部分が真っ白で、身体の部分はお洋服を着たように、ほんのりグレーなんですよね
 昭和8年、親戚の見送りに横浜の波止場に来た童謡詩人の武内俊子さんが、「ああ、このカモメ達は、まるで水兵さんの姿のようだ」と思われた気持ちがよくわかります

 私は、母がお掃除をする横で、いつもそのレコードをかけてもらっていたことをよく覚えています
 確か、あのレコードは33回転のスピードでした。ほとんどのドーナツ版は45回転。しかし、少々大判のレコードは、33回転だった記憶があります
 少し大きくなってからは、母のいない時を見計らって、私はそのお気に入りのレコードをプレーヤーに乗せ、16回転にしたり、73回転にしたりして、一人で手を叩いて大爆笑をしたものです
 一人っ子の私にとって、こういう一人遊びは、まさに「秘密の楽しみ」で・・・

 今の若いお母様方には、「レコードの回転数を変える?何それ」「それで、どうして大爆笑するわけ?はあ」と思われるでしょうね。では、ちょっと補足です
 33回転のスピードのレコードを、16回転にすると、本来はとってもかわいい松島トモ子さんの歌声が、低い低いオッサン声になり・・・
「くゎ~むぉ~むぇ~ぬぉ、す~いへ~いすゎ~ん・・・」となります。
 72回転にすると、高い高い電子音のような声になって・・・
「カモメーノスイヘイサン・・・」と超スピードになるのです
 何だか、松島さんには本当に申し訳ないことですが、母に叱られた後やお友達とケンカした後などには、この「遊び」はイヤなことをすっかり忘れられる、スカッとするおもしろさでした

 まあ、鳥の話のつもりが脱線、脱線
地域性と言えば、鎌倉から三浦半島あたりではトンビ、です。あのあたりでは、いつも海辺のたかーいところに、3,4羽のトンビが旋回しながら飛んでいて、本当に「ぴーひょろー」と鳴くんですねえ
 そののーんびりと飛ぶ様子を見ていると、ああ、トンビの目には、私達はどんなふうに映っているのかしら?と眺めてしまいます・・・
 そんなのんびりに見えるトンビも、砂浜でお弁当を広げようものなら、目ざとくそれを見つけ、急降下をして、たちまち、お弁当の中身はさらわれていくのですよ ご存知でしたか

 さて。
我が家が、町中のマンションではありながら、丘陵地の尾根づたいに建っているということもあり、樹木や鳥が多い、ということは、すでに何度もブログの中でお話をしたことと思います
 ベランダで干し物をしていると、毎日、必ず眼下でガサゴソと音がします。山鳩です 桜の大木の根元、枯葉が積もった上を数羽の山鳩が歩く音です
 それから、尻尾の長い、ほら、私の大切なハンギングプランターのお花を食べる鳥(名前はよくわかりません)・・・あの鳥もやってきます。
 じつは、今年もやっぱりお花も茎も葉っぱも食べられて、3日でお花は坊主になってしまいました でも、きれいな色のお花を食べるなんて、何だかちょっとオシャレな鳥だなあ、なんて、今年は追い払うことを止めました
 今年は、「アカウソ」という鳥もたくさんやってきました そう、あの亀戸天神のウソ替え神事の「ウソ」です。(毎年1月24・25日に行われる神事で、檜の一刀彫のウソが授けられます。次の年には新しい一刀彫のウソと取り替えるのです。これは「凶もウソとなり吉にトリ替わる」という語呂合わせ、でしょうか) 
 ある朝、主人をベランダから見送り、ふっと桜の木に目をやってみると・・・スズメくらいの大きさの、首の赤い珍しい鳥達がたくさんいるのです あれ?スズメじゃないな・・・こんな鳥、初めて見たぞ
 思わずパソコンを立ち上げ、インターネットの野鳥図鑑を探してみました すると、ありました、ありました 図鑑の中の写真は、まさにベランダ前の桜の木に留まっている鳥です 本当に、一刀彫のウソと同じように、首のところが赤いのですねえ・・・
 
 今年は、ゲラ(きつつき)もやってきたのですよ ベランダのお花に水やりをしていると、前の桜の木で軽やかな「コツコツコツ」という音が聞こえるのです。???と思い、音のほうを見てみると、スズメより少し大きいくらいの鳥が1羽、桜の細い枝をくちばしでつついているではありませんか
 私は、童話の中や、動物番組の中では見たことのある様子ですが、実際にものすごいスピードで、枝をコツコツと叩く様は、かなり驚きでした

さあ、みなさんのまわりには、どんな「あれ」「わあ」がありますか?

