ジローのヨーロッパ考

デンマークやドイツの農家に長期(?)滞在、体験したり感じたことを綴ります。

ちょっと一休み: デンマークの税金、物価、医療費、教育制度・・・

2014-02-12 21:41:22 | 日記
ここでデンマークに関する情報をお伝えします(2012年の情報)。

一つ目は税金について。消費税は25%で所得税は50%(累進課税)です。累進課税と言うことは所得に応じて税率が変わることであり、高額所得者になれば例えば60%になると言うものです。消費税率の高さは世界のトップクラスです。

また、スーパーマーケット等での価格表示は内税表記になっていますので、レジで精算する時になって25%追加支払いのイメージではありません。値札に表示されている数値をそのまま支払うことになります。

合わせて物価はどうでしょうか。デンマークに行く前の情報としてデンマークの物価は世界的に見ても高い部類に入るとのことでした。事実、首都コペンハーゲンのレストランでは、昼食でも日本円換算で1500円~2000円ぐらいは使いました。もっともこれはビールの値段も入ってですが(へへ)。と言うことは日本よりも僅かに高いぐらいの印象です。

一方、大きなショッピングモールやデパートでも買い物をしましたが、衣類の価格は日本とあまり変わらない感じでした。食料品では、例えばチーズ等の酪農製品は日本より安かったです。日本の半分近い価格のものもありました。肉類もやや安い感じでした。しかし、野菜や卵は日本と同等でしょうか。思うに、25%が付加されていての話ですから、日本の方が高いのかも知れませんね。

ちなみに、80日間滞在したネストヴェズ周辺の物価とコペンハーゲンの物価の差についてホストの奥さんに聞いてみました。距離が80kmとさほど離れてないことも理由の一つかも知れませんが、「そんなに違わないわよ!」でした。

次に医療費についてです。医療費は全て無料だそうです。デンマークで知り合った友人が自慢げに言っていました「いいでしょう!」と。但し、彼は次のことも付け加えました。例えば、入院治療が必要になった場合、その病院に入院するために順番待ちをしなければならないことがあるようです。つまり、医療機関やベッド数、または、医療従事者と患者数にアンバランスが生じることもあると言うことです。それを回避する為、人によっては予めそうした場合の為の保険に加入しておき、いざと言う時は有料の別の病院にて優先的に治療が受けられるように備えておく、そうしたことも実態としては行われているとのことでした。

さてもう一つ、教育制度についてです。基本的に教育費も無料と聞きました。私が感心したのは次のことがらです。日本で言うところの小中学校を合わせたものが国民学校と呼ばれています。9年間または10年間で卒業します。卒業する時点で生徒に求められるのは高校へ進学するのか、または、専門的な職を身に付けるための専門校へ行くのか選択することです。但し、高校へ行く意味は、例えば教師であったり、弁護士であったり、医者であったり等、大学にて専門的な知識を学ぶ必要のある職業を目指す人が高校に行くと言うことです。一方、専門校を目指す人は具体的な職業(例えば、技能的な)を目指している人です。しかし、やってみて自分に合わない場合はやり直しも出来る仕組みになっています。

加えて、各職業における所得差は他国に比べて比較的小さいとも聞きました。言葉を変えれば「職業に貴賎はない」、だから自分がやりたいことを真剣に考えて実現して行くことができる。失敗すればやり直しも可能。正にやりがい生きがいを追求できる社会の仕組みが構築されていると言うことではないでしょうか。

以上のような話に接した時、正にこれが国民幸福度世界一の源泉ではないかとの印象を持ちました。だから、高い税率でも満足し得るのではないか・・・です。但し、ある場所で税率について尋ねたところ「これ以上に上がるのはどうでしょうか」との意見があったのも事実です。


デンマークでの農場体験(12) <デンマーク人の高い精神性>

2014-02-12 15:56:59 | 日記
これからお話することも当農場での出来事です。

4月下旬(2012年)にこの農場に着いた時、真っ先に家族全員を紹介していただきました。加えて一人年配の女性がいて名前だけ紹介されました。年令的には50代に見えたのですが、ホスト家族との関係はよくわかりませんでした。

しかし、私が到着した日も含め、ほぼ夕食は一緒なのです。決って昼過ぎぐらいにどこからか現れます。ボルボのワゴン車に乗って現れることもわかりました。どこから来ているのか? 親戚か? 2・3日は敢えて質問することもなく過ぎて行きました。

たまたま奥さんしかいない時間帯があったので「あの人は親戚の方ですか?」と聞いてみました。すると意外な答えが返ってきたのです。それによると。

彼女(年配のご婦人のこと)は近所の方であって、親戚等ではありません。2ヶ月ほど前に、彼女が一緒に暮していた高齢の実父が亡くなられ、一人暮しになってしまったのです。とても可哀そうなので夕食は一緒に食べているのです。

えっ! と思いました。後からわかったことですが、近所と言っても道なりに距離をたどると3kmぐらいは離れている場所に住んでいるのでした。もっとも、農村地帯なので隣家と言えども相応に距離があるのですが。それにしても日本では考えにくい事例であったのでもう少し聞いてみました。

