玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

信頼と孤独

2006年07月07日 | 政治・外交
一つ前の記事「対話と圧力」のコメント欄で、小泉総理の北朝鮮ミサイル発射を受けての会見について「私は8・8郵政解散演説のときよりも小泉さんの『政治家としての覚悟』を感じました」と書いた。
「郵政解散演説」「ガリレオ演説」などと呼ばれる演説のテレビ中継は高い視聴率を記録し、選挙の趨勢を決めたとさえ言われる。すでに高い評価が決定的な「郵政解散演説」よりも「北朝鮮ミサイル発射会見」のほうに強い印象を抱いたのはなぜか、と考えているうち「信頼」「孤独」という言葉が思い浮かんだ。

郵政解散のとき小泉総理はマスコミや「識者」から「追い詰められた末のヤケクソ解散」「政権を失うのはほぼ確実」などと批判されていたが、既に自民党の調査では300議席を超える大勝が予測されていたそうである。もちろん開票日まで何が起こるかわからないし、楽勝が予想された陣営が惨敗するのもそれほど珍しいことではない。
議席の数はともかく、衆議院の解散を宣言した小泉総理は必ずや日本国民が正しい判断を下してくれるだろうと信じることができた。自分の信念(郵政民営化)を堂々と訴えれば、賢明な有権者は必ず理解してくれるだろうとあてにすることができた。
もし有権者が郵政民営化は不必要だと判断し、その結果として政権を失うことになっても、後を継ぐのはおそらく岡田克也である。岡田氏と小泉総理の考え方は違うが、岡田氏の真面目な性格は誰もが認めるところであり、彼なりに日本のため必死に働いてくれるだろうと期待することができた。
つまり、郵政解散のとき小泉総理は国民を信頼し、たとえ敗北した場合でも後継者に期待して迷わず自分の信じる戦いができたのである。

だが北朝鮮との外交戦は違う。一言でいってまったく信用できない相手である。
単に「悪党」だから信じられないということではない。ニセ遺骨やミサイル乱れ撃ちのように訳のわからない予測不能の行動をする彼らはまるで狂人のようだ。金正日の現実認識能力や合理的判断力さえ疑わしい。
選挙のときは有権者に「73+21の答えはなんでしょう?」とたずねれば「94」という答えが返ってくると期待できた。最悪の場合でも答えは90から100の間には収まるだろう。だが、北朝鮮に「5+3は?」と聞いても答えは「お前に答える必要はない」だったり「夜道に気をつけろ」だったりする。ほとんど対話不能であり、まともな反応を期待することができない。
そういう相手に対して日本に何ができるのか。憲法と国民意識、そして自衛隊の能力からしても実力行使(軍事力)でこちらの意思を強制することは不可能だ。経済制裁を行うにしてもそれだけで相手を屈服させるのは困難である。結局のところあきらめず対話を続けるしかない。

解散総選挙のとき小泉総理は「有権者の英知」を信じることができた。すでに勝利は(自民党の調査では)予測されていたし、反対者を排除したことで党内のまとまりもあった。たとえ敗北したとしても挽回は不可能ではない。
だが北朝鮮との外交戦は違う。相手はまったく信用できないし、国内にも足をすくうことばかり考えている勢力がいる。うまくやっても認められず、失敗すれば容赦なく叩かれる。いや、自分が批判されるだけならいいが国民の生命財産が危険に晒される。すべての責任は小泉総理にあり、誰かに判断を依存することはできない。その孤独と日本の運命を背負う重さを想像すると恐ろしくなる。
今になってみると、郵政解散は小泉総理にとって楽な戦いだったようにさえ思える。国民を信じ、自分を信じてまっすぐ突き進めばよかったのだから。

北朝鮮という異常な国に対して「対話の余地は常に残しておかなきゃいけないんです。対話なしに解決できないんです」と語った小泉総理の姿は、私には少し痛ましく、そしてとても立派に見えた。


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6 コメント

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Unknown (zzztkf)
2006-07-07 22:16:22


対話無し。ということは戦争を意味しますからね。



というより、戦争でさえ「異なる手段をもってなされる外交の継続」とかんがえると、こちらから先制攻撃をかけて問答無用で焼け野原にしてしまう(そんなこと不可能ですが)以外、「対話無し」という状態はあり得ないでしょう。



それをかんがえるけど、「制裁はするけど。チャネルはオープンにしとくよ。十分に反省したら申告しなさい」というのはそれ以外あり得ないと私は思います。



マスコミはつまんないところで揚げ足とり過ぎですね。
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Unknown (akira)
2006-07-07 22:21:34
はじめまして。いつも読ませて戴いてます。

小泉さんは戦後一番大変な時に総理になったものですね。もう五年もやっていますが、普通の人じゃできるものではありません。国土、国民の生命を預かる総理大臣というのは孤独なものですよね。北朝鮮の蛮行には私も憤慨してますが、対話の余地を常に残すことは大事ですね。責任のない立場なら、弱腰とか軍事行動をおこせとか気持ちはわかりますが、言うだけなら簡単なことです。暴力団のような国を相手に難しいですが、拉致被害者の早期救出とミサイル問題を平和に解決できるのを願ってます。
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Unknown (Unknown)
2006-07-07 23:24:06
うんうん。

あの気色ばんだ総理はよかった。

立派だった。



いや、この人の軽薄さは時に鼻白むことがあるけど、ここ一番での腹の据わり方には、いつも感嘆させられる。



外堀を埋め、相手を追いつめて、ぎりぎりまで粘って、それでも相手に言う台詞は、

「さあ、話をしようじゃないか」。



ちょいと痛いところを突かれると、あっという間に思考停止・言論封殺に走るマスコミよりも、はるかに信頼できる、よね。

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隣国は選べない (sophnuts)
2006-07-09 11:25:36
…って所ですかね。

攻撃すれば、国中が焦土になることが99%確実でも、それをする可能性があるのが隣国ですから。

言葉が通じる分、まだ中国や韓国のほうがやり易い。価値観の対立があっても、まだ「妥協」の余地があるんですから。



ですが、一方で私はそこまで北朝鮮に絶望しきっているわけでもありません。今回のミサイルも、領海どころかEZも避けた。そこに一縷の理性があることを信じたいです。

まだなんとかなる余地が有る。…そう信じないと、あんまりにもあんまりじゃないですか。
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覚悟 (玄倉川)
2006-07-09 18:19:28
>zzztkfさん

緊張が高まるにつれて、威勢のいい人たちの言うことがますます信じられなくなります。



>akiraさん

悲観的なことを言ってしまうと、北朝鮮問題すべてを日本人の満足するように解決するのはどれほど能力と幸運に恵まれた政治家でも無理でしょう。それでも誰かが決断し責任を負わなければならないわけで、総理大臣というのは大変な仕事です。



>Unknownさん

本当に覚悟がすわっていれば、なにも激してみせる必要はないんですよね。



>sophnutsさん

金正日には戦争を起こす大義がありません(自分でも信じていないだろう)から、結局は命惜しさで強硬一本槍をあきらめる… ことを願ってます。
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Unknown (生粋)
2006-07-10 00:38:38
毎度毎度小泉総理の冷静な判断には感嘆するばかりです。

威勢よく「日朝平壌宣言を破棄すべき」なんて声も所々から聞こえますが、安直な策をとらない総理で本当に良かった。

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