セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

韓流歴史ドラマ『ホ・ギュン』

2010-05-30 16:22:45 | 社会経済
毎週月曜日から金曜日の昼12時から12時55分までBS朝日の『ホ・ギュン』を見ている。正確にいうとその時間は食事や映画のため外に出ていることが多いのでビデオ録画したものを見ていることが多い。この五月から偶然見始めたので、それ以前の放送分はDVDを借りて見て最近追いついた。

主人公のホ・ギュンは16世紀末から17世紀初めの人で、韓国の人には『洪吉童(ホン・ギルドン)伝』という義賊が主人公の国民的小説の作者として知られている。でもこのドラマのテーマは文化人や小説家の伝記ではない。これは革命家の物語である。このドラマのサブタイトルは「朝鮮王朝を揺るがした男」なのである。しかし僕がサブタイトルをつけるならば「朝鮮版『何をなすべきか』」というところ。『何をなすべきか』はロシアの思想家チェルヌイシェフスキーの小説だが、ロシアの革命家レーニンにも同名の著作がある。チェルヌイシェフスキーの小説は社会の変革を目指す若い人々の物語。レーニンのそれは革命政党の組織づくりを目指したもの。このドラマにはそのどちらの要素もある。ちなみに『ホ・ギュン』では次兄を社会変革をめざした人物としてホ・ギュンもその遺志に続こうとする。これってレーニンに重なる点がある。ホ・ギュンは少数精鋭部隊で王宮を急襲しようという急進派をおさえて、根拠地で人々の中で生活して勢力を増やそうとする。うーむやはり『何をなすべきか』だ。

ちなみに雑誌に載ったこのドラマのDVDの宣伝コピーは「ホ・ジュンの生きた400年前に庶民革命を起こした風雲児がいた!」。庶民革命といったって河村市長じゃないから減税ではないよ。ホ・ジュンというのは実在の宮廷医師で別のドラマシリーズの主人公でホ・ギュンとほぼ同時代で同じ一族らしいが、このドラマには出てこない。韓流ドラマの主人公では「ホ・ジュン」の方が日本には先に有名になったからこんなコピーになったのかな。

この時代は王様でいうと宣祖(ソンジュ)から光海君(クァンヘグン)の時代だ。ちなみい「*宗」とか「*祖」と言うのは王様の死後につけられた送り名。「*君」とか「*大君」というのは王様の子息の称号で生前から呼ばれていた。「*大君」と「大」の字のつくのは正室の子供だけ。光海君は王様だったけどクーデターで失脚したから送り名がなく、歴史上では王子の時の称号で呼ばれる。えーと、そう時代だ。韓流歴史ドラマで言うと『李舜臣』『王の女』『キム尚宮』とほぼ同じ時代で、共通する登場人物も多い。

このドラマはいわゆる韓流ドラマブームの前にできた作品で、韓流ドラマファンの日本のご婦人たちには戸惑いがあるみたいだ。番組のホームページの掲示板を見ると「旦那が見ているから見ているけど、もうやめようかしら」などと書いてある。

韓流ファンのご婦人に戸惑いがある原因を考えると、
1 ドラマのトーンが全体に暗いのだ。これは朝鮮王朝の身分差別(性差別もふくむ)に苦しむ人々が描かれているからだ。もちろん他の韓流歴史ドラマにも身分差別が出てくるが、それらは主人公がそこから這い上がり富と権力を掴むというパターン。しかしこの『ホ・ギュン』では人びとが朝鮮の身分差別を呪いながら死んでいく物語だ。いわゆる恨(ハン)の感情にあふれたドラマだ。外国での放映を念頭に置いて作られた韓流ドラマではないからだ。
2 主人公(ヒーロー)とヒロインとのロマンスの要素が希薄である。このドラマにも主人公と心を通わせる女性が何人か出てくるが、ロマンスの要素は主旋律にはならない。
そんなわけで、普通の韓流ドラマファンのご婦人が期待するものとは趣が違うわけである。

ホ・ギュンを演じている俳優はチェ・ジェソンという人。この人は『李舜臣』では、李舜臣のライバルの元均という水軍の司令官で日本軍との海戦に大敗して行方不明になった人を演じた。『淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)』では中国の隋末唐初の李密という群雄の一人で唐に降って厚遇されたが脱走して死亡した人を演じた。どちらも一刻な性格の人みたいだ。

身分差別の撤廃を求めたといっても、ホ・ギュン自身は名家の出であり正妻の子である。父親は朝廷の高官で、このころ出現し始めた官僚の派閥の東人のリーダーであった。ちなみにこのころ士林すなわち儒学者の官僚は東人と西人の二つの派閥にわかれた。それ以前の時代は勲旧派官僚と士林派官僚とが対立していた。勲旧派官僚というのは革命とかクーデターなどで王朝や王様の擁立に功績があった者とその子孫のこと。士林派は何回かの弾圧(士禍)を被りながらも天下をとったらすぐに内部で派閥ができて権力闘争を起こすのだ。このドラマのなかでも初め東人と西人の2つだったのが、東人が南人と北人に分裂して、さらに北人が大北と少北に分かれた。だからこのドラマの最後ごろの派閥は、西人、南人、大北、小北となる。ちなみにこのドラマの終りごろは生彩がない西人はこのあとの時代に天下を取ると老論と少論に分裂する。NHKBS2の『イ・サン』では200年ぐらい後だか宮廷を牛耳る老論(ノロン)派がイ・サンの大敵だ。南人派は他のドラマで時々でてくるからずっと生き延びたみたいだ。大北、小北は消滅したのかなあ。

