沖縄行きを断念したため、この年末は割とゆっくりしている。
今日は年賀状の原稿作成。昨日、版画でイノシシを彫って割と予想以上の出来に
気をよくしている。
今日はだらだらと自分の部屋の片づけ、
1階リビングのフローリングのクリーニング、
お昼からは年賀状の原稿作成。それから昨日誕生日を迎えられた明仁天皇の誕生日特集、
フィギュアスケート日本グランプリの女子フリーを
テレビで放映していたのを見ていた。
クローゼットの中のモノの点検、洗面所のシンク下の点検。フローリングのクリーナーを
発見するためだ。
昼から少し外へ出て、フローリング用のクリーナーとトイレの消臭を買いに行く。
という感じで、だらだらと過ごす。書いていても実にとりとめのない文章で
自分でも嫌になる。あとで読み返すのも嫌になるような文章だ。かといって、見直して
書き直す気にもなれない。
職場にも行っていない(連休だから)から、誰ともほとんどメイルなどもせず、
忘年会も20日に一回あっただけで、なんとなく世間から離れている感じだ。
今でもそんな状態だから、仕事を辞めたらもっとひどくなるような気がするから、
あと一年延長することはよかったのかもしれない。
実は自分の一応書斎のデスクの左側のスペースを空けてスタンドを立てて、
ちょっとした作業、読書などができるようにしたら、ずっといてもいい状態になった。
わがお城という感じだ。今まではパソコンしか使えないデスクという感じだったので、
足が遠のいていたのだが、これからはもっとこの部屋にいても居心地がよさそうだ。
本当はもっと荷物を減らして、一人用のソファーでもおいて、もっと寛げるようにしたいのだ。
テレビではやたら平成を締めくくるような番組をやっている。
平成という時代が、コンテンポラリーからヒストリーへと変わろうとしている。
要するに、今までは日常だったのが、平成という歴史へと変化しようとしている。
テレビで天皇陛下の誕生日の事前記者会見での16分間のおことばというのが、
なかなか心に響くものだったから、急に僕も歴史の一幕に身を置いているような
気がしてきたのだ。平成は激動の時代だったという言い方をする。確かにいろいろあったが、
実は昭和も激動だったのだ。まあ確かに最近は時間の移りゆくスピードが加速度的に速くなって
いるから世の中の動きも速くなっているのかもしれない。
先日、テレビで言っていたが、現代人の一日に得る情報量は平安時代の人の一年分だそうだ。
とにかく、情報が溢れすぎて頭が追いついていかないという状況が続いている。
そんな中だから、平成もめまぐるしく世の中が変化しているというのはあながち間違いでもないのだろう。
昭和といえば、
20年までは戦争
それから戦後復興、オリンピック、高度成長、大阪万博、バブルの崩壊、
平成は
普賢岳の噴火から始まり、阪神大震災、戦後50年、オウム事件、東日本大震災、津波、原発事故、
やはりいろいろあった。