現代今昔物語―自分流儀。伝承。贈ることば、子供たちへ。不変のストーリー

我が息子と娘へ伝承したいメッセージをというのがきっかけで、時代が違っても考えかたは不滅といった内容を新世代達へ残したい。

暗号

2014-10-31 | Weblog

ここのところ、ミルクココアをできるだけ毎朝摂ることを続けようとしているが、今日からそれに加えて、トーストやヨーグルトも一緒に食していこうと思った。本日が初日だ。現在、炭水化物を控えるようにしてきているが、そのことばかり気にしていても、なんか楽しくないので、夜は限りなく摂取を控えることを続ける代わりに、朝と昼は気軽に考えようと思っただけだ。これも続くかどうかはわからない。自分で用意するので、面倒と思ってしまったら、それで終わりだ。朝、コーヒーだけというのが何年続いてきたのか。もうわからない。それでいて、朝の薬は服用していたので、最近、なんか薬とかサプリとか、そんなものを単独で飲んでいる感じもしてきていたので、少しはきっちりと食事らしいものを摂って、そのあとに薬なども服用しようと考えてみた。若いころから、基本的には和食党で、出張などでの朝食はいつも和食ばかり。トーストなどを朝、つまむというのは、中学、高校時分に戻る感じだ。なんとなくではあるが、このように朝食を食べるようにしても、ウエイトにはあまり影響が出ない気がする。なんの根拠もないことだが、そんな気がするだけである。

暗号解読というと、第2次世界大戦のころに、ナチス・ヒトラーが巧妙な暗号文を出していたらしい。それをイギリスが解読に懸命になっていたそうな。ドイツのUボートにイギリスの艦船が魚雷で撃沈されるから、Uボートがどこに出没するのかを事前に察知するのが目的だ。そんあところから話が展開していくが、一体、暗号とは何か? となると、今、我々がしゃべっている言語自体が暗号そのものなんだとか。人類が出てきて、最初は、身振り手振りで、他の動物と同じように、ケンカしたり、なかよしになったり、なんとなく双方で意志伝達を試みていた。その後、しゃべり言葉、言語が生まれてくる。これだと、いかに脳みそが優秀なコンピューターと言えど、記憶からなくなると、忘れてしまったり、伝えたいと思っても呼び起こせない。そこで、メソポタミア地域で、まずは象形文字のようなところから、書き言葉・文字の発明、発達につながっていく。昔の石板などに書かれた解読不明の文字列を読み解くことから始まる。そのプロセスは暗号解読プロセスと全く同一で、まずは繰り返し繰り返し、使用されている文字列の発見から作業を始めるそうだ。そして、頻繁に登場する単語が何を表している、意味するのかを、その文字の形、前後のつながりから予想し、しっくり解釈が成り立つかをあてはめていく地道な作業だ。たとえば、その当時、統治していた王様の名前などが、よく使用される言葉のひとつみたいだ。国語の科目で言葉を習い、あたかも言語がいつのころからあったのかなど考えもせず、試験にでるからと丸暗記。そんなことをしていても、単に小さな知識として知っているというだけで、そこに刻まれている奥深い歴史など、全くわからない。なんでも最初から今の形でなく、きわめてゼロの状態から、創造を繰り返されてきた結果、今の姿にまで進化しているということだ。暗号というのは、秘密のうちにこっそりと伝えたいというものだけでなかったんだと知らされた。

今の人類の祖先はクロマニョン人で、アフリカ大陸からヨーロッパへ氷河期を乗り切って進化してきた。ネアンデルタール人とは異なる人種で、ネアンデルタール人は全滅して、絶えてしまっているということだ。ネアンデルタール人は最初からヨーロッパから発祥しており、北から氷河期になっていくにつれて南下した模様だ。もうひとつ、スペインあたりからローデシアという人種も発祥していたみたいだが、よくわからない。クロマニョン人のほうが、暖をとる術などに長けていて、生き残っていった模様だ。それからどんどん世界中に今の人間の人種を形成していく拡がりを見せるのだが、何万年という単位で、進化してきた。

