あとだしなしよ

Japanese text only..
落書きブログです。
報道記事の全引用は元記事消去への対応です。m(__)m

エロス+虐殺

2007年02月02日 | 日本映画
エロス+虐殺 (ロングバージョン)
1970年、ATG
監督:吉田喜重
出演:岡田茉莉子、細川俊之
春三月 縊り残され 花に舞ふ ~ 大杉栄

岡田茉莉子の伊藤野枝、細川利之の大杉栄。1968年のフランス5月革命を引き金に世界中で市民運動が激しさを増した1970年に公開されている。明治政府(軍部)による左翼、アナキズムへの言論・思想弾圧の果てに、関東大震災時の戒厳令下、軍部による拷問の後、殺されたとされる。無関係の6歳の幼児も殺された。体はスマキにされ井戸に捨てられたらしい。殺害犯とされた甘粕正彦は社会的非難を浴びたが、3年で釈放された後、満州にて暗躍。満映の理事長をしたため映画関係者とも親しかったらく、内田吐夢は敗戦後の彼の自決を看取ったそう。明治政府は自由主義、共産思想も農民一揆も弾圧していた。
映画は大正時代と1969年を行き来する。現代(といっても37年前ですが…)編はエロで、20歳のデザイン学校に通う女性売春婦と青い理屈をコネクリ回す青年が主役。ハダカがいっぱい…大正編では主に大杉の女性関係が描かれる。自由恋愛を主張し、それぞれが経済的自立をしてとかなんだとか…やってることは旦那の妾道楽と変わらんように思えるが、そうとも言えない。。。昔の結婚は恋愛ではなく家と家とのものだったり、顔も知らないで嫁いだり、あのバカ大臣の言うように女は出産機械だったり、労働力だったのは間違いない…そうではなく、二人の関係は後のジョンとヨーコのようで、二人で思想家として文学者として活動し、現代から見ても理想の関係を築いたと言えるのかもしれない。しかし大杉は仲間からは無責任な女道楽とも取られてしまい、それゆえに仲間からは非難されていた。映画はほとんどがロケで撮影したと思われ、伊藤野枝が近代的な電車や新宿のターミナルに出現したりして、変な演出だった。印象的な構図や演出多し。低予算?の中、キャメラにはこだわりがあったように感じる。音楽はバイオリンの演奏に弦を引っ掻くような音で、大正デモクラシーの中に咲いた大正ロマンの中で不合理で一方的で利己的な暴力を表現。ロングバージョンだと3時間以上あるので、コアなファンの方でないなら、ノーマルバージョンでもOKだと思います…
明治時代も含めて戦前のこんな時代に生まれなくて本当によかったと、心の底から思います。
吹けよ、あれよ、風よ、あらしよ
どんな難儀な重荷を負わされようとも、
そのために自己を粗末に扱うような事はしない ~ 伊藤野枝


大杉栄
青空文庫:自叙伝の一節に大杉自身が書いた日陰茶屋事件がある(後半)



西鶴一代女

2007年01月03日 | 日本映画
西鶴一代女
1952年、昭和27年、新東宝
監督:溝口健二
出演:田中絹代
場所:フィルムセンター

暗い闇の画面、さまよう田中絹代の娼婦…全体的に画面が暗く、電気の無い江戸時代の雰囲気感じられ、この作品のキャメラも秀逸だとおもいました 溝口作品ではよく感じられるのですが、長回しのシーンは舞台演劇をクレーン撮影で撮影してるのか人間の視点とは違う感じで写されています。
印象的なプロットがたくさんある作品。


にっぽん昆虫記

2006年12月22日 | 日本映画
にっぽん昆虫記
1963年 昭和38年、日活
監督:今村昌平
出演:左幸子、北村和夫、吉村実子、岸輝子

ドイナカの村が最初の舞台だったけれど何処だか分からなかった。(後記:山形県の実在が女性をモデル)北海道か東北のほうだと思ったけど何処だろう、ネットで調べたけれど分からず。円空の仏像みたいなのがこの山の神様だった。左幸子も凄いがコノ北村和夫のお父さんも凄いゾ、性不能?のウスラバカの役で年齢差が20以上ある妻を娶り、そいつが結婚二ヶ月目に生んだのを自分の子供と信じている…その子供が大正生まれの主人公のトメ。この女の人生はビンボーでろくなもんじゃない…財産目当てで結婚させれらた夫は一夜の契りで戦争へ捕られ戦死。幸か不幸か子供ができてしまい家計の為に、お国の為の明治の伝統産業ともいえる紡績工場の女工員でコキ使われ、敗戦後はアカの運動員をするが首謀者とみなされクビ……オンリーさんの家政婦、アヤシイ仏教系の宗教団体から曖昧屋の女性労働者に、中小企業のオッサンの愛人…など点々する。娘もオッサンの手込めに…されるが盗るものは盗って自立。
太平洋戦争、血のメーデー、60年安保などの映像が織り込まれるがそれどころじゃないよって人生が描かれる…ドイツの映画祭でこの左幸子さんの演技が主演女優賞をとったのは、やはり土着色が大きく残るお土地柄なのかなあと思ってしまった。

