長年、わが国の山岳非電化区間の雄として君臨してきたキハ181系特急形気動車がその役目を終えて、1月4日、JR西日本京都総合運転所(向日町操)から下関へ廃車回送された。2010年12月23日の臨時特急「かにカニはまかぜ」号を最後に、営業運転の第一線からすべて退き、ひととき穏やかな時間を過ごしていた車たちだ。
与えられた列車番号は回9345D。定刻の14時06分、先頭のキハ181-26のヘッドライトがひときわ輝くと、ゆっくりとした速度で向日町操から本線へと上って来た。「はまかぜ」あるいは集約臨などとして通い慣れた道だ。しかし、きょうはいつもと違う。7連の堂々たる編成だが、後部2両はキロで、最後尾を守る先頭車はいない。下り方向だけにしか運転席のない編成が、二度と戻ることのない旅路であることを語っている。
ファインダーの中でどんどんその姿が大きくなってくる。すでにエンジンは全開、排気口からもうもうたる煙が上がっている。爆煙……。カーブを曲がって轟音を立てて横を通り過ぎて行く。
三脚から急いでカメラを外し、手持ちで後追いをする。キロ180に取り付けられた反射板が物哀しい。
青白い煙に、特有の油のにおい。
友が見送りながら言った。「五感のすべてで181を見送った」
いつまでも、いつまでも長岡京のホームに残るかと思った煙とにおい。けれど、いつしか消えてしまっていた。
向日町操にもう1本残っているキハ181たちに、再び光が当たる日がくるように祈る。
2011-1-4 JR西日本東海道本線 長岡京 回9345D キハ181×7
3枚とも
Nikon D300,AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VRⅡ,×2テレコンバーター使用,400mm,ISO 400
1/640秒,f7.1,-0.3段,WB:晴天
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私は時間の関係で元町で撮りました。
ついにこの時が来てしまったのですね(悲)。
廃車回送とは、自走で行くのですね、私はこの手の知識は薄いので機関車で牽引されるものだと思ってましたが、
自力で走行できるので自力で…逝くのですか。自分に置き換えて考えると…と、とても複雑な気持ちです。
私に言える事はご苦労様181。本来の安全輸送の役目終了お疲れ様。そして私たち(鉄)を楽しませてくれてありがとう。
本当にありがとう。
この記録を残してくれ、公開してくれたまむしさんにも感謝です。
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
181系の廃車回送があったのですね~。489系の時もそうでしたが自走廃車回送は蛍光灯もむき出しで寂しさを感じますね。残り1編成。奇跡が起こってほしいですね。
ワタクシは行けなかったんですが、キハ181系の廃回は今日だったんですね。
しかし、帰る事のない最後の旅なのに煙を上げ力走する健気な姿
に涙が出そうです。
それと最後尾が、反射板を掲げたキロと言うのも涙を誘いました。
最後にこの画像を上げて頂き、感謝です!
僕、全然ツイてないです……………………。(泣泣泣
あと1本は絶対に取り逃したくありません…。
ただ、情報が入ってくることを願いながら(笑
写真を拝見して、正直な 感想は「また行ったのですか」思いですね (:_;)
キハ181-26を先頭 に幡生工場へ・・・・・ 二度 帰る事が出来ない、「片道切符の旅」へ(;_;)
まむしさんが撮られた。 キハ181-26号車は 僕が1番御気に入りの先頭車でした。JR神戸線 の高速走行音が堪らなく 好きでした。
ブォ~ンと一段と高いターボ音や屋根上の冷却ファンが他のキハ181先頭車より大きく、そして甲高く、迫力があり、力強さを感じました。
最後部に26号車が連結された時、尼崎駅で走行音を聞きましたが、走り去って行く「後ろ姿」が 本当に恰好良かったし、 尼崎駅にパワフルなエンジン音を残し、冷却ファンの作動音が「こだま」をし、さりげなく通過して行く所が本当に恰好良かったですね。
段々と、国鉄時代の車両が廃車されて 古き良きの時代が感じる事が出来なくなるのが寂しくなりますね。
僕が大晦日に新快速に乗車している時に、真ん中辺りでキハ181系が約10両近く集約され最後部にキハ180系連結されていた編成が幡生に行ったのですね (;_;)(:_;)
ありがとう キハ181系
一年 365日 休まず走り続けて、大変 御苦労様でした。
大変 御疲れ様でした。
国鉄の名車 キハ181系栄光あれ!
残った181に花道を作ってやりたいものですね。
東海道本線も平坦なようで結構、起伏があります。超望遠で撮影して感じることですね。
そうなんですよ、自走で回送されていくのです。しかも、最後尾がキロで完全な編成の姿でもないのが、悲しいですね。
本当に、お疲れ様でした、と何度でも言ってやりたいですね。