俳句日記/高橋正子

俳句雑誌「花冠」代表

9月13日(火)

2011-09-13 13:17:35 | Weblog
★水澄むこと今朝より池に始まれる  正子
秋になると空が澄み、空気が澄み、水までもが透き通ってきます。池の水の変化にいち早く気づき秋の始まったことを喜ぶ作者。清々しい朝の大気が伝わります。(後藤あゆみ)

○今日の俳句
風音の明るき朝よ稲刈らる/後藤あゆみ
稲が熟れて、刈られるころは、稲の熟れ色に染まるかのように明るく、爽涼の風が吹く。コンバインが刈り進むにしろ、鎌でサクサク刈るにしろ、稲が刈られるころは、軽やかに、明るい。(高橋正子)

○唐糸草
唐糸草確かに秋が来ておりぬ  正子

向島百花園を訪ねたのは九月八日。晴れであった。百花はあるけれど、どれもたくさん咲いているわけではない。桔梗は花が一つ残り、なでしこは2,3本あったのが、すっかり枯れていた。偶然にも。れんげしょうまが一本、唐糸草がもう終わりかけて、やっとその色と形が残る程度のが二つあった。唐糸草は初めて見たが、山野草の部類に入る。えのころ草の穂よりも少し大きいが、紅色の雄しべが日に透けると大変美しい
ということである。ちょっと粋な長い紅色の雄しべは雨に濡れると、猫が雨に濡れたようになるそうだ。撮ってきた写真を見ながら「唐糸」はいかにも江戸好みらしいと思う。終わりかけの花のみすぼらしさの中にも、きれいな紅色が想像できるから不思議だ。大いにその名前「唐糸」のお蔭であろう。園内にいる間は、なんと花に勢いのないこと、と思っていたが、写真を見ると、一つの情緒がある。文人好みの庭に造られた
せいでもあろう。虫の声を聞く会、月見の会も催されるようだから、暮らしの中の花として、少しを植えて楽しむのもささやかながら、都会人のよい楽しみであろう。

◇生活する花たち「萩・からいとそう・瓢箪」(東京・向島百花園)

コメント (1)
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