サーキットではスタートに向けて、マシンの咆哮が大きくなってきました。そして、場内実況のピエール北川さんの「Are You Ready?」の声がF1では3年ぶりに響きます。14:00に全車フォーメーションラップに向かいました。ウェットコンディションのレースは観る方も緊張します。
各車戻ってきてグリッドにつき、シグナルが消えてスタート!スタートに成功したのは二番手のルクレールで、ポールシッターのフェルスタッペンは一瞬出遅れました。しかし、1コーナーまでに追いついてアウトからパス!歓声が上がります。雨の1コーナーで「大外刈り」なんて、乗っているのは中嶋悟かと思いました(こらこら)。1周目から黄旗が振られ、2周目にはフェラーリのサインツJr.がリタイアを喫します。マシンを片付けるためにセーフティカー走行になったのもつかの間、レースは赤旗が出されて中断となりました。あとで分かったことですが、この時の事故車両の撤去の際、コース上に作業車輌がおり、ガスリー(アルファタウリ)が危うく衝突しそうになったと激怒していました。かつての盟友、ビアンキが雨の鈴鹿のコース脇で作業中の車輌に激突して亡くなるという悲劇があってから10年も経っていません。憤懣やるかたないのは致し方ないところです。
(10月18日追記。既に赤旗が出されていた状態で高速走行していたガスリーに対してもペナルティがありました。作業車輌のタイミングについては検証が必要ですが、ガスリーの行為に対してもどうなのかという声があります)
各車ピットレーンに戻り、再開の時を待ちますが、雨は一向に止まず、むしろ時折強くなっています。私の指定席もグランドスタンドとは言いつつも前方のため雨を完全にはしのげず、スタンド裏に逃げ込み、しばし再開を待ちました。場内アナウンスをFMでも聴けますので、状況を待つことにしましたが、何も情報が入ってきていない、と実況のピエール北川さんも言っています。場内実況の方は解説の佐藤琢磨選手とちょっと緩めの話も含めて聞こえています。売店も温かいものを求めるお客さんで混んでいます。ずっと待っているお客さんのために、各チームのスタッフや時にはドライバーもピットウォールに現れて手を振ったり、盛り上げたりしてくれています。下位チームの監督でさえファンがいて、トークイベントにたくさんのファンが詰めかける国ですから、そんな世界でも一、二を争う楽しみ上手、盛り上げ上手のファンのために、というチームの気持ちが伝わってきて、こういう「交流」があれば下手なアトラクションより数倍思い出になろうというものです。
また、待っている時間にDJとしてセッションの合間等に登場していたピストン西沢さんがみんなが退屈しないような、また体を動かしたくなるような曲をかけていました。金曜日のセッションの合間などでは「無理してDJ入れなくても、時間の使い方ならみんな知っているしなあ」と思っていましたが、こういう中断時には助かります。
中断は1時間経ち、2時間経ち、ということで本来ならチェッカーが振られている時刻ですが、時折、メディカルカーがコース内のフィーリングを確かめているだけです。本来のレースですと鈴鹿の場合53周またはスタートから2時間となっていますが、この2時間というのも途中の赤旗中断は含みません。こうなるといつ終わるか、というのも読みづらくなり、帰りのバスや列車の時刻も気になり始めます。ただし、中断があろうとスタートから3時間後には終了ということらしく、日没の時刻も近いですから、残り1時間程度では本来の周回よりだいぶ少なくなるのは明らかで、レースをせずにセーフティカー先導でパレードしておしまい、ということも考えられます。私も正直帰ろうかなという思いが頭をよぎります。
そんな中、場内の放送で「16:15再スタート」というアナウンスが流されました。私も含め、みんな席に戻り始めます。「We will rock you」の「ズンズンチャッ!ズンズンチャッ!」のビートがループされ、盛り上がります&熱が入ります。
こうしてセーフティカー先導でレースが再スタート、マシンが通過した後はこんな水煙だけが残ります。
やがて雨もほぼ止み、深溝のレインタイヤで走っていたマシンが浅溝のインターミディエートタイヤに履き替えるべく、続々ピットに飛び込みます。レースはフェルスタッペンがリード、その後ろからフェラーリのルクレール、レッドブルのペレスと続きます。終盤タイヤが厳しくなったルクレールをペレスが追い立てます。17時を過ぎて事実上の最終ラップ、28周目に入りました。フェルスタッペンはトップを譲らずゴール、後はルクレールの順位次第でタイトルが決まります。
