先日、JTBキャンブックス『大手私鉄比較探見 西日本編』(広岡友紀著、JTBパブリッシング刊)という本を読みました。一言で感想を言うと、とても興味深く、面白い本でした。
関西私鉄好きの私としては、関西の大手私鉄5社をメインに取り上げているという点だけでも、とりあえず“即買い”の本なのですが、車両やその運行形態のみに注目するのではなく各私鉄の企業としての性格や経営特性などもっと大局的な見地から全体を俯瞰しているという点においても、本書は高く評価できます。
しかし、阪急に対しての惜しみない大絶賛と、南海に対しての辛口評価の、そのあまりの落差には(関係者や南海ファンには大変失礼ながら)思わず失笑してしまいました。
客観的に淡々と書かれた文章は、私的には読んでいて眠くなってしまう事が多いので、あくまでも客観的・中立的な立場で書かなければその本の存在意義が無いという性格の本を除けば、文章に著者の主観や感情が入る事は個人的には歓迎なのですが、それにしてもこの本は、阪急と南海に対しての著者の主観は過分に強く表現されているように思えました。
私としては別にそれが悪いとは思いませんが、ただ南海ファンは、気分が悪くなるかもしれないので本書は買わない方がいいかもしれません(笑)。
ちなみに下の写真は、5年程前に阪急の高槻市駅で撮影した、京都本線の阪急電車です。とりあえず、この阪急マルーンにグッとくる人は、迷うことなく本書を買いましょう(笑)。
少し長くなりますが、以下に、本書から阪急大絶賛の文章を転載させていただきます。
阪急ファンにとっては、かなり気分が爽快となる文章です。
『スタンダードゲージで「力行」「制動」をフルに用いて、ノッチオフによるダラダラ走行などまず見当たらないのが関西私鉄である。車両のハード面・ソフト面も良くできており、乗客本位の姿勢だ。
阪急など、破損しやすいと思われる箇所のガラスには「ラミセーフ」ガラスが使用されており驚いた。(中略)これはラミネートをサンドイッチしたガラスで、破れてもガラスが飛散しない。自動車のフロントガラスや新幹線車両にも使用されている。高価なため、通常は電車の場合前面ガラスにしか用いない。
そのガラスを阪急では妻面ガラスなどにまで使用しており、これは大いに感心させられた。思わず「うっそー!」と叫んでしまったほどだ。ドア窓に安価な半強化ガラスを用いる関東某社と社風は似ている阪急だが、こうした点に経営陣の誠意の差を見た。
さらに関西私鉄では、車内灯が全てグローブ付きである。これは関東とは正反対だ。
阪急9000系グループなどでは、折り上げ天井として照明を工夫しており、新幹線700系グループ車とよく似た造りになっている。「実にウマく天井処理をしているなあ」と見とれてしまった。通勤車両でここまでやるか…これが実感である。とにもかくにも阪急は凄い。
阪急は車齢の別なく車内外がピカピカで新車同然であり、特にデコラやシートのメンテが日本一だ。これには関東各社や名鉄など逆立ちしても勝てない。何であんなにキレイなのか?3000系などのオールドタイマーでも、その美しさが保持されているから見事だ。
少々扱いにくいアルミのブラインドはフリーストップのロールカーテンに変更されつつあり、必ずしも伝統にのみとらわれない点を評価したい。3000系、3100系は空気バネ台車ではなくFS-345、FS-45だが、これが空気バネ台車と同等の乗り心地で驚く。「あっこれはエアサスじゃなかったよね。なんでこんなに乗り心地が良いの?」と思った。おそらくバネ定数の設定の妙と保線の良さだと思うが、相鉄の空気バネ台車など足元にも及ばない抜群の乗り心地であり、空気バネ台車しか認めない私にカルチャーショックであった。
阪急は車両を含めて全ての面において日本一の私鉄である。これが私の実感だ。車体に周囲の風景がまるで鏡にように反射するが、新旧の別なく全ての車両がそうである。この例は他社に見当たらない。
