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セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

あけましておめでとうございます。

2009-01-01 18:46:16 | 文化
新年あけましておめでとうございます。

さて、今年の元旦は僕にとっては過去ウン十年の元旦とは違っています。つまり無職で迎えた元旦です。建て替えで新築した家に持ってきた荷物がまだ片付かないので気が落ち着かないのと、外構工事が完成しない点をのぞけば、気分は軽快です。

世の中では職を失って生死の問題を抱えている人が非常に多くいますが、僕の場合さしあたっては食べる心配もない(?しない)ので、申し訳なく思います。僕がやめた6月30日はリーマンショックもトヨタショックも起こる前でしたが、就職難が予想される今年4月に結果としてですが市に採用される人が1人増えることになったのは良かったと思います。貯金や退職金ですぐやめても生活費に支障のない公務員は、ワークシェアリングのつもりで定年前の早期退職をしたらどうでしょうか。60歳まで勤めてさらに数年間嘱託等として役所近辺で働かなければならないと考えている方、それは思い込みではありませんか?金銭的には有利であっても、はるかに失うものが多くはありませんか?

本日ついた年賀状のなかに、退職した理由に、よっぽどのことがあったのかと心配しているものがありました。また数日前にあった大学時代の友人たち(公務員ではない)も理解できない様子であった。そこで説明しよう。

僕が退職したのは、懲戒処分によるものでもないし、病気によるものでもない。セクハラ等の不都合なことを起こしていたたまれなくなったわけでありません。仕事ができなかったのではと?これは僕からはなんとも言えませんが、数字的には他の同じような職場と比して上位できちんとやっていることになっています。まあ職場環境が他とくらべて良い点もありましたが。そんなわけでそれも違います。ただ僕の性向に合う仕事ではありません。管理関係の仕事なので、管理が嫌いな僕は、かなりリバタリアンに共感してきました。だから冗談に、リバタリアン(政府の介入を極端にきらう自由主義者)が役人になっているわけにはいかないから退職したといいます、とマルクス主義者の友人は苦い顔をします。

そんなわけで退職は僕の自主的な判断による。理由も直截な契機となるものがあるが、それ以外に多くの積極的な理由がある。言い換えれば、これはやめることが正しい行動と思ったとき、再任用や嘱託を含めて60数歳まで市にいるのが当然と思っていたことが、単なる思い込みであることがわかった。それからは早く退職日の6月30日が来るのがまちどおしかった。

直接の契機は、退職前の職場は朝が早いが、僕は家庭の事情で早く眠られない上に、就眠中に2・3度目が覚める。このため、慢性的な寝不足状態で、就業中に居眠りすることが多い。問題なのは公用車を運転して長時間運転する必要が時々生じることです。私的だが過去に睡眠不足のため運転中に意識を失い事故をおこしたこともあります。そんなわけでその旨を身上書に記載したがまったく無視された。しかし運転を拒否し続けると仕事にならないし職場に軋轢を生む。しかし運転することは第3者を巻き込む未出の故意の犯罪になる。そこで自己にたいする倫理上の要請として退職することになったのです。

しかし退職すると決めてからは、これはいいことに気がついたと思いました。啓蒙という言葉の、蒙(おおわれてくらいさま)を啓(ひら)くとはこういうことですね。いつできるか思いもつかなかった家の建て直しができるし、読んであげられないかった数千冊の蔵書を読んであげることができる。またこのまま勤めると悪く(?)すると、定年間際に管理職にさせられて人事評価をしなければいけなくなるのが、避けられる。

そんなわけでたとえ1ヶ月後に人事異動を行うといわれても、絶対に退職するつもりで4月の中頃に6月30日で退職したい旨の退職願を出しました。4月の中頃のわけは、それより前は翌年3月31日でやめる早期退職者の受付期間だから、退職金の上積みを餌に1年待てと言われ断るのが面倒だからだ。1年まてばその間に事故や発病が起こる確率が高い。事実、5月に母が骨折して入院した。入院中はいいがその後は、僕が退職して家を建て直していなかったら非常に困ったことになっていただろう。

