セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

読書ノート:小林照幸『政治家やめます』(角川文庫)

2010-04-18 17:20:56 | 社会経済
この本は2000年6月に3期10年務めた衆議院議員をやめた久野統一郎氏についてのドキュメンタリーだ。「衆議院議員をやめた」というのは落選したとか公認をもらえなかったとか老齢のために引退したとかというのではなく、文字通り自分の意思で次の選挙には出ないと宣言してやめたのだ。一人の代議士は、所属派閥や地元の支援者や地方政治家まで数多くの利害関係人を抱えているので辞めるのは並大抵のことではない。しかし政治家を続けるのは票のためには厚顔無恥とならねばならない。しかし普通人の彼には耐えられなかったというわけだ。こんなあからさまに彼が言っているわけでなないが要するにこういうことだと思う。

久野統一郎氏は2世議員だった。父親は郵政大臣を務めた久野忠治氏だ。選挙区は中選挙区では愛知2区、小選挙区では愛知8区だ。中選挙区の愛知2区は名古屋市を北・東・南をとり囲む市町村と知多半島でかなり広く地域の様子もかなり違うし、衆議院議員4名もそれぞれ地盤が違う。小選挙区の愛知8区は知多半島だけで地元だが、その地域の市町村長や地方議員にはかなり深い関係ができる。

久野忠治氏は長い間大臣になれなかった。それは佐藤首相の制止を振り切り日朝友好促進議員連盟の会長として訪朝したため、激怒した佐藤首相が絶対に大臣しないといったためだといわれている。そのことは僕も知っていたがこの本ではちょっと様子が違う。佐藤首相は久野忠治氏の安全のため空港に警備を差し向けたたり、田中角栄に首相になったら久野忠治を大臣にしてやってくれと言ったという。田中内閣で郵政大臣を拝命した久野忠治氏はさっそく佐藤邸にいって報告した。涙をながして喜んだ佐藤前首相は書をかいて久野忠治氏に渡したという。佐藤首相も党内や海外をなだめるためパフォーマンスが必要だったのかな。

久野忠治氏は、竹下派が田中角栄氏に逆らって独立した時は、田中派に残留して二階堂グループとなった。きっと大臣にしてくれた田中角栄氏に義理を立てたのであろう。しかし自分の息子を立候補させる時は竹下に頼みに行っている。こうして統一郎氏は竹下派となったのである。ちなみにこの後、竹下派から小沢一郎氏や羽田孜氏が出て行った時には、統一郎氏は残留して、橋本竜太郎氏と関係が深くなる。親子2代同じような行動をとっている。ちなみに橋本竜太郎氏はこのとき「久野さんの面倒は僕が見る」といった。その言葉どおり総理になっても久野統一郎氏の応援に知多半島まできた。久野氏が議員を辞める挨拶で派閥を訪れた時も、他の幹部は不機嫌そうだが、橋本氏は「久野ちゃんがいなくなるとさみしくなるなあ」と言って久野氏を泣かせた。橋本竜太郎ってダンディだったね。

大臣になかなかなれなかった久野忠治氏だが、愛知には自分から大臣にならないといって大臣にならなかった人がいる。名古屋市の南半分の中選挙区の愛知6区の辻寛一氏だ。おでん屋のおやじだったらしいが、その息子が小説家の辻真先氏だ。辻寛一氏が亡くなったあと愛知6区の自民党代議士になったのが、水平豊彦氏。かれは前愛知県議で、全国最年少の県議会議長になった。ちょっというと、自治体の議会の議長、副議長は、地方自治法では任期は議員の任期と同じ、つまり次の選挙までのはずだが、ほとんどの自治体では、会期ごとに替っている。これは持ち回りで議長、副議長をやることで、多くの議員に議長、副議長あるいは元議長、元副議長の肩書を与えて選挙の時に有利な箔をつけさせるためだ。だから県議会議長というのは特にたいしたものではないが、水平氏はそれを武器に衆議院議員になった。僕はポスターしか見たことはないが、カメラマンの浅井慎平氏に似ていたような気がする。中曽根派に入り若いこともあり将来を嘱望されたのだが病気でなくなった。水平豊彦氏の後は、水平未亡人の鶴の一声で秘書の片岡武司氏が候補者となり衆議院議員になった。僕は片岡氏が公設秘書のときは国家公務員で共済組合だったが、衆議院議員になると国民健康保険になったのを覚えている。ちなみに水平豊彦氏の娘は日航のスチュアーデスだったが、今は名古屋市議会の議員をしている。

ついでに、中選挙区の愛知2区には同じ自民党で丹羽兵助氏がいた。久野忠治氏や統一郎氏と議席を争った。地盤は北の方の春日井市などだ。丹羽兵助氏は自衛隊の行事のときに精神異常の人に刺されて、そのご輸血の間違いなど手当てのミスもありなくなった。たしか当時、輸血の誤りは死亡原因ではないとの発表があった記憶がある。丹羽兵助氏には弟がいた。それが中選挙区愛知1区(名古屋北半分)の丹羽久章氏だ。鼻の下にチョビヒゲをはやしていた。たしか選挙運動中に車のなかから共産党の運動員がビラ貼りかビラ配りをしていたのを見つけ、車からおりて掴みかかったという武勇伝の持ち主。この人も落選後亡くなった。

