俳句日記/高橋正子

俳句雑誌「花冠」代表

8月31日(水)

2011-08-31 05:33:02 | Weblog
★水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ/高橋正子
池畔を吹く風に乗り、翅を光らせて自在に飛ぶ蜻蛉。すいと水面に近づいたかと思うと、空の青さと池の辺のみどりを湛えた水にそっと触れ、薄く透明な翅を広げている。その軽やかで涼しげな水に映った姿を見ていると、心洗われるようです。爽やかな風が胸の奥まで吹きわたります。蜻蛉の一瞬の動きを鮮やかに捉えられ、澄明な詩の世界が広がっています。句のリズムもよく自然と口ずさみたくなります。(柳原美知子)

○今日の俳句
朝空を翅に映して銀やんま/柳原美知子
朝空のすずしい青をそっくり翅に映して飛ぶ銀やんま。静と動の対比、朝の景色全体の中の一つの銀やんま、また逆に、銀やんまにある景色全体が詠まれている。これが俳句の「まこと」である。(高橋正子)

○朝顔
 8月の終わり。朝顔が久しぶりに、こちらを向いて咲いた。今年は、種の都合も苗の都合もできなくて、1本だけ、花屋の残り苗を植えた。青に絞りが入っている。いい感じである。プランターに植え、育つごとに支柱を1本、2本、3本と増やした。朝顔は、双葉を入れて、8番目に出た葉の上で切るとよい、と育てかたの本に書いてあった。先を切ってしまうことに不安だったが、思い切って実行した。そうしたら、数本芽が伸びて、下の方もよく茂った。
8月27日に四季の森公園に行ったら、管理棟の玄関前に、朝顔を上らせていた。もう、終わりで花が小さくなっていたが、青色があまりにきれいなので、写真に撮ったら、竹の支柱も写って、遠くにガラス越しの日光が注いでいる。いい風情で写った。8月の終わりの花は、小さいながらも、色が澄んでいた。

○みそか
 今日は8月31日で月末。昔で言えば晦日(みそか)。晦日払いの掛取りがくるなど、忙しい日であったろう。私が主宰している俳句雑誌「花冠」は、月刊なので、一月のサイクルで動いている。晦日である今日は、忙しい日となる。
 ウィキペディアから引用すれば次のようにある。
<晦日(かいじつ、つごもり、みそか)は、太陰太陽暦の暦法である中国暦、和暦の毎月の最終日のことである。具体的には、小の月では29日、大の月では30日となる。翌月の朔日の前日となる。「みそか」は本来は「三十日」の古い表現(ふつか、みっか、…と続く先にある言葉)だが、実際の日付にかかわらず月の最終日を指す。「みそか」が29日を指す月には30日は存在しないので、混乱が起こることはない。
大晦日は、一年で最後の晦日、つまり最後の日を「大晦日(おおみそか、おおつごもり)」という。これは通常は十二月晦日だが、閏年でしかも閏月が閏十二月のときは、閏十二月晦日である。>

 晦日に何をするかというと、①月間賞の決定②月例ネット句会の準備と案内を書く③最近は、休みがちであるが、月例オフ句会の準備④10日締め切りの雑詠投句箱を開く⑤散文原稿の依頼の確認⑥細かくは、ホームページ内のブログのテンプレートを季節にあったものにするなど

 総合雑誌の編集者の話では、月刊の編集がやれるのは40代まで、と言う。月刊で発行するとなると、結構ハードなのだ。一月は長いようで、意外にも短い。人の生活は月単位に行われることが多い。様々な意味で、旧暦の生活を見直す運動も起こっている。

 そういうわけで、ここで、長い文章を書いているわけにもいかない。

◇生活する花たち「酔芙蓉・朝顔・ゴンズイの実」(横浜四季の森公園)
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8月30日(火)

2011-08-30 05:29:05 | Weblog
★青穂田の密なるそよぎ一面に  正子

○今日の俳句
ちちろ鳴く裏庭の夜の澄みてきし/藤田裕子
静かな裏庭にちちろが鳴くと、夜が澄んでくる感じがする。夜が澄んでくると、ちちろがいっそう声高く鳴く。研ぎ澄まされてゆく秋の夜である。(高橋正子)

◇生活する花たち「葛の花・秋桜・女郎花」(横浜四季の森公園)

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8月29日(月)