読書ノート:小川仁志「市役所の小川さん、哲学者になる 転身力」海竜社

2008-11-09 20:17:50 | 文化
街に出て書店で平積みされているコーナーをのぞいてみたら、「市役所の小川さん、哲学者になる・・・」というタイトルの本があった。何々、地方公務員から哲学者になった人の記録ならおもしろいと思って、裏表紙の著者のプロフィールをみたら、その市役所というのが名古屋市役所で、また第20回明烏敏賞受賞とある。名古屋市は僕が先ごろまで30年以上に渡り勤めていたところで、また明烏敏(あけがらす・はや)といえば宗教哲学者の清沢満之に師事した著名な真宗大谷派の僧侶で歎異抄の解説本などの著作も多い人だ。そこで僕は、これは公務員生活で何か思うことがあって哲学者になったのだろう、そしてそのテーマはなにか浄土真宗に関係のあるものかもしれない、と思い早速購入した。

ところが僕の早とちりであった。この本の題のおしまいの語句「転身力」と帯の広告文をみればわかるように、これはステップアップの本であった。帯には(人生は変えられる。夢は実現できる。必ず!商社→フリーター→市役所職員→市役所職員+大学院生→哲学者 「なにくそ精神で」挫折のドン底から這い上がり。夢を実現した異色の哲学者。〈小川式〉勉強法・関門突破法も伝授)とある。ぼくは「フリーター」の位置にいるが、8時まで寝ていられる今の状態に満足で、お金が続く限り勤めに出る気はまったくないのでこういう種類の本はお呼びではなかった。そうそう僕自身はフリーターといわずにデイ・ウォーカーと自称したい。平日の昼中に街を歩くのだから。おっと吸血(税)鬼がいるのかなんて深読みしないように。明烏敏賞のほうも明烏敏の出身地の自治体が地域振興関係の論文を公募しているもので浄土真宗とも宗教哲学とも無関係であった。

著者は京都大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に就職したが、3年あまりで退職している。そのうち最後の2年間は中国への語学留学ということで、商社での実質的な仕事はあまりやっていないように思う。著者の回心のきっかけは中国留学中に天安門広場に行ったとき天安門事件を思い、お金儲け第一主義の世界から人権や民主主義などの「公」の世界へ心が傾いたためとのことである。そこで留学を終わると同時に伊藤忠商事を退職した。伊藤忠商事での中国留学以外の思い出は、当時会長を辞めて顧問をしていた瀬島龍三氏に偶然言葉をかわしたことだ。新入社員かと聞かれてハイと答えると、「人生は長いようで短いから頑張りなさい」と声をかけられたとのことである。

「公」にかかわる仕事ということで、法学部をでているのだから弁護士をめざした。しかしながらなかなか司法試験に合格しない。受からないのは悠々自適に法学の本を読んだりして、試験対策の勉強方法をとらなかったからだ。とうとう心身に変調をきたして敗北をみとめ、つぎに公務員になろうとした。しかし年齢は30歳になっており、30歳で受験できるのは政令市では北九州市役所と名古屋市役所だけだ。地理的なことから名古屋市役所を受験した。この前後から著者の「転身力」の方法・ノウハウが語られる。著者はこのあと名古屋市職員の傍ら社会人入学で名古屋市立大学の大学院でヘーゲル哲学と公共哲学を学び、市役所都市計画課で3年、区役所総務課庶務係で3年の計6年のあと現在は徳山工業高等専門学校で准教授として哲学を教えている。哲学研究者として職をえるために自分をプロデュースした方法を細かく書いている。明烏敏賞への応募もその中の一つだ。僕(親鸞型)とは別のタイプ(日蓮形)の人の話だけど、読んで役立つ人も多いことだろう。

著者が「公」の仕事ということで名古屋市役所に就職したのになぜ職業としての哲学研究者をめざしたのか。主として大学院の勉強の延長とも思えるが、生涯の哲学者ではなく職業としての哲学研究者を最初から目指していたようだ。市役所へ入庁した年齢と係長試験の受験資格により、がんばっても課長になって6年で定年という話を、「母に話したら悲しそうだった。」ということも関係ありそうだ。ちなみにこの本にのっている昇任の計算方法は名古屋市職員によく知られているものだ。