ホ・ギュンは小さいころから神童の誉れがたかかった。ちなみにホ・ギュンは男三人女一人の兄弟の末っ子。次兄も評判の秀才で科挙に受かるのが兄弟中1番早かった。長兄は割と平凡で科挙に受かるのは兄弟で1番の遅かったが大臣級の高官として生涯を終えたのは彼だけだ。姉は天才女流詩人でその名は明にも日本にも知られるようになるが、親により同じ派閥の家に嫁に行かされて病気で若死にをする。彼女はホ・ギュンに遺書を残すが、その中で意に沿わぬ男と結婚したこと、女に生まれたこと、朝鮮に生まれたことを呪っている。次兄は流刑になったが許されても都に帰らず、金剛山の麓で農業していたが、住民が役人に虐待されているのを救いに行く途中で落馬して死んだ。

子供のころホ・ギュンは同じ塾の生徒が、西人派の塾の生徒と学問比べをやって負けたので敵討ちにいきそこで相手のクォン・ピルを負かして親友になる。この他にホ・ギュンは詩の先生のイ・ダルを通じて知り合ったイ・ジェヨンとも親友になった。イ・ダルはこの時代随一の詩人だが庶子のため官職についていない。クォン・ピルは西人派の両班の息子で大秀才だが、直情径行の彼は派閥争いに明け暮れる朝廷を嫌って科挙の受験をしない。イ・ジェヨンは両班の側室だった母とともに捨てられた庶子で科挙の受験資格がない。しかし惚れた芸妓(キーセン)を振り向かせるために身分を偽って科挙を受けて首席で合格するが、身分詐称がばれて罪に問われる。

ホ・ギュンは6回ぐらい免職を繰り返す。言動がわざわいしたらしい。ちなみにホ・ギュンの経学の師匠はユ・ソンリュンだが、この人は文禄慶長の役で日本艦隊をうち破った李舜臣の親友で、朝廷の領議政(首相)をしていたユ・ソンリュンが李舜臣を抜擢して水軍の長にした。ところがこの李舜臣も何回も降格や免職を繰り返している。これも偶然かなあ。

このドラマの一番の悪役はイ・イチョムだ。イ・イチョムはという人物は光海君の腹心として権勢をふるい、光海君の兄の臨海君の殺害に関わったり、光海君の異母弟の殺害をしたりと悪名がたかい。この『ホ・ギュン』ではホ・ギュンを敵視し執拗に追い落とそうとする。その理由は、光海君の信任が高いホ・ギュンが自分の権力の妨げになると思うからで派閥も違う。イ・イチョムもその親玉のイ・サネも元は、ホ・ギュン一家やユ・ソンリュンと同じ東人派だったが、東人が南人と北人に分かれて以後は別の派閥となり抗争を繰り返す。

今DVDで見ている『キム尚宮』では、おなじ光海君擁立派としてホ・ギュンはよくイ・イチョムの家を訪れてイ・イチョムにアドバイスしているなど関係はわるくない。『キム尚宮』のホ・ギュンは僧侶の格好をして出歩いていることが多い。史実でもホ・ギュンは仏教に傾倒していたことがある。役所に仏像を飾って罷免されたこともあるらしい。また中国(明)で買った書物からキリスト教を知り朝鮮初のキリスト教徒になったという説もある。しかしこれらは『ホ・ギュン』には出てこない。『ホ・ギュン』ではイ・イチョムとホ・ギュンは激しく敵対している。とはいってもホ・ギュンは地方勤務か罷免による浪人の身で、しかも革命を決意して光海君がよんでも避けているので、朝廷内勢力として対立することはなく、イ・イチョムが何かにつけてホ・ギュンを陥れようと策謀する形だ。

ところでこの『ホ・ギョン』を1・2回みてから、DVDまで借りて全部見ようと思うキッカケは、ウィキペディア(インターネットの百科事典)で許筠(きょ・いん、ホ・ギュン)を見たところ、「朱子学を批判し、陽明学の『知行一致』を賞賛した」とあるからだ。陽明学が朝鮮半島の片隅に学派として根を下ろすのはもう少し後であると思うが、王陽明の思想は書籍等により少しずつ入ってきたようである。ホ・ギュンは使節について明へ行ったとき、私財をはたいて4000冊の本を買ったらしいのでその中にも陽明学の本はあったのだろう。

ドラマでは陽明学については出てこないが、ホ・ギュンが光海君と面談したとき、テレビ画面では「朝鮮の敵は日本だけではありません。王室・朝廷も敵です」といってそのころ王世子(王の後継予定者である息子)であった光海君を驚かすのだが、あとのドラマ内での第三者の噂話ではホ・ギュンは朱子学の朝鮮での2大学者の言説を「たわごと」といって非難したそうである。うん確かに陽明学だ。

ホ・ギュン自身はすべての身分差別に反対だったみたいだが、この時代の朝鮮の特徴的な身分差別は庶子の差別だ。両班の父親の子でも母が側室の庶子は科挙を受験できない。それだけではなく父を父と呼べなくて使用人と同じ扱いになるとのことだ。科挙を受験できないのはともかく、使用人と同じというのは、建前はともかくその家その家で扱いは違うのではないかと思う。だって高官の庶子のバカ息子が親の威をかりて悪さするという話がテレビドラマでいっぱい出てくるもの。