車両のリニューアルも良く実施され、3000系、5000系などもドア窓の大型化やグリーンペンガラス化、そして内装の更新が進みつつあり、8000系、9000系と同等のレベルにリフレッシュされている。決して奇を衒わずオーセンティックなリニューアルがとても上品で良い。
阪急は別格だが、関西各社は車両のメンテナンスが行き届いている。薄汚れたデコラや色あせしたモケットが余りなく、これが関東や名鉄との違いに見える。』
「阪急は車両を含めて全ての面において日本一の私鉄である」とまで述べられていますが、鉄道会社にとって、これ以上の賞賛の表現は無いのではないでしょうか。
しかし、阪急への賞賛はこれだけでは終わりません。
引き続き、以下に本書から転載させていただきます。
『在京大手私鉄の中で京浜急行になぜ人気が集まるのか、それについて「東日本編」で分析したが、在阪大手私鉄で注目度が高いのが阪急である。
京急のケースは明らかにその高速走行とクロスシート車が多い点に人気があり、これはわかりやすい。しかし阪急はそう簡単ではない。確かに神戸本線や京都本線は速いが、阪神の特急も速く、阪急に突出した高速性があるとは思えない。さらにクロスシート車云々で言えば阪神も京阪もクロスシート車を走らせており、その車両設備で比較すると阪急6300系より京阪8000系のほうがハイグレードだ。また神戸本線VS阪神で見ると阪神にクロスシート車が多く走っている。物理的に見るなら阪急の優位性はないハズだ。
ではなぜ阪急に人気があるのか?
沿線イメージを別にして純粋に車両で考えてみたい。
本来、多くの鉄道マニアの常として、車両のバラエティーを求めるが、この点でも阪急は決してバラエティー豊かな車両群とは言えず、2000系に端を発する阪急スタイルで統一しているため、7000系までの車両は多少の違いはあるものの、ほぼ同一スタイルである、8000系、9000系で前面を中心にマイナーチェンジがある程度で、他社のようなバリエーションが見られない。
よく耳にすることだが、阪急の車両は車番を見ないとそれが何系であるのか写真整理がしづらいそうだ。台車を見ても3300系以降8000系(後期車を除く)まで住友FS-369型、FS-069型を使用しており、容易に判別ができないらしい。
それほど画一化した車両が走れば、普通ならそれはつまらない私鉄だと言われてしまいそうだ。カラーリングもマルーン一色かアイボリーのアクセントが屋根部にあるかの2種類しかない。にもかかわらず阪急人気は高い。
つまるところ、それは阪急の優れたデザイン力にある、と私は分析している。
某デザイナー氏が阪急の車両はオールドファッションだと評したそうだが、それが肯定なのか否定なのか判断がつかないが、確かにクラシックにも見える。
しかし、そのオールドファッションともとれるスタイルは決して時代遅れではない。一見平凡に見えるデザインだが、阪急の車両ほどオリジナリティーのある車両は少ないだろう。内外装、窓のデザインなど独自のスタイルを半世紀にわたって守っているが、内外装でいえば創業以来の伝統だ。窓についても1枚下降窓という機能で見ればこれも創業以来のものである。それはもう「信仰」の域に達していると言えよう。
そうしたデザインポリシーが阪急の車両に特有の伝統美を与えており、画一的などという次元をはるかに超越したものに昇華している。そこに多くのファンの目が集まるのではないだろうか。優れたデザインは決して風化しない。時間を超え時代を超えていつも新しい。
そうでない汎庸なデザインが時代経過とともに陳腐化していく。一時代を築いたあの正面2枚窓の「湘南スタイル」ですら今は過去のものになっている。東京メトロ6000系のア・シンメトリーな顔も最近下火だ。「奇抜さ」を追ったもの、そして「機能性」に欠けたデザインはやがて消えていく。
阪急スタイルは「機能性」と「優美さ」があるからこそ時代を超えて今に続いていると私は考える。そうした点に阪急の人気が集約されているのではないだろうか。ファッションでいえば、シャネルやクリスチャン ディオールに同じポリシーがある。』