最近は、どこの駅の改札でも、一見日本人のように思うが、言葉を耳にすると、中国語、タガログ語、韓国語と多様になってきていることを実感させられる。当然、さらにこのような傾向は強くはなっても、元に戻ることはないのだろうから、人種も交ざりあっていくだろう。米国にしても、40年前と比べて、背の高い白人・黒人だけでなく、なんとなくではあるが、中間人種、平均身長の者たちを多く見かけるようになり、ヒスパニック系やアジア系、ネイティブ、中近東系などを感じさせられる。

天体の星の成り立ちを追求しても、ミクロの細胞、元素、DNAを追求しても、人の成り立ちを追跡しても、すべてが同じような次元へ向かっていくようで、なにもかも繋がって関連し合っていることの証だ。

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年功

2014-10-30 | Weblog

米国フォード社のサンダーバード(通称:T-バード)という車種のリストア光景が、時々、目にする。1960年代の車が整備されて、50万円ぐらいから、人気によっては、100万、150万、200万の値がついて取引される。デザインは、当時のモデルのほうが、新しいものよりも洗練されていると感じさせられる。燃費の点から考えれば、実用的とは言い難い。おそらくリッター数キロのレベルだろうから、ガソリン代ばかり払わなくてはならないだろう。しかし、市場が動いているという事実はあり、それがなんだかんだ言っても、米国の底力を示している。建物などの不動産にしても、どうして古くても普遍的価値が認められ、継承されていく。日本は高温多湿、木造家屋が多いという状況であったとしても、新しいものが評価される文化にて、なんでもかんでも使い捨て、消費文化が非常に強いと感じさせられる。物にかぎらず、人物においても、若ければいい的なところも見受けられることも事実だ。最近では、年功が悪者扱いで、簡単に能力主義うんぬんが取り上げられるが、そのような年齢の頭打ちについても庶民レベルにはしわ寄せがきているだけで、法律をつくる当の政治家さんたちは、いくつになっても年功社会に映ると感じるのは、小生だけだろうか?ある小さな老舗の会社で、80歳の営業部長さんや、70歳の工場長さんが、ばりばり現役で仕事をしておられることを紹介されていたが、実際、体が動くなら、何も制限を設ける必要などないのにと思う。

自分の親父はすでに亡くなっている。約15年ぐらい前に亡くなっている。いろいろな事情からさらにそれから遡ること10数年前から断絶状態といってもいい状況だった。そう考えると、ほんの少しの間だけ、一緒にお酒を飲む期間があったとはいえ、当方が成人して後、共有できた時間的にも、内容的にも、回数的にも、まともに会話をしてきたとは思えない。他界してからも、それまでも接触のない状況だったがゆえに、そんなにもなつかしく思うこともなかった。ただ、最近になって、もっと違う関係性みたいなものを築くことはできなかたのかなとも思う。これも時計の針を戻せないと感じさせられる出来事、事象のひとつだ。」

古き良き時代もあったはず。内もかも新しいものがいいというわけでないだろう。

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習慣づけ

2014-10-29 | Weblog

ほんの少し前まで、日なたを避けて、日陰を選んで歩いていたのに、自然と、逆に日なたを歩くようになっている。どちらかというと、寒い季節は苦手のように思う。寒さが極限になると、死というものに結びつくような気さえしなくもない。

スラックスについても、薄い生地のものでは、直接、肌に感じるようになってきた。そうか、ズボン下のものを合わせればいいのか。昔から、ズボン下の衣服にあまり縁がなかったので、すぐにアイデアが浮かばなかった。小学生の頃は、1年中を通して、半ズボンで、素足を通した。近所の人たちから、「見てるだけでも寒くなる」と言われたぐらいだ。

ポップアップ型の安物のトースターを買った。少しの期間使っただけで、結局捨ててしまった。それ以来、魚焼き器(グリル)で、トーストを焼くようになったが、最近、火がいびつで、1ヶ所がバーナーのように火が落ちるので、上手く焼けなくなった。どうしようか?