第37回(1963年度)キネマ旬報ベストテン 第一位
左幸子、ベルリン国際映画祭主演女優賞
フイルムセンター解説
Wikipedia英語ページのほうが詳しい。。

キューポラのある街

2006年11月22日 | 日本映画
キューポラのある街
1962年、昭和37年 日活
監督:浦山桐郎
原作:早船ちよ
脚本:今村昌平、浦山桐郎
出演:吉永小百合、東野英二郎、浜田光男
吉永小百合さん17歳の時の作品らしい。浜田光男が共演者だったのでいわゆる"青春&恋愛"ものかと思ったが、子供が主役の映画だった。とはいっても、子供向けではなく、社会派に属する映画だと感じた。吉永さんは進学を控えた中学生のリアルな少女の役。弟が伝書鳩に夢中なガキ大将のわんぱく小僧でもう一人の主役。荒川の上流の埼玉県川口市の鋳物と鉄鋼の街が舞台で、キューポラとは鉄の溶鉱炉のことらしい。彼らの家は長屋で、労災で足を悪くし初老でさらに失業中で飲んだくれてばかりいる昔気質の鋳物職人の東野英二郎のお父さんと母の杉山徳子さん(「渡る世間は鬼ばかり」の前田吟のお母さん役のかた)で、あかんぼうが生まれたばかりの正に火の車の家庭…「スーダラ節」が流れる川口の街で、子供を中心にまわりを描くと、当時の社会状況見えてくる…二人ともに在日コリアンのともだちがいて、現在まで引きずっている朝鮮問題が描かれる。帰国運動でホクセンに渡る為に新潟行きの列車に乗る彼らの家族と、日本に残る日本人の母親。北朝鮮の旗のもと民族の歌を歌いながら、駅に集まる人々。見送る人には学校の先生もいる。「今の生活より悪くなるわけねーや」といって母親と別れ、北朝鮮に渡る決心をする子分のハナタレの少年。ワルガキ団も解散…
進学費を稼ぐ為にパチンコ屋でバイトもしていた勉強家で頭の良い吉永さんは不安定な両親の生活状況も熟慮して

ひとりで十歩 進むより みんなで一歩 進むのが良いわ!

と言って自立した生活を目指し有名校への進学の道を捨て、就職し定時制高校への進学を決意するのでありました。経済的自立は大切だ…エライなあ。朝鮮、教育と労働問題と現在とほぼ同じ問題がテーマにありました。描かれている社会は、会社統合や労働組合の発達(労組は戦後から活発化)、所得倍増計画などが話に出て来て、高度成長直前の日本がみられる感じがした。
ちなみに帰国事業を始めた時の総理は安倍晋三のじいさまの岸信介だったそうです…

第36回(1962年度)キネマ旬報ベストテン 第2位

人生劇場 飛車角と吉良常

2006年11月16日 | 日本映画
人生劇場 飛車角と吉良常
1968年、昭和43年 東映
監督:内田吐夢
出演:鶴田浩二、辰巳柳太郎、高倉健、松方弘樹、藤純子

 人生劇場尾崎士郎の大正時代の長編大河小説が原作。小説では映画でも出てくる三文文士(松方弘樹)が主人公だそうだが、映画では渡世人の鶴田浩二が主役であった。吉良常(辰巳柳太郎)は文士を子供時代から知っている初老のバクチ打ち。任侠道ならなんでも知っているって感じのおやっさんであった。臨終の時に「俺のこの手は‥ 何をして来た‥ 殺しと‥ バクチだけだ… 」と言う。彼は鶴田を理解し助ける役回り。義理と人情というわりには、殺伐としてしまうヤクザ映画ですが、この辰巳柳太郎さんの存在が作品にあたたかい人情味を出しているのではないだろうか。
 さらに強調すべきは、日本らしい風景や江戸情緒が残る街並などの美しさ。この美しさは、時代劇にも現代劇にもなく、戦前を舞台にしたヤクザ映画だけにあるものだと思うのですが、なぜなんでしょうか?消え去ってしまったが故の消えゆく前の最後の輝きともいえるのだろうか。それはこの映画の最大の魅力の藤純子さんの美しさにも現れ、場末の芸者宿やヤクザが仕切っている遊女屋を転々としているのに、清らかで美しいという矛盾をも体現してしまう。この数年間の藤純子の美しさは、現代も含めて日本映画最高だったのではないかと個人的に思う。鶴田浩二と高倉健の二人から愛され、二人とも愛してしまう葛藤が彼女の演じどころ…この映画テイストは同年にスタートする『緋牡丹博徒』にも引き継がれ、彼女は頂点を迎える…
 ラストの殴り込みのシーンでは、内田吐夢監督が『宮本武蔵、一乗寺の決斗』でやったようなモノクロの色無しの殺陣となっていました。モノクロからカラーに変わると、赤い血がべっとりと浮き上がります。ラストのカラースモークなんてのも監督らしくて好きだなあと思ったしだいです。この作品の後、1970年の『真剣勝負』のロケ中に監督は倒れ、この作品が遺作となってしまった…数々の美しい映像は、明治生まれで大正~昭和初期に青春時代を過ごした監督だからこそ撮れたものかもしれない。

人生劇場 佐藤惣之助作詞 古賀政男作曲

やると思えば どこまでやるさ
それが男の 魂じゃないか
義理がすたれば この世は闇だ
なまじとめるな 夜の雨

あんな女に 未練はないが
なぜか涙が 流れてならぬ
男ごころは 男でなけりゃ
解るものかと諦めた

時世時節は 変ろとままよ
吉良の仁吉は 男じゃないか
おれも生きたや 仁吉のように
義理と人情のこの世界


第42回(1968年度)キネマ旬報ベストテン 第9位

豚と軍艦

2006年11月14日 | 日本映画
豚と軍艦
1961年、昭和36年 日活
監督:今村昌平
出演:長門裕之、吉村実子、丹波哲郎

 セリフで「オメーなんか朝鮮戦争で死ねば良かったんだよ!」ってのがあったので、時代は朝鮮戦争(昭和25年)あたり。でも「自衛隊より凄いね!」との発言があるので昭和29年の自衛隊発足より後。横須賀の米軍港のクソったれな生活が描かれていました。ドブ板通りにはネオンサインが光り、ツレコミ宿はパンパンと水兵でごった返し、オンリーさんが小奇麗なかっこうでさっそうと歩き、ヤクザが弱きものたちからショバ代をかき集める…そんなかんじの映画だった。