こうした援助のような対応はデンマークではよくあることなのですか?の問に対して奥さんは、デンマークでも多くはない。珍しいことだと考えているとの発言でした。その時はこれ以上に聞けなかったので「へぇ~!」と感心するしかなかったのです。

しかし後日、次のような事柄もわかってきました。

一つは、デンマークは人口550万人ほどで人口的には言わば小国でありますが、アフガニスタンに平和維持軍として派兵を続けているそうです(2012年情報)。派兵人数は大規模ではないことを聞きましたが、国際平和に寄与するためには自国からの人員派遣を行うことを実践しており、戦死者も出てしまっているのです。このことはデンマークに行くまで私は知りませんでした。

もう一つは、現地の学校の先生から直に聞いた内容ですが、デンマークの各地の学校(国民学校=日本の小中学校を一元化したようなもの)では紛争当事国からの孤児を受け入れているとのことです。

これらを合わせて考えて行くと、デンマークの人の高い精神性を感じざるを得ませんでした。ホストの家に来ているご婦人との関連に何か共通的な精神的なものを感じた次第です。

ホストの奥さんは「可哀そうだから」と言っていただけですが、デンマーク人の心に根付いている「弱者には手を差し伸べる」と言う精神がそうさせているのではないだろうかと。だから、誰かに頼まれたとか指示されたからではなく、ごく自然にあたかも当然であるかのように手を差し伸べているに違いないと考えた次第です。

私は80日間に渡ってこの農場にお世話になりましたが、このご婦人は99%夕食を共にしていました。その代わりではありませんが、買い物に行ったり夕食の準備をしたりとお手伝いは惜しんでない彼女(ご婦人)でありました。

いや~、日本では考えられないなぁと思ってしまいました。デンマークの一面を見た思いです。「Denmark is not big, but great!」とどなたかが言ったそうですが、正にその通りだと思います。 ~続く~


デンマークでの農場体験(11) <ネズミとの壮絶な戦いの一日>

2014-02-12 12:32:58 | 日記
今回は鶏、いやどちらかと言うと雛(ひよこ)にまつわるお話です。

雛は、ほぼ毎月のペースで250羽ぐらいが購入されてこの農場に連れてこられます。少し大きめの段ボール箱に入れられて運ばれてきます。段ボール箱には空気穴がいくつか開けられているのでした。

到着すると、母屋近くにあるグリーンハウス(ガラス張りの温室)に入れられます。少し大きく育つまではここが彼等の鶏舎になるのです。給餌バケットも水場もこの中に置いてありますので、昼間は外で自由にしていても夕方にでもなると自然にこの鶏舎に戻ってきます。夜はこの中で眠るのでした。

この鶏舎の中には、既に大きくなった鶏も何羽かは勝手に寝泊りするので、時には踏み潰されて死ぬ雛もいます。また体調不良で死んでしまう雛もいるようです。朝の給餌の際に5羽ほど死んでいるのを確認したこともあります。そしてその数は変動するのですが、日常茶飯事的な出来事でもあるのでした。

ある時、その事実を知った老練のご婦人が「鶏舎の中が暑すぎるのではないか」ともアドバイスしてくれました。同時に雛の糞を見て「水っぽい糞は不健康、少し固まっているような糞は健康の証拠」とも教えてくれました。その老練のご婦人はホストの奥さんの実母でした。ホストの奥さんは農家育ちであることを最初の方のブログに書きましたが、まさに、奥さんのルーツそのものであり師匠でもある方です。

話を戻します。可哀そうなのですが、毎日のように何羽かの雛が死んで行くのは事実でした。結果的に雛の数が減って行くのですが、その減り方に異常があることに気が付きました。奥さん曰く「ねずみ(ラット)が雛を食べているかも知れない」と。急遽、ねずみ退治作戦が始まったのです。

グリーンハウス内は不要なガラクタ類もそのまま残されており、そうした場所はねずみの住みかになっているのかも知れないのです。3人がかりでそのガラクタ類を全て外に出す事になりました。同時に、奥さんがハウスの中に入って地面のレンガもはがして行きます。犬のダルメシアン2匹もハウスの中に入って土を前足で掘り返しています。

すると、小ぶりのねずみが何匹か土の中から発見されました。見つけ次第処分です。猫も協力しています。猫が自分で捕らえたねずみもあります。その場で食べています。

ハウスの中のガラクタ類は一掃されました。今度はホースを引っ張ってきて巣穴付近めがけて注水です。ねずみは水を嫌うのであわてて飛び出してきます。犬や猫が見つけ次第捕捉します。

そうこうしている間に、なんと巨大なねずみが飛び出してきました、胴体部分の体長が25cmぐらいでしょうか、尾の長さはそれ以上です。ハウスから飛び出して近くにあった材木が積み上げてある場所の下部にもぐりこみました。全員でそちらを包囲した上で、思いっきり注水しました。1分ほど経った時、大きなねずみが飛び出してきました。ハウスの方に戻ろうとしています。