私も、上品さが感じられる阪急のマルーンはとても好きですが、しかし、「画一的などという次元をはるかに超越したものに昇華している」「時間を超え時代を超えていつも新しい」などと表現するのは、いくらなんでも褒め過ぎではないかと思います(笑)。
また、シャネルやクリスチャン ディオールを例えに出す所は、女性ならではの表現にも思えました(ちなみに、巻末のプロフィールによると著者はスチュワーデスの経験もあるそうです)。
そして、阪急への絶賛はさらに続きます。
『阪急ほど一貫して自社のスタイルを崩さない私鉄は他に無く、その統一美は芸術の域に達している。(中略)車内のマホガニー調のデコラ、ゴールデンオリーブのモケットをはじめグローブ付き室内灯や幕板部に広告が無いなど、これほど洗練された上品な車両は、日本中どこを探してもお目にかかれない。シンプルでいて優美な車両たちだ。直線と曲線の処理が絶妙にうまく、クラシックとコンテンポラリーが調和した美しさがある。
どの私鉄にも1形式や2形式は駄作があるものだが、阪急にはそれがない。古くは国鉄80系の湘南スタイル、比較的近年では営団6000系のアンシンメトリーなマスクなどの亜流が各社に出現したが、阪急だけはそれらに影響されることがなかった。かといって旧態依然としたところがなく、伝統を上手にリファインしている新車を生み出している。全てがオリジナルだ。このデザイン力の凄さには言葉を失うほどである。全ての阪急車のルーツは2000系にあるのだが、あれをデザインした人は阪急なのかナニワ工機なのか関心がある。
正直言って私は自他共に認めるクチの悪い鉄道マニアで、こき下ろすのが常だが、今まで阪急の全形式を眺めても欠点が見当たらない。これにはわれながら驚いている。
在阪私鉄の中で阪急は空気バネ台車の本格採用が遅い私鉄だった。私は空気バネ台車、それもフワフワした物を好むが、その私が京阪神間の移動にはわざわざ遠回りしてでも阪急を利用する。まだ京都市交に地下鉄がない時代、大阪駅から京都駅まで行くのに、阪急で河原町まで行きタクシーで京都駅に行ったことがあった。他人はモノ好きと笑うが、大阪へ行き阪急に乗らないのでは大阪へと行った甲斐がないというものである。大阪市交堺筋線では阪急車がやってくるまで必ず待っている。』
私も阪急電車は好きですが、しかし堺筋線では、阪急か大阪市交かの車両は関係なく、自分の目の前に到着した電車に乗ります(笑)。その点は、本書の著者程、阪急に拘りはないと言えます。
ただ、大阪から京都へと移動する場合、私の場合は大抵京阪電車を利用するので(阪急を利用する事もありますが少なくともJRは使いません)、この点は私なりの拘りかもしれませんが。
また、著者は、既に廃車となった阪急の2800系電車に対しても、大絶賛の嵐です。
『2800系のスタイルは何と言っても2連ユニットの1枚下降窓に特徴があり、2000系で確立した阪急スタイルを崩すことなくアレンジしたことに尽きる。内外のカラーイズムを含め忠実に伝統を守るなど阪急イズムが各所で生かされている。
今から思えばけして豪華な車両ではないが、その清楚で優美な姿は現在でも充分通用するだろう。奇を衒わず実用性をしっかりと充足しつつ特急車両としての気高いまでの風格が2800系の魅力だと思う。
ムダな装飾にお金をかけず、それでいて全体に良質な高級感がある。この合理性と群を抜いたセンスの良さは車両のみならず阪急グループに共通したDNAのようだ。新阪急ホテルや阪急百貨店にもこの良質な空気が確かにある。
関東の鉄道マニアにとって阪急の存在は永遠の憧れのように思えてならない。まことにうらましい限りで、こんな私鉄に乗れる関西の人たちは幸せだと思う。』
「阪急の存在は永遠の憧れ」とまで言えてしまうのは、著者の表現を借りるならば、それこそがもはや『もう「信仰」の域に達している』とも言えます。