 つい最近、横須賀に行ったのですが映画の演出もあってか昔の方が活気があったのかなと思ってしまいました…今の横須賀も街にはやはり外国人(つーか、アメリカ軍)が多くて、ガイジンの家族連れも頻繁に見かけた。彼らの住居は『思いやり予算』とかゆーもんで、専用のホテルみたいな宿泊施設で、居住区には娯楽施設から何から何でもあるって聞きます。今のドブ板は観光地ぽい雰囲気で、ヤクザが暗躍して売春が横行!!なんて雰囲気はまったくありませんでした。(昼間にぶらついただけなんですが…)ボウズアタマで帽子をかぶった海軍学校?の学生が店先のナイフのショーウインドウに群がっていたのが印象的でやんした…映画にでてきた横須賀線の列車はステンレス?になるの前のモデルでしたが、京浜急行は当時と同じ、赤に白の線の車両が走っていたみたいだった。猿島は変わらず猿島。横須賀軍港巡りという港をクルージングするやつがあって海軍施設をひととおり見たのですが、となりの市にすんでいながら、こんなもんがあったのかと少し驚きました。ちょうど訓練だか任務だか知りませんが空母などが引き払っていたので少し残念だったのですが、それでも生で軍艦や潜水艦をみると、かなりヤバイ雰囲気がヒシヒシと感じたのでありました。。船のアナウンスでは「空母は猿島と同じくらいデカイ」と説明されていました‥

 映画のヒーローは、街のチンピラで若き日の長門洋之。スカジャンをはおり水兵をポンビキして定食屋の地下にほりこむ。ヒロインの吉村実子さんは撮影当時17歳!その定食屋の娘でチンピラの女。親分株の丹波哲郎は背中に南無妙法蓮華経の入れ墨をして首からジュズをぶら下げている。(モデルがいるのかな…あれかな…)組は米軍のただ同然でもらった残飯をブタのエサにして、養豚会社で一儲けを企む…「キョウからアナタタチはリッパなキギョウケイエイシャ。もうけの1%を慈善団体に寄付してもらいます。」なんてなこと華僑だかハワイ出身だかの東洋人に言われて、ヤクザ系企業が設立スルノダ…
 『わたし、川崎に行くから あなたも一緒にいらっしゃいよ… あそこなら工場で働けるわよ』とチンピラの子を宿しているヒロインは言うが、チンピラが地道に働くわけがなく、次々と危ない橋を渡り組を抜けられなくなる…組を抜けるのも命がけで、組を抜けたやつがイビラれて首をくくっているのを見ている…そのうちヒロインも自暴自棄になって米兵と遊び、連れ込まれ、殴られ、犯され、まわされる…天井から全てを見ていた今村のキャメラもグルグル回る……
 ラストは夜のドブ板通りに豚があふれ、仲間に騙されたチンピラはヤケクソになりドブ板通りのど真ん中で機関銃をぶっぱなす。駆け落ちを約束したヒロインが待っているのに…結局、仲間に銃で撃たれ、警察に追われ、汚らしい便所に突っ伏して死んでしまう…ヤクザ連中はブタに押しつぶされ、圧縮トン死…死者まで出す大騒動のあと、担架で運ばれるチンピラを見つけたヒロインは「バカヤロー! バカヤロー!」と絶叫する…彼は永久に答えない…
 ヒロインは金回りの良いオンリーさんを母に勧められたが蹴る。彼女はゆかたも家族もクソッタレな街も捨て、川崎に働きに出る。列車が横須賀駅を出る。港には超巨大空母が入港し、水兵目当てのパンパンたちは横須賀の街に消えて行く‥


横須賀は2008年から原子力空母の母港となることが日米政府により合意された 横須賀出身の前総理は米国の要求に二つ返事で母港化を約束したようだ

第34回(1960年度)キネマ旬報ベストテン 第七位

我が戀は燃えぬ

2006年11月13日 | 日本映画
我が戀は燃えぬ
1949年 昭和24年 松竹京都
監督:溝口健二
出演:田中絹代、水戸光子、三宅邦子、菅井一郎、千田是也、東野英治郎、小澤栄太郎、松本克平、濱田寅彦、清水將夫、宇野重吉
場所:フィルムセンター 2006.11

明治時代の女性解放運動を志す岡山出身の女性、影山英子が主人公の歴史ものであった。物語は明治17年に始まり、まだ選挙も無く、人買いが親の同意で行われてるし、どこが近代国家ニッポンだんだよ…って感じでした。(四民平等とはいえ、天皇主権で政治の中心は貴族階級)この国初の政党である自由党が民衆である貧民達と結託し、各地で一揆が勃発した時代だったらしい。一揆のシーンも映像化され、蹶起する民衆の麻の布に毛筆での貧民の旗はカッコイイと思った…

オープニングは、岡山。旗を掲げた人々が東京の女性活動家を熱く迎えるシーン。この活動家の女性がバストアップになり主要人物なのかなと思ったら、お出迎えの女性が振り向き、田中絹代だったという出だし。。溝口オハコの船上シーンでの政治講演会が終ると、警察に囲まれて集会を解散させられる。田中は豪商の娘でインテリ。自由民権運動に参加している幼なじみの男(小沢栄太郎?)がいて、いつか東京へ行くことを思い抱いている…使用人の娘(水戸光子)が東京へ売られる。船着き場に人買いと娘。田中は活動家の男を見送りに来て彼女を見つける。娘を買い戻す為にお金を貰いに実家に戻るが、『ご奉公に行くことで、お金が入り親の生活は救われる。むしろ良いことなのだよ。』とかなんとか言われて拒まれる。…船着場に戻ったがもう船は出た後であった…