ルクレールはこらえきれず最終ラップのシケインをショートカット、2番目にチェッカーを受けました。鈴鹿ラストのベッテルも6位入賞です。僅差でアロンソが続きました。日本の角田は13位と上位に入ることは叶いませんでした。
上位三人へのインタビューが始まりましたが、途中で順位の変更が伝えられました。シケインをショートカットしたルクレールにタイムペナルティが与えられ、ペレスが2位、ルクレール3位となり、この結果、フェルスタッペンの二年連続チャンピオンが決まりました。実はこのレースのように規定の周回数より短い場合の終了に関して、中断したまま終了なのか、再スタートしてレースをした場合などで得点の付与が異なり、めったにない少々複雑な仕組みが適用されるため、我々観客だけでなく、場内放送も、さらにはチームもきちんと理解できていなかったようです。
かくして、チャンピオンの誕生です。このところの鈴鹿はタイトル確定の場から遠ざかっていましたので、ティフォシの私であっても、やはり感慨深いです。ましてや、ジャパニーズパワーの使い手となればなおさらです。
(左からHRCの浅木氏、2位のペレス、1位のフェルスタッペン、3位ルクレール)
夕闇迫る表彰台で表彰式が始まりました。コンストラクター側からはHRC(ホンダレーシング)の浅木さんが上がっています。節目節目でパワーユニット/エンジンメーカーの誰かを表彰台に乗せるのがレッドブルの特徴です。さらに、新チャンピオンを祝福するため、ジェンソン・バトンがインタビューを始めました。私もそろそろ席を立つ時間です。1995年のパシフィックGPに始まり、これが25回目の観戦ですが、こういうレースはなかなかありません。こういうのも10回に一回くらいはいいかな、と思いつつ、サーキットを後にしました。
18時頃バスに乗り、高速に乗るまで2時間、高速に乗ってからは途中休憩をはさんで1時間ちょっとで名古屋に着きました。当初予定していた新幹線には間に合わず、ホテルに預けてあった荷物を受け取り、新幹線の自由席に飛び乗り、東京には23時過ぎに到着しました。長い長い1日、いや3日間でした。
今回は初めて観戦される方も多かったと聞いています。特に、若い世代の方を随分みかけました。雨、中断、再開、劇的なタイトル決定と、なかなか一度のレースでは味わえない経験をされたと思います。決勝には9万人ということで、昔の15万人とかに比べれば少ないわけですが、それでもソールドアウトということで客席が埋まっている感じがありました。これに懲りずに、2戦目、3戦目と観に行きましょうね。
各車戻ってきてグリッドにつき、シグナルが消えてスタート!スタートに成功したのは二番手のルクレールで、ポールシッターのフェルスタッペンは一瞬出遅れました。しかし、1コーナーまでに追いついてアウトからパス!歓声が上がります。雨の1コーナーで「大外刈り」なんて、乗っているのは中嶋悟かと思いました(こらこら)。1周目から黄旗が振られ、2周目にはフェラーリのサインツJr.がリタイアを喫します。マシンを片付けるためにセーフティカー走行になったのもつかの間、レースは赤旗が出されて中断となりました。あとで分かったことですが、この時の事故車両の撤去の際、コース上に作業車輌がおり、ガスリー(アルファタウリ)が危うく衝突しそうになったと激怒していました。かつての盟友、ビアンキが雨の鈴鹿のコース脇で作業中の車輌に激突して亡くなるという悲劇があってから10年も経っていません。憤懣やるかたないのは致し方ないところです。
(10月18日追記。既に赤旗が出されていた状態で高速走行していたガスリーに対してもペナルティがありました。作業車輌のタイミングについては検証が必要ですが、ガスリーの行為に対してもどうなのかという声があります)
各車ピットレーンに戻り、再開の時を待ちますが、雨は一向に止まず、むしろ時折強くなっています。私の指定席もグランドスタンドとは言いつつも前方のため雨を完全にはしのげず、スタンド裏に逃げ込み、しばし再開を待ちました。場内アナウンスをFMでも聴けますので、状況を待つことにしましたが、何も情報が入ってきていない、と実況のピエール北川さんも言っています。場内実況の方は解説の佐藤琢磨選手とちょっと緩めの話も含めて聞こえています。売店も温かいものを求めるお客さんで混んでいます。ずっと待っているお客さんのために、各チームのスタッフや時にはドライバーもピットウォールに現れて手を振ったり、盛り上げたりしてくれています。下位チームの監督でさえファンがいて、トークイベントにたくさんのファンが詰めかける国ですから、そんな世界でも一、二を争う楽しみ上手、盛り上げ上手のファンのために、というチームの気持ちが伝わってきて、こういう「交流」があれば下手なアトラクションより数倍思い出になろうというものです。