ガスで上手く焼ける方法を探してみよう。

ここのところ、牛乳を飲みたいがために、朝、ココアを飲むようになった。これもいつまで続くかわからないが、サプリよりは、もう少し直接的に体にもいいような気もするし、続く限りは頑張ってみたいものだ。イギリスなどは、紅茶と一緒に飲むミルクが、ミルク全体の消費量を押し上げている。

よく1日に時間は24時間というが、実際は睡眠などもあるから、8時間を差し引くと、実際は16時間となる。その16時間をどう使うかにより、人生となっていく。最近は、時計の針は戻せないことを、つくづく感じるようになった。

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思秋期

2014-10-28 | Weblog

昔から、岩崎宏美の曲の中で、最も好きなものだ。後半部に、半音階ずつ上がっていく所が心地よい。

オフコースの秋の気配という曲も好きだ。オフコースの中で、よく歌われる曲群からは、少し外れているかもしれない。

以前から、サプリメントなんて必要ないという考えの持ち主だった。そうかといって全く無視しているわけでもないが。長く飲み続けられないのだ。たとえば、目にいいとされるブルーベリー系のサプリを買っても、1か月続かない。おまけについてきたビタミンCなどは、一回も開封せず、結局は捨てるはめになる。それでもここのところ、コマーシャルのようにサプリを飲めば、体質が変わるのかと期待し、3,4種類トライした。あまり長続きしないが、ようは効果が名見えるようにわからないから、どうしても億劫になってしまう。毎日、コーヒーを飲むのだから、その時に一緒に飲めばいいのだけれど、それでも長く続かない。飲んで数日、1週間で、効果が出ないどころか、なんとなく以前のほうがましだったかななんて思ってしまうと、ますます遠さかってしまうはめになる。あのコマーシャルで、もう手放せませんとか、これを飲んでいるから調子がいいとか、どうしたらそんな風に言えるところまでなるのか、教えてもらいたい。

最近、歩くことは以前に比べて、億劫でなくなってきた。むしろ、できるだけ歩きたいという思いもある。平均で3kgは体重が落ちたように思うが、それ以上にいかない。運動が必要と思うのだが、なにかゲーム的要素のある運動でないと面白くないし、そうなると一緒にやる仲間だとか、気の合うメンバーとやりたいし、なかなか簡単みつからない。一人で、ジムで黙々とという柄でない。なんとわがままなことを言っているのかは重々承知だ。

現在、膝関節やくるぶし、アキレス腱など、少しは痛みが出なくなってきているように思うので、もう少し、歩くことを続けていれば、簡単なジョギング、走ることまでできるかなとひそかに期待しているのだが。

最近、やたらと自動車の安全性というか、ブレーキアシスト、自動で前方の障害物を感知してブレーキをかけるシステムを異常なぐらい宣伝しているなと感じている。これは、国産車のみならず、欧州、米の車も、がんばっているようだ。この背景にあるものは一体なんだろうと思った時、ひとつはスマホ、ケータイのながら族がいるから、危険な状態になっているのかと身勝手に考えている。最近、信号待ちで、青になっても前の車が動かない。見てみると、前かがみでなんかやってる。勝手な創造だが、メールがラインか、ゲームか、そんな類でないかと疑ってしまう。同じように、横の車を見ると、男女を問わず、片手にスマホなどを持っている光景に出合う。車に限ったことでない。自転車に乗っている者でも、ほとんどがイヤホンをして、クルマの音など聞こえないだろうと思われる。歩行者でも、横断歩道渡っている時でさえ、駅の改札を出る前、出た後、お構いなしだ。女性でも、同じようにやっているから、全くどうなってるのと思ってしまう。世の中、こんな状況だから、クルマの安全を高めるためには、この感知システムがどうしても必要となってきた時代なのだと考えてしまう。普通に運転するものにとって、もちろんいざという時のために、ついていたなら、それはそれでいいが、前方をしっかりみていれば、そんなにブレーキ遅れになる事態などない。逆にしょっちゅう、そんな状態だったら大変だ。それとも、クルマメーカーがしゃかりきになって、ブレーキアシストに注力している理由は、もっと格調高い、別次元の理由があるのだろうか? 本当に、ハンドルを握らなくても、アクセルを踏まずとも、飛行機のオートパイロットのように、高速道路を眠っていても目的地まで連れていってくれるのだろうか? 渋滞に巻き込まれれば、オートに切り替えて、クルマの中で、双六(スゴロク)でもしていればいいのだろうか? いやいやスマホで渋滞情報をリアルタイムで仲間に知らせないとだめなのかな?