ここまで高く評価されれば阪急電車も本望でしょう(笑)。
そして、以下は南海に対しての著者の評価です。
ちなみに上の写真は、先月、泉佐野駅で私が撮影した南海1000系電車です。このカラーリングが好きな人にとっては、ちょっと不愉快なことが書かれています(笑)。
『座席指定車と一般車を混成するところなど名鉄に共通する運行形態だ。全区間500円均一の指定席料金(南海本線)だが近距離利用だと割高に感じる。もう少し小刻みにして300円区間があっても良さそうに思う。
和歌山市からの帰路、10000系サザンを利用したが、日曜午後の上り列車のためか座席はガラガラだ。途中で老夫婦とおぼしき2人が座席指定料金を求められ、そそくさと前方の自由席車へと移動する一幕が見られた。
この10000系サザンも30000系「こうや」も車内アコモにFRPが目立ち、他の有料特急、つまり近鉄特急だが、それにくらべて少々チープな感じを受ける。かつて20001系「こうや」が走っていた頃と逆転した。
サザンも「こうや」も、その車内アコモが京成AE100形を思い出させる。とくに30000系は観光特急であり、車内アコモのリニューアルが必要だ。窓回りのプラスチックが安っぽく見える。少々時代遅れに思う。
京阪8000系の方がよほどデラックス。そのうえ特急料金が要らない。(中略)少なくとも南海10000系サザンは在阪大手私鉄のレベルで比較すると一般車に近い車両に見える。和歌山-大阪間にもう1社が走っていたなら間違いなく特急料金(座席指定料金)は取らない。』
『当時南海で初めから観光特急として造られたのは高野山特急のみで、車格は1001系より数段上であった。オリエンタルグリーンという一般車の塗装である1001系とは対照的に20001系は赤とクリームのドレスで“正装”していたことからも、その位置付けがわかる。
ちなみに一般車の塗装でいうと、かつてのオリエンタルグリーンは趣のあるカラーリングであったが、今のイエローとダークブルーは、まるでヨットブーツみたいな配色で、あまり感心できない。』
阪急への大絶賛を読んでいなければ、別に南海を酷評しているという程の印象は受けない文章かもしれませんが、しかし前述の阪急に対しての過大な高評価と比べると、南海に対しての評価は著しく低く、その評価に雲泥の差がある事は否めません。
また、著者は南海に対して、以下のようにかなりの無理難題も求めています。
『キタを拠点とする阪急・阪神からミナミを拠点とする南海・近鉄へシームレスでスルー乗車ができない。目下のところ阪神と近鉄が相直するプロジェクトがあるが、早期実現が待たれる。このシームレス輸送で遅れているのが在阪私鉄のウィークポイントであろう。
(中略)夢を語れば南海の標準化がある。それによって関空へ阪急や阪神、さらに近鉄からの相直で結ばれ、JRと勝負できる。市交地下鉄各線の改良で相直へ対応できると実現する。
(中略)仮に南海が標準軌になれば京阪との相直で関空と京都がシームレス化できるのだが。京都は空港とのアクセスが現状ではよくない都市だ。関空からも伊丹からも時間を要する。もし、出町柳-関空に直通特急が走れば外国人観光客のニーズにも応えられ、関空のポテンシャルも上がる。関西経済圏の将来を考えれば検討に値しよう。(中略)改軌は容易に実施できることではないが、シームレス化に軌間の統一は不可欠な事になる。これに南海がどう対応するかで将来が見えてこよう。』
確かに、関空から出町柳まで直通特急が走れば、それは素晴らしいことだと思いますが、しかし南海本線の線路を全線改軌するよりは、現在開発中のJR総研のフリーゲージトレイン(軌間可変電車)の実用化を待った方が、まだ現実的な気もします(現時点ではフリーゲージトレインの実用化の目途はまだ立っていないようですが)。
それに南海が改軌を行うと、現在南海とJRが共用している区間(関西空港~りんくうタウン間)をどうするのか、という新たな問題も生じます。3線軌道化するなどの大規模な工事が必要になることは間違いないでしょう。