2011-08-29 04:13:10 | Weblog
★剥く梨にわが顔映りいたるかも  正子

○今日の俳句
箱の荷の泥付き芋は地方紙に/祝恵子
届いた箱の荷を開けると、地方紙にくるまれた畑から掘り起こしたばかりの泥つきの芋が入っている。地方の便りも、合わせて届き、懐かしい思いだ。(高橋正子)

 ○芙蓉
 雲が来て風のそよげる花芙蓉 正子

 秋めいてきた。きのう、色づき始めたむらさきしきぶの向こうにピンクの芙蓉が咲いているのは知っていた。今朝、それを写しにゆくと、頭をタオルで包んだ男の人がカメラを覗いている。その傍に草取りをしている女の人がいて、「おはようございます。花を撮らせてください。」と頼んで芙蓉を撮らせてもらった。
ご夫婦で趣味が写真のようだ。朝八時過ぎでまだ陰っているので、芙蓉を撮るとフラッシュが焚かれた。奥さんが、「今フラッシュが焚かれましたよ。」という。そのあと、ご指南があった。花を撮るときは、フラッシュは焚かないほうがいい。近くで撮りすぎるとピンぼけになる。オートをはずしなさい。カメラを覗いているご主人は、ちょっとカメラを見せてごらん、と。しかし、カメラもいろいろでよくわからんなあ、と。この芙蓉の花がいいですよと、奥さんが指す。言われるとおりにその花を撮って家で落ち着いて見てみると、はっきりとして、幾分情緒に欠けているように思うが、写真家好みになっている。家の錆びたトタンの壁までくっきりと写っている。芙蓉はそんなところにも似合う。
 松山の郊外に一時住んでいたときは、玄関に芙蓉があり、花に隠れて水道があった。そこでは、盥で洗濯をしたが、花の傍で水をいっぱい使って洗濯をすると、気分もさわやかだった。

◇生活する花たち「桔梗・落花生の花・青栗」(横浜市緑区北八朔)

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8月28日(日)

2011-08-28 05:57:13 | Weblog
★稲穂田の隅にごぼごぼ水が鳴り  正子
稲の花が咲き、実がつき始める頃、稲穂は水をたくさん吸い上げて成長します。この辺では出穂水(でほみず)と言って、どの稲田からも水が迸る音がします。水源からそれぞれの稲田に送られる水は、いずれも田の隅の枡の中に一旦落とされ、それがごぼごぼと音を立てて稲田に溢れていきます。稲穂田の水の音を耳で目でよく捉えられて「隅にごぼごぼ」と生き生きと詠まれた一句と思います。 (後藤あゆみ)

○今日の俳句
葛あんに透けて冬瓜薄みどり/後藤あゆみ
「葛あんに透けて」がこの句の要。冬瓜が、料理され、葛あんをかけられて、いっそう美しく、涼やかな薄みどりとなった。(高橋正子)

○葛の花

 葛咲けり一つの花のその奥にも  正子

 葛の葉は、初夏をすぎるころから生い茂る。大きな木を覆いつくし、山を行くバスの窓からは、山肌の崖に垂れ下がる。至るところに茂っているが、花は、と思って見ても花が見つからないことが多い。花がつくものには、たくさん葛の花が咲き、地面に紫の花が落ちこぼれて、道の埃を冠っていることもある。八月二十八日、中山の四季の森公園に出かけた。朝のうちは、公園は新涼の風が吹き抜け、水引草、萩、ヤブランな
どが咲き始めていた。コスモス畑には、準備中の立て札が立っている。四季の森公園の北口から入り、紅葉谷を南口へと抜け、公園を出て、中山中学校へ通日広い道路を下った。この道は街中と違って、野の風情があって好きな道だ。葛の蕾を見つける。花は一週間ぐらい先かと下ると、花盛りの葛に出会った。花房も長く、野生の力を発揮している。芳香がする。写真に撮って歩き始めたが、引き返して句美子へのお土産と、私が匂いを忘れないようにするために一花摘んだ。葛の反対側のガードレールには、芒が穂を開いている。また少し下ると、酔芙蓉がわずかにピンクに変わり始めていた。丘の家に庭におみなえしがある。見上げて、そらの白雲を入れて写真を撮った。葛が咲けば、おみなえしも、芒も、酔芙蓉も咲くのである。

