セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

読書ノート:菊澤研宗『戦略の不条理』(光文社新書)

2009-11-15 19:43:56 | 文化
菊澤研宗さんの本は、この本の前に日経ビジネス人文庫で『組織は合理的に失敗する』という本を買っていた。それはサブタイトルに「日本陸軍に学ぶ不条理のメカニズム」とあるように、軍事史を俎上にのせたものだ。軍事史に興味がある僕はそれで購入したのだ。だが始めの方で「日本軍の非効率で不正な行動の背後に人間の合理性が潜んでいた」という記述があり、日本軍の高級将校に一片の合理性も感じられない僕はそれ以上読み進む意欲が減退して現在まで放置したままである。でも今はまた読みたくなった。

ではなぜ僕がこの同じ著者の『戦略の不条理』を買って読む気になったのかというと、目次の中に「ポパーの多元的世界観」という項目があったからだ。ポパーの信奉者である僕はそれに魅かれて早速購入した。

結論から言うと、この本はポパーの三次元的世界観と人間の限定合理性の認識と合理的批判主義を応用したキュービック・グランド・ストラテジーにより経営学と軍事学の統合を目指したものである。キュービック・グランド・ストラテジーについて著者は「立体的大戦略」と訳しているが、「三次元的基本戦略」と訳した方がわかりやすいかもしれない。

ポパーによれば我々の属する世界は3つの部分世界に分類できる。一つは「物理的世界」、二つ目は「心理的世界」、三つ目は「知性的世界」だ。誤解の無いようにことわっておけば、「心理的世界」「知性的世界」といえども個人の主観のことではなく、人類間に客観的に存在する世界のことだ。

物理的世界とは、椅子、机、身体などの物理的世界。心理的世界とは。人間の心理、心的状態の世界、知性的世界とは、知識、理論内容、権利、情報などの人間の知性で把握できる世界だ。

経営あるいは軍事といえども一つの世界、たとえば物理的世界で合理的だと思っても、他の世界に関することで不合理だと成功しない。これがこの本のタイトルの『戦略の不条理』だ。軍事的に有利な戦力や位置関係を持っていても敗北し、またマーケティングにおいても他より安くて性能が良くても売れないのはそのためである。

軍事理論でも有名なクラウゼヴィッツの戦争論は主として物理的世界についてのものだ。リデル・ハートは心理的世界も考慮にいれて、軍事で物理的に制圧しても復讐心が残ると警告している。孫子は3つの世界を考慮に入れている。


3つの世界をよく視野に入れた軍人はロンメル将軍だ。張りぼて戦車やぐるぐる回る戦車行進など自軍の戦力を大きく見せる細工などをしている。ナポレオンもハンニバルも3つの世界に応じた戦略をとって当初は大活躍をしたが、状況変化に合わせての戦略の再検討を怠ったために、最後は敗北した。

この本で出てくる概念装置が二つある。一つは「価値関数」、もう一つは「取引コスト」だ。

「価値関数」は人間の心理的世界の特徴を表したもの。この関数はS字型のグラフで表せる。縦軸は上方が満足、下方が不満足を示す。横軸は左方が損失で右方が利益だ。この縦軸と横軸の交点はレファレンスポイントといい、満足でもなく不満でもなく、また利益も不利益もない点だ。価値関数のグラフはこのレファレンスポイントを中心にS字型のカーブを描く。このグラフが意味するところは、利益が出ている場合はそれ以上の利益の増加に比して満足度の上昇度が小さくなる。つまりそれ以上の利益を求めようとする誘因が小さくなりむしろ損失を恐れるようになる。たとえば利益が1ポイント増えても満足度は0.5ポイントしか上昇せず、利益が1ポイント減れば満足度は0.8ポイントも減るからだ。逆に損失がある場合は、大きな利益を求めようとするが損失を怖れる気持ちが薄くなる。つまり損害を気にせずに一か八かの攻勢に出やすくなる。これはこの面では、利益が1ポイント上昇すれば満足度は2ポイント上昇するが、損失が1ポイント出ても満足度は0.5ポイントしか減らないからである。

この点で思うのは、太平洋末期の日本軍が、敵機動部隊の一挙壊滅をねらって、台風時(つまり敵空母から飛行機がとべない)とか、アウトレンジ(飛行機の航続距離の差でこちらからは攻撃できるが向こうからは攻撃できない)とか、安易な自己中心の皮算用を行い、一か八かの作戦をたてて大敗したことである。

ナポレオンはアウステリッツの三帝会戦の時、まだ自分の兵力が整っていないので、敵のオーストリア皇帝に対して弱気な態度で講和したいそぶりをみせた。そうなると自己が優位と感じたオーストリア皇帝はすぐに攻撃して勝利を掴むという気がうせてしまって、その間にナポレオン軍は兵力をととのえた。