関西私鉄好きの私としては、関西の大手私鉄5社をメインに取り上げているという点だけでも、とりあえず“即買い”の本なのですが、車両やその運行形態のみに注目するのではなく各私鉄の企業としての性格や経営特性などもっと大局的な見地から全体を俯瞰しているという点においても、本書は高く評価できます。
しかし、阪急に対しての惜しみない大絶賛と、南海に対しての辛口評価の、そのあまりの落差には(関係者や南海ファンには大変失礼ながら)思わず失笑してしまいました。
客観的に淡々と書かれた文章は、私的には読んでいて眠くなってしまう事が多いので、あくまでも客観的・中立的な立場で書かなければその本の存在意義が無いという性格の本を除けば、文章に著者の主観や感情が入る事は個人的には歓迎なのですが、それにしてもこの本は、阪急と南海に対しての著者の主観は過分に強く表現されているように思えました。
私としては別にそれが悪いとは思いませんが、ただ南海ファンは、気分が悪くなるかもしれないので本書は買わない方がいいかもしれません(笑)。
ちなみに下の写真は、5年程前に阪急の高槻市駅で撮影した、京都本線の阪急電車です。とりあえず、この阪急マルーンにグッとくる人は、迷うことなく本書を買いましょう(笑)。
少し長くなりますが、以下に、本書から阪急大絶賛の文章を転載させていただきます。
阪急ファンにとっては、かなり気分が爽快となる文章です。
『スタンダードゲージで「力行」「制動」をフルに用いて、ノッチオフによるダラダラ走行などまず見当たらないのが関西私鉄である。車両のハード面・ソフト面も良くできており、乗客本位の姿勢だ。
阪急など、破損しやすいと思われる箇所のガラスには「ラミセーフ」ガラスが使用されており驚いた。(中略)これはラミネートをサンドイッチしたガラスで、破れてもガラスが飛散しない。自動車のフロントガラスや新幹線車両にも使用されている。高価なため、通常は電車の場合前面ガラスにしか用いない。
そのガラスを阪急では妻面ガラスなどにまで使用しており、これは大いに感心させられた。思わず「うっそー!」と叫んでしまったほどだ。ドア窓に安価な半強化ガラスを用いる関東某社と社風は似ている阪急だが、こうした点に経営陣の誠意の差を見た。
さらに関西私鉄では、車内灯が全てグローブ付きである。これは関東とは正反対だ。
阪急9000系グループなどでは、折り上げ天井として照明を工夫しており、新幹線700系グループ車とよく似た造りになっている。「実にウマく天井処理をしているなあ」と見とれてしまった。通勤車両でここまでやるか…これが実感である。とにもかくにも阪急は凄い。
阪急は車齢の別なく車内外がピカピカで新車同然であり、特にデコラやシートのメンテが日本一だ。これには関東各社や名鉄など逆立ちしても勝てない。何であんなにキレイなのか?3000系などのオールドタイマーでも、その美しさが保持されているから見事だ。
少々扱いにくいアルミのブラインドはフリーストップのロールカーテンに変更されつつあり、必ずしも伝統にのみとらわれない点を評価したい。3000系、3100系は空気バネ台車ではなくFS-345、FS-45だが、これが空気バネ台車と同等の乗り心地で驚く。「あっこれはエアサスじゃなかったよね。なんでこんなに乗り心地が良いの?」と思った。おそらくバネ定数の設定の妙と保線の良さだと思うが、相鉄の空気バネ台車など足元にも及ばない抜群の乗り心地であり、空気バネ台車しか認めない私にカルチャーショックであった。
阪急は車両を含めて全ての面において日本一の私鉄である。これが私の実感だ。車体に周囲の風景がまるで鏡にように反射するが、新旧の別なく全ての車両がそうである。この例は他社に見当たらない。