◇生活する花たち「百合・女郎花・睡蓮」(横浜・都筑中央公園)

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8月27日(土)

2011-08-27 06:44:33 | Weblog
★りんりんと虫音に力のありて闇  正子
蝉の激しい鳴声が去り、夜になると虫の音に変わります。ほっと穏かで秋の静寂感も湛えているものです。しかし、虫にとっては、その声もまた生きる力、生命力です。それを「力のありて」とされたのが新鮮です。(多田有花)

○今日の俳句
秋茄子の不ぞろいなるも強靭に/多田有花
真夏の暑さが去り、朝夕が涼しくなってくると、茄子が生き生きとして美味しい実をつけるが、皮が傷んだようなのも、曲ったのも様々。「不ぞろいなるも強靭」なのである。(高橋正子)

○むらさきしきぶ

 式部の実色づき初めしに空晴るる  正子

 今朝、ワイシャツをクリーニング屋の持っていく道で、今は廃屋になっている家に、むらさきしきぶが色づき初めていた。近所には、むらさきしきぶを植えている家はたくさんあるが、色づきはじめているのは、だれも住んでいない家。この実は、小鳥が大好きで、小鳥が食べれるものなら、人間も食べれるのではと、食べたことがあるが、棗や未熟なリンゴのような味がする。砥部の家にもひと株大きなのがあった。ヒヨドリをはじめ小鳥たちの恰好の餌で寒い季節が来てもまだ残っている。この実がある間、庭は小鳥でにぎやかになった。最後には、葉がからからと数枚残り、枝だけになり、たまに雪を冠ることもあった。黄葉もきれいだ。

◇生活する花たち「やぶ蘭・トレニア・鬼灯」(横浜四季の森公園)


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8月26日(金)

2011-08-26 06:06:38 | Weblog
★一椀の汁に絞りきる酢橘  正子

○今日の俳句
さみどりの稲穂のそよぎ湖近し/黒谷光子
ゆたかな湖をそばに、さみどりの稲穂のそよぎがやさしい。広くゆったりと、そしてこまやかなな詠みに、句が美しく仕上がった。(高橋正子)

○パスポート
 パスポートを受け取りに、川崎駅西口からまっすぐに七分ほど歩いたところあるソリッドスクエアビル内のパスポートセンターに行った。一週間前に交付申請に行った日は、日傘が必携のお天気だったが、今日は雨傘を持って出かけた。台風でもないのに、中国、四国から東海にかけて大雨の様子。異常天候ではなく、温暖化によって引き起こされた天気とのこと。こういうのが日常の天気。西口を出ると雨は小雨で、蝉が並木の桜の木でまだまだ鳴いている。インターネット俳句センターが昨夕アクセス百万回を達成したので、そのお祝いをどこかでするといって、信之先生も一緒に来た。申請から、受け取りまでの一週間、急に涼しくなった日もあったし、蒸し暑い日、夕立や雷雨の日もあった。海外で家族が事故にあって、パスポートがない人はどうするんだろうとか、思ったりした。

 前のパスポートは、1990年に家族でドイツ旅行をしたときもので、95年で期限が切れている。それから一度も海外に行っていないことになるが、この古いパスポートを申請時に持っていたら、係員の女性が三人も珍しそうに見に来た。第一、身長を記入している。第二、小学生の元と句美子と私と親子三人が一緒に一枚の写真に写っている。今は、身長は書かないし、写真は、赤ん坊でも一人で写すとのこと。ICチップが組み込まれ、サイズも小型化されている。古いのを見て句美子が笑う。偽物がすぐ作られてしまいそう、と。しかし、一番違うのは、写真に写っているわれわれ親子三人だろう。二十一年の歳月が流れている。十歳だった元は三十を越え、六歳だった句美子は二十七歳になっているのだ。十年用の収入印紙を貼って、係員の質問に答えて、すぐに交付してもらえた。私が十年先に必要とするかどうかだが。

 そして、100万回のお祝だが、蒸し暑くて、あまり食べる気にもならない。パスポートセンターのビル内の食事どころを見て歩いて、結局、ドトールのコーヒーとミラノサンドイッチということになった。私はアイス、信之先生はアメリカン。お祝は夜にワインと鯛のお刺身で、ということにして帰った。

◇生活する花たち「酔芙蓉・野牡丹・紫式部」(横浜日吉本町)



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8月25日(木)