この本のなかの名古屋市役所の話は全部20ページでそう多くない。とくに興味深いエピソードが述べられているわけでもない。期間が短いこともあるかもしれないが、個別に事件を書くと守秘義務に触れるからかもしれない。しかし区役所総務課時代の防災訓練のことなど僕も知っていることなので思い出す。人口が10万人ぐらいの区って何処だろう。2つぐらい思い浮かぶのだが。ところでこの著者と僕の考えがおおかた一致するところがある。著者は目の前で困っている人をつい助けてしまうが、上司や先輩から、公務員は全体の奉仕者だから一部の人に利益を与えるのはよくないとチクリといわれる。これに対して著者は、
「・・・しかし、多くの市民は、ここで手助けしない態度のほうこそ非難するであろう。全体の奉仕とは万人の幸福を目指すものであるはずだ。全体の奉仕のために、目の前の困っている一人を助けることができないというのは、矛盾しているではないか。
おそらくそこには哲学が欠けているのである。考えることなしに杓子定規を当てはめるだけでは、この場合、たしかに一部の奉仕だという結論になろう。しかし、よく考えてみてほしい。一部の奉仕がいけないというのは、不公平をもたらすからである。とするならば、困っている人は社会的に見ればもともと不公平な状態にあるのだから、それを救う行為は何も不公平でない。これを直感的に人々は感じて、杓子定規の適用を非難するのである。」

「おおかた一致」というのは一致しないところがあるから。著者は全体の奉仕と一部の奉仕という哲学の問題だと考えている。ヘーゲル哲学者らしい考えだがそれは表層のことだ。問題は組織の自己保存の生態だ。ある公務員が何かを市民のためあるいは組織の本来の目的ためになることを行うと、他の役人は組織上の理由でそれを嫌う。その理由は
①他の同じような仕事をしている者及び後任者ができない場合があると、市民から非難されるので、むしろ役所はなかなか動いてくれないところという常識があるほうが組織運営上都合がよい。だから役所の職務の配置は職員の能力の最低水準にあわせて行われ、人事の配置は特異な能力を発揮できないような部署とする。
②自己完結的な官僚組織では、昇任など試験成績などにより行われる。もし業績などによる成果主義をもちだせば、評価が難しい上にどんな評価でも苦情が絶えないと思われるから、本質的には官僚組織とは試験以外に才覚がないから民間ではなくて公務員になった人たちの組織なので、一応試験成績なら全体が納得しやすいからだ。

この本のタイトルの「市役所の小川さん、・・・」を見て、ややおかしな感じを受ける。それは街のお店などが、自分で看板に「・・・に××屋さん」というのを見るのと同じ感じ。自分で○○さんというのはおかしいもの。まして世間ですでに通り名になっているのなら別だけど。著者の場合は「市役所の小川さん」だけど、小さい市の役場で何十年も勤めている場合はそうしたことが一般的に通り名になっている場合があるけど、そうではない。また同じアパートに2軒以上小川さんがある場合そのアパートでそう呼ばれることもあるだろうが、これも違う。そう、これも著者の自己プロデュースなのだと思う。ちなみに著者のブログは「哲学者の小川さん」。では次になにをねらってのプロデュースか?橋下知事にあこがれているというから、テレビに出演してそれを梃子に4年制大学の大学教授の座かな?これは僕の推測。

読書ノート:樋口尚文「『月光仮面』を創った男たち」(平凡社新書)

2008-10-15 18:52:42 | 文化
今から50年前のテレビの創世記の昭和33年(1958年)に国産初の連続テレビ映画として「月光仮面」が放映された。「月光仮面」はただ単に始めての国産の連続テレビ映画というだけでなく、一世を風靡したスーパーヒーローを作り出した。この本は「月光仮面」とそれに続く「豹(ジャガー)の眼」「怪傑ハリマオ」「隠密剣士」をつくった人たちと時代についての本だ。

著者は映画批評家だが、1962年つまり昭和37年生まれであるので、「月光仮面」の誕生時の放映を目撃しているわけではない。ただ著者は「月光仮面」の最初の形態である毎日10分間ものの再放送を見たという少年時の「月光仮面」体験をしている。