次は「取引コスト」。これは知性的世界に関する概念だ。交渉取引には経理上には記載されなくてもさまざまに無駄な労力や時間がつきものである。それらは通常だれもが予感して知っている。優れた性能の製品がよく売れるわけでないのはこの取引コストによる。タイプライターのアルファベット配列は初期のタイプライターが故障しないようにわざと早く打てないように不便な配列にしたもので現在では不合理でしかない。しかしながらより合理的で早く打ちやすい配列のキーボードは売れない。それは消費者が慣れる時間や他との互換性をなどの取引コストを考えてしまうからだ。

この本で取り上げなかったが、鵯越(ひよどりごえ)を馬で下った源義経や、武田勝頼と同盟して御館の乱で勝利した上杉景勝・直江兼継主従は、キュービック・グランド・ストラテジーをよくわきまえていたと思われる。

高速逆進する巨大惑星

2009-11-05 18:33:36 | 文化
新聞などのニュースで「おや?」と思うことがある。きっと素人の僕には知らない合理的な理由があって専門家や事情通には納得しやすいことなのだろう。

その一つがいま夕刊で読んだばかりの国立天文台が発表した「恒星の自転に逆行する惑星」の記事だ。地球から約1000光年離れた惑星で、恒星の自転と逆方向に恒星の周りを公転している惑星が見つかったそうだ。わが太陽系では地球も含めてすべての惑星が太陽の自転と同じ方向に公転しているから、ニュースになるの。しかし僕が「おや?」と思ったのは「約2.2日で1周している」との記述だ。この惑星は木星の約1.4倍の大きさ。恒星は太陽の約1.8倍の直径があるそうだ。する普通に(すなわち素人的に)考えて、かなりの直径と円周の軌道を走っていると思われる。だって質量が大きいもの同士は近づきすぎると重力で引きつけられて衝突するのではないかと思うのだけど。ところがなんと「約2.2日で1周している」というではないか。ちなみにわが太陽系の木星は太陽の周りを11.86155年で回っている。2.2日とはものすごく速く回っているのではないか。ひょっとしたら光速に近くなるのではないのかと思う。ただ逆に2.2日という速い速度というのは強い遠心力があるので、ずっと小さい半径つまり恒星との距離でも重力に対抗できるエネルギーがあるということで、公転軌道もずっと小さい可能性もある。

まったくの天文学も物理学も素人(とはゆうものの玄人の学問分野があるわけではないが)の素朴な感想だ。ただ「王様は裸」と真実をいったのは子供という例もあるから素人の言うことがあっていることもある。むかし「神の手」を持つというアマチュア考古学者が次々と古い年代の遺跡を発見していったということがあった。僕はその時、「次々とより古い年代が発見されるが違う場所だ。同じ場所なら深く掘り進むからより古い地層でと理解できる。しかし違う場所で一直線により古い時代の未発見されるのは不自然だ」と思った。その後それらの発掘はインチキだと判明して考古学上の一大スキャンダルとなった。まあそんなわけで素人の感覚こそ正しいこともある。

どうなる河村市長

2009-11-02 19:28:37 | 名古屋
名古屋の河村市長が市議会との対決姿勢を強めて、かねての主張の市民税減税や地域委員会に加えて議員定数の半減等の議会改革案も含めた住民分権一括条例案を提出して、否決されたら直接請求(リコール)による市議会の解散も考えているとのことだ。うむ平成の大塩平八郎の乱か。

大塩平八郎の乱とは江戸時代後期の天保年間に大坂町奉行所の元与力で陽明学者の大塩平八郎がその門人たちと起こした反乱だ。大阪の広い地域で家屋が被災したが、反乱は失敗して大塩も処刑された。大塩がどのような目標を目指して蜂起したのかは僕にはよくわからない。だがその影響は全国に広がり、類似の一揆が起り、民衆のあいだでは大塩生存説が長く流布したそうだ。

河村市長の市議会への宣戦布告を大塩平八郎の乱になぞらえるのは唐突で成功の可能性が低いからだ。市議会の解散の直接請求に必要な署名数は市長選での得票の6割強で済むというが、「2ちゃんねる」の「名古屋市職員専用スレッドPart83」でも書いてあったが、投票と署名では重さが違うので難しいだろう。ただ署名運動員に熱意のある人たちが多ければ可能かもしれない。元職員(つまり僕)や現職員(2ちゃんねるの書き込み者)には自己の周り(公務員間の空気)から判断してしまうので、市民間の河村人気を過小評価している可能性もある。

ただ市会議員のボランティア化が成功すればそれは素晴らしいことだ。30名ぐらいで、建築士、弁護士、税理士、医師、僧侶、学生(年齢から大学院生)、商店主、工場経営者やサラリーマンなど他に職業を持った人が自分のもつ知識や経験を生かして議会を運営するのだ。委員会は5~6名で夜間やればいい。ただしそれにつきあって関係部局は残業する必要はない。委員会ででた調査事項などは、委員会でまとめて次回の委員会までに調べてもらうようにすればよい。党派的でないので委員間で協力しやすい。