2011-08-25 04:34:23 | Weblog
★原っぱにえのころぐさの影となる  正子

○今日の俳句
とんぼとんぼ向う山まで透き通る/川名ますみ
「とんぼとんぼ」のリズムが楽しい。とんぼが飛ぶと、向こう山まで空気が透き通った感じがする。(高橋正子)

◇生活する花たち「蔓花なすび・クィーンネクレス・風船かずら」(横浜日吉本町)

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8月24日(水)

2011-08-24 10:24:59 | Weblog
★剥く梨にわが顔映りいたるかも  正子

○今日の俳句
産声を待つ部屋の窓白木蓮/高橋秀之
子の誕生を待って落ち着かない父親の目に、白木蓮が映る。産着のような純白の白木蓮に、まもなく誕生する子が重なって見える。(高橋正子)

○インターネット俳句センターアクセス100万回
 花冠発行所管理運営の「インターネット俳句センター」は、今日、アクセス100万回となる。999、998回が午後9時37分55秒なので、100万回は、午後9時40分頃と思われる。

 インターネット俳句センターは高橋信之先生によって、花冠(旧誌名水煙)のホームページとして、1996年11月27日に開設された。それから、数えて、本日、2011年8月24日に、アクセスが100万回となった。100万回の数字をどう読むかは、ホームページの目的等によりさまざまと思われるが、私たちのインターネット俳句センターがアクセス100万回を数えたことは、大きな意義がある。ネット俳句の草分けとして、さまざまな試みをした。細く長くをモットーとしてこれまで継続したことが、なによりの力となったと思う。
http://suien.ne.jp/haiku/

○洋子さんからメールが来る
2011年8月24日, 水, 午後 09:51
先ほど、8月24日(水)21時39分25秒に100万回のアクセスの表示がでました。
素晴らしいことですね。おめでとうございます。
藤田洋子

○台風
 台風来つつある夜の卓の丸い梨  正子

 台風シーズンになった。今朝のラジオでは、フィリッピン沖に台風11号が発生したと言っていた。この台風、松山にいたときは、台風がやって来るのがよくわかった。台風は、九州か、高知や四国南西部か、紀伊半島に上陸するのがほどんだと思うが、ニュースで台風が近づいていることが報道されると、風の吹き具合、湿度の具合などで、そして、ぴかぴかに晴れていても、台風の前なのだと感じることができた。たしかに台風が近づいていることがよくわかった。

 横浜に住むようになって5年になるが、台風が来ていることを、体で感じることがほとんどない。従って、台風のために買い物をしたり、植木鉢を取り込み、家の周りの飛びそうなものを片付けたりは、全くしたことがない。伊豆半島に上陸すれば、話は別だろうが、台風が来るのを神妙に待ち受けるという体験が、ふにゃふにゃとなっている昨今、奇妙な感じがしている。

◇生活する花たち「桔梗・落花生の花・青栗」(横浜市緑区北八朔)

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8月23日(火)/処暑

2011-08-23 07:56:52 | Weblog
★朝風のとんぼを運び海へ去る  正子
朝風の中、暑気も持ち去ってくれるようなとんぼの爽やかさです。とんぼ飛ぶ海への視野の広がりに、初秋の朝の清涼感があふれます。(藤田洋子)

○今日の俳句
一片の雲を真白に処暑の朝/藤田洋子
処暑の朝を迎え、まっ白い雲の美しさにうれしさが湧く。暑さも一息つき、朝夕の涼しさが期待できる。処暑というのは、そういう日なのだ。季語を生かした写生だが、詩情のある句。(高橋正子)

○ケーキ
私が作って、子どもたちがおいしいというケーキがある。定番のキャロットケーキと、貝の形のマドレーヌ。キャロットケーキは、もともとアメリカのカントリーケーキ。人参とサラダ油、砂糖、卵、シナモン、ベーキングパウダー、炭酸、塩という材料。これは評判で、日曜市に頼まれて、週末には、パウンドケーキ型大を10本ほど焼いていたこともある。甘いものが苦手な若い男性にも好評であったし、おやつにも、食事がかわりにも重宝した。
もうひとつは、飯田深雪先生のマドレーヌ。このマドレーヌ生地の配合は、いろいろ作ったマドレーヌのなかでも、センスの良さでは、最高と思う。貝の形がかわいいので、長男は特に面白がってぱくぱくと食べた。マドレーヌは、すこし温かいのがおいしい。
ケーキは、味もさることながら、形も楽しみなもの。子どもは特にそうだ。ケーキではないが、こんなこともあった。杏仁豆腐をひし形に切ること。これは、食感と、中華料理らしい見た目からこの形に決まる。これをたまたま来ていた私の母がサイコロ状に切ったときには、長男は、切りなおしを要求したほどだ。