 心のゆとり・・・
よく私が話題にしますね。子どもを育てている間は、毎日、ばたばたと忙しく過ごしているうちに、あっという間に夜が来て、そして次の朝がやってきます。次の一日が始まれば、あれあれという間に、また夜がやってきてしまいます・・・

 でも、ほんの短い時間でも、いろんな課題、目の前の「mustやshould」を気持ちの横っちょに置いて、目を閉じ・・・大きな深呼吸をしてみましょう 次に目を開いた時には、きっと少し心が軽くなっていますよ
そうすれば、日頃は見えていなかった「小さな、素敵なこと」が目に入ってくるはずです。それはお花だったり、野鳥だったり、風の音だったり、もしかしたら、それは時には我が子の全く違う表情、かもしれませんね

 毎日、ばたばた、イライラしてばかりでは、本当はあなたのまわりに確かにあるステキなものが、見えなくなってしまってる??? それでは、残念、残念
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お片づけの意味

2007年02月01日 | にこにこ
 もう10年ほど前でしょうか。今、まさに「ねつ造問題」で話題になっている番組の制作会社からご連絡があり、それこそ例の番組の中の質問コーナーで回答者になってくれないか?というお話でした
 当時は、まだまだ番組も始まったばかりで、ねつ造をしなくとも、いろいろと題材が豊富だった、のでしょうね

 さて、その時のテーマは「整理整頓」。私は、最後の3分ほどで、視聴者からの質問に答えました その質問は、こういうものでした

 「今度、幼稚園受験を考えているものですが、聞くところによると、幼稚園受験の考査の中では、『後かたづけ』というのがある、ということでしたが、実際のところはどうなのでしょう?」

 それに対して、私は、こんなふうにお答えをしたのでした

 「実際の考査で『後かたづけ』が考査項目になり、その出来不出来に対して数値的な点数がつく、ということもあるとは思います しかし、本来、自分が遊んだ後は後かたづけをする、散らかしたおもちゃをきちんと元の場所にもどす、ということは、大切な躾の面で、習慣になっているべきことですよね 子どもに後かたづけをさせる、ということの意味は・・・私だったら、このように教えますよ お母様もよく考えてみてください
 
 「さあさあ 今まで楽しく遊ぶために使ったおもちゃ達、クレヨンや紙、というような道具達は、あなたの遊び相手をしてくれた大切なお友達よね だから、あなたが遊びを止める時には、その相手をしてくれた仲間達に感謝の気持ちを込めて・・・「ありがとう、今日は楽しかったよ。僕と、私と、遊んでくれてありがとう お疲れ様!また明日も、一緒に遊んでね」そういう気持ちで、もとの場所に戻してあげなければいけないわね お外で遊んだあなたが、遊び終わった後はちゃーんと自分のお家に帰るでしょう?おもちゃ達も同じよ、おもちゃ達のおうちに、そう、元あった場所に返してあげなければいけません あたりまえよね

 いかがでしょう?
 「もうー 何度言ったらわかるのー かーたーづーけーなーさーいーーーー」と怒鳴ったところで、きっと、後かたづけを嫌う子どもは、素直に言うことを聞きはしないでしょう
 そして最後は渋々、ブツブツと文句をいいながら、お母様が片づける・・・お母様がそれを使って、ルンルン遊んだわけでもないおもちゃなのに
 そんなことは筋違い、です そんなことはおかしいですよね。たとえ子どもでも、自分が行うべき行為の本質を理解し、そのように行動しなければならないことはたくさんあります
 言い換えれば、文句を言い続ける、怒鳴る、というだけではなく、我が子がきちんと理解できるように伝え、教えなければいけないでしょう

 とにかく
子どもが自分の遊びの時間、お友達との時間、日常生活の時間を大切にするように、自分の遊び相手をしてくれるおもちゃや文房具も、当然、それらと同じ価値で大切にすべきなんですよね

 以前、私は、八百万の神(やおよろずのかみ)というお話をしたことがありましたが、覚えていらっしゃいますか?すべてのものには、魂が宿っているのだ、という考え方
 後かたづけの話しに、それに通じるものがあるでしょう?

 子どもが遊ぶおもちゃにも、ぬいぐるみにも、お人形にも、やっぱり魂はこもっているのです。人間のように話したり、動いたりはできないけれども、それでもそれぞれに「魂」は宿っているのです
 そう考えれば、どんなおもちゃも、決して粗末にはできないでしょうね
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「親の役割 2」

2007年01月05日 | にこにこ
 
 2年ほど前、真鶴の海岸で、父親と一緒にウェットスーツを着て歩く小さな男の子の姿を見て、「親の趣味に付き合う子供は大変だあ」というようなことを書いたことがあります (「親の趣味は、子供の趣味?!
 その親子は、私からずっと離れたところで歩いていたので、男の子が嬉々として父親と一緒に歩いていたのか、それとも、気乗りはしないけれども、仕方なく父親の趣味に付き合い、こそこそと父の隣を歩いていたのかはよくわかりません。
 しかし、子供が幼い頃は、かなり大きなウェイトを占めて、「親の趣味」や「親の意向」「親の願い」などによって、子供の趣味、おけいこ、余暇の時間の過ごし方が決まっています
 そして、そういうものは「すりこみ」とでも言うのでしょうか、子供が成長をしていく上で、避けがたいもの?として子供の生活や気持ちの中に残ったり、自然とそちらの方向に進んでいくというかたちをとったりして、子供の人生に影響していくものでしょう
 もちろん、中には、幼い頃に父や母に半ば強制され、連れていかれた、やらされた、という反動で、「絶対にアレだけはしない!」という強い反発?拒否反応?になる場合もあるのでしょうが・・・

