黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

うんざりだね!

2009-07-04 09:38:09 | 仕事
 期末試験が終わり、大学院を含めて4科目の評価を提出し、久しぶりにこの欄を見たら、相変わらず「賑々しい」ことで……、もちろんそれはそれで承知していることなので、どうでもいいことなのですが、どうも「妄想」好きな輩(具体的には「ネット小僧」のことを指す。この人は前にも執拗に僕に絡んだことのある人のようで、何故そのようなことをするのか、僕には理解できない。相当な「被害妄想」に罹った人と思え、もう「偏執狂」としか言いようがないように思う)に振り回されてしまっている感がする。
 偏執狂(ネット小僧)氏は、「匿名」にはもう応接しない、と言っているのを良いことに、有ること無いこと「妄想」(被害妄想も含む)を膨らませて、「デマゴギー」を振りまいている。もし、彼が「匿名」でなければ、確実に「名誉毀損」で訴えられるような性質のものと思われるが、そんなことをして何が嬉しいのか、僕には全く理解できない。余程「自己顕示欲」の強い人なのでしょうね(しかし、「小心者」だから、「匿名」でしか大言壮語できない可哀相な人でもある)。
 応接しない、と言ったのだが、この欄の読者が(恐らく信じないとは思うが)彼の「妄想」を信じてては困るので、「事実」だけを列記して、「妄想」のエスカレートはいい加減にして欲しい、ということで「ネット小僧」への最後のメッセージにしたいと思う。そして、彼のメッセージで酷く傷付いている人もいるので、今後は気がついた時点で君のコメントは消去する、とだけ伝えておく。
*妄想1:僕がこれまでの自著の発刊で「自費出版はない」と言ったら、半可通よろしく「まさか公費助成は受けてませんよね」、とあたかも僕が「公費助成」(出版助成」を受けて著書を出しているかのようなデマを振りまいているが、期待に添えなくて申し訳ないが、「公費助成で補を出版したことは一度もありません」。基本的には「印税」を貰える商業出版です(もちろん、「印税」が払えないから、その分を書籍で代替してくれという出版社がこれまで2社あり、それはそれで仕方のないことだと思い、応じたことはあります)。
*妄想2:1とも関連するが、「黒古先生の本なんてせいぜい初版500部か100部で終わりでしょう」と、見てきたような「嘘」を書いていますが、これまた期待を裏切って申し訳ないが、自著22冊のうち初版2000部というのがこれまでの最低で、初版3000部、4000部、5000部というのもありました。因みに、刷り部数の最高は12000部(3刷り)で、他にも2刷り、3刷りになった本もありました。「奥付」を調べてみてください。「偏執狂」さん、残念でしたね。なお、いらぬ誤解を受けたくないのでこの際だから書いておくが、僕は自著を大学の教科書として使用したことはない(つまり、強制的に学生に自著を買わせたことはない、ということである)。もちろん、今回の「村上龍」もそうだが、僕の授業を受けている学生に紹介し、2割引で販売するということはある(つまり、僕は学生に自著を売って儲けないということである)。このことは、僕の「矜持」(この言葉、あの麻生さんが使ってから使いたくないのだが、代わりに「プライド」とでもしておきましょうか。
*妄想3:1,2とも関係するし、直接的には僕と関係ないのだが、僕の本を出してくれている勉誠出版の名誉のために言っておくと、確かにこの出版社のラインアップ(目録)を見ると、文科省(文部省)の「出版助成」を得たものが目立つが、国文を専門とする出版は多かれ少なかれ、「出版助成」を得た本(15000円とか、中には40000円もするような値段の本もある)を刊行して、会社を維持しており、勉誠出版もその限りでは、他の国文系の出版社「笠間書院」や「おうふう」「和泉書院」(京都)と変わらないと言える。しかし、もし時間があれば「出版目録」(あるいはメールマガジン)を見て貰えば分かることだが、近年は「出版助成」を得られない「一般書」を数多く出しており、拙著もその中の1冊、ということである。「知ったかぶり」をして、デマゴギーを振りまいて欲しくないね、ネット小僧さん。多分、彼は自著を出版する力がないから、他人の著書にケチを付けたり、出版社を貶めているのだろう。可哀相な人だ。
*妄想4:勉誠出版の「営業先は書店とか取り次ぎじゃないんです。」なんて、これも見てきたような「嘘」を書き、出版やその流通に疎い人にデマを吹き込もうとしているようだが、僕の新著「村上龍」が書店に並んでいないかどうか、ネットばかり見ていないで、たまには書店巡りでもしてみろ、と言いたい(ただし、拙著の新作が書店に並ぶのは、早くても来週末、17月10日発売の奥付がある。僕がこの欄で写真入りで紹介したのは、書店や取り次ぎから「注文」を採るための、俗に言う「見本」です)。僕の本だけでなく、「出版助成」の本は別にして、勉誠出版の「新刊・一般書」は全て書店に並びますし、在庫がない場合「注文」すれば、書店でもアマゾンでも購入できます。出版流通についてもう少し勉強してから、発言して欲しいな。