朝鮮王朝で庶子差別が始まった原因は、朝鮮王朝の創始者の太祖の腹心で権勢をふるった天才官吏チョン・ドジュンが庶子だったからといわれる。太祖の5男イ・バンウォン(太宗)が太祖が病気中にクーデターを起こした時一番目の敵にしたのはチョン・ドジュンだ。だからのちに大悪人が庶子なので庶子を官吏にしてはいけないこととなった。でもその他に、太祖が後継ぎ(王世子)に指名しチョン・ドジョンがそれを支持したのがバンウォンの異母兄弟ということも関係あるみたい。高麗朝では官吏が郷里と都にそれぞれ妻を持つ習慣があって郷妻と京妻という。イ・バンウォンは郷妻の子、王世子になったのは京妻の子だ。京妻を溺愛していた太祖は京妻の子を後継ぎに指名した。チョン・ドジョンは国の将来設計を官僚主権の国にしようとしていたので、功績があるが荒々しいイ・バンォンより少年の京妻の子の方が良いと考えて支持したのだ。長男がいたのなら問題なかったのだが、長男は前王朝の高麗王朝に忠義立てして逃亡した。イ・バンウォンは5男であるが父太祖を助けての功績も兄弟の中で一番大きいので長男がいないのなら自分と考えた。ところが太祖は京妻の子を後継ぎに指名しチョン・ドジョンもそれを支持した。そんなわけで、イ・バンウォンは京妻とその子を憎むとともに、チョン・ドジョンを憎んだわけである。イ・バンォンからみれば京妻は側室であり京妻の子は庶子だから本妻の子がいるのに後継ぎは父親の太祖が決めたことでも誤りということだろう。それで国王になったイ・バンウォン(太宗)は庶子差別を国法にしたのだと思う。

庶子差別を思想からに見れば朱子学の正閏論に原因がある。正は正しい系統、閏は正しくない系統。朱子学では正閏を明らかにすることを重視する。だから正妻の嫡子と側室の庶子は一緒にはできないことになる。日本でも朱子学的な国粋主義者は、南朝の天皇は正統だから今の天皇家は北朝だから正しくないという意識がある。

庶子差別の社会理由としては、官吏の定数が少ないので、両班の子弟でも嫡出子だけに制限したらしい。

でも庶子を使用人扱いして父母や祖先の祭祀もさせないならば、本妻に子がいない場合はその家が絶えてしまうのではないかとの疑問がでる。まして本妻を離婚できない国法があるらしい。というのはこの『ホ・ギュン』でホ・ギュンの姉が嫁ぎ先で流産したとき、嫁ぎ先の姑が「国法で離婚できないから、いっそ死んでくれた方がよかった」っていっていたぞ。でも本妻を2人にする方法があるらしい。本妻の了承があれば2人目も本妻にできその産んだ子を嫡出子にできるのだ。きっと本妻も跡取りを産めない弱みがあるから了承せざるを得ないこともあるだろう。でも1番ありそうなのが、側室の産んだ子を本妻が産んだ子とする方法だと思う。『ホ・ギュン』で側室の産んだ男の子を、正室(後妻、先妻は死亡)が自分を唯一の母親と呼ばせて、側室のいる離れに行かないようにしていた。ホ・ギュンは地方に行っていることが多いから気がついていないかもしれないが、ホ・ギュンのは母や兄嫁等がそのほうがよいと認めているのかもしれない。

ついでだけどこの後妻の人、裏表のある人で側室をいじめているひどい人ということだが、この人も封建制の犠牲者だと思う。夫のホ・ギュンはこの人を全く無視しているもの。最初はやさしくせっしていたが裏表のある性格がわかったのか今(最近放送内容)ではまったく無視している。芸妓(キーセン)あがりの側室にはホ・ギュンはやさしい。もし側室などの制度がなかったらもっと違う展開になったのではないか。ちなみに最初の奥さんはやさしい人で、キーセンが父親と一緒にこの芸妓と関係ができたから責任を取れとホ・ギュンの留守に来た時、最初の奥さんは「やむなく身を落としたかもしれないのでキーセンとさげすんではいけません。家に入れてあげてください」とホ・ギュンの母や兄に頼んだのだ。なお「キーセンがなんで責任とれって押しかけてくるのだ」と疑問がでるかもしれない。実はこのキーセンは処女だったのだ。キーセンでも男を拒否できないわけではないのだ。ホ・ギュンは酔っぱらったときにこのキーセンに手をつけてしまった。キーセンの父親は名家に入り込めば楽に暮らせると娘を無理に引っ張ってきた。娘も普通ならそんなことはいやなのだが、ホ・ギュンは心に決めた人だったので父親に従ったというわけ。先妻はやさしい人だったが、元禄慶長の役で日本軍の侵攻をさけて疎開先に行く途中身重の先妻は産まれた子を側室に託して死んだ。産まれた子もまもなく死んだ。戦後、新しい正妻がきたわけである。