 たとえば私の場合。両親は山岳会に所属して、本格的な登山をしていました そして、大の社寺仏閣や仏像が好きでした。
 ですから、私の家族の日曜日は、2通りの使い方しかありませんでした 春や夏のアルプス山行のため、近くの1000メーター級の山にトレーニングとして登る、か、京都や奈良のお寺や神社を訪れる、だったわけです。まあ、当時はマイホームパパ、などという考え方は一般的ではありませんでしたし、むしろ、どこのお父さんも「こわい」と相場が決まっていましたので、父親の号令一過、今週は山、今週はお寺、と「私の日曜日」の予定も決まったのでした
 そんな私は、今でも仏像やお寺が大好きです 結婚後は大阪を離れましたので、京都や奈良はすっかり遠くなり、簡単に行けるところではなくなってしまいましたが、未だに幼い頃のある雨の日、小さな厨子に収まった浄瑠璃時の吉祥天女像(当時は、常に見ることができました)の不思議な優しさ、西芳寺(一般的には苔寺と呼ばれ、現在は世界遺産)の静かで美しい庭園(こちらも、当時は申し込みなしでいつでも入れました)を忘れることはできません

 しかし、その一方で、登山には長い間、拒否反応がありました
中学2年という多感な頃に、山岳会の身近な人が春の穂高岳滝谷で遭難死をした、というショックもあって、一生、登山はするまい、と身体が拒否していましたねえ・・・
 これは間違いなく、友達が当たり前のように、日曜日に家族と行っている動物園や遊園地にはちっとも行けず、いつもトレーニングの時でさえ重い荷物を背負って、何時間も何時間も黙々と「歩かされた」ことに対する強い反発だったのでした。
(そういう私が2年前から、また夏山を始めたのは、決してまた歩くことに興味を持ったのではなく、私が「枯れて」、自然の雄大さを目の当たりにすることのできる山に魅力を見いだしたせいと、主人とのこれからの楽しみの一つとして、そこに価値を見いだしたから、です

 少し話しが横道に逸れましたが・・・
『幼い子供達は、親の趣味や意向、親の願いや夢などによって、趣味、おけいこ、余暇の時間の過ごし方が決まってしまう』ということ
 もちろん、これを「悪い」と言っているのではありません
子供の世界は狭いものですから、たくさんの新しいものを与えてあげなければ、好むと好まざるとに関わらず、自分の狭い子供の世界の中に留まっていることになります
 親の趣味に同行させる、親の夢を託し与えることは、一つの新しい「チャンス」に他なりません 「チャンス」は子供を磨き、成長を促す大きな原動力ですからね
 
 違った見方をすれば・・・親の見果てぬ夢をも含めて、やはり豊かな趣味を持った親、大きな夢をもった親の元に育つ子供は、豊かな感性を磨くたくさんのチャンスに恵まれている、ということでしょう
 もちろん、子供が自ら「新しいもの」を見つけることもあるでしょう。しかし、やはりそれは小学校に入ってから、というのが一般的でしょう。
 子供が親が同伴、同行しない世界、つまり小学校という環境や、課外活動という世界の中で、子供自身が新しいものを経験し、新しいものを見つける・・・こういうことができるようになるまでは、やっぱり親に大きく左右されるものです

 大切なことは・・・たくさんのチャンスを与えてあげる、ということ
そして、もしそれが可能であれば、そのチャンスを親子で一緒に「楽しめる」ならば、もっともっと素敵でしょうね

 大人でも子供でも、「辛い、苦しい」ことは、やっぱり楽しめないものです たとえスポーツのように、それが時として辛く苦しいことであったとしても、辛さの後にやってくる達成感や、努力の課程にあるからこそ味わえる素晴らしさを実感できるなら・・・きっとその辛さや苦しさは「価値あるもの」となり、辛い、苦しいという負の力も半減するでしょう

 むかーし。重い荷物を背負って、ひたすら下ばかりを向いて歩いていた私 もし、ふっと顔を上げた時に見える木々の間から差し込む光の美しさや、3000メーターを越える尾根を歩いている私の、はるか上空を飛ぶ鳥が見ていたもの、そういうことに気づかせてくれる言葉があれば・・・きっと私は、あの辛く苦しい山行を、もっと「すてきなもの」として捉えられたのではないか?と思っています

 ついつい親は、「がんばりなさい 努力しなさい」と言い続けてしまいます。
 しかし、大人でも子供でも、本当にがんばるためには、「がんばれ!がんばれ!」だけでは不十分・・・私はそう思うのです

 それほど遠くない将来、子供は自分の世界の中で、「本当の自分の世界」を持つようになっていきます そんな日が来れば、親はひたすら見守り、エールを送ることしかできなくなります。
 まだ我が子が、親の庇護を求め、そばでニコニコと笑っている間は、親の豊かさを与え、ともに楽しみ、いつかは「親子のすばらし思い出」となるたーくさんの時間を過ごしてくださいね

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