かくいう僕は、誕生時の「月光仮面」も「豹の眼」「怪傑ハリマオ」「隠密剣士」も本放送時に見ている。ただ内容の記憶もおぼろげなので、何年か前にケーブルテレビであらためて「月光仮面」と「豹の眼」を見たことがある。とくに「豹の眼」については、最初の記憶として笹竜胆(ささりんどう)の源氏の紋が出てきて源義経の伝説がらみの点に興味があったのと、主題歌が好きでわりと覚えていたので、ケーブルテレビで欠かさず見るようにした。ただ消滅した部分があり全編ではなかった。

「月光仮面」をつくったのは、本格的な映画人たちではない。船床監督は映画会社では助監督で監督作品はそれまで1本もなかった。プロデューサーの西村氏も映画の製作助手の経験があるのみ。主演の大瀬康一は東映の大部屋俳優でまったく無名であった。製作の宣弘社プロダクションは、番組枠を受け持った広告代理店である宣弘社が、映画会社から協力を得られないためやむなく自ら製作に乗り出したものだ。なお原作者は森進一に歌うことを禁止した「おふくろさん」の作詞者で有名な川内康範氏。「月光仮面」のアイデアはスポンサーの武田薬品が新発売のアリナミンを売り出すための番組企画の求めに応じて川内氏が提案したものである。

「月光仮面」の制作費は驚くほど少なかった。カメラは手巻き式の16ミリであり、1回に28秒しか撮影できない。そのため非常にテンポの速い場面となりそれが独特の効果を作り出している。低予算についてのエピソードで、本では1行しか書かれていないが、僕がなるほどと思ったのは、予算がないため夜に撮影できないのでレンズにフィルターをつけて暗くして夜にみせたということだ。「月光仮面」を見ていたとき、暗いので夜のつもりなのは判るが、月も星も見えなく、ただ薄暗く白夜という感じ。それはこんなわけがあったのだ。ちなみに月も星ももちろん太陽もなくて暗いというのは僕としてはあの世特に地獄方面を連想してしまう。

この本で、「豹の眼」や「怪傑ハリマオ」に出ていたヒロインの女のひとが近藤圭子さんという童謡歌手であることを知った。本の中で著者の樋口氏と大瀬氏の対談で、大瀬氏は「豹の眼」で共演していたので近藤圭子さんに話が及んだ。映画評論家で戦後映画史に著作も多い樋口氏は、近藤圭子さんは現在もハワイで存命であるということを知っていた。大瀬氏は、昔の話で近藤圭子さんが妻子ある男性と心中未遂をしたのでショックだったという話をした。いろいろあるんだ。ところで「怪傑ハリマオ」の主演の人はその後どうしているのだろう。

ちなみに、「月光仮面」「豹の眼」「怪傑ハリマオ」とアジアンテイストの物語が連続したのは、戦前の「少年倶楽部」という雑誌の影響によるものらしい。製作者たちの少年時の体験が、関係しているようだ。「月光仮面」は主な舞台は日本国内だが、東南アジア風の衣装の集団がでてくるが、何よりも月光仮面の服装がエキゾチックすぎる。ターバンについている三日月マークはどんな意味があるのだろう。もちろん川内氏が月光菩薩からヒントを得て作り出したということは承知しているが、物語の内部世界での意味はなんだろうかと思う。ターバンはインドのシーク教徒関係のようにおもえるが、三日月は回教徒のようにおもえる。月光仮面自身に聞きたいね、なんか宗教的な意味があるのかと。そういえば他の製作会社のものだが、川内康範氏の原作で「アラーの使者」というテレビ映画があった。川内氏は回教徒かしら。川内氏は今年4月に亡くなったが、当初故人の意思で読経も戒名もないかったが、さすがにないのはどうかと親族が「生涯助っ人」を戒名にしたとのことである。

そうそう、「豹の眼」の主題歌はカラオケにあったことがある。ところで「ライフルマン」の主題歌の「無敵のライフルマン」も好きだけどカラオケにあるかな。まああってもどのみちカラオケに行く機会はないけど。