僕は最近まで、朝鮮王朝は庶子差別やなどがあり、自力では解決できなかったのだから、日本の植民地支配も意味があったのかなと思っていた。しかし調べていると、庶子への科挙の受験制限もの開放も朝鮮王朝時代に行われていた。だからドラマの設定した武力革命は必ずしも必要なかったことになる。ドラマ『ホ・ギョン』では、早い段階からホ・ギュンは光海君にも朝鮮王朝にも見切りをつけて武力革命のため革命根拠地を作る計画を立てている。しかし急進派が活動資金を得るため銀商人を襲って銀を奪ったことから足がついて、史実として歴史にのこる無倫堂事件が起こった。本当のところホ・ギョンは無倫堂とは関係ないかもしれないがドラマでは同志だった。無倫堂とは両班の庶子の秘密結社。「倫」とは人の行動規範。庶子には先祖を祭る、父親を子として孝行するという人の道を行いたくてもできないので「無倫」なのである。ドラマでは無倫堂で捕まった人たちは、ホ・ギュンとのつながりを隠すため、光海君の異母弟で宣祖の嫡出子を黒幕にする光海君の側近の思惑どおりの供述を行ったわけだ。

幸福実現党のビックリ

2010-05-23 17:51:40 | 社会経済
宗教団体幸福の科学のダミー政党幸福実現党には最近ビックリさせられることがいくつも続いているからそれをメモしておこう。もちろん素晴らしい躍進があったということではないのは全国の皆さんが知ってのとおりだ。

まず1つ目。5月14日に現職の大江康弘参議院議員が幸福実現党に入党した。政策理念が一致したから入党したのであって、幸福の科学の信者ではないし幸福の科学に入信する予定はないとのこと。大江康弘議員は2007年の参議院通常選挙での民主党の比例での当選。倫理的には議員辞職して議席を民主党に返してから今年の参議院選挙に立候補するべきだが、書きたいのはそのことではない。大江議員へのアプローチは幸福実現党の方からだそうだ。昨年の総選挙後に大阪の後援者を通じて話がはじまったそうだ。その時には幸福の科学や幸福実現党のことはよく知らなかったとのこと。今年4月に改革クラブが舛添氏の加入により新党改革になったので飛び出してはぐれ狼になったから話がでたのではなく、それ以前から接触はあったのだ。

で、なぜビックリしたかと言うと、先の総選挙前の雑誌のインタビュー記事で大川隆法氏が、「自民党にも民主党にも幸福の科学の会員がいる。選挙区によっては3人の候補者全員が幸福の科学の会員で当選を争うところが出るかもしれない。」という大法螺・・いや与太話・・ではなく霊言を発していたからだ。だから、なぜ幸福の科学の会員の国会議員を登場させないで全くの第三者である大江議員にアプローチしたのだろうという疑問がのこる。それ以前はひょっとしたら何人か国会議員の中には幸福の科学の会員がいるのだろうが、幸福実現党の旗の下で当選しないと幸福実現党の国会議員にしないのかなと思っていた。しかし大江氏は民主党の旗のもとに当選した参議院議員なのに幸福実現党の初の国会議員とはしゃいでいるから、この考えはハズレ。大江議員は今回非改選なので選挙には出ず、幸福実現党の選挙対策本部長として参議員選挙の勝利に努めるらしい。昨年の総選挙が惨敗なので、素人選挙ではいけないという反省から総選挙後から現職議員を物色して大江氏にアプローチしたのかな。
すると、幸福の科学の会員の国会議員って本当にいたの?
まあいないと考えるのが妥当だ。すると大川隆法氏のインタビューでの発言は嘘なのか。与太話ではあるが、意図して嘘をついたというのはかわいそう。おっと、狸の背後霊に言わされた、と言うつもりはない。10年ぐらい前に代議士をやめた久野統一郎氏の本によると、久野氏は現職代議士のとき3つぐらいの宗教団体の信者になっていたとのこと。もちろん票のためだ。だから国会議員の中には、幸福の科学にでも統一協会にでも好意的なメッセージを送る者がいても不思議ではない。そうしたメッセージを信者と取り違えたのであろう。まあ取り違えられたのだけならばいいが、三塚元運輸相みたいに、河童に沼で抱きつかれたように奈落のそこに沈むことになっては大変だ。大江さん議席を民主党に返して引退するのが一番だったともうすぐわかる。

2つ目のビックリ。昨年の総選挙にからんで、選挙違反の有罪判決が3月24日にでた。宮城県で幸福実現党の立候補者が、選挙運動員に現金を渡したので選挙違反にとわれたもの。ビラ配りの運動員3人に計44万円を渡したとのこと。幸福実現党と被告は冤罪を主張する。お金を渡した事実関係は認めている。冤罪の根拠は、被告は当選する気がないので、これは政治活動だが選挙活動ではないとのこと。僕がビックリしたのはこのことではない。当選する気のない候補者は共産党の小選挙区候補者でも同じで初めてではない。僕がビックリしたのは、宗教団体がバックにいるのに、なんでアルバイトの運動員を雇うのかな。もともと普通の政治家の不満は、企業や組合・宗教団体がバックについていないと、ボランティアの運動員なんて期待できない。だからアルバイトなしでは選挙活動をできないというもの。だから久野統一郎氏はアルバイト料の支払いは警察署内の選挙違反摘発本部が選挙後3カ月を経て解散してからアルバイト料を払っていた。で、幸福の科学の会員って本当にいるの?