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思いは同じ? それとも違う?

2014-10-27 | Weblog

それなりに人生の成功者が、母校に出向き、成功の秘訣を伝える。世界中、心にしみいる思いは同じゆえ、それを信じて進もうと。

喜ぶべきことを喜び、悲しみを共有する。確かに、心の奥底に流れる人間としての思い、考えが同じということはわからくはない。ただ、それでは違いは何なのか?と疑問を投げかけたくなる。

日本では、商品の品質にこだわりをみせる。それも、どうでもよいような所まで、細かくこだわるので、それのしわ寄せというか、検品してはねられる数が増えたり、作り直させたり、コストや手間が他国に比べて、べらぼうにかかる状況にある。日本では、もうそれが当たり前になってしまっているので、印刷などの品質を下げたいといったところで、相手にされないだろうが。

日本では、ビール離れをくいとめたり、ビールのさらなる拡販戦略、税制とのからみでの低価格実現などで、通常ビール、発泡酒、その他ビールとなってきているが、欧米人と一緒に飲むときは、缶ビールは缶ビール、びんビールも缶ビールもビールといった具合で、なぜこんなにも種類分けがあるのか、全く無視の状態。

USAと日本では、すべてが逆という発想を持ったほうが、コミュニケーションがスムースにいくぐらいだ。交通は逆。信号は守らない。待ち合わせ、約束の時間は守らない。住所などの表記は、氏名、番地、町村名、州名の順。日本は、県名、市町村、番地、相手名となる。顧客本位でなく、対等のビジネス関与者、契約優先、椅子であろうが地べただろうが、座りたいときは、相手も無理矢理座らせる。チップが潤滑剤。日本、韓国、中国、他のアジアとの明確な区別、知識がない。移民を受け入れる。ハリウッド映画は幻想。保険が大好き。贈り物でも包装紙なし。ピザがごちそう。プライバシー重視、尊重、優先。などなど。

ある程度までは、当方の思い、考えが伝わるとは思っているが、さらに踏み込んでとなると、納得してもらえるまでは、なかなか到達しなかったというほうが多かったように思う。

かといって、日本の仕組みと異なるものであっても、USAに限らず、ヨーロッパでも、日本以上に発展、発達、便利、融通、機転、低価格、斬新、優秀、独自性、心地よい、楽しい、快適、羨望、創造、など、感じられるものが、いっぱいある。同じものがあるというより、違いがある、と考えるほうが、拡がりをもって捉えられるし、いつも日本だけのガラパゴス化思考に一石投じられる気がする。

 

 

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IQや頭の程度なんて、人間味のひとつだけれど

2014-10-26 | Weblog

TV画面から伝わってくる、芸能人のアホさ加減は垣間見れる。U.T.(昔の日活俳優)は、十西の干支を知らない。同じく、T.H.(同じく少し時代が下った日活俳優。大物日活時代劇をやっているが)、本当の日本の歴史について、漢字の読み方から、歴史をしらない。ただ役を演じてただけ。それでも、きっちりお金をかせいでいるから、なんら支障はないだろうけど。

信長、秀吉、家康、彼らも問題あるが、小生、関西系であっても石田三成というご仁はどうしても好きになれない。関東勢の徳川家康が嫌いでも、石田三成がもっと嫌いという奴はいっぱいいただろう。我々のすぐ近くにも、石田三成のような寄生虫のような生き方をしてる奴が絶対いるはずだ。なんとなく貧相なところは、いつの時代でも似ているだろうに。