でも現職の市議会議員にとっては職業でもあるので生活権の問題なので徹底して抵抗するだろう。議員のなかには世の中の役に立とうと職業として地方議員を選んだという人もいるかもしれない。でもさ、職業というのが問題で自分の生活のために公正な判断を曲げる可能性はないのか。以前に三河地方で未成年保護のための警察の手入れの情報を支持者の飲食店経営者に知らせていた県会議員がいたぞ。だいたい自分の生活上の利益を正義のために犠牲にする人はまれだ。陽明学者は良知に従って行動するから始めから損得勘定はしない。だから大塩平八郎は蜂起したのだと思う。しかし良知にしたがう陽明学者は、李舜臣じゃないが百戦百勝だと思うけど。まあ大塩の陽明学は独学で独創と偏りがあるけど(俺もか)。

ところで市民税10%減税についてコメントしておこう。河村市長の主張のポイントは3点だと思う。
1つは、民間企業は他社との競争または親会社・取引先の要求などでたえず合理化圧力がかかり業務改善を行うが、地域独占企業とも言うべき市役所にはその圧力がないので、減税という圧力をかけて業務改善の契機とする。
2つは、市役所という地方政府も含めて政府は減税という形で人民に努力成果を返さなくてはならない。
3つは、名古屋市が減税することによって、人も企業も名古屋に引き寄せられるので名古屋が繁栄する。

1つは、役所についてのパーキンソンの法則の歯止めを狙ったものともいえる。パーキンソンの法則とは、まあ「役所では仕事の量は増えなくてもそれにかかわる役人の数はつねに増加していく」とか「役所の仕事にかかる費用は予算いっぱいまで増えていく」とかいうもの。あまり間違っていないと思うけど、正確には自分で調べてね。

だから減税で得するのは金持ちで貧乏人には恩恵がないという批判は、目的が違うので批判にならない。つぎに減税の財源を示さなければ承認できないという市議会の意見も逆立ちした意見だ。減税による税収減を前提として行政サービスを低下させないよう行政の合理化が目的だ。最初の段階で財源を示しめせたら、それは行政サービスの切り捨てという形にならざるを負えない。

でも僕としては、10%減税をこうした行政改善の手段として使うのはあまり賛成ではない。というのは僕の感覚では、ある目的のために直接関係のないものを持ち込むことは。いわゆる「タメにする」ことで正しくないと思う。きっと王陽明もそういうと思う(これは僕の独断)。もし住民の困難の原因が重税ならばそれを真向に受けて減税のためさまざま努力をするのが正しいが、名古屋市の現実は違うと思う。

でも行政改善の契機になるものは、減税よりももっと切実であるのだ。つまり公債だ。もし公債発行をやめると決意し、全市一丸となって経常の収入だけで行政サービスを確保するという課題に取り組むのだ。これこそ「王道」だ。総理に揮毫してもらい市長室にかけたらよい。

だけど河村市長は国債公債ノープロブレム派だ。「借金は返す必要ない」とのことだ。銀行が金余りだからといって、銀行に金を返す必要はないのか?部下だったら河村市長から「経済学の基本、貯蓄投資バランス(ISバランス)を知らん」と怒られそうだ。でも僕は今は市職員ではないので部下ではなく、市民だから主人なのだ。

ところで河村市長に張良はいないのかな。張良は中国史で漢王朝を立てた劉邦の天才軍師だ。こんなことを言うのは韓流歴史ドラマの『女人天下』(三重テレビ水曜午後9時)の最近放送分で、文定王后が兄ウォンヒョンに「外戚として身を慎みアドバイスしてくれる人をさがしなさい」と言った。ウォンヒョンはその前にナジョン(女主人公)から「私があなたの張良になるは」と言われていたので、「張良ですか?」と王后に聞き返した。すると王后は「そう張良です」と答えた。ウォンヒョンは帰り道に「どうして最近に張良という話が出てくるのだろうと」と不思議に思う。文定王后は中宗の3番目のお后で、『宮廷女官チャングム』にもチャングムに好意的なお后として出てきたね。

え俺が張良になる気かって?そんな才能のないよ(だれだ、知っているというのは)。まあ僕は人に授ける知恵はない。

ついでながら先週の『女人天下』では、急進政治家で儒教原理主義者のチョ・ガンジョが靴作りにアドバイスを求めに行っていた。この靴作りは両班の息子で学識も深いのだが庶子のため官僚にならず靴作りをしている。宮中ではいま昭格署という祈祷施設をめぐって大揺れだ。チョ・ガンジョはじめ少壮官吏は王様に、宮中に祈祷施設があるのは儒教に反すると廃止を要求する。昭格署は安産を祈祷する施設で昔からあり。今は妊娠した側室の安産を祈祷している。文定王后も廃止に賛成だ。理由はチョ・ガンジョはじめ少壮官吏は忠臣だから廃止しないと忠臣を失うということだ。ところが中宗の母親の大后が廃止に大反対でチョ・ガンジョ達は王家の滅亡を図る逆臣だという。中宗は間で大悩み。で、靴作りはどんなアドバイスをしたかというと、「正論でもそのままでは王様は廃止に賛成できにくい。昭格署が経費を多く使うから、民の生活が苦しくなるという理由なら王様も賛成しやすい」というもの。河村君、参考になった?でもこれも「タメにする」ことかな。