映画鑑賞ノート:「容疑者Xの献身」

2008-10-07 17:14:08 | 文化
昨日6日月曜日に土曜日に封切られたばかりの映画『容疑者Xの献身』を映画館で見てきた。そこで気付いたことをノートする。ストーリーの筋に触れるので、これから見る予定のある人はこのノートを読むのは待ったほうがよい。

月曜日に見に行ったのは、平日のほうが空いていると思われるので、無職の自分としては土日に行く理由がないからだ。いつもならこれに株主優待券を使って無料で入るので込んでいる時を避ける遠慮という理由もあるのだが、昨日はもう優待券がなくなっていた。この映画を見に行くことにしたのは、おなじ探偵のテレビシリーズ『ガリレオ』を平日昼の再放送で連日見ていたからだ。無職になっていいことの一つは、本放送時に見ていなかった評判ドラマを集中的に見ることができることだ。今は『ハケンの品格』を見ている。

原作の推理小説は直木賞を受賞した東野圭吾氏の推理小説だ。推理小説の手法としていくらか論争があったようだが、僕は原作を読んでいない。ここでは作品としてではなく映画の中身を実在の人物の行動と同じように考え批評する。

ドラマは、母子(娘)が母の別れた元夫をアパートの自室で殺害してしまい、それを隣室の住人で母に心を寄せる高校の数学教師の石神が、優れた思考力から母子に指示を与え完璧なアリバイ工作を行うというものだ。探偵役は大学の物理学の准教授でガリレオと呼ばれる湯川学だ。実は石神も学科は違うが同じ大学で湯川と同期であり湯川の友人であった。天才と呼ばれる湯川だが、湯川自身が本当の天才と認めるのは石神だ。

ドラマの最初のほうで湯川が、「石神が、(母子と元夫のことに)最初から関わっていたら、殺人などという愚かな手段を使わずに、問題を解決していたはずだ」というようなことを言っていた。僕は、殺人を初めとする犯罪などということは頭のいい人間はしないはずなので、頭のいい犯人が出てくる推理小説は無理があると思っていたので、思わずうなずいた。ところがナント、石神はその殺人を犯したのだ。それもより愚かな形で。

母子のアリバイをつくるために、ホームレスを殺し顔と指紋を焼きつぶすなどとして、元夫の死体に仕立て上げ、その死亡推定時間に母子に映画館に行かせるなどアリバイ作りをさせたのだ。

僕がなぜ石神が愚かなことをしたと思うのは、母子の殺人直後に立ち会った時、母が警察に自首すると言ったのを止めたことだ。母が電器布コードで元夫の首を絞めている間、娘が元夫の手を押さえつけていた痕があるため、娘にも罪が及ぶと考えて母も石神に同意した。しかしこの事件は過失事故にはならないけど、凶暴な夫が娘に危害を加えようとしていたこともあり、中途半端なことでは逆に母子共に非常な危険な状態になることは当然想定される。だから弁護の仕方によっては情状酌量により執行猶予なり緊急避難での不起訴なども考えられるのではないのかな。頭のいいはずの石神が愚かな選択を奨めたのは、母子に対して自分が何かをしてやりたいとう意欲が論理的な判断を鈍らせたと思う。

娘を傷つけたくなという点にこだわるなら、死体を完全に隠してしまうだけでよい。石神の身代わり死体のトリックは、本物の元夫の死体が出てきたら崩れてしまう。しかし元夫の死体が出てこないことを前提とするなら、それだけで犯罪の捜査が開始されない完全犯罪となる。だから石神の行ったことは、無関係の人を謀殺するというより凶悪な犯罪だけでなく、余分で危険なことを行ったのだ。母子はそのことをわかっているのかいないのか。

頭のよい人間は犯罪を起こさない。比較的頭のよい人間は犯罪を起こす場合でも1回きりで繰り返さない。犯罪者つまり頭の悪い人間と破滅型のギャンブラーと軍国主義者は破滅するまで(破滅を求めて)行為を繰り返す。特に犯罪の場合は、どんな犯罪にも痕跡は残る。「ガリレオ」の口癖の「どんな現象にも原因がある」ということは、犯罪事態が想定される動機という痕跡を残すわけだ。単独で解決につながらない痕跡も、次の痕跡と結びつけば意味が出てくる。つまり犯罪の累積は捕まる可能性が乗数的に増大するのだ。