東京に出て来た彼女。スクリーンには松竹美術スタッフ入魂の明治の街並が映し出される。照明はまだランプ。田中は自由党の中心人物の男、重井憲太郎と知り合いになる。幼なじみの男は青春や権力へのの挫折ですっかり人が変わり、さらに政府側のスパイとなり自由党に潜入していた。重井にスパイを見破られた彼は復讐の言葉を吐き自由党を去って行く…
政府の弾圧が強くなる中、世相も乱れ各地で一揆が乱発。田中も重井のお供である村の集会に参加。"貧民"の旗を掲げ団結する彼ら。一揆とは言いかえれば市民革命のことか…彼らはすでに怒りの頂点に達して、直ぐにでも奴隷工場を襲撃する勢い!「暴力はいかん!」と言う重井に対し、「話して分る奴らじゃない!!」と村人。まず田中がその工場を偵察に出かけることになる…。
奴隷工場。売られて来た女工達が泣いている…女が縄で吊るされ、男が鞭でしばく…拷問だ!!床にもスマキにされた女が転がっている…ここは平安時代の山椒太夫の奴隷荘園か!?おびえた女達のなか「いい加減にしやがれ!」と男に突っかかる女が…それは岡山から売られて来た水戸光子であった。男に別室に連れ込まれた水戸は犯される…辛い経験は彼女を逞しく変えていた…ぶち切れた彼女はランプを倒し、工場に火を付ける。ざまーみやがれ!とケタケタ笑う彼女を偵察に来た田中が見つける。工場はパニック状態に。たちのぼる火炎の中、騒ぎに駆けつけた警察が踏み込む、、田中と水戸と重井は一揆の発起人として逮捕されてしまうのであった…
刑務所。「俺と寝れば、自由にしてやる」と持ちかられ応じる水戸だがそれも罠。水戸はさらに重罪に。「この私が自由主義の活動家だってよ!」とは水戸が吐く…犯罪者の生活は過酷だ…受刑者は奴隷作業をする。真上に近い位置からのカメラで奴隷作業が写される。鎖で足をつながれた二人は石を運ぶ。藁作りの顔まで隠す三角帽子で作業。奴隷だから顔など要らぬということか。フラフラになり鞭を打たれる二人…水戸の打ち明け話…岡山を出たあと、あの人買いの男に処女を奪われる。しかしそんなロクデナシの男に女は惚れてしまう。「だって私を初めて女にした男だよ…」…そんなムショ暮らしは数年続いたようだが、やがて恩赦にて解放。

解放された3人は自由党に戻る。出所祝いが終わり、取り巻きが消えた後は田中と重井の二人の時間…お固い田中も重井を許してしまい二人はムフフの関係に…時は大日本帝国憲法公布後の初めての選挙。田中は立候補した重井をサポート。ヤクザの嫌がらせやあの幼なじみの男の嫌がらせにも負けず当選を目指す。そんな中、ひょんなことから重井が水戸に手を出していたことが、田中に発覚!!詰め寄る田中に、すずしい顔で『ありゃー妾にするよ。君への愛とは別だよ…』と言う重井。しょせん男社会に生きる奴はこんなものか…と田中の理想がガラガラと崩れて行く…
重井は当選。この日本最初の選挙は『満25歳以上の男性で国税15円以上を納めている者に選挙ヲ権付スル』でそれは総人口の1%にすぎないブルジョアジー達の選挙であったそうだ…一般選挙の衆議院とは別の特権階級の貴族院もある。
重井の当選にも田中は失意し離党、ひとり古郷の岡山に帰る。最後のシーンは機関車の客室…立ちこめる蒸気機関車の煙の中、水戸が田中の前に現れる。田中を追って来たのだ。女にも学問が必要だと女学校を作る計画を水戸に話し、水戸も同意。田中は水戸を抱きながら古郷へ帰る列車の中で眠るのであった…



この映画の企画を松竹に持ち込んだのは溝口監督だったが、出来上がった脚本を見た時にはもう熱が冷めていて『こんなのは、木下か??(名前失念、スミマセン)にやらせろ』と言ったとの逸話が残っているそうです。民衆へ民主主義の宣伝もあったのかなとは思いながら、プロの職人監督の仕事を感じた。公開時の日本はGHQ統治下。武士や公家や軍族だった貴族階級も成金の財閥も占領地も解体。天皇陛下も人間宣言をさせられた日本。戦争にでも負けないとこんな改革は出来ませんよね…民主、人権、平和を唱った先進的な憲法を手に、待望の女性選挙権も獲得。マッカーサーにガキ扱いされたのも仕方ないか…と思いつつ、たゆまなく戦争を続けるあの国を横目に、なんだかんだ60年間も戦争をせずに今日に至る我が国なのであった。。。

夜の女たち

2006年11月12日 | 日本映画
夜の女たち
1948年、昭和23年、松竹
監督:溝口健二
出演:田中絹代、高杉早苗、角田富江、藤井貢
場所:フィルムセンター

 終戦後3年の大阪を舞台にした映画。ロケシーンも多かったようで、まだガレキが残るスラムみたいな街並が見られる。幸せな結婚をし子供にも恵まれた普通の女性が、戦争、敗戦、混乱の後にパンスケ(街娼)にまで落ち、その中で人間性を失ったような生活を続けて行く様が描かれていた。松竹ホームドラマから滑り落ちていく女達。娼婦の収容所や無法地帯の女達の描写などが生々しく描かれていた…

