きょうは午後から、「香川県人会」に出席した。
開拓時代から、故郷香川県を後にして津軽海峡を超え、北海道に渡った祖父達が、苦しい時も、悲しい時も、肩を寄せ合って、励まし続けてきた集まりである。
発足当時から、同県人が堅い絆で結ばれていたようだが、わがマチもすでに120年の歴史を重ねてきた。
今は3代目、4代目と世代交代も進み、当時は135名もいた会員も、高齢で脱会、他界で、いま40名程度となり、新加入する人もいなく、会の存続すら危ぶまれてきた。
幹事さんが作った「しおり」には
父祖の故郷を偲ぶわが県人会
父祖が懐いた熱い想いと望郷の念
子々孫々と永遠に・・・と書かれている。
市の無形文化財の獅子舞も
猩々獅子五段くずし舞(郷土さぬき)として受け継がれている。
県人会をどうするか、酒を飲みながら、きょう結論をだすことになった。
3時間にわたり、継続するか、解散するか、話し合いが行われた。
祖父達が北海道に渡って100年。10年前まで「ふるさと訪問団」の参加者もいたが、世代交代によって「望郷の想いも縁も」年々薄れて、いまは昔の話となった。
現会員のほとんどは後期高齢者、この先会合に来られるかどうかわからないという人が多い。
したがって、継続は困難という結論に達した。
歴史は100年一昔、100年経つと人々の考えも世の中も変る。
明治の開拓精神で継続してきた「県人会」はこれで解散となった。
しかし「望郷への想い・・・」だけは、これからも代々受け継がれていくことであろう。
開拓時代から、故郷香川県を後にして津軽海峡を超え、北海道に渡った祖父達が、苦しい時も、悲しい時も、肩を寄せ合って、励まし続けてきた集まりである。
発足当時から、同県人が堅い絆で結ばれていたようだが、わがマチもすでに120年の歴史を重ねてきた。
今は3代目、4代目と世代交代も進み、当時は135名もいた会員も、高齢で脱会、他界で、いま40名程度となり、新加入する人もいなく、会の存続すら危ぶまれてきた。
幹事さんが作った「しおり」には
父祖の故郷を偲ぶわが県人会
父祖が懐いた熱い想いと望郷の念
子々孫々と永遠に・・・と書かれている。
市の無形文化財の獅子舞も
猩々獅子五段くずし舞(郷土さぬき)として受け継がれている。
県人会をどうするか、酒を飲みながら、きょう結論をだすことになった。
3時間にわたり、継続するか、解散するか、話し合いが行われた。
祖父達が北海道に渡って100年。10年前まで「ふるさと訪問団」の参加者もいたが、世代交代によって「望郷の想いも縁も」年々薄れて、いまは昔の話となった。
現会員のほとんどは後期高齢者、この先会合に来られるかどうかわからないという人が多い。
したがって、継続は困難という結論に達した。
歴史は100年一昔、100年経つと人々の考えも世の中も変る。
明治の開拓精神で継続してきた「県人会」はこれで解散となった。
しかし「望郷への想い・・・」だけは、これからも代々受け継がれていくことであろう。