Miles Davis / Quiet Nights ( 米 Columbia CL-2106 )
一般的にこの作品はマイルス唯一の失敗作だと言われている。 でも、それは本当だろうか。
マイルス・デイヴィスの音楽を聴くということは、マイルス・デイヴィスの生きた軌跡そのものを聴くことに等しい。 普通のジャズミュージシャンは
スタンダードや過去の名演というテンプレートを使って音楽を展開していればそれで話は済むが、この人はそのテンプレートを作った張本人であり、
更に自分が作ったテンプレートを再利用することを拒み続けた。 そうやって晩年には帝王とまで言われるようになったけれど、この人の人生を個人史として
辿っていくと、何ら特殊な人生だったというわけではないことを知ることになり、いささか驚くことになる。
マイルスの人格形成に最も影響を与えたのは彼の父親だったことは間違いない。 チャーリー・パーカーがマイルスの実家に訪れた際に絶句したというくらい、
当時の黒人ミュージシャンには異例な裕福な生活を営んでいたこの一族の首長だった父親の存在は、マイルスのありとあらゆる部分に影響を及ぼした。
プロのミュージシャンになることを決意したマイルスに「自分だけの音を持て」と諭したのはこの父親だったし(マイルスは終生その教えに固執した)、
麻薬中毒で身も心もボロボロになり、死を意識した時に頼ったのもこの父親だった。
その父親が1962年に60歳で亡くなった。 カンサス・シティのクラブで演奏していたさ中に、J.J.ジョンソンからそのことを知らされた。 それからしばらく
マイルスは茫然自失の抜け殻状態となる。 彼の人生を知る者にはそれは当然のことだということがわかる。 でも、スターだった彼のことを誰もそっと
しておいてはくれなかったし、仕事もどん底に堕ちた状態から回復するのを待ってはくれなかった。 そういう時期にこのレコーディングは行われたのだ。
心ここにあらずの状態で音楽に集中することは当然できなかったし、コルトレーンやキャノンボールやエヴァンスらがマイルスの元から巣立って自己のバンドを
持たなくなって何年も経っている空白の時期だったし、そもそもこの企画はコロンビアからの押し付けだった。 気合いの入らない状態で始まった演奏だったが
シングル用の録音ということだったので、後でもう一度録り直そうとマイルスとギルは考えていた。 ところがこの頃からアメリカでは空前のボサノヴァ
ブームが起こり、コロンビアはマイルスの許可を取らずに勝手にテオ・マセロに編集させてアルバムとして発売してしまった。 それを知ったマイルスは
激怒し、コロンビアの社長へ電話し「テオをクビにしろ!」と怒鳴ったが、「本当にテオのクビを切りたいのか?」と訊かれてマイルスはそれまでの日々を
思い出して何も答えずに電話を切った。
そういう裏話を知れば、失敗作だと一言でかたずけるわけにはいかなくなるだろう。 それに、そもそもがそんなに悪い演奏なんかではないのだ。
マイルスの深い悲しみが憑依したかのようなギル・エヴァンスのスコアはどこまでも深く憂いに満ちた響きに揺れて、それまでのスタジオ3部作のサウンドより
更にスケールが大きくなり、色合いも極彩色的に複雑に編み込まれている。 レコードで聴けるギルのオーケストレーションでは、私はこれが最高の出来
だと思う。 そしてマイルスは天上的に淡くくすみがかった音色で迷いのないストレートなフレーズを吹いていく。 それらが完璧に溶け合って一体となり、
無上の陶酔感を憶えるのだ。 最後に置かれた "Summer Night" はこの曲の決定稿として、その後一体何人のミュージシャンたちがフォローしただろう?
私はこの作品は傑作だと思う。 こんなに心かき乱されるジャズの作品はそう多くはない。
まともに聴いたことすらありませんし、それが、そうした内容のものだということも初めて知りました。
グッと興味がわきましたよ。ぜひ、聴いてみます。
まあ、ルネさんの記事を読んで、この間、ハワード・マギーのUA盤買ったばかりなんですけど。(笑)
最高のアルバムだと思います。何十年前からの愛聴盤です。
ぜひ、聴いてみてください。 マイルスの当時の気持ちが痛いほど伝わってきます。
心を澄ませば、きっといろんなことが聴こえてくると思います。
ハワード・マギー、見つけたんですね。 よかったですね。 昔に比べて随分と買いやすくなりました。
これ、何十年聴いても飽きませんね。 こんな不思議なサウンド、他では聴いたことがありません。
抽象的なポップさ、がたまりません。