冬の古寺と山旅 2005 (4)
旅の最終日です。京都から帰る途中に寄る山として選んだのが、繖山・安土山です。東海道線の電車でこの二つの山の間を何度も通っています。
繖(きぬがさ)山は、別名観音寺山ともいい 、山頂近くに観音正寺があり、西中腹には桑実寺があります。また、日本最大の山城遺構といわれる観音寺城址もあります。 一方、安土山には御存知のとおり、信長の安土城址があります。
二つの山歩きは、二つの城址歩きでもあり、二つの寺歩きでもあります。安土駅からの反時計回りの一周コースとしました。
行程 【 安土駅~南腰越~石寺~観音正寺~繖山~観音寺城址~桑実寺~北腰越~安土山~安土駅 】
繖山頂からの眺め。手前から奥に順に、北腰越、安土山、西の湖、八幡山・奥島山、琵琶湖、比良山地。北腰越の下をトンネルで東海道線が通っています。安土駅から電車に乗り、歩き終わったばかりの山を眺めながら、このトンネルを通って帰宅しました。左下に見えるのが東海道線です。
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安土駅から南腰越を通って表参道の登り口石寺に向います。 石寺は、最初に楽市が開かれた場所です。
石寺から観音正寺の表参道を行きます。参道は石段が続きます。
観音正寺本堂。
本堂は平成5年に本尊の千手観音立像と共に焼失してしまい、 平成16年に再建されました。また、観音正寺は西国観音霊場の第32番札所でもあります。
観音正寺から鏡山・ 三上山方面の眺め。見えている三上山は、前回紹介した三上(さんじょう)山ではなく、近江の三上(みかみ)山です。
観音正寺から観音寺城址へ向かう道に入ります。途中で右に上がる道に入り、繖山をめざします。
繖山頂は木々が邪魔をして、展望がいいとは必ずしも言えません。しかし、北西に少し下がると素晴らしい展望が開けます。
そこから下は山火事で木々が焼失してしまっているので、展望をさえぎるものが何もありません。そのかわり、 冷たい季節風が吹きつけます。この記事で「繖山頂から」というのは、実際は山頂より少し北西に下った地点からの眺めです。
繖山頂からの眺め(クリックで拡大します)。手前から、北腰越、安土山、西の湖、八幡山・奥島山、琵琶湖、比叡山~比良山地。右側の湖は大中の湖。ここからの展望は本当に素晴らしかったです。
展望を堪能した後、先の分岐に戻って観音寺城址に向かいます。
観音寺城址。
写真は本丸跡付近ですが、この下に石垣で囲まれた 多くの郭があり、それぞれ○○氏邸跡という石碑が立っていました。 規模の大きさが想像できます。
ここからさらに下っていくと、桑実寺です。
桑実寺本堂。堂内の本尊は薬師如来でした。
本堂は、ごらんのように檜皮葺きで室町時代初期に建てられたものだそうです。この本堂と「桑実寺縁起絵巻」が重要文化財に指定されています。また、「桑実」という寺名は、唐から持ち帰った桑の実をこの地で栽培し、日本で最初に養蚕を始めたことに由来するということです。
静かでのんびり日向ぼっこをしていたい気分でしたが、そうもいきません。
桑実寺参道を下ります。ここも石段です。
りっぱな建物の安土城博物館の前、そして北腰越を通って安土城址に向います
安土城址大手道。またまた、石段です。この日は石段ばかりです。
天守跡への石段。天守跡が安土山の山頂になります。
天守跡には大きな礎石がかなり密に残っており、 それから判断すると天守はかなり規模の大きな建物だったのではないでしょうか。
安土城址からは安土駅まで戻ります。
安土駅からは普通列車を乗り継いで帰宅しました。
旅の最終日です。京都から帰る途中に寄る山として選んだのが、繖山・安土山です。東海道線の電車でこの二つの山の間を何度も通っています。
繖(きぬがさ)山は、別名観音寺山ともいい 、山頂近くに観音正寺があり、西中腹には桑実寺があります。また、日本最大の山城遺構といわれる観音寺城址もあります。 一方、安土山には御存知のとおり、信長の安土城址があります。
二つの山歩きは、二つの城址歩きでもあり、二つの寺歩きでもあります。安土駅からの反時計回りの一周コースとしました。
行程 【 安土駅~南腰越~石寺~観音正寺~繖山~観音寺城址~桑実寺~北腰越~安土山~安土駅 】
繖山頂からの眺め。手前から奥に順に、北腰越、安土山、西の湖、八幡山・奥島山、琵琶湖、比良山地。北腰越の下をトンネルで東海道線が通っています。安土駅から電車に乗り、歩き終わったばかりの山を眺めながら、このトンネルを通って帰宅しました。左下に見えるのが東海道線です。
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安土駅から南腰越を通って表参道の登り口石寺に向います。 石寺は、最初に楽市が開かれた場所です。
石寺から観音正寺の表参道を行きます。参道は石段が続きます。
観音正寺本堂。
本堂は平成5年に本尊の千手観音立像と共に焼失してしまい、 平成16年に再建されました。また、観音正寺は西国観音霊場の第32番札所でもあります。
観音正寺から鏡山・ 三上山方面の眺め。見えている三上山は、前回紹介した三上(さんじょう)山ではなく、近江の三上(みかみ)山です。
観音正寺から観音寺城址へ向かう道に入ります。途中で右に上がる道に入り、繖山をめざします。
繖山頂は木々が邪魔をして、展望がいいとは必ずしも言えません。しかし、北西に少し下がると素晴らしい展望が開けます。
そこから下は山火事で木々が焼失してしまっているので、展望をさえぎるものが何もありません。そのかわり、 冷たい季節風が吹きつけます。この記事で「繖山頂から」というのは、実際は山頂より少し北西に下った地点からの眺めです。
繖山頂からの眺め(クリックで拡大します)。手前から、北腰越、安土山、西の湖、八幡山・奥島山、琵琶湖、比叡山~比良山地。右側の湖は大中の湖。ここからの展望は本当に素晴らしかったです。
展望を堪能した後、先の分岐に戻って観音寺城址に向かいます。
観音寺城址。
写真は本丸跡付近ですが、この下に石垣で囲まれた 多くの郭があり、それぞれ○○氏邸跡という石碑が立っていました。 規模の大きさが想像できます。
ここからさらに下っていくと、桑実寺です。
桑実寺本堂。堂内の本尊は薬師如来でした。
本堂は、ごらんのように檜皮葺きで室町時代初期に建てられたものだそうです。この本堂と「桑実寺縁起絵巻」が重要文化財に指定されています。また、「桑実」という寺名は、唐から持ち帰った桑の実をこの地で栽培し、日本で最初に養蚕を始めたことに由来するということです。
静かでのんびり日向ぼっこをしていたい気分でしたが、そうもいきません。
桑実寺参道を下ります。ここも石段です。
りっぱな建物の安土城博物館の前、そして北腰越を通って安土城址に向います
安土城址大手道。またまた、石段です。この日は石段ばかりです。
天守跡への石段。天守跡が安土山の山頂になります。
天守跡には大きな礎石がかなり密に残っており、 それから判断すると天守はかなり規模の大きな建物だったのではないでしょうか。
安土城址からは安土駅まで戻ります。
安土駅からは普通列車を乗り継いで帰宅しました。