さて話を統一郎氏と本にもどそう。統一郎氏が政治家を辞める気になったのは、普通人の時分には政治家は向いていないということだ。では具体的には多く書いているような、また書いてないようなはっきりしない。ただ「受託収賄みたいなことも多くやった」とかいてあるが、その具体的な内容はかいていない。はっきり書くと自分も含めて多くの人が御縄になる。また文章から本人が困ったと思うのがわかるのは、地方政治家への関係だ。前回の首長選挙で非難して相手方を応援したのが、中央の政治関係から応援しなくてはいけなくなったり、父親の代から応戦してくれた人を応援的できなくなったり。主義主張をはなれた義理やしがらみが多くて困ったみたいだ。父親の久野忠治氏の時は、両方の候補のところへ平気で顔をだしたが、統一郎氏にはそんな芸当はできない。

ところで驚いたのは、選挙運動員へもアルバイト代の支払いだ。支払いは選挙違反取締本部が解散する選挙2ヶ月後に支払われる。選挙活動はボランティアでなくてはいけないのでアルバイト料の支払いは選挙違反になるからだ。しかし宗教団体や組合や会社や強固な党組織がないと選挙ができなくなる。そこで選挙違反取締本部が解散したあとにバイト代を支払うというわけ。でもやっぱり選挙違反にかわりないじゃない?

小沢一郎氏や小林議員を擁護する気は全然ないが、先の「あっせん収賄」も合わせて考えると、すべての政治家はたたけば誇りが出てくるのではないか?誰を糾弾するかは、タイミングしだいて検察が自由に決められるのではないか。

本にははっきり書いてはないが、あの時期に統一郎氏が辞める決心をしたのは2つのことがあると思う。1つは父の忠治氏が死亡したこと。忠治氏が生きていれば止めるか非情にがっかりするだろう。もう1つは自民党が公明党と連立を組んだことだ。統一郎氏は反創価学会=公明党の団体に入り公明党を批判してきた。小選挙区になり公明党の草川氏は他の選挙区になった。当選するためには創価学会に屈してその票をもらわなければならない。統一郎氏は議員を続けていたら創価学会に屈していただろうと言っている。

統一郎氏が国土庁の政務次官の時に阪神淡路大震災がおこった。その日統一郎氏は選挙区のあいさつ回りをしていた。支持者の家のテレビで自身が起こったことは知ったが、国土庁に電話しても連絡がとれない。その後議員会館へは「状況が許せば登庁してください」という国土庁からの連絡が、第一秘書には「会議の予定も決まっていないのでまだ登庁しなくてよい」という連絡がはいり途方に暮れた。夕方になってテレビを見て被害の大きさにびっくりした。結局国土庁へ行くのは翌日となった。これはその前の東北の自身がマグニチュードが大きくても被害が少なくその時も国土庁の役人から政務次官にやることはないと言われたのが伏線にもなっていた。ただ他人の後知恵と言われるかもしれないが、地震の被害が不明でもすぐに現地か国土庁に駆けつけるべきではないかと思う。

統一郎氏は政務次官として現地対策本部長となった。この時テレビの「ウェイク・アップ」に生出演したとき、司会の桂文珍の言葉を誤解して非難されたように受け取り激昂したそうだ。ふと昔、東大京大アメリカの大学などでいろんな博士号をもつ小室直樹氏が、ワイドショーに出演中「田中角栄は無罪だ」と激昂して大暴れしたのを思い出した。どうしてかって?久野統一郎氏と小室直樹氏が外見が似ているもの。

読書ノート:苫米地英人『FREE経済学入門』フォレスト出版

2010-04-01 15:46:44 | 思想
苫米地さんは有名な脳機能学者で、今はやりの脳本では茂木さんほどではないかもしれないがかなりの著作数がある。二人のテイストは異なるけどね。本とは関係ないけど苫米地さんは昔マスコミを騒がしたことがあった。オウム真理教が選挙にでたころ、広告塔になっていたかわいい姉妹がいた。2人だったか3人だったか?その姉妹にかかっていたマインドコントロールを解くために脳機能学者の苫米地さんが起用された。ところがなんと苫米地さんはその姉妹の一人と結婚してしまったのだ。精神的に支配被支配の関係にあったものだからマスコミは非難した。男女の中は一概に非難できないけど、高校教師が教え子と在学中に結婚するようなものなので当然に非難はおこる。そういえば「奥さまは18歳」の岡崎由紀が参議院選挙にでるそうだ。