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新米

2014-10-24 | Weblog

新米でご飯を炊くと、やはり違いがわかる。一番は、見た目、つやと思うが、つやがある分だけ、なぜか美味しく感じてしまう。いつもと何もかわることなく、同じように研いで、いつものように炊くだけ。それでも違いが出てくるから不思議だ。水は心持ち、少なめと理解している。お酒などは、熟成何年物といって、出来立てホヤホヤの若いお酒は、味にとげがあるだとか、深みがないだとか、まろやかさがないとか、いろいろ言われるが、お米は野菜などと同じように新鮮なほうがいいのだろう。

TV画面で、特に男性タレントが帽子をかぶって登場する。野球帽のまま、カウンターでラーメンをすすったりする。少し格好つけるような、洒落た帽子でも、そのままで、居酒屋で食事する。レストランで食事する。どこであろうと、部屋の中だ。この人たちは、お風呂でもかぶっているのかと言いたいぐらいだ。部屋のなかで、なんd帽子が必要なのか、まるでわからない。個人の好みといってしまえば、それまでだが、勝手に思うことだが、欧米人の顔立ちのほうが、しっくり来る装いのひとつと思われる。それは洋装のひとつだから。明治初期に、格好を西洋風にしていた、光景を写真だどでみかけるが、お世辞にも似合っていない。とってつけたようないでたちだ。ただでさえ、アジア人顔には似合わない部分もあり、TV画面上、本家本元のほうでは、あまり見かけないのに、似合わぬ日本人男性が、やたらと、部屋中、帽子かぶりで登場する。かぶっても構わないが、状況に応じて、スマートに脱ぐとか、不快感を与えているかもしれないというぐらいの、気遣いを見せてほしいところだ。

お好み焼きだが、どうしても炭水化物分を少なくしたいと思うので、自然と広島へ近づいてきているが、それでも焼きそばも使用するので、一体どれほど除かれているかはさだかでない。面倒なので、薄力粉に少し、片栗粉を混ぜ込み、さらに、一応、こぶ茶を少し加えて、多少薄めに、ちゃっちゃっとかき混ぜる。それを薄く敷いて、その上に、天かすと桜エビをばらまく。昨日は、その上に、まずは刻んだ青ネギを少しのせて、それからキャベツをばさっと、どっさり。そして、牛すじ甘煮を、これまた、それなりのどっさり。上から紅ショウガも加えた。その横で、予め、多少味付けした焼きそばも、再度焼き始める。お好み焼きのほうを、あまり細かいことは気にせず、一気にひっくり返す。飛び出たキャベツなどを、下から中へもぐりこませ形を一応整える。ころ合いを見て、こんどは、そのまま横移動で、焼きそばの上へ置く。今までお好み焼きがあったスペースで、生卵を割って、少しかき混ぜた状態で、鉄板へ敷く。(この時、かき混ぜるてから、鉄板というのがミソ) 今度は、さらに焼きそば・お好み焼きを、そのまま横移動。卵の上に。ギュッと抑えて卵が中にからむように、1,2度だけ抑える。しばらくして、また、覚悟を決めて、思い切りよく、すべてをひっくり返す。着地がぴたりと決まるかどうかは、ためらいなしの、思い切りのよさだけ。後は、ソースを塗ったり、マヨネーズを足したり、青のりもパラパラと降りかけたり、好き好きだ。どうぞ召し上げれ。(帽子かぶりの男性以外は。)

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No action, no reaction

2014-10-23 | Weblog

その昔、中学校ぐらいの頃か、授業で、「作用あれば反作用あり」 と、よく口にする先生がいた。わかるような、わからないような、なんとなくであるが、「だから何?」 みたいな態度でそれを聞いていたような気がする。これを逆にいえば、何もしなければ、何も起こらないということとも言えなくもない。理屈や経験で、そのことはわかっている。そうはいっても、なんでもかんでもアクションをとればいいものでもない、というか、とれるアクションにも限りがあり、気持ちは能動的に動きたくても、実際に、そうたやすく 「このようにすればいい」ということが決まっているばかりでもない。「待てば海路の日和あり」 ということもあろうが、待つということには、往往にして忍耐というものがついて回るものだ。