また、待っている時間にDJとしてセッションの合間等に登場していたピストン西沢さんがみんなが退屈しないような、また体を動かしたくなるような曲をかけていました。金曜日のセッションの合間などでは「無理してDJ入れなくても、時間の使い方ならみんな知っているしなあ」と思っていましたが、こういう中断時には助かります。
中断は1時間経ち、2時間経ち、ということで本来ならチェッカーが振られている時刻ですが、時折、メディカルカーがコース内のフィーリングを確かめているだけです。本来のレースですと鈴鹿の場合53周またはスタートから2時間となっていますが、この2時間というのも途中の赤旗中断は含みません。こうなるといつ終わるか、というのも読みづらくなり、帰りのバスや列車の時刻も気になり始めます。ただし、中断があろうとスタートから3時間後には終了ということらしく、日没の時刻も近いですから、残り1時間程度では本来の周回よりだいぶ少なくなるのは明らかで、レースをせずにセーフティカー先導でパレードしておしまい、ということも考えられます。私も正直帰ろうかなという思いが頭をよぎります。
そんな中、場内の放送で「16:15再スタート」というアナウンスが流されました。私も含め、みんな席に戻り始めます。「We will rock you」の「ズンズンチャッ!ズンズンチャッ!」のビートがループされ、盛り上がります&熱が入ります。
こうしてセーフティカー先導でレースが再スタート、マシンが通過した後はこんな水煙だけが残ります。
やがて雨もほぼ止み、深溝のレインタイヤで走っていたマシンが浅溝のインターミディエートタイヤに履き替えるべく、続々ピットに飛び込みます。レースはフェルスタッペンがリード、その後ろからフェラーリのルクレール、レッドブルのペレスと続きます。終盤タイヤが厳しくなったルクレールをペレスが追い立てます。17時を過ぎて事実上の最終ラップ、28周目に入りました。フェルスタッペンはトップを譲らずゴール、後はルクレールの順位次第でタイトルが決まります。
ルクレールはこらえきれず最終ラップのシケインをショートカット、2番目にチェッカーを受けました。鈴鹿ラストのベッテルも6位入賞です。僅差でアロンソが続きました。日本の角田は13位と上位に入ることは叶いませんでした。
上位三人へのインタビューが始まりましたが、途中で順位の変更が伝えられました。シケインをショートカットしたルクレールにタイムペナルティが与えられ、ペレスが2位、ルクレール3位となり、この結果、フェルスタッペンの二年連続チャンピオンが決まりました。実はこのレースのように規定の周回数より短い場合の終了に関して、中断したまま終了なのか、再スタートしてレースをした場合などで得点の付与が異なり、めったにない少々複雑な仕組みが適用されるため、我々観客だけでなく、場内放送も、さらにはチームもきちんと理解できていなかったようです。
かくして、チャンピオンの誕生です。このところの鈴鹿はタイトル確定の場から遠ざかっていましたので、ティフォシの私であっても、やはり感慨深いです。ましてや、ジャパニーズパワーの使い手となればなおさらです。
(左からHRCの浅木氏、2位のペレス、1位のフェルスタッペン、3位ルクレール)
夕闇迫る表彰台で表彰式が始まりました。コンストラクター側からはHRC(ホンダレーシング)の浅木さんが上がっています。節目節目でパワーユニット/エンジンメーカーの誰かを表彰台に乗せるのがレッドブルの特徴です。さらに、新チャンピオンを祝福するため、ジェンソン・バトンがインタビューを始めました。私もそろそろ席を立つ時間です。1995年のパシフィックGPに始まり、これが25回目の観戦ですが、こういうレースはなかなかありません。こういうのも10回に一回くらいはいいかな、と思いつつ、サーキットを後にしました。
18時頃バスに乗り、高速に乗るまで2時間、高速に乗ってからは途中休憩をはさんで1時間ちょっとで名古屋に着きました。当初予定していた新幹線には間に合わず、ホテルに預けてあった荷物を受け取り、新幹線の自由席に飛び乗り、東京には23時過ぎに到着しました。長い長い1日、いや3日間でした。
今回は初めて観戦される方も多かったと聞いています。特に、若い世代の方を随分みかけました。雨、中断、再開、劇的なタイトル決定と、なかなか一度のレースでは味わえない経験をされたと思います。決勝には9万人ということで、昔の15万人とかに比べれば少ないわけですが、それでもソールドアウトということで客席が埋まっている感じがありました。これに懲りずに、2戦目、3戦目と観に行きましょうね。