3つ目のビックリ。幸福実現党の党首が4月中に3回替っている。もともとこの党は党首の交替の多い政党で昨年5月の立党からが現在の党首は6代目ぐらい。任期は3年らしいのだが、任期を全うした党首はいない。当たり前かぁ。でも党首交代の多さにビックリしたのではない。もともと幸福実現党のオーナーは大川隆法氏で、彼の気分次第ですぐ替るわけである。だから僕のビックリはそのことではなく、釈迦如来の生まれ変わりが、全然まったくすべて先のことを見通せないことである。釈迦如来には天通眼とかなんか先を見通す超能力があったはずである。党首の個々の事情は体調不良とかいろいろあるだろう。それを見通してあらかじ混乱のないように配置するのが釈迦の生まれ変わりではないか。こんなことを書くと、あんたもこれはジョークだと知っているのに、人が悪いといわれるかも。でも本当にビックリなのは、教祖の以前の発言をすっかり忘れたかのように結果を検証しないで、また新たな与太話(ジョーク)に喜ぶ人がいることだ。

信じたいこと事について自分を偽ってまで信じて幻影に救いを求めようとする人々がいる。でもその先は破滅しかない。仮説と結果を検証してそれに基づいて誠実に対処するのが正しい生き方だ。

北朝鮮経済蘇生の秘策

2010-05-16 18:22:04 | 社会経済
先のシナリオでは、難民の発生前に素早く中国軍が介入した場合のシナリオだ。現に中国軍は中朝国境にいつでも動けるよう待機しているのでその可能性は高い。これは現実的で1番よいものかもしれない。想定できる最悪のシナリオは中国も韓国も介入をためらい、その間に朝鮮国内で騒乱状態が延々と続くことだ。こうなると死者が増えるだけでなく、中国や韓国に大量の難民がなだれ込むとともに日本にもボートピープルで多くの難民が漂着するだろう。

そこでここでは空想的だが、北朝鮮経済が現政権下でもある程度蘇生する方法を示そう。北朝鮮経済がある程度蘇生して市場経済の芽ができれば、次の政権での南北朝鮮の統一も可能となるからだ。ただそれが先のシナリオの新高句麗国と比べていいか悪いかは言えない。たしかに統一新羅から朝鮮王朝までの千数百年間の朝鮮半島は一つの国だが、それ以前は朝鮮半島の北部は遼東半島や満州南部との結びつきが強かったからだ。高句麗とか渤海国とか。さらに古くは中国の漢王朝が朝鮮北部に設置した2郡がある。それは古い話と言うかもしれないが、植民地時代半島北部の人は満州に行き、半島南部の人は日本へ出稼ぎに行ったことを考えると本当のあるべき国の範囲は別かもしれない。まあ韓流歴史ドラマをみた感想からではあるが。なんか朝鮮半島北部が半島南部とくっつくと、遼東半島と満州南部を失い、朝鮮半島北部が遼東半島と満州南部を持っていると、半島南部は別の国みたいだ。

さて本題にもどる。北朝鮮は昨年にデノミを実施したが失敗して経済が混乱して多くの餓死者を出したというニュースが流れた。具体的内容はよくわからなかったが、テレビで池上彰さんの「学べるニュース」を見たら、どうやら旧通貨と新通貨の一人当たりの交換額を制限して闇商人の蓄えを吐き出させようとしたところ、闇商人の元手までなくなり闇市場に商品が出回らなくなって多くの人が食糧を手に入れられなくなって餓死したらしい。

独裁者は形勢が一気によくなる方法を探しがちである。戦争の戦場の会戦場面では圧倒的に不利な方が逆転する場面がしばしばあるが、戦争全体や経済の面ではほとんどないというのが常識だ。だが経済についてはある条件ではあるともいえる。それは人々や市場の本来持っている力を政治や制度が抑えつけている場合である。だからそうした場合はそうした抑えつけている障害を除けば、経済はたちまち活性化する。つまり経済を人為的な方法で活性化することはできないが、人為的な障害を取り除けば活性化するのである。だからもう配給制など事実上機能しなくなって、闇市場が流通を担っているのだから経済を自由化しろという話となる。最終的にはそうなるが、それでは政府の権威はまったくなくなってしまうので北朝鮮当局は取れないだろう。またインフラや元となる資金も不足しているので、荷を担いでからの行商という社会史をくりかえすのでは時間がかかるだろう。

ここで声をひそめて、本当の秘策を言おう。北朝鮮は以前「スーパー・ノート」という偽ドル札を印刷していた。外交官等に渡して本物と取り替える、あるいは海外の諜報組織の資金に使用していた。「スーパー・ノート」は精巧にできているが、いまでは識別機で見破れるらしい。じつはそのあと「ウルトラ・ノート」という識別機で見破れない偽ドル札ができたという噂である。識別できるようになったら「これがその偽札」と証拠を示せるので、噂ということは、本当に見破れない偽札ができた可能性がある。

そこで、北朝鮮はます。自国の通貨ウォンと米ドルを連動させると宣言する。これはインフレなどで自国の通貨の信用がなくなった場合によく行われていることなので珍しいことではない。つぎに米ドルとの交換比率を1ドル=1000ウォン(100ウォンでも構わない)と宣言する。そしてドルは北朝鮮国内で無制限に流通するとともに国外へも無制限に持ち出せると宣言する。その後、北朝鮮の工場等の労働者の賃金および未払い賃金を当分の間ドル札で支払うと宣言して、即日多量のドル札を各工場や職場をとおして労働者に配るわけである。もちろんそのドル札は偽札である。しかしアメリカが抗議しても断固として否定する。もちろんその札がアメリカの政府機関にわたっても偽札と特定できないことが前提だ。

