8月10日は、私の両親の菩提寺で、お盆供養の施食会(せじきえ)行事が執り行われました。
神聖な行事のはずですのに、毎年、私にとっては体への負荷が大きすぎて、苦行を果し終えたような疲労感で、へとへとになります。
今夏もこの日、妹と駅前で落ち合い、まずは昼食。
冷たいデザーともいただき、それからお寺に向かいました。
郷里にある夫の菩提寺のお墓詣りは今夏も取り止め。
何時も通り、郵便局から、ご供養をお願いするために、お布施を同封したお手紙を送りました。
このお手紙を認める時、私はとても緊張します。
ですから終わると、一仕事を終えた安堵感に包まれ、ホッとします。
体調が思わしくなくて写真を撮る気力がなくて、これも過去の画像です。
今年は鳩居堂の朝顔の便箋にしました。
夫の菩提寺のご住職様は私が尊敬して止まないお方です。
私が亡くなったなら、このお寺の墓地に眠りたい。
その時は両親の遺骨も一緒に、と思い、色々考えを巡らしている最中なんです。
ご住職様は、既に快く承知してくださっています。
郵便局に立ち寄った後、バスを利用すれば良かったのに、中途半端な距離で歩けない事もないと判断。
灼熱の太陽が照り付ける中,数十分かけて歩いたのが大間違い。
その後の体調に、大層な影響を与える事に。
カメラを忘れ、写真がないため、去年のを載せます。
今年はユリの花が多い仏花を手向けました。
お寺に到着すると、まず受付で供養料とお塔婆料、数万を納め、お墓参り。
おぼつかない足取りで長い道のりを歩いたせいで、お墓参りの時はすでに疲労困憊。
墓地は墓石の照り返しで、気温が異常に高いところと言われていますが、正にその通りです。
息苦しくなる程の熱気が立ち込める中、今にも倒れそうな体を支えてのお務め。
その時、ふと心をよぎったことは、今年で、もう限界かもしれない。
来年からは娘にお願いしようかしら、と。
妹と共に気力を振り絞り、お墓のお掃除をし、お花を手向け、お線香をあげた後は、本堂での法要に参列。
本堂は冷房が効いているので、ホッと一息つくことが出来ました。
これはヤフーの画像を借用しましたが、これとそっくりです。
まるで時代絵巻の再現のような光景を、いつも通り見られ、神妙な心持になりました。
一連の儀式が終わると、本堂の前に並べられたお塔婆を手にしてまたお墓に。
それを墓石の後ろに立てかけ、無事にお盆のお寺さんでの供養は終了しました。
この後、翌々日には、我が家にお寺さんがお見えになり、お経をあげてくださいました。
この日の事は次回の記事でお話し致しします。
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