◇生活する花たち「百合・女郎花・睡蓮」(横浜・都筑中央公園)
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8月22日(月)

2011-08-22 06:53:07 | Weblog
★小雨降る中の芙蓉を一つ剪る  正子
小雨に濡れた芙蓉の花、一日花ですから、朝の早い時間でしょうか。淡いピンクの花の芙蓉を思い浮かべました。 (多田有花)

○今日の俳句
はや桜紅葉始まる明るき午後/多田有花
「明るき午後」が魅力。暑さがようやく落ち着いたかと思うと、はやくも、桜は紅葉しはじめる。真夏の眩しさがぬけて、しずかな明るさに変わるころ。(高橋正子)

○素麺
生家にいる妹が、尾道冷麺、尾道うどんを送ってくれた。素麺も入っている箱入りセット。尾道は、名前の通りがよいので尾道とついているのだが、正確には福山市鞆の浦の産。阿藻珍味という瀬戸の小魚で珍味を作っている会社だ。そこの賄い食として、小魚の出しでとったラーメンがある。今では尾道ラーメンとして売り出されて、人気が出て、なかなかおいしい。この夏送ってくれたのは、その姉妹編。ラーメンもうどんも、おそらく近くの製麺所に作らせているのだろう。尾道あたりの気候がそのまま出たような麺で、信之先生も気に入って、褒めることしきりである。出しは、鯛の出しと銘打っている。一度めしあがれ。

◇生活する花たち「芙蓉・萩・紫式部」(横浜日吉本町)

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8月21日(日)

2011-08-21 05:44:36 | Weblog
★キツネノカミソリ秋の初めの木下闇  正子
木下闇の中にキツネノカミソリの明るい朱色にはっとさせられます。色彩のコントラストに1枚の絵画を見ているように感じました。キツネノカミソリ(狐の剃刀)とは、葉の形が剃刀に似ていることから、山の中で狐が使う剃刀と連想されて名付けられたたようです。咲く時に葉が無いのは彼岸花と似ています。同じヒガンバナ科なのですね。(後藤あゆみ)

○今日の俳句
無花果の数多なれるもまだ青かり/後藤あゆみ
暑さがようやく一段落するころ、無花果の葉がくれに青い実が驚くほどたくさん生る。青くて固い実に初秋の空気が感じられる。下五の「青かり」は、文語破調の問題を残すが、よしとした。(高橋正子)

○藤袴
 藤袴山野の空の曇り来し  正子

 藤袴を教えていただいたのは、高校の国語の時間で、武士が兜を着けるとき、頭が蒸れるので、藤袴を摘んで頭に載せてよい香りをさせていたということだが、ふるさとの山野では、藤袴を見たことはなかった。俳句をするようになって、どこかの家の庭先で見たのがはじめて。それから、山などへ、吟行すると、自分でも見つけたりして、その古武士的な色と、香りを楽しんだりする。女郎花に比べ、地味な花であるが、香りは、やはり日本の香りだ。

◇生活する花たち「桔梗・ポーチュカ・ブルーベリー」(横浜日吉本町)

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8月20日(土)

2011-08-20 06:01:57 | Weblog
★水に触れ水に映りて蜻蛉飛ぶ  正子
池畔を吹く風に乗り、翅を光らせて自在に飛ぶ蜻蛉。すいと水面に近づいたかと思うと、空の青さと池の辺のみどりを湛えた水にそっと触れ、薄く透明な翅を広げている。その軽やかで涼しげな水に映った姿を見ていると、心洗われるようです。爽やかな風が胸の奥まで吹きわたります。蜻蛉の一瞬の動きを鮮やかに捉えられ、澄明な詩の世界が広がっています。句のリズムもよく自然と口ずさみたくなります。 (柳原美知子)

○今日の俳句
秋茄子の不ぞろいなるも強靭に/多田有花
真夏の暑さが去り、朝夕が涼しくなってくると、茄子が生き生きとして美味しい実をつけるが、皮が傷んだようなのも、曲ったのも様々。「不ぞろいなるも強靭」なのである。(高橋正子)