 空襲で焼けだされ、朝鮮に行っていた夫を無くし、貧困の為に子供も病死させてしまった女(田中絹代)。それとは知らずアヘンの売人に囲われていた彼女は、実の妹と男との関係を見て、ヤケクソになり夜の街に立つ女になる決心をする…パンスケになってしまった彼女は以前と別人。シマのアネゴみたいな存在になっていた。彼女は怒鳴る。『世の中の男という男と寝て、病気をうつしまくって、そいつの鼻を落として、日本中をXXXな男にして、世の中をメチャクチャにしてやる!』

 その実の妹(高杉早苗)。終戦を外地(朝鮮)で迎えた彼女は引き上げ時にひどい目に会ったと語る。帰国後は日本でダンサーに。姉の男と関係を持ってしまった彼女は彼の子を宿す。男にはあっさり下ろせと言われる。彼女は出産を望むが、早産とバイドクの為に流産してしまう。

 死んだ夫の妹(角田富江)。まだ若く素直な少女だった彼女も悲惨な道へ。華やかなダンサーの義姉にあこがれ、家の有り金を掴んで家出する。大阪駅で声をかけられた男に連れ込まれ、酒を無理矢理飲まされ金を奪われ強姦される。さらに男の仲間のチンピラ女達に身ぐるみ剥がれ、大阪の街に放り出される…

 よく“戦後の混乱”と一言で片付けられているがこういった実態もあったのか…ラストシーンで同業者の女達にリンチを受けながら田中絹代は観客席に向かって叫ぶ。『もう、私のような女を出すな!二度と私たちのような不幸な女を出すな!…」闇に消える声…戦争の地獄を経てもまだ苦しみは終わらない。
 乙女の純潔を訴える女が出て来たのだが、娼婦達の彼女に対する圧倒的な罵声が印象的。田中絹代が映画の鬼と化すのはこのあたりからなのだろうか…アバズレのパンスケのアネゴで、収容所から塀を乗り越え有刺鉄線をかき分け脱走したりします。溝口監督が題材にしてきた、伝統的な花街や遊郭などとテーマは同じなのだろうが、バイオレンスでした。効果音で汽車の音(踏切)の演出があったことを、見た後に知りました…

第22回(1948年度)キネマ旬報ベストテン 第3位



黒い雨

2006年11月09日 | 日本映画
黒い雨
1989年、昭和64年/平成元年 東映
監督:今村昌平
出演:田中好子、北村和夫、市原悦子、原ひさ子、沢たまき
場所:東急Bunkamura ル・シネマ2 2006.10

 昭和二十年八月六日。冒頭…叔父さん(北村和夫)が市街電車に乗っているシーン。と、いきなりの爆風。原爆で体が飛ばされる。気がつくと、あたりは滅茶苦茶の地獄絵図。その時、スーちゃん(田中好子さん)は叔父に会う為に船に乗っていた。広島方面に湧き上がるキノコ雲を見る。「なんじゃー!ありゃー!」。その後に黒い雨が降る。ベチャ、ベチャ。頬に雨が当たる…そして、叔父に会う為、被爆直後の広島市内へ。スーちゃんは叔父、叔母(市原悦子)と爆風でメチャクチャになった建物や死体の山や大やけどで皮がめくれたの人たちであふれた広島市内を歩く。…全身焼けどの子供がいた。彼は兄と再会するが兄は弟の姿が分らない…叔父の勤めていた工場に辿り着くために市内を歩き続けるスーちゃん達…川には黒こげになった死体が浮かんでいる。ようやく市内を抜けた彼らは命からがら、工場に辿り着き一命を取り留める…川辺に積まれた死体の山、念仏をあげる坊主も葬儀屋もいない為、しょうがなく念仏を唱える叔父さん。そして川原で死体を焼く。スーちゃんは川で水浴び…彼女の頬にススが付く…
 やがて、戦争終結…物語は終戦後5年後へと移る。
外見はなんともない、スーちゃん、叔母さん、叔父さんだが、原爆病(放射線障害)が忍び寄る…医者にはなるべくビタミンを取るようにと言われているよう。アロエが良いとか鯉の生き血が良いとか…スーちゃんは年頃で、縁談もあるよう。だが、ピカにあった娘の噂から、縁談はまとまらない。スーちゃん達は田舎の村に住んでいる。叔父さんは自分の土地を売って生活費にしているよう…村には、陸軍帰りの元兵隊がいる。彼は、普段は石の地蔵を彫っているが、自動車等のエンジン音が戦車の音に聞こえて、バスが停車するたびに地雷(枕)でタイヤを爆破する為に自動車に突っ込む…笑えるユーモラスなシーンなのだがホントは恐ろしい…そして、叔父さんはスーちゃんが原爆病でないことを証明する為に、彼女の日記を清書する。(この日記が原作で、井伏鱒二がこの事実を小説化したよう)しかし努力も虚しく縁談は上手く行かない。スーちゃんの鏡台の前のシーン。彼女のおしりには、戦後5年経っても未だに直らないおできがある…
 その後、村にいる顔見知りのヒバクシャ達が次々と命を落として行く…叔母さんも、体力、気力を失い初め、怪しい宗教に傾倒したりしている。アロエを隠れて食べるスーちゃんも遂に発病してしまう。お風呂に入るスーちゃんの若々しい体とはアンバランスに彼女の髪の毛は『ズルリ』と抜ける…伯母さんがそれを見て周囲にもスーちゃんの病気が知れる。
 叔父さんの釣りを見ているスーちゃん。池の主を見たスーちゃんはなぜか興奮する。幻聴、幻覚を見る彼女…ヤマイが進むスーちゃん。彼女の元に地蔵を届ける元兵隊。二人は心を繋いでいく。さらに病が進み、やがてスーちゃんは危篤状態に…元兵隊は彼女を抱えて、救急車に乗り込む。取り残される叔父、叔母…車は山道に消えて行く…バックには大きな山と青い空…