この時が見ものでした。ダルメシアンの雌(名前はビクトリア)が間髪を入れず大きな体の割には実に俊敏な動きで、逃げるねずみの背中に噛み付いたのです。ねずみはそっくり返るようにしてビクトリアの口のまわりを噛み返しています。ビクトリアはそれを振り払うように自分の頭を左右に大きく振りました。そしてくわえた大きなねずみを口から放すことはありませんでした。

このビクトリアの俊敏な動作を私は目の当たりにして驚嘆したものです。凄い!の一言です。この日、数時間の戦いでねずみは30匹以上捕獲処分されました。多分、小屋を住みかにしていた一族は壊滅したと思われます。但し、ねずみは畑でも見かけたことがありますので、いずれこの小屋にも再び現れるかも知れないのです。

それはそれは長い一日に思えた私でした。 ~続く~

ちょっと一休み: 夏至祭り

2014-02-12 11:53:48 | 日記
「夏至祭り」についてお話します。デンマークのこの地域では毎年6月23日に夏至祭りが行われるとのことで、家族総出で出かけることになりました。出発は夕食後の21時です。2台の車に分乗して総勢8人で出かけたのです。

日本の夏至の頃は確かに19時頃でも明るさは多少残っていたかと思うのですが、北緯55度のデンマークにあっては21時は全く昼間同然と言った方が正しいくらいです。

農場を出発してドライブすること約30分、距離は20kmぐらいあったと思われます。海辺の小さな街に到着しました。人々が三々五々集まってきています。私達も会場の方に向かって歩いて行きます。が、先ず向った先はアイスクリームショップでした。

6月23日なのですが、空気はヒンヤリとしていて日本の初夏のイメージとは随分違います。どちらかと言うと「寒い」のです。それでも傾きつつある夕日を浴びながら皆アイスクリームを美味しいそうに食べるのでした。もちろん私もいただきました。

アイスクリームを食べながら祭りの会場方向に進みます。小さなヨットハーバーもありヨットが係留されています。ちょっと絵になる風景です。会場の中心付近に到着しました。およそ100人ぐらいの人が既に集まっているようですが、まだ混雑しているとは言えません。

中央に焚き火をするための草木が小山のように積まれています。そしてその頂上には「ほうきに跨った魔女」が立っています。魔女は藁で作られているようです。点火時刻は22時頃と聞きました。

近くには生バンドのグループが演奏の準備をしています。キーボードにサックス、そしてエレキギターの3人構成のバンドです。キーボードには「YAMAHA」のロゴが・・・ここにも日本ブランドがありました。電源はどうしているのだろうかと見渡すと、少し離れたところに自家発電装置が置いてありエンジンが作動していました。なるほどね。

会場には何人かの世話役がいるようでペーパーを配っています。私も受け取り、見ると歌詞カードのようでした。

そうこうしている間に22時です。空はいくらかは薄暗くなった感じがしますが、依然として視界は良好なのです。この頃には焚き火の周りには大勢の人が集まっており、およそ4・5百人ぐらいに膨れ上がっていました。

そして待つことしばし、数人の松明を持った人が焚き火の山の周囲にちらばり、ほぼ同時に草木に点火しました。火はパチパチと音を立てながら燃え広がって行きます。待つこと10分ぐらいでしょうか、頂上の魔女付近も燃え出し始めました。その頃に合わせて合唱が始まりました。そうです。会場に入った時に渡された歌詞カードはこの時のためだったのです。

魔女が紅蓮の炎に包まれて行きます。やがて燃え落ちて崩れて行くのでした。

この行事は、デンマークに行く前から知っていたもので、チャンスがあれば是非見たいと考えていたのでこの目論見は達成できました。ちなみに、夏至の頃に魔女のパワーが最大になるとされており、この時を狙って藁人形の魔女を焼き払うのでした。但し、この行事は昔の「魔女狩り」につながるものがあるとして場所によっては行事そのものをやめるか、または、魔女に見立てた人形を焼くことは避けている地域もあると聞いたことがあります。しかし、この地域では前述の通りの内容でした。

一方、宗教色はどうかと言うと、宗教儀式的なものは一切ないように感じました。唯一、合唱していた歌の中身(意味)はわかりませんでしたが、ひょっとしたらそうしたことを感じさせる内容があったのかも知れません。

焚き火は30分ほどで勢いを落として行きました。すると集まっていた人達は再び三々五々散って行くのでした。時刻は22時半を廻っています。この頃でも薄暗いと言った感じで歩くのに支障はありません。海岸沿いの小道をたどりながら車にもどり家路についたのでした。

日本の中部地方を流れる天竜川。その天竜川水系に7百年以上前から伝わる霜月祭りと言う行事があります。愛知県東三河の東栄町付近では花祭りとも言います。冬至の太陽の光(力)が一番弱くなる時期に人が生まれ変わる・・・とも伝えられています。冬至と夏至の違いはありますが、太陽の力が増す時、弱くなる時・・・人が未知の力に願いを捧げるかのような祈りの行為は、洋の東西を問わず部分的に共通するものを感じた次第です。