【京都・東山区】復興から約530年後の明治十四年(1881)、火災により仏殿、法堂、方丈、庫裡を焼失。
その後、明治二十三年(1890)に方丈、明治四十三年(1910)に庫裡が再建され、昭和九年(1934)に法堂を兼ねた仏殿が完成、鎌倉・室町時代からの遺構を持つ禅宗寺院として蘇った。
堂塔の中で応永三十二年(1425)に足利義持によって再建された三門は、現存する禅寺の三門としては日本最古。
境内の最も奥に建つ開山堂に向かうため、洗玉澗と呼ぶ渓谷を跨ぐ橋廊「通天橋」を渡る。
橋の途中には、渓谷に張り出した「通天台」があり、そこから眺める渓谷の鮮やかな深緑が素晴らしく、下流に向かって爽やかな風が吹き抜けていた。
「通天橋」を渡り終えた先の楼門をくぐると、正面の美しい庭園の奥に常楽庵と呼ばれる開山堂が....直ぐに目を奪われたのが屋根に載っている楼閣だ。
入母屋造り瓦葺の屋根に宝形造茅葺の楼閣(伝衣閣)が乗った構造だが、バランスの取れた美しい造りだ。
通天橋の遠景....洗玉澗と呼ぶ渓谷を跨ぐ橋楼
渓谷に張り出した通天台....紅葉に染まる季節の眺めは美しいらしい
愛染堂....鎌倉時代末から室町時代に掛けての建立
塔頭で廃寺となった三聖寺から移設した八角小円堂
開山堂への回廊
楼門
境内の普門院から眺めた楼門
楼門から眺めた開山堂(常楽庵)....普門院の前庭は池泉観賞式
屋根に楼閣を持つ独特の構造の開山堂
開山堂は文政6年(1823)の再建で屋根に伝衣閣と称する楼閣を載せている
伝衣閣....屋根頂上の飾りは相輪か?
普門院....文政9年(1826)の再建
開山弁円が住した寝殿造風の普門院
普門院の近景
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