車両のリニューアルも良く実施され、3000系、5000系などもドア窓の大型化やグリーンペンガラス化、そして内装の更新が進みつつあり、8000系、9000系と同等のレベルにリフレッシュされている。決して奇を衒わずオーセンティックなリニューアルがとても上品で良い。
阪急は別格だが、関西各社は車両のメンテナンスが行き届いている。薄汚れたデコラや色あせしたモケットが余りなく、これが関東や名鉄との違いに見える。』
「阪急は車両を含めて全ての面において日本一の私鉄である」とまで述べられていますが、鉄道会社にとって、これ以上の賞賛の表現は無いのではないでしょうか。
しかし、阪急への賞賛はこれだけでは終わりません。
引き続き、以下に本書から転載させていただきます。
『在京大手私鉄の中で京浜急行になぜ人気が集まるのか、それについて「東日本編」で分析したが、在阪大手私鉄で注目度が高いのが阪急である。
京急のケースは明らかにその高速走行とクロスシート車が多い点に人気があり、これはわかりやすい。しかし阪急はそう簡単ではない。確かに神戸本線や京都本線は速いが、阪神の特急も速く、阪急に突出した高速性があるとは思えない。さらにクロスシート車云々で言えば阪神も京阪もクロスシート車を走らせており、その車両設備で比較すると阪急6300系より京阪8000系のほうがハイグレードだ。また神戸本線VS阪神で見ると阪神にクロスシート車が多く走っている。物理的に見るなら阪急の優位性はないハズだ。
ではなぜ阪急に人気があるのか?
沿線イメージを別にして純粋に車両で考えてみたい。
本来、多くの鉄道マニアの常として、車両のバラエティーを求めるが、この点でも阪急は決してバラエティー豊かな車両群とは言えず、2000系に端を発する阪急スタイルで統一しているため、7000系までの車両は多少の違いはあるものの、ほぼ同一スタイルである、8000系、9000系で前面を中心にマイナーチェンジがある程度で、他社のようなバリエーションが見られない。
よく耳にすることだが、阪急の車両は車番を見ないとそれが何系であるのか写真整理がしづらいそうだ。台車を見ても3300系以降8000系(後期車を除く)まで住友FS-369型、FS-069型を使用しており、容易に判別ができないらしい。
それほど画一化した車両が走れば、普通ならそれはつまらない私鉄だと言われてしまいそうだ。カラーリングもマルーン一色かアイボリーのアクセントが屋根部にあるかの2種類しかない。にもかかわらず阪急人気は高い。
つまるところ、それは阪急の優れたデザイン力にある、と私は分析している。
某デザイナー氏が阪急の車両はオールドファッションだと評したそうだが、それが肯定なのか否定なのか判断がつかないが、確かにクラシックにも見える。
しかし、そのオールドファッションともとれるスタイルは決して時代遅れではない。一見平凡に見えるデザインだが、阪急の車両ほどオリジナリティーのある車両は少ないだろう。内外装、窓のデザインなど独自のスタイルを半世紀にわたって守っているが、内外装でいえば創業以来の伝統だ。窓についても1枚下降窓という機能で見ればこれも創業以来のものである。それはもう「信仰」の域に達していると言えよう。
そうしたデザインポリシーが阪急の車両に特有の伝統美を与えており、画一的などという次元をはるかに超越したものに昇華している。そこに多くのファンの目が集まるのではないだろうか。優れたデザインは決して風化しない。時間を超え時代を超えていつも新しい。
そうでない汎庸なデザインが時代経過とともに陳腐化していく。一時代を築いたあの正面2枚窓の「湘南スタイル」ですら今は過去のものになっている。東京メトロ6000系のア・シンメトリーな顔も最近下火だ。「奇抜さ」を追ったもの、そして「機能性」に欠けたデザインはやがて消えていく。
阪急スタイルは「機能性」と「優美さ」があるからこそ時代を超えて今に続いていると私は考える。そうした点に阪急の人気が集約されているのではないだろうか。ファッションでいえば、シャネルやクリスチャン ディオールに同じポリシーがある。』