*妄想5:「黒古先生の著作が全く学会でも文壇でも評価されていないことは博士号もとっていないことや藤井省三の視界にも入っていないことなどからして明らか」などと、これも見てきたような「嘘」を書いているが、拙著が日本旗代文学会や昭和文学会の機関誌で書評されたり紹介されたりしていること、あるいは藤井省三との関係で「村上春樹」についてだけ言えば、「村上春樹スタディーズ」というシリーズ本がありますが(君は知らないのだろうな)、その1・2に僕の論文が収録されていて、その一つは「アメリカ・中国、そして短編小説―もう一つの村上春樹ワールド」で、村上春樹と中国との関係について論じた一等最初の論文です(だから、この「スタディーズ」シリーズに収録された)。批判するしないは別にして(無視したのかも知れないが、それはそれで結構なこと)藤井省三は先行文献であるこの拙論を見ていないように思う。あるいは、「三浦綾子」に関して、「国文学」の特集(1998年11月号)を見てみなさい。収録された論文の参考文献の中で黒古の著書が一番多いことが分かるはずです。他にも「大江健三郎」研究でも、拙論は参考文献として上げられる率が多い。ろくに調べもしないで、よく言うよ、というのが僕の感想です。君はどんな業界(学会)に属しているのかしら。こんな嫉妬深い人はどうせ所属する世界でも嫌われているんだろうな。
*妄想6:「現在の黒古先生の状態は学生指導ができる状態ではと手もないので回顧されても当然だと思いますよ」などと、これもまた見てきたような「嘘」を書いていて、「内部者」を装っているが、一番始めに書いたように、僕は1学期の授業で大学院(前期課程)の授業(講義8人、ゼミ2人)、(後期課程)で6人とゼミを行い、学部ではカリキュラムの改組に伴う「移行授業(4年生だけ)」受講生27名と正規の授業59名の授業を(75分×2×10日間、+試験)行いました。ネット小僧は僕があたかも授業をサボっているかのような言い方をしているが、残念ながら、僕はこれまで外国出張のために1回、体調を崩して1回、以外休講したことはありません。君がどのような大学に行っているのか(卒業したのか)知りませんが、君が邪推するほど「いい加減な大学教師」は、僕の知る限りそんなにいません。君はジェラシーが嵩じて「妄想」の中でしか、僕や大学教師の姿が見えなくなっているのではありませんか。
*妄想7:「以前自分の父親は戦争の犠牲者だといっていましたが、なぜ父親がそんな荒れた生活でも黒古先生の家族は育って行けたのですか?軍人恩給や遺族年金を貰っていたからではないですか?」だって、ふざけるな、と言いたい。10年前に亡くなった母の名誉のために言っておくが、彼女はそんな夫であっても、不自由な足(障害者手帳を持っていました)をかばいつつ必死に働き(日雇いや農家の手伝い、最後は近所の会社の臨時工)、4人の子度を育てたのである。「無知」な君は知らないかも知れませんが、「軍人恩給」は無事に帰還した兵士の家族には与えられない年金です。つまり、「戦死」したか、それに匹敵する「傷痍軍人」にしか与えられないのです。知ったかぶりするのではありません。「遺族年金」に関しては、53歳でなくなった父が戦後十数年経って「立ち直り」、会社務めを再開した時の厚生年金(もしかしたら、戦前、兵隊に行く前に勤めていた会社のものも含まれていたかも知れませんが、詳細は不明)に関わるものを貰っていたかも知れませんが、詳細は母が管理していたの知りませんが、微々たるものであったと推測します。(「戦死」が「戦士」になっていたのに気がつかなかったので、直しました。なお「軍人恩給」について詳しく教えてくれた人もいましたが、貰っていたかどうかが問題なので、「貰っていなかった」ということだけを再度言っておきたいと思う。―5日午前4時)
 いずれにしても、揚げ句の台詞が「そういう自分に都合の悪い部分を隠して左翼風吹かせているから批判を浴びるんですよ」だって、そっくりそのまま君にこの言葉を返します。生半可な知識で「偉そうに」間違ったことを多弁によって言いくるめようとする、そしてどんな権限があるのか人を「解雇」せんとする、ジェラシーもここまで来ると大迷惑である。「批判」は仕方がないとして受け入れますが、「妄想」は困ります。迷惑を被るのが僕だけではないからです。
 幸い、コメントを寄せてくる人の中には、この「妄想狂・偏執狂」の言説に疑問を投げかける人もいるので救われるが、ここで再度言明しておきたいと思う。「ネット小僧」のコメントには以後応接しませんし、「消去」します。これ以上、「妄想狂・偏執狂」にこのブログが荒らされたくないし、付き合いたくないからです。うんざりです。この処置が承伏できないのであれば、どうぞどこか別な場所で僕や教え子たちの「悪口」をいくらでも言ってください。
 また、「ネット小僧」さんは、これから筑波大学関係の論文や書籍を「無差別にきりつけ」たり、「しらみつぶしに検索して調べて批判」するようですが、どうぞご勝手に、としか言いようがない。ただし、他人のブログではなく、君が言うように「自分のブログ」で、どうぞ(「ネット小僧」三は、どんなブログを書いているのかな?多少興味もないわけでhないが、恐らく「身分」や「出自」などを隠してジェラシーだけは丸出しで、「好き勝手なこと」を自己満足たっぷりに書いていると思うと、そんなブログは覗きたくもないし、関係も持ちたくない。それが本音。