廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

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廃盤レコード店の想い出 ~ 川崎TOPS編

2024年07月13日 | 廃盤レコード店

Harold "Shorty" Baker / The Broadway Beat  ( 米 King Records 608 )


ネットを見ていたら、少し前に閉店した川崎の中古レコード店TOPSのご主人だった渡辺さんが亡くなられたらしい、という話が出ていた。
本当なのかどうかは確かめようがないのでそのことにはこれ以上触れず、まだ想い出話をするには記憶が生々しいけれど、それでも楽しく
通ったこのお店への感謝を込めて私の想い出を少し書き記しておこうと思う。

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トップスのことを知ったのはもう十数年前のことで、ネットでレコード店を検索していた中でのことだったと思う。在庫の回転が遅いので
頻繁にお店に行くことはなかったが、四季の移り変わりに合わせて年に4回くらいの感じでお邪魔していた。お店のHPは大体2~3カ月に1度
くらいの頻度で更新されて、新着レコードが店頭に出ていた。最初の何年かはお店に入る時に会釈するくらいだったが、そのうちに少しずつ
お話をさせていただくようになり、後半は毎回小1時間くらい雑談をするようになった。優しく気さくな方で、レコードを買う目的が半分、
雑談する目的が半分くらいの感じでお店に行っていた。

店内の雑然として何もかもが色褪せた感じに最初は面喰ったが、いざ在庫を見ていくうちにこれは尋常じゃないということに気付く。
通ううちに、このお店は国内最高のジャズレコード店だと確信するようになった。

とにかく、各アーティストのアルバムがカタログ番号順的にほとんどと言っていいくらい順番に常時揃っていることが何より驚異的だった。
1枚売れても、いつの間にか欠番が補充されている。買い取りで仕入れたらすぐに店頭に出して、を繰り返すスタイルではなく、店頭には
常時そのアーティストの主要なタイトルは番号順に揃えておく、というポリシーのようなものに基づいてレコードが並んでいた。
もちろん、定番の人気作は何度出してもすぐに売れてしまうので欠番になっているものは多かったが、人気の有る無しや高額低額という基準
ではなく、そのアーティストの作ったアルバムにはすべて同等の価値がある、という考えに基づいて在庫が揃えられているのは明からだった。
だから、あるアーティストのとある地味なアルバムが急に聴きたくなった時にHP上の在庫リストを見るとほぼ間違いなく在庫があるという、
ちょっと他のお店では考えられない買い方ができるところで、そういう意味でここは最高のお店だと私は思っていた。在庫のラインナップは
中古レコード店というよりは、まるで図書館のそれを思わせた。

更に驚かされるのは、それらのレコードの多くが傷のないニアミント状態だということだった。在庫として残っているのは傷盤ばかり、という
他のお店とはまるで違う光景が広がっていた。美品であることをことさら大げさに宣伝する他のお店のようなことは一切せず、美品であることは
当たり前でそれが何か?という感じだった。

値付けは昔の廃盤店のイメージを崩さす、その時の市場価格の動向などに左右されることなく、3千円~8千円あたりが主力帯だった。
高額盤に利益を頼るような売り方はせず、飽くまでもレコード1枚1枚を大事に売っていくというスタイルだった。高額廃盤も少しだがあること
にはあって、店の奥の棚の上にジャケットだけを無造作に少し並べてあった。本当はこんな高いレコードは売りたくないんだけど・・・という
風情で、どちらかと言えば仕方なく出してあるという感じだった。ジャケットだけを古びたビニール袋に入れて立てかけてあるので、中には
湾曲しているものもあったりしたが、そんなことにはお構いなしという感じだった。

渡辺さんのヴォーカル好きを反映してかヴォーカルの在庫が特に充実していて、その物量やラインナップは圧巻だった。ここにくれば大抵の
ものは見つかった。ビッグ・バンドやオールド・ジャズも同様に充実していて、他のお店のように人気が無く売れ残ったから仕方なく在庫がある、
というのではなく、ちゃんと意図して在庫が揃えられていた。