私も、上品さが感じられる阪急のマルーンはとても好きですが、しかし、「画一的などという次元をはるかに超越したものに昇華している」「時間を超え時代を超えていつも新しい」などと表現するのは、いくらなんでも褒め過ぎではないかと思います(笑)。
また、シャネルやクリスチャン ディオールを例えに出す所は、女性ならではの表現にも思えました(ちなみに、巻末のプロフィールによると著者はスチュワーデスの経験もあるそうです)。
そして、阪急への絶賛はさらに続きます。
『阪急ほど一貫して自社のスタイルを崩さない私鉄は他に無く、その統一美は芸術の域に達している。(中略)車内のマホガニー調のデコラ、ゴールデンオリーブのモケットをはじめグローブ付き室内灯や幕板部に広告が無いなど、これほど洗練された上品な車両は、日本中どこを探してもお目にかかれない。シンプルでいて優美な車両たちだ。直線と曲線の処理が絶妙にうまく、クラシックとコンテンポラリーが調和した美しさがある。
どの私鉄にも1形式や2形式は駄作があるものだが、阪急にはそれがない。古くは国鉄80系の湘南スタイル、比較的近年では営団6000系のアンシンメトリーなマスクなどの亜流が各社に出現したが、阪急だけはそれらに影響されることがなかった。かといって旧態依然としたところがなく、伝統を上手にリファインしている新車を生み出している。全てがオリジナルだ。このデザイン力の凄さには言葉を失うほどである。全ての阪急車のルーツは2000系にあるのだが、あれをデザインした人は阪急なのかナニワ工機なのか関心がある。
正直言って私は自他共に認めるクチの悪い鉄道マニアで、こき下ろすのが常だが、今まで阪急の全形式を眺めても欠点が見当たらない。これにはわれながら驚いている。
在阪私鉄の中で阪急は空気バネ台車の本格採用が遅い私鉄だった。私は空気バネ台車、それもフワフワした物を好むが、その私が京阪神間の移動にはわざわざ遠回りしてでも阪急を利用する。まだ京都市交に地下鉄がない時代、大阪駅から京都駅まで行くのに、阪急で河原町まで行きタクシーで京都駅に行ったことがあった。他人はモノ好きと笑うが、大阪へ行き阪急に乗らないのでは大阪へと行った甲斐がないというものである。大阪市交堺筋線では阪急車がやってくるまで必ず待っている。』
私も阪急電車は好きですが、しかし堺筋線では、阪急か大阪市交かの車両は関係なく、自分の目の前に到着した電車に乗ります(笑)。その点は、本書の著者程、阪急に拘りはないと言えます。
ただ、大阪から京都へと移動する場合、私の場合は大抵京阪電車を利用するので(阪急を利用する事もありますが少なくともJRは使いません)、この点は私なりの拘りかもしれませんが。
また、著者は、既に廃車となった阪急の2800系電車に対しても、大絶賛の嵐です。
『2800系のスタイルは何と言っても2連ユニットの1枚下降窓に特徴があり、2000系で確立した阪急スタイルを崩すことなくアレンジしたことに尽きる。内外のカラーイズムを含め忠実に伝統を守るなど阪急イズムが各所で生かされている。
今から思えばけして豪華な車両ではないが、その清楚で優美な姿は現在でも充分通用するだろう。奇を衒わず実用性をしっかりと充足しつつ特急車両としての気高いまでの風格が2800系の魅力だと思う。
ムダな装飾にお金をかけず、それでいて全体に良質な高級感がある。この合理性と群を抜いたセンスの良さは車両のみならず阪急グループに共通したDNAのようだ。新阪急ホテルや阪急百貨店にもこの良質な空気が確かにある。
関東の鉄道マニアにとって阪急の存在は永遠の憧れのように思えてならない。まことにうらましい限りで、こんな私鉄に乗れる関西の人たちは幸せだと思う。』
「阪急の存在は永遠の憧れ」とまで言えてしまうのは、著者の表現を借りるならば、それこそがもはや『もう「信仰」の域に達している』とも言えます。
ここまで高く評価されれば阪急電車も本望でしょう(笑)。