○ ブルーベリー
 ブルーベリー残暑の日矢に七色に  正子

 ブルーベリーは、この夏は、わが家でも実をつけるはずだった。コープに注文して、花のついたブルーベリーの苗木が一本届いたからだ。2本以上あると実がつきやすいと聞いていたが、ベランダで育てるので1本にした。ところが、花が散ってしまって、実は全然つかなかった。近所の花屋でブルーベリーの実がついたものを1800円で売っていたので、これを見て、残念であった。1600円で買ったのに、貧相な苗。今年はあきらめ、来年を待つことに。
ある日、近所の畑の茂みを何気なしに見ていたら、その茂みはブルーベリーの茂みで、目をこらすと、沢山実がついている。別に売るためでもなさそうだし、採っている様子もない。散歩をしていれば、住宅の庭さきに小さいブルーベリーの木があり、実がついている。熟れるまでの実の色が、とりどりで、これもまた、かわいい。

 最近は、ヨーグルトにかけるソースもブルーベリー、ジャムもブルーベリー、苺かブルーベリーか迷った時もブルーベリー、という具合に、よく食べる。冷凍のブルーベリーにグラニュー糖と水少々とレモン汁を入れて煮れば、あっという間にジャムに。

◇生活する花たち「萩①・萩②・つゆ草」(横浜日吉本町)


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8月19日(金)

2011-08-19 03:57:58 | Weblog
★梨の実に白雲の空広がれる  正子
実を結ぶ梨の上、見上げる白雲の空に心も澄みわたるようです。みずみずしい秋果の季節を迎えた喜びが、美しい秋空のもと清々しく伝わります。(藤田洋子)

○今日の俳句
秋涼し仏花の束を風に解き/藤田洋子
仏様に花を供えようと花束をほどくと涼しい風が吹く。花束にはリンドウなど秋の花もあってそれも嬉しい。「風に解き」で、いっそうさわやかな句となった。(高橋正子)

○生活する花たち
「生活する花たち」の写真をブログの俳句日記に載せている。わざわざ、きれいな花の写真を撮りに遠くまで出掛けなくても、生活するという重要なことからみれば、どこに咲いたって、それなりにきれいに咲いている。ま、よいところがあれば、写真に収めている。

○クィーン・ネックレス

夕涼に行き遭うクィーン・ネックレス  正子

「クィーン・ネックレス」という花がある。「女王様の首飾り」。女王様は、エリザベス女王以外には考えられない。わざわざ「クィーン」がつくところが、メルヘン的。この花のピンクが英国女王に似合っているようにも思う。蔓性の花らしく、案外丈夫で、いったん咲いて、剪定して、また咲いてを、しばらく繰り返しているようだ。ちょうど角の家にあるし、ピンクの小花がネックレスのように10センチほど連なっていて、珍しいので、通る人がよく名前を尋ねるらしい。本当の名前、学名は、なんとからしいが、覚えない。

◇生活する花たち「芙蓉・クィーンネクレス・風船かずら」(横浜日吉本町)

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8月18日(木)

2011-08-18 03:51:22 | Weblog
★梨の実に白雲の空広がれる  正子

○今日の俳句
さざめける稲穂の風の中に居る/桑本栄太郎
稲穂の上を風が渡ると、稲穂はさざめくような、快い音を立てる。吹く風も稲穂のさざめく音も、自然体で受け止められている。(高橋正子)

○風船かずら
 風船かずらの丸い空気が風を待つ  正子

 風船かずら。風船のように真ん丸く膨らんで、中に丸い種がある。この風船様の実をつぶしてパチンといわせたい衝動に駆られるのは、私だけではあるまい。見つけるとうれしく、実を玄関などに転がして置く。その小さい白い花も可憐なのだ。いつも、風に吹かれるのを待っているようだ。

○新聞を読む
 今日の日経朝刊第1面に「新しい日本へ 復興の道筋を聞く(5)」と題して、セールスフォース・ドットコム会長のマーク・ベニオフ氏の意見が載った。昨日の、ビル・エモット(英エコノミスト元編集長)と同じように、「信頼」を取り上げていた。ベニオフ氏は、「信頼」を保証する「透明性」を求めた。