さて、しかしながらこの本は脳に関する本ではない。今はやりの「フリー経済」に関する本だ。でも僕がこの本を買ったのは脳のためでもフリー経済のためでもない。僕は最近オーストリア学派という経済学の学派に興味があった。その学派の創始者はカール・メンガ―という人は、他の2人と独立してほほ同時に「限界」とりわけ「限界効用」という考えを経済学に持ち込んで「限界革命」というもの起こして経済学を革新した。それ以前の経済学を古典派とよび、限界革命以後の経済学を新古典派と呼ぶ。ただしオーストリア学派は「限界効用」の新古典派的な展開に批判的で、オーストリア学派は新古典派にたいする批判者となっている。

話がもどるが、書店で『FREE経済学入門』をペラペラとめくったところ、「限界効用」とか「限界費用」とかの単語がある。オーストリア学派は「主観主義」と呼ばれる。商品の価値を限界効用という消費者の効用という個人の主観的なものに求めるからである。ただし新古典派は消費物資にだけに適用するが、オーストリア学派は生産手段となる商品にも適用する。そんなわけで、なんか商品の価格についての主観主義的な理解の助けになるかもしれないと思って購入したのである。

結論から言うと、この本での「限界効用」「限界費用」の使い方は一般的な経済学と同じでありその意味ではオーストリア学派の理解の助けにはならない。しかしこの本の記述にオーストリア学派と同じ立場ではないかと思える部分がいくつかある。アメリカのFRB(連邦準備理事会)と所得税とにたいする考えかたである。

オーストリア学派というのは本国のオーストリアではナチスのオーストリア併合によりほぼ全滅したが、アメリカにはハイエクやミーゼスのアメリカ移住によりその灯は伝えられた。しかし経済学では主流ではない。一般的には極端に政府の介入を嫌うリバタリアンという人たちの理論的基盤となっている。経済学では主流ではないと言ったが、むしろ異端といえるかもしれない。経済学を昔の日本では近経とマル経と2つに分けていたが、いまではマル経は消滅しているので、ケインジアンとマネタリストに分けることが多い。しかしここにオーストリア学派を入れると、結局はオーストリア学派とその他とにわけるしかなくなる。なぜならオーストリア学派は一切の経済政策を認めないからだ。ケインジアンは財政政策と金融政策の双方を認める。マネタリストは財政政策を認めないが金融政策は認める。オーストリア学派はその双方とも認めないからだ。

さてこの本にもどると、なんと1894年にアメリカの連邦裁判所は「所得税の徴収は違憲」という判決をだした。それは「税は平等に負担されるべきだ」という思想によっている。所得税はその累進性が平等に反するというわけだ。その後1913年に憲法の修正第16条で「議会はIncomeに対して税を徴収することができる」ことになり年々課税が強化された。なおこの1913年という年は、FRBが設立された年でもある。ちなみにリバタリアンの国会議員はFRBの廃止を訴えている。苫米地さんはリバタリアンに同情的に感じられる。

勝手な話ばっかりになったので、この本の内容を紹介しよう。
限界費用というのは、何かを生産している時、次の1単位を生産するのにかかる費用だ。そこまでのものを作るのには工場用地の買収から工場設備の設置等の多くの費用がかかっている。だが今次の1単位を作るのには、その単位に使う原料代と工員の超過勤務代だけですむ。つまり最初の1単位をつくるのに比べて、今次の1単位をつくるのに費用は少なくて済む。これが限界費用の逓減(だんだん減る)の法則だ。これをインターネット空間に当てはめると、あるソフトウエアを作るのに莫大な費用がかかったとしても、それをインターネット上で配布するにパッケージ費用や輸送費は要らない。したがって限界費用は0となる。したがって無料でダウンロードさせることができる。しかしフリードマンという経済学者がいうようにふりーランチつまりただ飯はないのである。あとでか、誰かがか、その代金を払うことになる。金を請求されるのはまだよい。むしろ奴隷にされる可能性がある。たしかに無料ソフトを使うとき、ふと御仕着せ道具を与えられているようで奴隷と同じではないかと思うときがある。

しかし無料のものをばら撒いてあとで利益を得るという方法は、インターネット以前の昔からある。それは、税金とFRBだという。子供はある社会に生まれ育ち社会からのサポートや利便を無料で受けるが、大人になったら納税をしなければならない。FRBもドルを無料で世界中に使用させるが後で為替手数料という料金を徴収する。

苫米地さんのこの本の内容はもっといろんなことを書いているがそれに触れると膨大な量になるので買って読んでね。グーグルと中国政府の対立の別の側面が見えてくる。

さて、僕がオーストリア学派に興味を持ったのはどうしてかということを書こう。ひょっとしたらマルクス主義者の友人は、僕が反マルクス主義の種本を求めていると思っているかもしれないがそれは違う。一言でいえば水に合いそうだということだ。昨日『時間と無知の経済学』(勁草書房)という「ネオ・オーストリア学派宣言」という副題のついた本を買ってきた。高いけど。「第1章 主観主義経済学の概観」を読んだが、やはり感ずるものがある。いずれ全部を読んでノートしよう。