知らせがないのは良い便りとは、よく言ったもので、ここのところ、知らせが入ると、気落ちするようなことばかりだ。そういう意味で、待たされた挙句に、思いとは逆の方向だと、倍落ちだ。

世の中とは、世間とは、そういうものなんだろう。どちらかというとアクティブな方だと思うので、動いているほうが楽なのだが、そのようにばかり事を運べないのも事実だ。大仏のように、どかっと座しているだけなら、どんなに楽なことだろう。

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鍋物もいい

2014-10-22 | Weblog

関西のほうでは、比較的、鍋物が盛んだ。学生の集まりでも、社会人の集まりでも、そこそこ、気軽に、鍋でも行くか? と声をかけあう。東京に来て、大浴場(銭湯)に行ったことがない、行きたくない、温泉もみんなと一緒に浸かりたくない、鍋物は家でもあまり食べない、他人と箸をつつきあのは嫌だ、とか、このような声をよく耳にした。人それぞれ、個人は個人と言ってしまえば、そでまでのことだが、正直、どこかよそよそしいと思う。昔は、袖すりあり合うのも多生の縁とか言ったものだ。(古すぎるかな?) お寿司やさんでも、衛生面から、透明の手袋で握られることに、逆に違和感を覚える。素手で握っても大丈夫なのように、そもそも酢飯だろうし、それで病気になるのなら、日本で今まで、どれぐらいの数にのぼるだろうか? そうでないという臨床実験が何百年と重ねられて、大丈夫と実証されているのに等しいだろうに。

昔、カニを食べに行って、自分でカニの身をとったことがないので、目の前のカニに手をつけない男がいた。あきれて物がいえないが、聞いたら、いつも母親が身をほぐしてくれていたのだとか。勝手にせい。

福岡でも鍋物が人気で、結構、鍋物へ行こうとなる。もつ鍋ブームが起こる前に、福岡でもつ鍋を知り、その安さと美味しさにびっくりした。福岡(博多)では、人数分の2倍ぐらいの数字で注文していた。それでも食べきれる。1人前、数百円だ。最後の閉めの、ちゃんぽんも格別うまい。東京のスーパーでちゃんぽん玉を探すが、いままで見つかった試しがない。いつも、別のもので代行させている。もつ鍋の時の、ちゃんぽんは、多少、長い時間かけるほうが美味しい。それを知らないで、麺がのびるどうのこうので、早く上げると、本当の味わいを食べつくせない。ちゃんぽんのお代りも、決して珍しいkとおでもない。もつ鍋屋もあちこちにあって、それぞれ、少しずつ味わいが異なるが、それも風流だ。

家で鍋をやる時に、一番シンプルなものと言えば、湯豆腐もそうだが、昆布を敷き、多少の酒、砂糖、みりん、しょうゆなどで、薄く味付けし、たっぷりの白菜と、サケ缶を、3缶分ほど入れる。これだけでの具材で不満なければ、それでよし。不満ならば、玉子を落とすのもよし。えのきや、つみれをさらに加えるのもよし。ただ、鶏肉などいろいろ具材を足すと、普通の寄せ鍋に限りなく、近くなるので、ここは、メインは白菜と鮭缶ということを大事にしたいが。