そして、以下は南海に対しての著者の評価です。
ちなみに上の写真は、先月、泉佐野駅で私が撮影した南海1000系電車です。このカラーリングが好きな人にとっては、ちょっと不愉快なことが書かれています(笑)。
『座席指定車と一般車を混成するところなど名鉄に共通する運行形態だ。全区間500円均一の指定席料金(南海本線)だが近距離利用だと割高に感じる。もう少し小刻みにして300円区間があっても良さそうに思う。
和歌山市からの帰路、10000系サザンを利用したが、日曜午後の上り列車のためか座席はガラガラだ。途中で老夫婦とおぼしき2人が座席指定料金を求められ、そそくさと前方の自由席車へと移動する一幕が見られた。
この10000系サザンも30000系「こうや」も車内アコモにFRPが目立ち、他の有料特急、つまり近鉄特急だが、それにくらべて少々チープな感じを受ける。かつて20001系「こうや」が走っていた頃と逆転した。
サザンも「こうや」も、その車内アコモが京成AE100形を思い出させる。とくに30000系は観光特急であり、車内アコモのリニューアルが必要だ。窓回りのプラスチックが安っぽく見える。少々時代遅れに思う。
京阪8000系の方がよほどデラックス。そのうえ特急料金が要らない。(中略)少なくとも南海10000系サザンは在阪大手私鉄のレベルで比較すると一般車に近い車両に見える。和歌山-大阪間にもう1社が走っていたなら間違いなく特急料金(座席指定料金)は取らない。』
『当時南海で初めから観光特急として造られたのは高野山特急のみで、車格は1001系より数段上であった。オリエンタルグリーンという一般車の塗装である1001系とは対照的に20001系は赤とクリームのドレスで“正装”していたことからも、その位置付けがわかる。
ちなみに一般車の塗装でいうと、かつてのオリエンタルグリーンは趣のあるカラーリングであったが、今のイエローとダークブルーは、まるでヨットブーツみたいな配色で、あまり感心できない。』
阪急への大絶賛を読んでいなければ、別に南海を酷評しているという程の印象は受けない文章かもしれませんが、しかし前述の阪急に対しての過大な高評価と比べると、南海に対しての評価は著しく低く、その評価に雲泥の差がある事は否めません。
また、著者は南海に対して、以下のようにかなりの無理難題も求めています。
『キタを拠点とする阪急・阪神からミナミを拠点とする南海・近鉄へシームレスでスルー乗車ができない。目下のところ阪神と近鉄が相直するプロジェクトがあるが、早期実現が待たれる。このシームレス輸送で遅れているのが在阪私鉄のウィークポイントであろう。
(中略)夢を語れば南海の標準化がある。それによって関空へ阪急や阪神、さらに近鉄からの相直で結ばれ、JRと勝負できる。市交地下鉄各線の改良で相直へ対応できると実現する。
(中略)仮に南海が標準軌になれば京阪との相直で関空と京都がシームレス化できるのだが。京都は空港とのアクセスが現状ではよくない都市だ。関空からも伊丹からも時間を要する。もし、出町柳-関空に直通特急が走れば外国人観光客のニーズにも応えられ、関空のポテンシャルも上がる。関西経済圏の将来を考えれば検討に値しよう。(中略)改軌は容易に実施できることではないが、シームレス化に軌間の統一は不可欠な事になる。これに南海がどう対応するかで将来が見えてこよう。』
確かに、関空から出町柳まで直通特急が走れば、それは素晴らしいことだと思いますが、しかし南海本線の線路を全線改軌するよりは、現在開発中のJR総研のフリーゲージトレイン(軌間可変電車)の実用化を待った方が、まだ現実的な気もします(現時点ではフリーゲージトレインの実用化の目途はまだ立っていないようですが)。
それに南海が改軌を行うと、現在南海とJRが共用している区間(関西空港~りんくうタウン間)をどうするのか、という新たな問題も生じます。3線軌道化するなどの大規模な工事が必要になることは間違いないでしょう。