 我々、海外の企業が日本で事業を展開するには、国家の信頼と透明性が必須だ。その意味では日本政府の原発事故への対応は不明瞭だったと言わざるを得ない。情報開示も遅れがちで透明性にも欠けていた。フィルターが掛かっていない生のデータをどんどん開示すべきだった。国民や企業も積極的に政府に情報開示を求め、得た情報をネットで広く世界に発信してほしい。

 新しい日本は、信頼の上に築かれなければならない。自国の国民や企業に加え、他国や外資系企業の信頼を取り戻す必要がある。ネットを通じて世界の人々が瞬時に意見を交わせるソーシャルの時代だからこそ、信頼を最重視すべきだ。政府がSNSなどを使って必要な情報を開示すれば、信頼関係を取り戻すことにつながる。

 ※マーク・ベニオフ氏は、 1999年に米セールスフォース・ドットコム設立、企業向け「クラウドコンピューティング」専業の世界最大手に育てた。46歳。

○昨日の英エコノミスト元編集長、ビル・エモット氏の記事の文中に「経済学とは、単に統計や方程式を扱う学問ではなく、根本的には人間の行動を研究する学問である。そして人間の行動では、心理的な要素が重要な役割を果たす。」とあった。

ノーベル経済学賞をとった人の論文を、いつだったか、新聞紙上で読んだことがある。よくわからないにしても、日本の経済学者が言うこととは、全く違うと感じた。経済学も人間の幸福のためにある。人間とはなにかを根本で問題としている感じを受けた。日本の経済学者のいうことが、あまりにも非人間的で、金中心主義的である感じを受ている。が、世界では、そうではないことを知った。経済学も、人間への深い研究なしには成り立たない。

俳句だって、東洋的自然観、人間への深い洞察がなくして、本物と言えるか、だ。

○ビル・エモット氏の記事、「日本で政治が混迷しているのは、このコンセンサスと共同体の連帯感の欠如が原因である。理想をいえば政治家がそうしたコンセンサスの醸成を主導すべきだが、彼らの行動には、有権者のほか、メディアや実業界など影響力をもつ集団の意見や態度が反映される。いままさに政治家はコンセンサスと共同体の連帯感の欠如を反映している。」
俳句では、個人(有権者)の本当によいと思う句ではなく、メディアや団体の集団の好む(金銭的利害をたぶんに含むが)ものが反映されて俳句の混迷と衰退を招いている、と置き換えて考えられる。

◇生活する花たち「蔓花なすび・花トラノオ・秋海棠」(横浜日吉本町)
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8月17日(水)

2011-08-17 06:54:23 | Weblog
★きらきらと秋のポプラとなりいたり  正子

○今日の俳句
蓮は実を青々掲げそよぎおり/黒谷光子
蓮が実を青々とつけるころは、新涼。蓮の実の青さが新鮮に目を捉える。涼しい風も吹き始め、「そよぎおり」と動きもたのしませてくれる。(高橋正子)

○新聞を読む
 今日の日経朝刊を読む。特集「経済教室」は、ビル・エモット(英エコノミスト元編集長)によるもので、いい記事であった。

 「ニッポン再興の時 信頼感と連帯感取り戻せ」がそのタイトルであった。日本そして日本人のキーワードは、「信頼感」と「連帯感」である。そして<ポイント>として揚げられた三つは、

 ○日本で今後重要なのは企業や家計の信頼感
 ○政治混迷は社会的合意と連帯感の欠如原因
 ○製造業はいまや現代的でも日本的でもない

 「信頼感」と「連帯感」に加えて、「現代的でもない」ことと「日本的でもない」ことが取り上げられた。
 この記事は、日本の俳句、そして俳句作家にとってもありがたい提言だと思った。メデイアで取り上げられる著名作家達の俳句を読むと俳句に対する「信頼感」に欠け、俳句に関わる者たちの「連帯感」の欠如は、俳句結社・俳句雑誌の衰退に見られる。

 外国人の眼は、日本の真実を見ているのではないか。本当のことを知ろうと思えば、少し離れて見ればよいのであろう。イギリスのビル・エモット氏の提言の「まこと」は、経済界のみならず、俳句に関わる日本人にとっても時期を得た意見であろう。

◇生活する花たち「洋種ヤマゴボウ・キツネノカミソリ・ミズキの実」(横浜四季の森公園)

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