☕コーヒーブレイク

時が過ぎていく。
ときには、その日の風まかせ。
ほっとひと息しませんか。

母の日に感謝

2021-05-09 12:46:04 | 日記
 今日は「母の日」。
我が家でも妻宛て神奈川に住む息子からカーネーションが贈られてきた。
早速、息子へ感謝のメールを送ったようだが、息子からは「そう、よかったね」
一言だけの返信メール。
妻は「もっとましな内容のメールを返信すればいいとにね」と言いつつも
顔はほころんで嬉しそうであった。



 第2回 『母の日参り』 手紙コンクール 〈金賞〉 受賞作品
【作者】 頑張ってるお父さん (新潟県在住、49才の 男性)
【作品の題名】 ばあちゃん(母)、素直になれずゴメン

母が十数年前に他界した。
歳を重ねても唯一、頭があがらないのが母だった。
娘はそれを敏感に感じとり、私がカミナリを落とすと、よく「婆ちゃんに言いつけてやる」等と
小さな抵抗をみせた。
母は孫娘を溺愛し、娘も超がつく程の婆ちゃん娘だった。

その娘が今年から新潟を離れ大阪で1人暮らしを始めた。
私は事あるごとに電話をするのだが、良くできた娘で煙たがらず近況を伝えてくれる。
お父さん、大丈夫だから心配しないでと。

私も若い頃、県外就職組だったので母からよく電話を貰った。
その当時、自分は男だというプライドと若さも手伝って、母に対して随分とつっけんどんな態度を取ったものだ。
しかし今こうして娘の心配をしていると、母がその当時かけてくれた言葉が、時空を超え私の心に突き刺さってくる。
人生のゴールがそろそろ見えてきた今頃になって、30数年前にかけて貰った母の言葉に感謝し涙する。

生きている内に、もっと母と向き合うべきだった。
私達には言葉がある。愛を伝え、感謝を伝えるその言葉で、くだらない事でも日常の小さな出来事でも、
もっともっと会話をするべきだった。
孝行したい時に親はなし ―― そんな当り前の言葉が身に沁みる。

ある日、大阪の娘から電話があった。
「お父さん、母の日参りって知ってる? 母の日に新潟に帰るから、そしたら婆ちゃんのお墓参りに行こう。
婆ちゃんの好きだった栗羊羹を持ってさっ」
頬から流れた涙が受話器を伝ってポロリと落ちた。