動機の点から、母子は警察の容疑者となり、犯行推定時刻に何をしていたのか警察に聞かれた。しかしその時間は本当に映画館にいたのでよどみなく答えられた。たぶん石神の想定で刑事は犯行推定時間について何をしていたかと聞くと思っていただろう。事実そうなった。しかし刑事が直截に「あなたが殺したのではないのか?」と聞いたら、きっと母子はひどく動揺してそのまま白状してしまう可能性もある。そういう刑事がいないとは限らない。まして母子は遺族でもなく悲しんでもいないのだから。

僕の結論としては、石神はもともと頭がよく論理的な人間かもしれないが、心を寄せる女性に何かをして頼られたいという気が論理的思考をゆがめて愚かな行為を行ったのだ。ぼくからみれば石神は天才ではない。本当の天才は柳沢教授だけだ。知らない人は「天才柳沢教授」で検索してみるとよい。

読書ノート:上田秀人「勘定吟味役異聞」(一)~(五)

2008-02-16 21:39:26 | 文化
読書ノート:上田秀人「勘定吟味役異聞」(一)~(五)

舞台は徳川六代将軍家宣から七代家継の時代、もっとも物語はまだ続くのだから八代吉宗の時代にも続くかもしれないが、読んだ5巻まででは家継が幼くして将軍家の当主だ。主人公は幕府の勘定吟味役という役職についている水城聡四郎という旗本だ。勘定吟味役は幕府のお金の支出や天領の監査にかかわる役職で、勘定吟味役が同意しないと幕府はお金の支出ができない、という権限の強い役職だ。旗本の最高役職である勘定奉行の次席にあたるというから高級官僚ということになる。でもこの水城聡四郎の場合はかなり様子が違っている。勘定吟味役には江戸城内の御用部屋に下役の役人がかなりいるのだが、複数いる勘定吟味役の1人である水城聡四郎を助けてくれる下役はたった1人で、また彼のところには書類はまわってこない。そんなわけか水城聡四郎は末端調査員よろしく自らで歩いて調査し、そのたびに刺客に命をねらわれることになる。でも水城聡四郎が他の勘定方の役人と大いに違うところは、ソロバンはだめだけど、剣は達人なのだ。
水城聡四郎がなぜこんな立場になったかというと、水城家の事情と幕府内の権力闘争に関係がある。水城家は旗本のなかでも代々勘定方の役職についてきた家だ。そうした家の男は通常は武芸の稽古はおざなりで算勘の修養はするものだが、聡四郎は4男であり家と勘定方の役職を継ぐ可能性はほとんどないため、剣術それも授業料の安いマイナーな流派の道場の稽古にのめりこんでいたわけだ。ところが家をついだ長兄が急死し、次兄三兄は他家へ養子に出てしまっていたので、聡四郎が水城家の当主となった。でも算勘の心得があるわけではないので無役の小普請組となっていた。そのころ将軍家宣の師として権勢をもっていた新井白石が、前将軍綱吉のときから幕府財政を握っている勘定奉行の荻原近江守の追い落としを図るため、勘定方の家筋だが勘定方にしがらみなく、その上剣の腕も立つ聡四郎を幕府の金の流れを監査する勘定吟味役に抜擢し、荻原近江守の弱みを探ろうとしたのだ。ふつうテレビ時代劇だと、こうした主人公に指令を与える大物は、なかなかの人物となっているが、この小説では違う。新井白石は狷介な人物でやがて権力亡者なっていく人物として描かれていく。聡四郎の活躍で荻原近江守は失脚したが、聡四郎へはちょっとの加増があっただけで、しかも新井白石の手先とみられ勘定方の御用部屋ではまったく孤立してしまっている。唯一の味方は荻原近江守に娘婿を殺された太田彦左衛門という下役のみだ。しかも白石が同じ将軍家宣の寵臣だった間部越前守の弱みを聡四郎に調査させたとき、聡四郎は天下のため自己の判断で証拠を抹消したため、白石からも敵視されるようになったのだ。
