セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

「チェオクの剣」の不条理な結末

2006-02-05 20:21:45 | チェオクの剣
NHKのBS2「チェオクの剣」が終わった。最後は主人公のチェオクを始めとしてチョンサガン(従事官)のファンボ・ユンも革命家のチャン・ソンベクの主要人物の3人とも死んでしまう。
でもこの結末、ドラマの筋からは必然ではないどころか無理やり付け加えられたみたいな不自然さがある。反乱が鎮圧されて首謀者の高官が誅せられたのだからドラマは一応の完結のはず。それならソンベクはどこかに逃亡して隠棲すればよいし、チェオクはチョンサガンからソンベクが兄だと知らされて兄を追ってもよい。チョンサガンの妻にはならないだろう。長官のお嬢様がいるからだけでなくチェオック自身の抑制もあるから。チョンサガンは王の側近になったはずだ。
でもドラマでは、反乱の首謀者のひとりが復讐のためチェオクを誘拐してチョンサガンを呼び出した。チョンサガンは部下も連れずに呼び出されたところにいき、自分の命と引き換えにチェオクを解放しろという。でもこの話だいぶおかしい。剣の達人のチェオクが誘拐されるのもおかしいし、第一そんな難しいことを考える事自体悪党もおかしい。チョンサガンも自分の命と引き換えにチェオクを放せと交渉するが、悪党がチェオクを放したら、すぐさまチェオクに殺されるはずだからそんな交渉は成り立つはずがない。
そこにソンベクが仲間の逃亡資金の砂金を取り返すためあらわれた。悪党は倒されたが、砂金が海に散乱したので動転したソンベクがチョンサガンを殺してしまう。兄弟だと知ったチェオクとソンベクは殺し合う形で死んでしまう。他の人のブログではギリシア悲劇的と感激している人もいるが、こんなの不条理だよ。でもシェークスピアの「ロミオとジュリエット」の結末も不条理といえば不条理だから、悲劇とはもともと不条理なものなのか。
結末をこんなふうに無理やりもっていったのはドラマ製作者の意図と考えられるが、このドラマの途中でもやりきれない悲劇が頻繁にでてくる。無実の高官が謀略により主人公側に訴追され自死した。敵の謀略にかかった部隊が全滅して多くの役人や兵が死んだ。チェオクをしたって捜査に協力している元こそ泥のチョクサは愛妻を殺された。しかも実はその場にチェオクもソンベクも居合わせていた。
この結末が韓国的な情念に合うのだろうか?ハッピーエンドがいいのに。でもアメリカ映画みたいに敵だけでなく味方も大量に死んでも、敵が全滅してヒーローとヒロインが生きのこって結ばれればハッピーエンドというのもアメリカ人の感性を疑う。
常に悲劇的な結末に共感するのが韓国的な感性かな。それが幸福な隣人への怨嗟と結びついているならば、それは「幸せになれない考え方」を国民的情念としているなら問題だ。

「チェオクの剣」・身分社会のロマンスの行方

2005-11-14 21:51:18 | チェオクの剣
BS2の「チャングムの誓い」の後番組は「チェオクの剣」。またも女性が主人公の時代劇。第1回放送の初めのほうで鉄砲が出てきたので、オヤと思ったら時代は1692年なので日本なら江戸時代で元禄時代となる。
主人公のチェオクは左捕盗庁という警察組織の茶母(タモ)という職業。書店で「チュオクの剣」関係の書籍が2種類出ていたので立ち読みしたところ、本来はお茶を注ぐ低い身分の職種でとても従事官などと口を聞くことができない立場。しかしドラマの創作で女性の死体の検視などをする役割を加えて犯罪捜査に参加している。
当然若い女性が主人公のドラマなので、ロマンスもありそうな様子。相手はもともとの主人(夫という意味ではない)で左捕盗庁では上司にあたる従事官という役職にある人物。役名は覚えていないが、俳優はうがい薬(イソジン)みたいな名前の人。
ここで僕は思った。ハッピーエンドが予想される物語やドラマでのロマンスは、どうして身分の高い男と身分の低い女の取り合わせとなるのだろう。身分の低い男と身分の高い女のハッピーエンドでは読者(視聴者)のジェラシーを招くのでタブーなのかな。もちろん女性の身分の高い場合のドラマもあるけど、それは男もある程度身分がある場合で、しかも結ばれることは絶対にない。映画の「キング・オブ・ヘブン」や「蝉しぐれ」もそのタイプ。ナイトは高貴な女性に尽くすのみで、結ばれることはない。もっと男の身分が絶対的に低い場合は「嵐が丘」みたいに悲劇にしかならない。
ところが第2回放送をみるとかなりひねりが入っている。なんとチェオクはもともと良家の娘だが、父親が反逆者として殺されたために従事官の父の家のとなった。従事官の方は、父は地位のある役人だが妾腹の子であるため役人になれない身分。通常では父親をお父さんと呼ぶことも許されない立場。学問の塾では他の塾生から一緒に勉強するのが身分違いと差別される境遇。この時代社会の事情が理解できない。妾腹の子が役人になれないのなら本妻の子がいなかったり死んだりしたら両班の家が絶えてしまうのでは?
とにかく本来ならば高官のお嬢さんと日陰者の男で、逆の立場で結ばれない関係。しかし男の方は父親の友人のつてで役人になることができた。