ミクロもマクロも

心理カウンセラーが気ままに書き続ける当たり前

お話・・・そして 牢名主

2005-07-22 10:00:09 | Weblog
「殿、ちこう寄れって、おっしゃいませぬか?」
「ム」
「ならば、今夜も。お休みなさいませ」
「ム」

紀和子は幼い頃から、母が布団の打ち直しに出すのを見ていて、そして、中学生ともなれば、
自宅で、打ち直された綿をカワに入れる作業の手伝いもさせられたことから、家庭を営むと
いう事は、こういうことが含まれるということを学び、自分の家庭を持ってから、何年かに
1度は家族の布団を打ち直しに出して、いつも気持ちのいい状態を保つよう心掛けていた。
人生の3分の1は寝ているのだから。最近は、3枚の敷布団を、寝具店へ。
ここ20年ほど、いつも頼んでいた近くにある寝具店は、主が心の臓をやんで、開店休業が続いて、
このご時世も手伝って、布団の打ち直しの商いは当分なしになっていた。
ヒョンナことで知った、違う町の寝具店へ出すことに。何がそうさせたか?
その寝具店の女将と、同姓同名と知ってのこと。紀和子など、そうそうある名前とも
思われなかったが、大河という苗字まで同じということに、少なからず縁を感じたのだった。
 「大変お待たせいたしました。〇番の方、○番の窓口にお越しください」
と、配給引換券のような紙を持って、順番待ちの今の銀行、の少し前の風景。
 「オオカワ キワコ様、お待たせいたしました。○番の窓口へお越しください」
で、二人のオオカワ キワコが同時に窓口へ行った。 駅そばにある地方銀行のある日。
又、紀和子が健康診断に訪れた病院で、又もや鉢合わせ。そんなこんなが縁で、
「黄色の千両はあるでしょ?今じゃどこにも。でも、白い千両って見たことある?」
「いいえ、そう言えば、ないですねえ」
「今度、見せてあげるわ。フフ、育ててるのよ」
「キワコさんが?」
「そうなのよ。だけど、これが大きくならないならない。まあ、いつか実を付けるでしょうから
 そうしたら、見にいらっしゃいよ」
「ええ、是非拝見させてください」

同姓同名は趣味も似るのかしら? そんなことを考えていて、フッと、しばらく布団の打ち直し
をサボっていたことを思い出し、連れ合いのと、息子達の敷布団を打ち直しへ出して。
戻ってきた3枚の敷布団。子供達のそれは、いつもの仕上がり。
ところが、良人のそれは、
「ワー、なんなの、このフワフワは~。気持ちいいわねぇ」
という仕上がり。
腰痛を経験の紀和子は、敢えて今回は自分の布団の打ちなおしは見送った。薄くなった固めの
それを、畳に敷く。マットレスも敷かない。そのほうが、腰痛に悩まされる事も少なくなったと、
実感しているから。
良人の布団の下には、中身がなんだったか、もう忘れてしまったが、昔の、藁がぎっしり詰まっ
たベッドマットのようなそれが毎晩敷かれる。そしてその上に今回の布団を敷くと、並んで敷か
れる紀和子の布団との厚さの差は、かなりなものとなった。

口数は少ない、自分のペースを守る、騒がない、日常の変化に鈍感な風を装う良人が、打ち直さ
れた布団の上で、食後に手にしていた夕刊を、続きを読んでいる。
「フッカフカで、気持ちいいでしょう~?」
「そうだな」
「私のも出そうかな?」
「又、腰が痛くなるといけないから、お前のは今のまんまでいい」
「・・・・・」
もう、偉そうに~。
夜伽の側女(そばめ)としては、とうの昔にお褥(しとね)すべり?
なあに、今夜からは、万一に備えて、次室で控える侍女みたいな気分よ、と。
この良人の姿から、紀和子が好んで読む時代小説に出てくる火付け、夜盗、押し込み、たかり等
の咎人(とがにん)たちが放り込まれる所で生まれる階級の最上段に胡坐する男を髣髴とさせた。
番人も一目置くという牢名主を。
                                続く・・・