勘定吟味役という文官の高官なのだが、聡四郎は切れ者というキャラクターではない。新井白石の話している意図を聡四郎がわからないので、白石が太田彦左衛門に聡四郎に説明してやれという場面が出てきたくらいだ。だから不思議なのだが、新井白石という頭のよさを鼻にかけている人物が、剣の腕としがらみのなさという利点があるとしても、頭がそれほどきれない聡四郎に目をつけるって現実にはありえないよね。まあフィクションだからそんな矛盾は出てくるかも。
本人は頭が特によくなくても、また幕府のなかで孤立していても、聡四郎の周りにはいっぱい頭のいい人間がいる。下役の太田彦左衛門の他に、剣術の師は高齢のはずだがかなりするどいぞ。人入れ屋の父娘も頭がいい。吉原の惣名主の西田屋もいる。まあそうした人々の知恵と知識の協力でこの時期の幕府と大名の歴史に載らない権力闘争と陰謀の謎が解かれるわけだ。
この本は、当時の経済や幕府機構や風俗までよく調べてあって、いわゆる勉強になりおもしろくて読んでいる。だからついリアリティを期待すると、エンターテイメントのチャンバラについて、これはありえないと思ってしまう。主人公はいくども刺客に襲われる。秘密を感づかれそうになった者が刺客を放つのだが、もちろん主人公が切り捨てるのだが、死体はそのまま路に捨て置くのだ。幕府高官が何度も襲われるが、それがまったく表に出ないのだ。理屈としては刺客のほうは秘密を守るためだから自分の身元が分かるものは身に着けていないし、刺客を放った黒幕のほうも名乗り出ない。聡四郎のほうも幕府に人を斬ったと届けて何らかの処罰されるのはかなわないので届けない。だから、太田彦左衛門かだれか聡四郎の仲間が彼に、このごろ辻斬りが多くまた侍が死んでいたそうだと話すと、聡四郎がその辻斬りとは自分だという場面があった。まあ時代劇とはこういうものだということで割り切ろう。
でも割り切れないのは、剣を抜くと残酷なことだ。設定としては、戦での命のやり取りを基本としている流派の心構えと思えるが、明らかに腕が落ちるものに対しても、峰打ちなどはしない。まあ逃げるものはほって置くから血に飢えているわけではないが。切った相手がまだ生きていて出血していて、手当てすれば助かるかもしれなくてもほっておく。刀を抜いた限りは自己責任という考えかな。でもあきらかに残酷という場面がある。吉原にいる人別を失った亡八という男達に襲われたとき、亡八の雇い主は、亡八達に死後の墓をえさに奮起させている。亡八は通常死んだら吉原付近の穴に棄てられるが、それでは再び人間に生まれかわれないから、墓がほしいのだ。その後になるが、聡四郎が自宅で尾張藩の刺客に襲われた時、自宅に刺客の死体を置くわけにはいかないが、尾張藩の屋敷前に運ぶのもいやみたらしいということで、それらの死体を亡八たちの穴に放り込んでしまう。ふつうなら尾張藩の屋敷に運んで家族の元で葬られるようと思うのだが、刺客なら動物に生まれ変わっていいというのか。家族が刺客の行方がわからないままでいいのかなと思う。ただし尾張藩主吉通は失敗したものに冷たいから、結果は似たようなものになったかもしれないが、聡四郎はそんな尾張藩の事情は知らないはずだ。
その後の話しだが、参勤中の和歌山藩主吉宗が尾張藩の刺客に襲われた時、聡四郎も協力して撃退したのだが、吉宗が逃げ遅れた刺客を皆殺しにしたのを、聡四郎が非難したので、「お!読者から意見でもでて作者が聡四郎の残酷を修正したのかな?」と思った。しかし今思うに、ひょっとしたら聡四郎は向かってくるものは手加減なく斬るが、逃げるものや戦闘能力を失った者はそれ以上何もしない、という方針で一貫しているかもしれない。
でも、その後京都で、ならず者の集団に襲われた時、ある者には片手首、ある者は両手首を切り落としている。武士に刀を抜かせた者の自己責任で、弱いから命はとらずに手首だけにしたのかもしれないが、やはり残酷だ。
あ!6巻でていたのだね、買いに行かなきゃ。