 初の今村映画。原爆の被害とこの手の放射線障害を真正面から見つめたメジャーな映画が作れるのは日本だけなのではないだろうか。生きながら肉体が朽ちて行くのは悲惨すぎる。今村昌平監督もいままで見たいと思いつつ見逃して来た監督だった。米軍と自衛隊の軍港、横須賀のアングラ世界を描いた「豚と軍艦」など見てみたいものが多く、少しずつ見て行こうと思った。

ご参考>
ザ・スクープ 日本の原爆開発と人体実験
原爆と峠三吉の詩 下関原爆展パネル長周新聞

女性の勝利

2006年11月06日 | 日本映画
女性の勝利
1946年、昭和21年 松竹大船
監督:溝口健二
出演:田中絹代、桑野通子、三浦光子、徳大寺伸
場所:フィルムセンター

田中絹代演じるの女弁護士の話。この時代の弁護士の服装はちょっと異様な感じである。
冒頭、終戦直後の焼け跡の道を田中絹代が歩くシーンがある。焼け野原をヒールを履いて歩く田中がミスマッチで、道沿いには店舗というものが無く、道ばたでそれこそミカン箱の上で卵を売ったりしていた。
田中には戦争中の体制に反対して牢獄に幽閉された恋人がいた。彼は田中が弁護士になる上での恩人の河野検事に牢屋にぶちこまれたのだが、出獄後は足腰が立たなくなっていた。見舞いに来た田中に希望をかたる彼…

ある日、田中の家に乳飲み子を抱えた女が肉を売りにきた。その女は田中の同級生であったが、それを思い出した母親が田中を呼ぶと、彼女は逃げてしまった。ある日、その彼女の夫が病気で死んでしまう。残された彼女は発作的に赤子を抱きしめ続けて子供を窒息死させてしまう。田中は生活に負けてしまったと彼女を非難し、彼女に自首を進め、彼女もそれに従う。

この事件の公判の検事として選ばれたのは河野検事。田中は彼女の弁護に立ち、彼と対決することになる。河野検事の妻は田中の実姉であるが、彼女は前時代的な夫にそれでも仕えている。彼は田中に自分の出世話を話したり、彼女を弁護士にした恩義を彼女に売り、暗に公判に負けろとほのめかす。彼女の姉も河野検事の女性軽視に次第に反発を感じるが、行動に移せない…

裁判当日、病床の男は危篤に。枕元に田中駆けつけたが、危篤の彼を残し裁判に向かい、河野検事と対決をする。精神錯乱などなく計画的に赤ん坊を殺したと主張する河野検事。田中弁護士は無罪だと主張する。『そもそもの原因は日本を戦争に巻き込み、日本を滅茶苦茶にした人達である。被告の夫も軍事工場で酷使されたのが原因で死亡した。その責任を追及せず、彼女を攻めるのは不当だ!』

第一回の公判の後、同僚から病床の彼の死亡を告げられた彼女。彼女の姉は河野検事との別居を決意する。様々な思いを胸に彼女は第二回の公判へと向かうのであった。



戦後1年目の作品で、戦時中の情報局の後は今度はGHQの監視下で作成されているので、どこまでが溝口監督の本意なのかは分らないが、戦争に対する女子供や社会的弱者への素直な謝罪ともとれた。うがった見方かもしれないが、GHQの極東裁判へ民意を作る目的もあったのだろうかとも思える…溝口監督が自由に映画を作られるようになるにはまだ数年かかるようだ…

必勝歌

2006年11月06日 | 日本映画
必勝歌
1945年、昭和20年 松竹/情報局
監督:溝口健二、清水宏、田坂具隆、マキノ正博
出演:佐野周二、大矢市次郎、沢村貞子、嶋田照夫、小杉勇、三井秀男、斎藤達雄、高田浩吉、沢村アキヲ、河村黎吉、高峰三枝子、轟夕起子、田中絹代、上原謙
場所:フィルムセンター

冒頭は南方戦線の佐野周二隊長が率いる一個小隊のシーンから。部下にふるさとを思い出せと言い、ボールを受けた兵隊さんが次々にその思い出を語っていく。全員で目をつむり、ふるさとの日本をを思い出す隊員たち~
雪国の農村のシーン。田舎の子供達も大きくなったら兵隊になる~などと話ている。その村で蒸気機関車が雪で立ち往生。村民全体で雪かきをし、機関車を助ける出す。(これが溝口監督の作品らしい)
隣組か消防団の監視員がコミカルに描かれる…兜を腰に着け、弁当を忘れないようにとか言いつつ、街の防火水を見回ったり、防空壕がちゃんと出来ているか~とかいいつつ、体重をかけ穴に落っこちるおじさん。。
満員電車で疲れてふらふらの兵隊さんをやさしく抱いてあげる見ず知らずの兵隊さん。。
竹細工の飛行機作りが大好きな少年は、空軍に志願する。その父親は立派なパイロットになって敵に体当たりしろ!とか笑顔で話す。息子と父親の話が決まって、朗らかに微笑むその母親。。。
赤十字の看護婦の話…負傷者を載せた船が敵軍の攻撃に遭い、看護婦が負傷者もろとも海に沈んだ。タールの海の底から看護婦達の清らかな歌声が聞こえてきた…という話を澱みなく絵物語のように話す。。。美化することの恐ろしさよ…
宴会で酒を飲む男達。靖国で会おう~とかご満悦で歌を歌う。
田舎の少年達が踊るミュージカル風の映像。
招集がかかった見合い相手の男性との結婚を予定通りに進めてくれと願う高峰三枝子さん…夫の足がなくなろうとも添い遂げますと語る。
などなど…
ラストは瞑想を終えた、佐野周二率いる小隊が作戦を遂行するために出撃して行く…