湯豆腐の時は、水菜がパリパリ食感あるので、一緒に使うのがお薦めだ。柚子が少しあれば、さっぱり感も上がる。

鍋というのは、もちろん季節柄というおともあるだろうが、ヘルシー料理に加えて、具材なども工夫すれば、バランス良くできるし、量を食べても、炭水化物過多にならないし、満足感も得る。作る側からしても、手間もいらず、余分な食器も使わず、いいことづくしだと思うが、いかがか? 週に数回、トライすることもある。味に困ったときなど、キムチをぶち込んで、辛味に仕立てることもできる。ベースとなる出汁を薄くさえしておけば、変幻自在となる。ぜいたくに行けるなら、カニが食べたいものだが、カニの場合は、結構、テーブルが汚れることぐらい、美味しいカニがたらふく出るなら仕方ないか。

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晴れやかな宴

2014-10-21 | Weblog

10数年ぶりになるだろうか? 披露の席に招かれた。横浜にある、今時の専門ホールでの宴だった。様々な現代の趣向がちりばめられ、プロジェクションマッピングも採り入れられ、会場オペレーションスタッフのプロの面々により、淀みなく進行された。非常にスマートな内容だった。重厚さというより、列席者全員が軽やかに、祝賀するという雰囲気だった。このような形式が現代的なのだと再認識させられた。快晴だった。雨降って地固まる、こともあろうが、真っ青な空は、天運に味方してもらう以外、人知の及ばぬところだ。

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役職をおりる。

2014-10-20 | Weblog

議員そのものを辞職するのが、本当のけじめと思うが、役職をおりる場合との、その判断の境目はどこにあるのだろう? 

よく聞こえてくるのが、出処進退は自らの判断ということだが、そういうことか?

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平凡パンチ

2014-10-17 | Weblog

平凡パンチの雑誌の創刊が1964年とのこと。男性週刊誌だが、ファッション、クルマ、女性に絞り込んだ雑誌として刊行されたとのこと。自分自身がこの週刊誌などを見るようになるのは、さらに7,8年後になるが、親の考え方の影響もあって、雑誌プレイボーイと並んで、エロ的な読み物と位置づけられていたように思う。(母親はこの手のものが嫌いだったようだ。)

月刊マンガ雑誌のガロの創刊も1964年とのこと。ガロに限らず、月刊のものは、分厚い分だけ、値段が高かったこともあり、ほとんど買えなかった。白戸三平のカムイ外伝は、知ってはいたが、内容の完全把握まではいっていなかった。この影響を受けた人たちがたくさんいることなど、知らなかった。それほど社会性が強いものとの認識までもなかった。

いずれにせよ、今以上に、強い生きるという力、たくましさにあふれているように思うし、自由闊達ということでは、今とは比べようもないほど、上昇志向がみなぎっていた時期ではないだろうか?

先日、麦とホップの赤バージョンを見つけて、早速試飲した。お薦めです。限定と書かれているので、いつまで発売が続くのかはわかりませんが。ここのところ、糖質ゼロ、プリン体ゼロばかりできていて、たまにはいいかと思い、試してみた。もともと、麦とホップ、ノーマルと黒の両方ともいけると思っていたので、赤はどうかと思ったが、こちらもGoodでした。

三菱のデボネアの初期のタイプのものが走っていたので、思わず、信号待ちで横につけた。このころのモデルは味があるなと思った。

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変わり目

2014-10-16 | Weblog

この時期は、変化の表明する頃合いがいいのかどうかわからないが、特にプロ野球のほうでは、まだポストシーズンの中での試合が残っているものの、監督連中の辞任表明が続く。任期終了後でもいいのにとは思うが、それぞれ色々な思いや意向があってのことなのだろう。詳細はまだ理解していないが、後期高齢者に付与されていた特典をとりやめることが決定したとのこと。実際に家族で同様の方がおられる人が、年金生活でぎりぎりの上に、そこから奪うような対応。政治家は、選挙のたびに議員削減と言う割に、ひとっこひとり減らすふうでもない。いい加減にしろと言っておられた。全く以って、弱い者いじめにとどまらず、既得権益確保にいそしむ。厳しく次回の投票で落選させればいいものをと考えてしまう。