人気のある高額盤や俗に言う「大物」ばかりを仕入れて大袈裟に宣伝して集客するということは一切せず、各アーティストの作品群をレーベル別に
できるだけたくさん揃えて店頭に並べて、それらをリストとしてひっそりと公開し、日々お客さんが来るのを待つというスタイルはおそらくこの
お店以外では見られないスタイルだったろうと思う。渡辺さんに言わせると「全部1人でやっているから大変でそこまでいろんなことはできないよ、
パソコンのこともよくわからないし」ということだったけど、その穏和な人柄の裏には寡黙な哲学が硬い岩盤のように隠れていた明らかだった。

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店を始めた頃はアメリカによく買い付けに行っていたそうで、その時の話を聞くのが面白かった。別に店をやるわけではないけれど、いつか
私もそういう旅をしてみたいと思った。東京の中古レコード屋同士の繋がりの話やお店に来るお客の話や、その他いろんな話をゆるい感じで
よくした。ジャズのレコードが好き、という共通点だけでよくもまあこれだけ話が続くものだと思いながらも、私がそろそろ話しを切り上げて
帰ろうとすると、「そういえば、」とか「ところで・・・」と引き留められることもあったりして、そんな感じだからここに行くときは休日ではなく、
平日に行くようにしていた。

数年前に癌の手術で入院してからはだいぶ気が弱くなったようで、お店を引き継いでくれる人がいないかを探していたりもした。結構問い合わせが
あったらしいけどうまく見つからず、やがては探すのは諦めたようだった。私の印象ではそんなに真剣に探していたような感じではなかったし、
ずっと黒字経営だったことがささやかな誇りだったから、簡単には手放すつもりもなかったのだろう。「どう?買わない?」と訊かれたけど、
そんなお金があるわけないし、来るか来ないかわからないお客を待って店にずっと座っているなんて私にはできないと言うと、笑っていた。

年に数回訪れる程度だったので、行く時はいつもまとめ買いをすることが多くて、毎回1割くらいは値引きをしてくれた。このお店で買ったものは
いつも携帯のメモ帳に記録していて、次に来た時に買おうと思うアルバムを備忘録として書くことにしていた。それによると、私が最後に行った
のは2023年7月1日で、19,000円分買って17,000円に値引きしてくれている。

渡辺さんはHPに簡単なブログを書いていていつもそれを楽しく読んでいたのだが、その年の12月に体調不良でしばらく休むという記事が上がった。
養生に専念するので再開は未定とのことで心配していたが、春先に店の中がすべて片付けられて店舗は空っぽになった。登るのが大変な急な階段の
先にいつも立っていたエリック・クラプトンのポスターも何もかもがきれいになくなっていた。お店のHPも削除されてしまい、もう見ることは
できない。完全に終わったということなんだろう。最後に話した時に倉庫にまだ在庫が2,000枚くらいあると言ってけど、それらを含めてお店に
出ていたあの大量のレコードはどうなったのだろう。

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ここで買ったレコードはたくさんあるが、このショーティー・ベイカーもその中の1枚。ユニオンで出れば2~3,000円くらいなのはわかっている
けれど、こういうオーセンティックで由緒正しいレコードはこういうオーセンティックなお店で買うのが相応しいので、その倍くらいの値段で
買った。盤もジャケットも新品同様である。こういうレコードは持っているだけで嬉しい。ジャケットも最高だ。

ハロルド・ショーティー・ベイカーがワンホーンで軽快に伸び伸びと吹き切る明るく穏やかなアルバムで、エリントニアンのレコードの中では
私はこれが一番好きだ。"Love Me Or Leave Me" や "Close Your Eyes" なんかでは意外とモダンな横顔が垣間見える。本腰を入れて何年も探さないと
手に入らないタイプのレコードだけど、これでしか聴くことのできない愉楽が詰まった素晴らしいレコード。

トップスはこういうレコードと出会える得難いお店だった。レコードを一通り見ようと思ったら1時間ではとても足りず、時間をかけて何枚か
選んで、渡辺さんと他愛もない話をして、傍のドトールで煙草を何本か吸ってから帰る、そういう穏やかな日々は失われてしまったけれど、
その想い出はレコードと共にいつまでも残るだろう。