そうするとドル札をもって北朝鮮の商人が国境を越えて中国へ買い物に行く。また中国から北朝鮮へ売り込みにくる。もちろん最初中国人は偽札を疑い本来のドルの2倍量としか売らないというだろう。しかしそのドル札を北京に持っていっても香港にもっていても偽札だとして受け取りを拒否するところは一か所もないことがわかれば、商人の中で競争が起こり俺はドルの1.5倍でよいとか1.4倍でよいとかビジネスチャンスをねらう商人間の競争で1.1倍ぐらいで均衡してくる。

ドルを持った者が、中朝国境の両側に押し寄せ食糧を買うと、一時的に中国朝鮮族自治区で食糧が高騰するが、噂を聞きつけた商人が中国全土と世界からから食糧を持って押し寄せるので食糧物価も下がってくる。それを買った闇商人は北朝鮮全土へ食糧を売りに行く。今までの世界からの食糧援助は途中で役人に抜かれたり軍隊の備蓄に回されたりで、満足に人民に届かなかったが、かくして商人により全国にゆきわたるのである。お金を配って途中で役人が横領しないか?という心配もされるであろう。しかし布告して自分の手に入る金額が明らかになっていれば、役人や職場のボスがピンはねできない。時には死んだ人間の分を役人がピンはねするかもしれないが、いくらでも印刷できる偽札だからあんまり気にしなくてよいだろう。

注意点は、いつまでも続けることができないので、離脱方法を心得ることだ。市場の使用量や税金はウォンで納めさせること。しかしウォンとドルの交換は保証したままにする。また企業間や政府との取引もだんだんにウォンのみとしてゆく。こうすればウォンも一定数保持することが必要になるし、ドルとの交換が保証されれば全額ウォンでもよいことになる。工場は当初配った偽ドルで材料等を中国から仕入れさせ操業を開始する。工場などでは政府が交付するドルのほかに、利益を上げた一定分は労働者に配分される。やがてだんだん政府が給付する偽ドルの量はすくなくなくして、工場の収益の配分のウォンのみの賃金に移行する。

つまり偽ドル札を使い、人民の飢えを解決するとともに、市場経済の本源的蓄積とするわけである。市場経済が回り始めたらすぐに偽ドル札の印刷はやめる。ただし流通するドルはしばらくそのままにする。

まあそのようにうまくいくかな。実はいかないと思う。それは北朝鮮当局が社会主義者だから。支配者はうまい方法だと、市場経済へのステップと考えず。いつまでも続けようとして破局する。これは今の日本政府の国債発行と同じ。つまり止める決断できず時を失するわけだ。つぎに偽ドル札印刷の責任者は、上から早く多量に印刷せよとの圧力により、ノルマ達成のためここまではいいいだろうと手を抜く方法を発見して、指令された量を生産して出世しようとする。かくてその手抜きから識別する方法が見つかり、一機にその紙幣が中国市場で使えなくなるという可能性がある。なぜそんな手抜きをするのか。それは社会主義者だから。

北朝鮮消滅のシナリオと北朝鮮蘇生秘策

2010-05-14 15:51:43 | 社会経済
健康問題が取りざたされている北朝鮮のキム・ジョンイル委員長が列車で中国へ訪問したという報道があった。これを聞いたとき、本人は大連あたりで影武者を残して、ひそかに上海へ行き万博見物をしたのかなと思った。半分冗談だけど半分本気。

一般的に言われているのは、大連等の中国の北部の産業都市を見学して、中国の改革開放路線を学ぼうと結うもの。キム・ジョンイルにとって中国は、共産党が政権を握ったまま、国の繁栄を図っている点で、お手本にしたいところだろう。しかしこれまでも先進国の資本などを導入しようとしてもそっぽを向かれて実現していない。一党独裁どころか個人独裁で世襲独裁なのでカントリーリスクが非常に高いためでもある。個人独裁だと独裁者の気まぐれで政策が急変するからである。また個人崇拝のため、外国ビジネスマンや技術者が一般人と接触することなどが大きく制約されるためビジネスの展開に大きな制約がある。したがって、金王朝であるかぎり、外国資本を導入しての北朝鮮の経済的繁栄は望むべくもない。

キム・ジョンイル委員長には糖尿病や高血圧の持病があり、あと数年の命だという。拉致問題を抱える日本としては、同氏の死亡により政権交代が起きた方が拉致問題の解決に近づくから期待するであろう。ただ韓国は、急な政権交代による混乱は望んでいないだろう。大量の難民の南下が懸念されるし、北朝鮮自体が消滅しても、韓国が北朝鮮を吸収するのには二の足を踏むはずである。なぜなら東ドイツを吸収した西ドイツはその後遺症が今も解消できていない。東欧社会主義国の優等生の東ドイツででもある。それが世界の最貧国に近い北朝鮮を、西ドイツほどの経済的巨人には程遠い韓国が吸収したら予想される困難は大きい。