最近、1964年について考える。この頃には、今ある家電製品、乗り物、電話、などなど、ひととおり揃ってきており、またこの年には、東京オリンピックも開催され、世の中が全般に一番明るかった時期ではないかと思い始めている。もちろん、その頃から比べれれば、今のものはすべて洗練されたり、一層の技術力が注入されているとは思うが、原型や基本機能は同じものを有shていたのではと振り返る。かつ、自動車などは、今よりも、各社各様のデザインが紹介されており、この当時のものについては、個性が光っているように思う。この頃から、写真も、テレビも白黒からカラー化に拍車がかかり、世の中に色というものが出て行き始めた、世の中に色がついてきたとも言えなくもないと、自分では勝手に解釈している。ビートルズの来日は、2年後の1966年だったようだが、64年と大きくかけ離れているとは思わなくてもいのではないかと思ったりする。今、何かわからないが、この1964年という年について、もっと思いを馳せてみたいという衝動にかられている。

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怒りというもの

2014-10-15 | Weblog

人間の怒りの感情はなぜ湧くのだろう。そこで怒りを我慢し続ければ、精神がこわれてしまうのか? おそらく精神が病むことはないだろう。我慢強い人、怒りを表さない人、ぐっと飲み込む人、などなど、実際に存在するであろうから。喜怒哀楽というが、怒りの感情を出さないということはどういうことなのか? 怒りが忌み嫌われる感情であれば、喜怒哀楽の4つから削除すればいいものを。自分の受け止められる限界を越えると、怒りの感情として外へ出てしまうのだろうか? 素直にその感情に従って、外へ出すほうが健全なのだろうか? どうしようもない感情を制御するほうがいいのか。内面に大きく貯蔵できるゾーンをこしらえて、そこに貯めていくほうがいいのか? そうした場合、どうのようにして、湧きあがってきた思いを伝えればいいのか? クールダウンでは伝わらないから、怒りへ変化してしまうものでないのか? わからない。自分の力のなさ、度量のなさ、改めて、何事においても100%自己責任に帰結していく。

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Young Adult, Soletary man

2014-10-14 | Weblog

台風といえば、幼い記憶には、古い木造家屋の雨戸、停電、鉱石ラジオ、眠ってしまうこと、の4つぐらいだ。雨戸というものが、一体どこに収納されていて、どこから引っ張り出されるのか? からくり箱の細工みたいに、上手く桟(さん)の部分を横・縦に動かすとストッパーがかかる仕掛けになっている。停電がつきものみたいで、ろうそくが準備されていた。普段ろうそくなど使わないので、家の中で使うことがおもしろかった。真っ暗になってしまうので、夜と勘違いするが、実は昼間のことが多かった。そのため、何もおもしろいこともさほどないので、寝てしまい、目が覚めてそとへ出ると太陽が輝いていて、まるで、1日が過ぎた錯覚をするのだが、実は、同じ日だとあとから気づく。そう考えると、関西圏は、あまり夜の夜中に、どったんばったんと台風が来なかったのではないかと思ってしまうが、なんお根拠もないことだろうか?昔の台風のほうが、被害は大きかったように思うし、もっと強烈なインパクトがあったように思う。いろんな名前が付けられており、伊勢湾台風、第2室戸台風、ジェーン台風などなど。第何号だけよりも、名前があったほうが、記憶にも残ると思うのは小生だけだろうか。

台風が来ている間に、たまたま2本の映画がTV放映された。「Young Adult」 「Soletary Man」 の2本だ。片や、ミネアポリスで女性、もう一方は、ニューヨークで男性。それぞれが2つの都会で成功するも、故郷のコミュニティへ戻ってくるが、小さなコミュニティでの幸せで満足できない自分を顧みるが、結局はそこにとどまることができない。どちらもハッピーエンドではない。これからどうなっていくかは、見た側の推量に任せられる。くしくも同じような悩みを捉えた映画が別の局でやっていた偶然にもびっくりしたが、どちらも正直、そんなに見る気もなかったが、ついついから始まって、ラストまでとなったパターンだ。ということは、どちらも惹きこむ力があり、いわゆる秀作、佳作の部類にはいるものでなかったのだろうか。

 

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