セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

野村監督の「私の履歴書」

2005-06-27 23:11:28 | 文化
日経の「私の履歴書」、今月はヤクルトや阪神の監督を歴任した野村克也氏。土曜と今日のところでオヤ!と思うことが載っていた。
土曜日は、ヤクルト監督だった95年のオリックスとの日本シリーズでのイチロー対策。野村監督はテレビ出演した時にわざと嘘のイチロー対策を話した。それを見たか人づてに聞いたかしたイチローは日本シリーズで打率は2割台だった。ヤクルトは4勝1敗で優勝した。面白いと思ったのは、よい悪いは別として、賭博性の高い麻雀の世界で、桜井章一氏が「引っ掛けリーチは人を陥れる行為だから行うな」というのに対して、子供の憧れのプロ野球で、一種の謀略行為が自慢げに話されていることだ。
今日(月曜)の話は、阪神監督時のこと。野村氏は、ヤクルトの選手が「大人」なら阪神の選手は「子供」と書いて、その典型的な例は、今岡選手と実名をだして、本日の文書の半分を当時の今岡選手の無気力さの批判に当てている。
これで思い出すのは、星野監督になって躍進した阪神で、これも大活躍した今岡選手がテレビで、「野村監督からはお前たちは弱いと言いつづけられました」と言ったこと。今日の野村氏の文は、その時の仕返しか?それとも元々仲が悪かったのか?
今日の文章の最後は「結局、今岡については、最後まで理解できずじまい。今でこそチームの中心となって働いているが、私が監督のときは、ファンを裏切る無気力なプレーの連続に、泣かされ続けたのだった。」
でも結局、星野阪神で大活躍したのだから、野村氏の指導方法が間違っていて、星野監督の指導方法が正しかったと世間は思うだろう。僕としては、指導方法の正誤云々よりも、ただなんかのご縁でそうなったという意見だ。でも、野村監督のイチローに対する謀略のように、結果を求めて、あるいは物事を意のままにしようとする性向に危惧を持つ。人の世の法則の一つは、「努力逆転の法則」。あることを目指して、不自然に計略したり、闇雲に努力すると、必ず望んだことの反対の結果が出る。満州事変を起こした石原莞爾みたいにね。がんばりすぎるのは日蓮上人に親和性を感じる人の長所でもあり欠点でもある。親鸞ファンの私は自然法爾。

今週のチャングムから

2005-06-25 22:52:00 | チャングム
チャングムは皇后様の診断で医女としての才能も発揮したね。医師でもほとんどの者が感じることができない種類の脈を感じることができるそうだ。料理の時でも食材の未知の組み合わせの味を描く能力があった。でも、医女でもライバルというより敵対者といった人がでてきた。これからの展開から目がはなせない。
ところで医女というのはの身分で女官からはだいぶ低く見られる立場だけど、でもチャングムはだいぶ勤務条件がよくなったような気がする。つまりのほうが女官より自由なんじゃないか?
医女は勤務が終われば自宅に帰れるし、休暇もありそうだ。スラッカンの女官は外出は出来るが門限がある。そして女官は「王様の女」だそうだから恋愛も結婚もご法度だ。だから今は医女のチャングムは「王様の女」ではない。そうするとミン・ジョンホとの結婚も可能ではないだろうか。もちろん公のだから自由に結婚できないかもしれない。しかしミン・ジョンホは政府高官だから、お金か何かでチャングムをの身分から解放するか、払い下げてもらい公のから私のにできるのではないだろうか?チャングムの後編の開設本が発売されたけど、これからの筋が分かると楽しみがなくなるから買わないで置こう。