そこで、今日はこのままで予想される北朝鮮崩壊後の東アジアのシナリオと、北朝鮮の蘇生の秘策を書いてみよう。

201X年 キム・ジョンイル委員長死亡。いくつか軍部でクーデター騒ぎがおきて各地で軍同士が交戦する。政府・軍・党の連絡網が寸断されて地方政府が機能を喪失する。人民が反乱を起こし、地方政府や労働党事務所を襲い破壊する。北朝鮮全土で無政府状態となる。
中国軍の大軍が国境の川を越えて北朝鮮に進出する。名目は、①朝鮮人民が殺しあっているので、介入してこれ以上の殺戮を防ぐ。②北朝鮮の保有する核兵器が無政府状態により内外のテロリストにわたるのを防ぐ。③北朝鮮内にある中国の資産と中国人の安全を確保する。である。
アメリカは核兵器の散逸を一番危惧していたが、アメリカ軍自身が侵入すると休戦中の朝鮮戦争の再開となるので、事前に中国に了承を与えていた。韓国による朝鮮半島統一の機会だが、北朝鮮を抱え込むことへの躊躇と、韓国が介入して北朝鮮軍が逆に団結して抵抗する危惧があるため動けなかった。

こんなわけで北朝鮮は中国が事実上支配する国となった。中国の朝鮮族自治区から多くの朝鮮族中国人が、北朝鮮政府の指導のため、政府と党に配置された。なお朝鮮労働党は一旦解散され、審査されたものだけが朝鮮共産党に入党を許される。一般人民の次元でも、多くの北朝鮮人民が中国の朝鮮族自治区へ研修と訓練のため送られる。また中国からは多くの業者が入り、北朝鮮経済を支配する。中朝国境の検問は廃止され、2つの地域を結ぶ道路や鉄道は整備される。

203X年、北朝鮮は中国朝鮮族自治区と合併し、ここで北朝鮮つまり朝鮮民主主義人民共和国は世界地図から消滅する。むろん韓国は大反対する。しかしこのときまでに、朝鮮族自治区と北朝鮮は人の行き来と経済的つながりは非常に強くなっており、北朝鮮住民の大多数が朝鮮族自治区との合併に賛成したのでどうしようもない。もともと日本植民地時代でも、半島の北の人は満州に出稼ぎにいき、半島の南の人は日本に出稼ぎにいった。だから戦前からの在日朝鮮人の人には北出身者は非常に少ない。

う?これでは中国が太るだけだって?甘い!中国史および朝鮮史をみればその意味は明らかだ。中国の歴史は統一と分裂の繰り返し。また朝鮮半島の支配者は、常に中国の遼東半島の支配をしてきたかあるいは夢見ていた。203X年ごろは中国の分裂の開始の時期だ。このころチベットとシンチャン・ウイグル地区も独立運動が急激に高まる。ようするに中央政府の力が弱くなって、中国本土でも北と南と奥地があらそって反目している。そんなときに朝鮮族自治区が大きくなって実力をつけるとここも中央政府に従わなくなる。

かくして中国は7つぐらいに分裂する。朝鮮民族自治区(旧朝鮮民族自治区と旧北朝鮮)は新高句麗共和国として中国の遼東半島から中国東北部の一部と38度線以北の朝鮮半島を領域として現れる。

長くなったので北朝鮮の蘇生の秘策は次回。

名古屋市市税事務所について

2010-05-09 19:10:24 | 名古屋
今年4月から名古屋市の市税事務所ができた。まだ1カ月しかたっていないので利便性について市民の評価はこれからであろう。またそこで働く職員の声も、僕はまだ聞いていない。だからここで書くことは、退職者のふと思った感想に過ぎない。なお僕は市民税の賦課については経験があるが、市税の徴収と他の市税の賦課は経験していないので思い違いもあるかもしれないのでそのつもりで。

従来市税についての賦課および徴収は16ある区役所と、いくつかの区役所支所の税務課(市民税課も含む)と納税課が行ってきた。今回それを廃止して、市内3か所の市税事務所とそれに付随する3か所の出張所の計6か所に市全体の賦課と徴収を集約したもの。なお区役所でも申告や証明の一部税務事務の窓口が残る。これにより将来的には税務関係の職員を20%削減できるらしい。また差し押さえなどの滞納処分の効率化を目指していると思う。これは市の広報にははっきりと言っていないが、そういうことだと思う。なぜなら税の未納の徴収だけなら、地域事情に詳しい区の職員が便利だからである。収納事務を集約して専門性を高めるということは、区役所では滞納者の事情とかあるいは職員の事務能力と意欲のある無しにより滞りがちになる差し押さえなどの滞納処分が、効率的に執行されると考えられるからである。

4月1日に実施される人事異動を、3月末の中日新聞でみたときふと思ったことがある。そうそう名古屋市の人事異動で役職者(係長級以上)については、地元の中日新聞の名古屋市内版に掲載されるのだ。「市税事務所ができるのだな。課長と係長級(係長と主査)に知った人が何人もいるなあ」。と思いつつ、あれ?と思ったことがある。係長級の人間が多いのである。「ひょっとしたら税務事務所というのは、主事(事務職のひら職員)か少なくて、係長級だけで仕事をするところかな?」

どうやらこれは誤解らしい。市税事務所ができても、区民の利便のため区役所にも申告や税務証明の窓口が残るのだが、どうやらそこにその係長級の人たちが窓口要員の主査として市税事務所から派遣されると思われる。「思われる」というのは僕の想像。というのは4月以降に市関係者であったのは退職者だけだから現状をよく知らないのだ。はじめ僕は、区に残る税務窓口は4月に各区役所にできる企画経理室の職員がやるものと思っていた。ところが市職労のホームページを見ると、区役所に駐在する税務窓口の主査は、区長とも区民生活部長とも関係がなく、トラブルが起きたらテレビ電話で市税事務所と相談するという。とすると、区役所に駐在する税務窓口の主査は、区役所の職員ではなく市税事務所の職員が区役所派遣されに過ぎないことになる。

