モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

絵の出来栄えの良し悪しの判断と空間の表現

2019年08月02日 | 「‶見ること″の優位」

絵の良し悪しを判断する一番手っ取り早い方法は、描かれているものの中に空間が感じられるかどうかを判定することです。
特に、3次元空間の中に存在するものを描いた、いわゆる写実的な絵画(風景画や静物画など)においては、空間の3次元的な奥行きが表現できているかどうかが、絵のできばえの良し悪しを決めます。
奥行き感が表現できていない絵は、基本的には魅力に乏しいと感じざるをえません。

たとえば、近年は細密描写的に表現した作品をよく見かけますが、テクニック的に部分の細密描写はそこそこできていても、奥行き感の乏しい作品を見かけることがままあります。
そういう絵はいかにも作り物めいて見えて、「生き生きとした感じ」とか空間の臨場感(空気感とも言います)といったものが希薄に感じられるのですね。
植物を描いたものだと造花のように見えるし、室内を描いたものはアニメーションの背景のように見えたりします。
細密描写の技法は身につけていても空間を感じ取るセンサーが弱いというのでしょうか、空間の知覚能力が先天的に弱いのではないかと疑わざるをえません。
(逆に、空間を認知する感度が働いている場合には、テクニック面が弱くても絵画としての魅力が損なわれるということはありません。)



空間を表現できない、あるいは空間が表現できないことを自覚していないということは、私の思うところでは、「ものを見ていない(あるいは感じ取れない)」ということを意味していて、いかに細密描写の技法を身につけていても空間を捉える力がなければ、プロの絵描きとしては能力不足ということになります。
細密描写の技能は身につけることができますが、空間を見る力は絵画の本質にかかわることであり、空間を感じさせないということは、ハートが無いということとほとんど同義であると言ってよいと思います。

もちろん絵画には奥行き感を否定することを志向していくタイプのものもあります。
その場合は一般的には非写実的になり、抽象的な表現が目指されていきますが、
それは単に3次元的な空間表現が否定されるということに過ぎなく、それとは異なった別な空間表現が探求されていくのです。
場合によっては、むしろ平面(2次元)化を徹底していくこともあり、そこからは新しい絵画の世界が開けてきたりしますが、
いずれにしても「空間を感じ取る能力」は、平面表現の世界での創造的な制作を推進していく上での前提となる、不可欠な条件であることに変わりはないということは間違いありません。




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