★水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ/高橋正子
池畔を吹く風に乗り、翅を光らせて自在に飛ぶ蜻蛉。すいと水面に近づいたかと思うと、空の青さと池の辺のみどりを湛えた水にそっと触れ、薄く透明な翅を広げている。その軽やかで涼しげな水に映った姿を見ていると、心洗われるようです。爽やかな風が胸の奥まで吹きわたります。蜻蛉の一瞬の動きを鮮やかに捉えられ、澄明な詩の世界が広がっています。句のリズムもよく自然と口ずさみたくなります。(柳原美知子)
○今日の俳句
朝空を翅に映して銀やんま/柳原美知子
朝空のすずしい青をそっくり翅に映して飛ぶ銀やんま。静と動の対比、朝の景色全体の中の一つの銀やんま、また逆に、銀やんまにある景色全体が詠まれている。これが俳句の「まこと」である。(高橋正子)
○朝顔
8月の終わり。朝顔が久しぶりに、こちらを向いて咲いた。今年は、種の都合も苗の都合もできなくて、1本だけ、花屋の残り苗を植えた。青に絞りが入っている。いい感じである。プランターに植え、育つごとに支柱を1本、2本、3本と増やした。朝顔は、双葉を入れて、8番目に出た葉の上で切るとよい、と育てかたの本に書いてあった。先を切ってしまうことに不安だったが、思い切って実行した。そうしたら、数本芽が伸びて、下の方もよく茂った。
8月27日に四季の森公園に行ったら、管理棟の玄関前に、朝顔を上らせていた。もう、終わりで花が小さくなっていたが、青色があまりにきれいなので、写真に撮ったら、竹の支柱も写って、遠くにガラス越しの日光が注いでいる。いい風情で写った。8月の終わりの花は、小さいながらも、色が澄んでいた。
○みそか
今日は8月31日で月末。昔で言えば晦日(みそか)。晦日払いの掛取りがくるなど、忙しい日であったろう。私が主宰している俳句雑誌「花冠」は、月刊なので、一月のサイクルで動いている。晦日である今日は、忙しい日となる。
ウィキペディアから引用すれば次のようにある。
<晦日(かいじつ、つごもり、みそか)は、太陰太陽暦の暦法である中国暦、和暦の毎月の最終日のことである。具体的には、小の月では29日、大の月では30日となる。翌月の朔日の前日となる。「みそか」は本来は「三十日」の古い表現(ふつか、みっか、…と続く先にある言葉)だが、実際の日付にかかわらず月の最終日を指す。「みそか」が29日を指す月には30日は存在しないので、混乱が起こることはない。
大晦日は、一年で最後の晦日、つまり最後の日を「大晦日(おおみそか、おおつごもり)」という。これは通常は十二月晦日だが、閏年でしかも閏月が閏十二月のときは、閏十二月晦日である。>
晦日に何をするかというと、①月間賞の決定②月例ネット句会の準備と案内を書く③最近は、休みがちであるが、月例オフ句会の準備④10日締め切りの雑詠投句箱を開く⑤散文原稿の依頼の確認⑥細かくは、ホームページ内のブログのテンプレートを季節にあったものにするなど
総合雑誌の編集者の話では、月刊の編集がやれるのは40代まで、と言う。月刊で発行するとなると、結構ハードなのだ。一月は長いようで、意外にも短い。人の生活は月単位に行われることが多い。様々な意味で、旧暦の生活を見直す運動も起こっている。
そういうわけで、ここで、長い文章を書いているわけにもいかない。
◇生活する花たち「酔芙蓉・朝顔・ゴンズイの実」(横浜四季の森公園)
池畔を吹く風に乗り、翅を光らせて自在に飛ぶ蜻蛉。すいと水面に近づいたかと思うと、空の青さと池の辺のみどりを湛えた水にそっと触れ、薄く透明な翅を広げている。その軽やかで涼しげな水に映った姿を見ていると、心洗われるようです。爽やかな風が胸の奥まで吹きわたります。蜻蛉の一瞬の動きを鮮やかに捉えられ、澄明な詩の世界が広がっています。句のリズムもよく自然と口ずさみたくなります。(柳原美知子)
○今日の俳句
朝空を翅に映して銀やんま/柳原美知子
朝空のすずしい青をそっくり翅に映して飛ぶ銀やんま。静と動の対比、朝の景色全体の中の一つの銀やんま、また逆に、銀やんまにある景色全体が詠まれている。これが俳句の「まこと」である。(高橋正子)
○朝顔
8月の終わり。朝顔が久しぶりに、こちらを向いて咲いた。今年は、種の都合も苗の都合もできなくて、1本だけ、花屋の残り苗を植えた。青に絞りが入っている。いい感じである。プランターに植え、育つごとに支柱を1本、2本、3本と増やした。朝顔は、双葉を入れて、8番目に出た葉の上で切るとよい、と育てかたの本に書いてあった。先を切ってしまうことに不安だったが、思い切って実行した。そうしたら、数本芽が伸びて、下の方もよく茂った。
8月27日に四季の森公園に行ったら、管理棟の玄関前に、朝顔を上らせていた。もう、終わりで花が小さくなっていたが、青色があまりにきれいなので、写真に撮ったら、竹の支柱も写って、遠くにガラス越しの日光が注いでいる。いい風情で写った。8月の終わりの花は、小さいながらも、色が澄んでいた。
○みそか
今日は8月31日で月末。昔で言えば晦日(みそか)。晦日払いの掛取りがくるなど、忙しい日であったろう。私が主宰している俳句雑誌「花冠」は、月刊なので、一月のサイクルで動いている。晦日である今日は、忙しい日となる。
ウィキペディアから引用すれば次のようにある。
<晦日(かいじつ、つごもり、みそか)は、太陰太陽暦の暦法である中国暦、和暦の毎月の最終日のことである。具体的には、小の月では29日、大の月では30日となる。翌月の朔日の前日となる。「みそか」は本来は「三十日」の古い表現(ふつか、みっか、…と続く先にある言葉)だが、実際の日付にかかわらず月の最終日を指す。「みそか」が29日を指す月には30日は存在しないので、混乱が起こることはない。
大晦日は、一年で最後の晦日、つまり最後の日を「大晦日(おおみそか、おおつごもり)」という。これは通常は十二月晦日だが、閏年でしかも閏月が閏十二月のときは、閏十二月晦日である。>
晦日に何をするかというと、①月間賞の決定②月例ネット句会の準備と案内を書く③最近は、休みがちであるが、月例オフ句会の準備④10日締め切りの雑詠投句箱を開く⑤散文原稿の依頼の確認⑥細かくは、ホームページ内のブログのテンプレートを季節にあったものにするなど
総合雑誌の編集者の話では、月刊の編集がやれるのは40代まで、と言う。月刊で発行するとなると、結構ハードなのだ。一月は長いようで、意外にも短い。人の生活は月単位に行われることが多い。様々な意味で、旧暦の生活を見直す運動も起こっている。
そういうわけで、ここで、長い文章を書いているわけにもいかない。
◇生活する花たち「酔芙蓉・朝顔・ゴンズイの実」(横浜四季の森公園)