オールスターキャストで送る、終戦の年の戦いへの宣伝映画。冬場のシーンが多いので空襲前の撮影が多いようだが空襲のシーンも少しだけあった。公開は2月20日とある。各地での地上戦や空襲や原爆投下と地獄に向かう日本。"体当たり"という言葉が何回も何回も出てくるが、命を失うことへの現実感や惨たらしさが全く無く、娯楽映画を見ているみたいな感覚だった。やはり戦時中の作品は見ていて辛い。(眠い…)田中絹代が出ていたのだが、どんなシーンだったか思い出せず。

名刀美女丸

2006年11月06日 | 日本映画
名刀美女丸
1945年、昭和20年 松竹京都/情報局
監督:溝口健二
出演:花柳章太郎、伊志井寛、柳永二郎、大矢市次郎、山田五十鈴
場所:フィルムセンター

真面目な刀鍛冶、清音と山田五十鈴さんとの恋の物語。
刀鍛冶の清音が鍛えた刀を使ってくれた恩人が、主君の警護の最中に賊に襲われる。交戦中に清音の刀が折れてしまう。主君と恩人は無事だったが、恩人は武士の魂ともいえる刀が折れた為に糾弾され没落してしまう。最後は怨敵に殺されて命を落とす。その恩人の娘を山田五十鈴が演じる。娘は仇討ちに使う刀を作るよう、清音に依頼する。静音は兜をも斬れる剣を作ろうと相棒と必死に鍛冶仕事をするが何回やっても失敗する。気力も原料の鋼も尽きる最後の刀の作成でその思いが通じてか、父を殺された山田五十鈴の幻影とともについに打ち出された刀。その刀は遂に“エイヤー!コチン!”と兜をまっ二つにする。その刀で山田五十鈴とともに仇討ちを果たした。
一生刀鍛冶を続けて行くと誓う静音に、「私も側に置いてよ」と言う山田五十鈴のセリフで終。

敗戦の年にこれまた情報局の監視下で作られた映画だそうで、仇討ちの話であった。刀は兵器がシンボライズされたものであろうか。それを作る軍需産業も仕事に必死で打ち込み、戦死者の仇を討つのだと言いたいようだ。いくら溝口映画でも見ていてしんどかった。竹刀で静音の頭をコツンと叩いたりする山田五十鈴さんのコミカルな演技と、静音の純朴で少し情けない感じの役所が救いか。芸道もの刀鍛冶編といった感じなのか、謙虚な主人公は近松物語に少し似た感じに思えた。

宮本武蔵

2006年11月06日 | 日本映画
宮本武蔵
1944年、昭和19年、松竹京都/情報局
監督:溝口健二
出演:河原崎長十郎、中村翫右ヱ門、生島喜五郎、田中絹代
場所:フィルムセンター

戦時中の軍部の情報局の監視下の元に作られた作品。一般的な?武蔵と小次郎の話に仇討ち話が加わっていた。朱美やお通、又八は出てこないし、子供好きな側面も描かれず時代劇のヒーローという感じはまったくない。
冒頭の、吉岡と武蔵の小競り合いから一気に下がり松の決闘シーンになだれ込む。武蔵は野武士的というよりも剣豪といった風情で、父の新免無二ぽい雰囲気で描かれる。一乗寺の決闘シーンはどうしても内田吐夢版を連想してしまうが、溝口の長回しで、吉岡一門との壮絶なチャンバラシーンが見られるかと期待したが、ほんのさわりですぐに終わってしまった。
仇討ちを目指し武蔵に弟子入りをする姉弟の姉役には田中絹代。長い髪を後ろで束ねた髪型で登場。「仇討ちで武道を志すとは不純である」と弟子入りを断られるが結局、許され弟と一緒に打ち込み等の稽古に励む。
姉弟の助太刀に武蔵が入っていることを恐れた仇討ちの怨敵は小次郎に取り入る。小次郎は武蔵と試合をしたいが為に、挑発行為として弟を怨敵に殺させる。義太夫?を歌いながら姉弟に近づき殺め、殺害後も歌いながら去って行く彼らは不気味であった。
武蔵は巌流島へ。宿泊先では姉が武蔵の世話をしている。巌流島に向かうその朝に怨敵は武蔵を待ち伏せしていたが、あっさり武蔵に返り討ちにあう。「こいつらはもう一生不遇者であるが、とどめを刺すか」との武蔵の問いに姉は、このまま見逃すと答える。
巌流島に向かう船。浜辺に着くやいなや、決闘開始。ここからは良く知られるやりとりが繰り広げられた。勝負は一撃で武蔵の勝ち。武蔵の鉢巻がはらりと落ちる。倒れた小次郎の刀が武蔵の袴を弱々しく撫でると、袴が切れる…
決闘を終え海岸に着いた武蔵は姉と遭う。姉は仏の道に入ると言い、武蔵は小次郎との試合には仇討ちの雑念が入ったと悔いる。「そちを心の妻とする」と姉に告げ、武蔵は何処へと去って行く。

*

仏像を彫る武蔵と姉との長回しのシーンなどが印象的。仇討ちの話の武蔵を映画化したのは当時の戦局の反映し国民を鼓舞するためだろうか…日本は武士道とはかけ離れた観念化された勝ち目無い戦いを続け玉砕の道を歩んでしまった。