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8 コメント

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Unknown (ルネ)
2024-08-03 10:47:16
ここのご主人はうるさいマニアックな話は一切せず、非常におおらかな人柄だったのがよかったです。
ご自身が偏執的なマニアではなく、ただレコードが好きでお店を始めたという感じでした。
だから私もレコードのうんちく話などはせず、気軽な世間話ばかりをしていましたね。
そういう楽しい時間が持てなくなるのは何とも残念です。
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Unknown (やそきち)
2024-08-02 00:07:46
今日、数年ぶりに行き「あれ、このビルだよなー」と思って帰りの電車でこちらの記事にたどり着きました。
ジャズレコ屋の親父さん、というと話しづらそうなイメージでしたが大変お話好きの方で、私がニューオーリンズに行った時の話など楽しそうに聞いて下さいました。
他の人が引き継ぐよりは、無くなった方が渡辺さんに取っては良かったような気もします。
ありがとうございました。
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Unknown (ルネ)
2024-07-20 07:11:59
こんにちは。
25年前というとお店が開店した頃ですね。川崎はレコード漁りで巡回するには不便な場所で、他のお店と同日には回りにくいですよね。
私もトップスから帰る南武線の中ではいつも鞄が重かったですが、それが心地よかった。あの感じが懐かしいですね。
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Unknown (TooYoung)
2024-07-19 22:57:14
こんにちは。
トップスへは私もルネさんと同じようなペースで通わせてもらいました。
初めてお店を訪ねたのはおそらく25年ほど前でしたが、定期的に通うようになったのはこの3、4年ほどです。
在庫が豊富なのでゆっくりレコードを見ることができる土曜日の午後に伺っていました。
土曜午前の仕事が終わると京浜東北線で川崎に行きレコードを選んで渡辺さんと雑談をして南武線で迂回して帰るので疲れましたが、それにも増して良心的な値付けがされた欲しいレコードを数枚まとめ買いして帰宅するという充実感を味わえるのはありがたいことでした。
期待感に満ちて川崎に行く機会がなくなってしまったのは本当に残念で寂しいのですが、トップスで購入したレコードはどれも愛着があり、これからも楽しませてもらえるのでありがたく思っています。
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Unknown (ルネ)
2024-07-17 18:28:10
こんにちは。
ご逝去されたかどうかはわからないのですが、お店が閉まってしまったのは間違いないので、何とも残念です。
どのお店にもそれぞれ個性があり、良さがあり、特有の入荷があるので、何が一番いいということではないのですが、
間違いなくこのお店はワン・アンド・オンリーでした。
コロナ禍の時はさすがに厳しくてつぶれるかと思ったそうですが、それでもこういうやり方でも十分やっていけるんだなあ、
と感心していました。まだ記憶がリアルなので、閉店の実感が湧きません。
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Unknown (うみやま)
2024-07-17 16:51:09
こんにちは。
ルネさんが紹介する決して有名ではない作品…こちらで拾ったものも多々ありそうですね。
どうしてもユニオンなどでは出会えなかったので、こちらのお店をネットで見つけて何度かネットで買い、一度お店にも行きました。
書かれている通り、決して高額盤を売りにしていない音楽を愛する店主のお店だったと思います。
自分は老舗個人店でかまされたことがあるため、廃盤屋さんってこうあって欲しいなという理想的なお店でした。

体調思わしくないことやサイトが閉鎖されたことは知っておりましたが、亡くなられたのですね。残念です。…最近はユニオンにも足が向くことがなく、全くレコードを買う(高騰しすぎて買えない)機会が減ってしまいました。決して大物ばかりが欲しいわけではないのですが、いわゆる内容のある小作品はユニオンなどでは良い値にもならないため出ないのでしょうかね。ますます出会えなくなるなぁ。
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Unknown (ルネ)
2024-07-17 13:58:49
こんにちは。
リストを見るのも楽しいですが、お店で見る愉しさは格別でした。
最近の個人店は大手に負けないよういろいろと賑やかにやっていますが、
ここは静かで寡黙なお店で、最高の居心地の良さでした。
こういう名店が無くなっていくのはホント寂しいです。
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Unknown (avengerv6)
2024-07-17 10:58:21
こんにちは
TOPSさんは、多分、同じ頃ぐらいからNetでリストを見ていて、2、3回、注文を出した記憶があります。
リストの書き方で記事の中で書かれているお店の雰囲気がイメージとピッタリ照合できます。値付けも納得のいくものばかりで、こうしたショップが近くにあるといいなぁ、思っていましたが、ここ数年、リストを見ないでいました。一度、寄ってみたかったです。
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