僕は倉橋由美子の桂子さんシリーズがすきだ。

2005-06-21 21:17:17 | 文化
今日の日経朝刊の「喪友記」の加賀乙彦さんの文章で、倉橋由美子さんが亡くなったことを知った。ブログなどで「倉橋由美子」を検索するといっぱい出てきた。でも、そこで触れられている倉橋作品は、「パルタイ」「スミヤキストQの冒険」「アマノン国往還記」など。これらの作品は文庫本などで持ってはいるけれど読む気にはなれなかった。
僕が楽しんで読んでいたのは、「夢の浮橋」「交歓」「城の中の城」などの桂子さんが出てくるシリーズだ、
桂子さんは、出版社の社長の娘でお金持ちで、教養があって、そしてなにより大輪の花のような美人なのだ。桂子さんは付き合っていた幼馴染の男性とは、近親相姦の疑いがあり結婚せず、大学紛争のとき毅然と対処した大学教師と結婚した。その夫(たしか実家が禅宗のお寺だったはずだが)がフランス留学中にカトリックの洗礼を受けたと知った桂子さんは、「神を信じるなんて情けない。理論闘争をしてそれでもまだ神を信じるなら離婚だ。」とばかりに、多妻主義者の無神論者からレクチャーを受ける。
桂子さんは理知的過ぎて情に欠けるのではないかと思うが、この小説の知的雰囲気はすきだ。桂子さんがお客を食事でもてなす時の、用意したバックミュージックのリストをみて、そのCDをそろえたものだ。ストックハウゼンとかノノとかステーヴ・ライヒとか私の趣味を超える現代音楽ばかりであった。といっても音楽に特に趣味があるわけではないが。

映画、本、テレビドラマ

2005-06-18 22:46:12 | 文化
本日は映画「フォーガットン」を見た。子供を飛行機事故でなくした女性の記憶が、突然周りの環境と食い違ってきたことのサスペンス的な始まりで期待させたが、筋の暴露になるけど、SFチックな展開でずるいぞといいたい。宇宙人みたいな存在が、人間の母親と子供の絆を研究するための実験だそうだ。主人公以外の母親は、子供の記憶をなくして、主人公のみが違ったそうだ。宇宙人のこの実験の位置づけと、一つの例外と他の多数の結果との評価は?宇宙人の科学観を知りたいね。(ポパー信奉者としての感想)

映画の帰りに書店で、吉川弘文館人物叢書の瀬野精一郎「足利直冬」(あしかが・たたふゆ)を買う。足利直冬って知っている人は少ないと思う。足利尊氏の庶子だが、尊氏から疎まれていて、尊氏の弟の足利直義(あしかが・ただよし)が養子とした人物。直義は最初尊氏と非常に仲のいい兄弟だったが、尊氏の執事の高師直と抗争し、次には尊氏と抗争した。足利直冬は最後まで直義に従って戦ったが、いつ亡くなったかははっきりしない。何故か覚えていないが、以前に興味を持って、いわば好きな人物だ。それでこの本を買ったわけ。でもこの本の「はしがき」では著者は、直冬の行動に共感できないとのことである。だからオヤと思った。まだ本文を初めまで読んだだけだが、この著者は登場人物の心理の推測に独断が多いのではないのかと思う。小説ではなく歴史書なのだが、著者は先入観に引きずられているのではないかと思う。まあ読み終えてからまた批評しよう。

チャングムはいよいよクライマックスだね。でもチェ尚官が女官長になり、クミョンがチェゴ尚官になったのも意外だが、ヨンセンは特別尚官になって王様の寵愛を受けていると思っていたら、忘れ去られてお茶を引いていた。意表をつく展開だね。前の女官長がチェ尚官に引っ掛けられて追放される場面が見たかった。これもクミョンが知恵を出したかな。

週刊誌の兄弟げんかについての役割分担

2005-06-10 22:40:50 | 社会経済
週刊新潮は、元凶は景子さん(貴乃花の妻)、という見出し。
週刊文春は、元凶はオフクロ(母・憲子)という見出し。
共通するのは亡くなった二子山親方の生前の発言を引き合いにだすこと。死人にくちなしで反論できないものね。
新潮と文春は兄側と弟側にわかれての記事合戦。でもこれは示し合わせての役割分担。こうすれば読者は2冊とも購入する。ただし僕はマンガ喫茶で読むけど。
過去にも、ある話題で女性週刊誌が対立する2派の代弁者になって読者をあおって販売部数を増やした。
でも最悪というわけではない。マスコミが片方だけの主張をのせれば最悪。それに較べれば複眼的でまだいい。でも一番いいのはほっとくこと。といっても僕も週刊誌を読んだけど。