朝日は輝く

2006年11月01日 | 日本映画
朝日は輝く(25分、無声映画、白黒)
1929年、昭和4年
監督:溝口健二 伊奈精一
出演者:中野英治、村田宏壽

大阪朝日新聞が創刊50周年の記念に製作したドキュメント、企業宣伝風な映画。
創刊以来の新聞を繋ぎ合わせると、地球を何周も何周も出来ますよと云うことを映像を使って表現していた。くるくる回る地球に新聞が巻き付いて行き、そんな地球が沢山スクリーンに映し出される。(特撮かアニメーションか)また、朝日は日本全国(といっても、当時は朝鮮半島も日本だったし…満州地方の一部も勢力圏だったよう…)で読まれてることを地図を使ってグラフィカルに表現していた。
新聞労働者たちの仕事ぶりも映像化。

* 記者たちは、事件を追う
* 編集員は、紙面を構成。編集部は活気に溢れる!
* 写植係が活字をはめ込み…
* トッパン印刷機に載せ、印刷。
* 配達員がご家庭に届ける!

といった感じで、インダストリーな、労働者達の団結感じが伝わってきた。こうして、モボもモガも、おじさんもおばさんも、田舎でもどこでも、朝日は読まれるのだ。ポーリュシカ・ポーレ!
空撮がふんだんに使われて、当時の街並が映像化されていたり、時代柄、戦争のカットもかなりあった。戦艦の発砲シーンや陸軍の突撃シーンで「これ、本物?」の感がありました。
当時起こった大事件?なのか、映画用のお話なのか分りませんでしたが豪華客船オーロラ号の火災事故なんてのも、織り込まれて、記者さんは伝書鳩を使って記事を送ったりして当時のムードがなんとなく分ります。
といった感じでした…

ふるさとの歌

2006年11月01日 | 日本映画
ふるさとの歌(50分・無声映画・モノクロ)

1925年、大正14年 文部省/日活
監督:溝口健二
出演者:木藤茂、木枡二郎、伊藤寿栄子、辻峯子
場所:フィルムセンター

主人公の青年は、生まれ育ったふるさとで馭者(ギョシャ…馬車の運転手)の仕事をしていた。頭は良く小学校では主席だったが、家の都合(貧乏)の為に進学を断念して馭者をして家計を助けている。そんなある日、『みやこ(都)』から進学した同級生達が帰って来た。電車内での彼らは騒ぎ放題。"じゃんけん、しっぺ"をしている。(私のガキの頃と変わんないや…)さらに、注意されると「ぼくらが騒ごうがどうしようが、ぼくらの自由だ!」なんてことを言う…昔も今もかわんないのねの馬鹿ガキ状態。田舎の駅に着いた彼らは馭者をしている彼を見つけて、ばかにする。「いくら小学校で主席でも馭者ぢゃな…ヘヘ」。彼は悔しくてたまらない…
彼の家、貧しい小作人の家。京都ナンバーの車が映っていたので、京都のどこかの田舎かと思える…大正時代の農家は江戸時代とあまり変わらないよう。農具も現代化されていない。特に女性の服装は江戸時代そのものに見える。彼は両親に進学したいともう一度告げるが、両親に優しく諭され元の仕事に戻って行く…
そんな彼を心配して、彼の友人(裕福な農家の息子)とその妹は、主人公とその妹をハイキングに誘う。そこである子供が誤って川に落ち、溺れる。主人公が果敢に川に飛び込み横泳ぎし、子供を救出する。助けたのは外国人の子供。彼の親は助けたお礼にと大金を差し出すが、彼は受け取らない。外国人はもろにブルジョワの服装をしている。
そして村では、例の悪ガキどもが田舎暮らしに飽き飽きして、パーティーをはじめる。都会で一儲けした成金趣味まるだしのマルブチメガネ君がリーダである。(ロイドメガネといふのか。)村の娘達を呼び集めて、マンドリンを伴奏にダンスに興じる彼ら…退廃が、デカタンスがのどな村に忍び寄る。遂に彼らに感化された娘が都(みやこ)に家出をしたり、村の集会をサボったりする事態まで発生する。
ある日、親友の妹と彼の妹も、彼らに誘われる。手に手を取り合ってワルツを踊る彼ら。女性陣はまんざらでもない感じ…しかーし、それを見た主人公は大激怒!彼らのパーティに殴り込みをかけ、男女の手をふりほどいて演説をするノダ!!

君たちはぬわんだ! 田舎にさういふものはゐらなひ!
君たちのやうに、みながみな都会に出てどうなるといふのだ!


悪ガキたちは神妙に聞いている…まさか…君たち…

農家がゐなくなってしまうではないくわ!
君たちはセンセヒの言葉を忘れたのくわ!
ものの豊かさより心の豊かさが大切ではないのくわ!!

参考:歴史的かなづかひ入門

成金メガネ君改心!(説得されちゃうのね…)悪ガキ達も改心!!
彼は再会した大金持ちの外人のからの進学への援助も断り、ふるさとで農家を継ぐ。一介の農民として汗を流し、農業を極めることを固く決意したのである。

完!


現存するもっとも古い溝口作品だそうで、この出来を見るとこれ以前の作品のレベルもすこぶる高そう。文部省が日活に作らせた映画なので、ストーリーはアレなんですが、でもお話もなかなか面白かった。溝口のカメラも、もうモダンな出来で飽きない。少し上から土間を写したシーンや、動いている馬車を運転している主人公を、動いている馬の上?から撮ったシーンなど、自由自在に見えました。主人公の役者がドーランの白塗りでクマみたいなメイクをしているのは、この時代の流行なのでしょうか。間に挿入されるセリフの画面デザインに楽譜が描いてあったりしたのですが、音符が小鳥だったりして可愛かったです。