ここで僕が懸念することを3つ書こう。1つはこの区役所の税務窓口の主査だ。主査は係長級だがラインでなくてスタッフ。つまり自己の判断で仕事ができる。長としての部下はいないが、通常は助手として手伝ってくれる主事がいる。しかし税務窓口の主査には区役所の職員は所属が違うので無関係である。かわり税務窓口の主査には、嘱託職員が3~5名つくそうである。これが問題だと思う。通常主査は係長級に昇任したばかりの人がなることが多い。逆に嘱託職員は60歳で定年退職した職員がなる。嘱託職員が課長係長で辞めた人かもしれない。たぶん考慮されて、税務窓口主査もある程度年輩で、嘱託も主事でやめた人だろう。そうでないとやりにくいと思う。また嘱託員の人事管理はどうなのだろう。嘱託員の休暇予定は当然把握していないと困ることになるが、ラインでない主査がそこまでできるのか。ひょっとしたら税務窓口の主査と嘱託員が毎日市税務事務所に出勤してから、そこから各区役所に出向くのかな。まあ、こんどあったら税務事務所に異動になった人に聞いてみよう。

2つは、市の広報では、市税事務所では職員の専門性が高まると言っている。従来も税金の仕事は税務課や納税課の職員が行っていて、住民票の交付する職員が一緒にやっていたわけではないので専門の職員がやっていたことになる。つまりここでの専門性とは、財政局の職員として人事異動も財政局主税部内で行うということ。いままでで税務課および納税課の職員は各区役所の所属であり、人事異動は同じ所属(同じ区役所)内で行われることが多い。つまり税務課市民税係の職員が市民課窓口係にいくとか。係長および課長もおなじだ。だからこれからは、財政局所属の職員として、市税務事務所内、市税務事務所間、市役所主税部と市税事務所の異動で役所生活を過ごす者もでてくる。でも市職員としてそれが良いのかな。もっと他の部門からも市民生活を見た方がよりよい人生になると思うけど。

市役所という組織をどの面から見るかということで人生の意味が違ってくる。ある人には出世の階段のあるヒエラルキーのある官僚組織とのみ見える。「2ちゃんねる」の名古屋市職員のスレッドを見ると、「人事課に行くにはどうすればいいのですか」などという書きこみが時々ある。市民に対応するより職員を管理する部署の出世が早いからである。でも管理部門ばかりにいると、具体的問題の具体的解決の能力がなくなる。そうすると数値目標とか言い始める。数値目標とは、具体的な問題がわかっていないのと、数値の操作で成果が上がってなくても上がったように見せることができるという役人好みの手法で便利だからである。むかし市の職員だったとき、全市で超過勤務削減の数値目標を出せということがあった。たぶん今でも続いている。基準年にたいして何パーセント削減せよという。でもこれはすでに無駄な超勤をしていない部署は困るわけである。一番困るのは、過去に同じ部署の報告数字で、超勤時間からその年の特殊要因とこじつけ操作して大幅に超勤時間実績を減らして報告して目標達成としていることである。そうするとその大幅に削減された実際とは違う数値が基準となるので後の担当者が困ることになる。超勤を削減しようとするなら、数値目標はだめで、同じような仕事をしている部署の担当者を集めて、仕事の種類と仕方を比較点検することである。そうすれば合理的な仕事法や、また省略しすぎて違法などの弊害のある仕事も見つけ出せる。要するに数値目標を云々する人は問題がわかっていないし問題を解決する能力もない。「インフレ目標値」とか「デフレギャップ」とかを聞くと、日本の教育システムが間違っているなと思う。

話は戻って、市役所を出世の階段のあるヒエラルキーのある官僚組織ととると、出世に効率的かもしれないが、無意味な人生を送ることになる。ではどうみるか、それは自分が給料もらって世の人に奉仕できる手段と見をことだ。でもこれは僕の独断。自分と家族を養う職場でもよい。でもそれだけではないはず。ドライブで景色を見ながら行くのが良い。いきなり高速道路に入ると早く遠くへ行けるかもしれないが景色は見えてない。海岸も山も田園も見ることができる区役所で回った方がよいのではないか。

3つ目の懸念は、市民の目から隔離された場所に大人数職場ができることである。市の職員でも心身上の問題や、能力や、労働意欲の問題から、職場の戦力にならないだけでなく職場規律や職場環境に問題がでる人々がいる。そういう人を少人数の係に置いたので、他の職員に大きな負担になる。公務員は原則クビにならない。そういう人は、大きな人数の職場を回されることになる。つまりその人が働かなくても、多くの人数で同じことをやっているので何とかなるということである。一番の解決は、そういう人たちを、給料が低くなっても能力に合った職種に本人の同意を得て移動できる制度を作るとであるが、そんな制度はまだないと思う。市税事務所ができたことにより、数名ずつそうした人を配置できる場所ができたことにある。そういう使われ方は現状では仕方がない面があるが、問題は市税事務所が区役所より市民の目につかない点である。正しい解決とはちがうイジメ等の温床になりかねないのではないか。