ジローのヨーロッパ考

デンマークやドイツの農家に長期(?)滞在、体験したり感じたことを綴ります。

デンマークでの農場体験・"Trauma"(トラウマ)

2014-11-22 23:35:35 | 日記
デンマークの農場体験(2012年)の中で、いくつかの危険と思われる体験もしたわけですが、最大の危険に遭遇したことはごく一部の方にしか話していません。

Trauma: 心的外傷・・・そこまで深刻な状態ではないと自覚していますが、「死」を覚悟した瞬間でもありました。

2012年4月下旬、予定通りの日程でデンマークの農場に到着。事件は農場生活に慣れたと思われた10日目ごろに起こりました。忘れもしません。月曜日の午後、一連の作業も終えて夕方の家畜達への餌やり(feeding)まで2~3時間の休息時間があったので牧場内を一人で散策してみようと思ったのでした。

ここに至る10日間ほどの中で、馬・牛・豚・羊や家禽類等への給餌や給水、また、注意すべきことも一通りは教えてもらっていました。しかし、まだ家畜たちが私の顔を覚えてくれた時期とは思っていませんでした。それでも私の作業そのものについては慣れてきたころです。

15時頃、牛や馬、羊等が放牧されているエリアに入っていきました。近くに家畜たちはいません。20~30m以上は離れていたでしょう。羊の親子(雌と子供)が比較的近くにいたのを記憶しています。それでも20mは離れていました。周囲の風景を楽しみながら母屋のほうに戻ろうと、足をそちらに向けて歩き始めたころです。

突然、背後から一頭の羊が私のすぐ脇に寄ってきました。近寄ってくる気配すら事前には感知していなっかたので正直驚きました。また、それは以前から注意されていた危険な雄の羊だったのです。その雄羊は真黒で他の雌の羊よりもやや大きくて体つきもがっちりしているので区別は容易にできるのです。また、この牧場に羊は20頭ぐらいいるのですが、親羊(雄は1頭、雌が10頭ぐらい)と子羊が8・9匹の構成になっていました。つまり雄は1頭だけなのです。

そして、群れのボスであるこの雄羊は群れを守る本能から、近寄る人間や牛・馬等にも威嚇してくるので「気を付けろ」とホストからも説明を受けていたのでした。しかし、羊の群れにも餌を与えていたこともあって、注意を払っていたものの特段の脅威は感じていなかったのです。それが「油断」だったのでしょう。

背後からすり寄ってきたかのように見えた雄羊は、私の進路をふさぐかのように私の前に来たのです。至近距離です。私の膝が羊の胴体に触れています。明らかに進路を妨害しているのです。そして、ぐるぐると2・3回私のまわりを歩くのでした。私は危険を感じたので羊と目を合わせないようにしながら母屋の方に向けて急ぎました。母屋までは20~30mぐらいはあります。

雄羊は私の視界からは消えています。但し、背後でどうなっているのかはわかりません。と、その時です。強烈な衝撃が私を襲いました。私は前方に転びながらも何が起こったかすぐにわかりました。雄羊が突進(頭突き)してきたのです。やや左側臀部の上側に突進されました。私はすぐに立ち上がり雄羊に対峙することになりました。

これまでも、雄羊を追い払う時には長い棒切れ等を頭の上にかざして威嚇したこともあったので、道具はありませんでしたが、体を大きく見せるかのようにして威嚇してみせました。しかし、4・5m先で”ヤツ”は前足をかくそぶりで再び突進のポーズをとっています。そして、こちらの威嚇をまったく意にせず、2度目の突進をしてきました。今度は正面からの攻撃でした。膝から太ももの高さにかけて頭突きしてきました。

雄羊の体重は知る由もありませんが、大きさから推定して40~50kgでしょうか。正面からだったのでくい止めることができるのかと思いましたが”敵”は四足でしかも助走しているので、あっけなく私は後ろに転びました。2度の攻撃を受けてまともに立ち上がることも困難でした。生命の危険を感じたので、大声で「HELP」を叫びました。英語で叫ぶしかありません。母屋の中にいる人に聞こえて欲しいと叫びました。「HELP! HELP! HELP!・・・」

よろけながら立ち上がった私に3度目の突進をしてきました。再び私は後方に倒れました。この直前ですが、私の頭部(顔面)に頭突きされたら死ぬかもしれないと真剣に考えました。しかし、3回目も膝付近だったので致命傷にはなりませんでした。

HELP!を叫びながら、私の頭部への直撃を避けるために必死に起き上がろうとしました。背後に牧場の柵がせまっていたのでそれにつかまって立ち上がることを試みました。と言うのはそれは「電柵」だからです。右手で掴んだか左手で掴んだかは覚えていません。しかし。とっさに電線を掴みました。感電です。ビリビリしていますが感電は初めてではないので比較的軽いものでした。そのまま電線を掴んでいました。そして、ちょうどそのころ「HELP!」の異変に気が付いてくれたデンマーク人の若者(仲間)が母屋の反対側の庭から走ってきてくれました。

彼は長い棒切れを持ってかけつけてくれたので、すぐにそれで雄羊を逆に威嚇して追い払ってくれたのです。この間、2・3分間だったのか5・6分間だったのかは定かではありません。とにかく危険は遠ざかりました。

私は半ば放心状態で母屋の方に自力で歩いて行きました。そして、入口前の岩の上に腰掛けました。その頃には異変に気づいたホストの奥さんや子供たちも全員が私にのまわりに駆けつけてきました。

奥さんは看護師の資格も有している人なのですぐに私の腰や打撲状況、擦り傷状況を見てくれました。幸いなことに骨折等はしていないようです。しかし、打撲傷害はあるようです。かなり痛みがありました。外科的処置と痛み止め薬を出してもらいました。

私の「油断」が一番の問題だったと思います。しかし、ホストファイミリーは「申し訳ないことをした」と言って繰り返し謝罪してくれるのでした。雄羊もファミリーも悪いことはありません。・・・私の過信だったと思います。

翌日(火曜日)は寝ていてくれ・・・とのことで体を休めました。しかし、体の痛みは治まりません。水曜日、最初に頭突きされた腰付近の痛みが徐々に治まってきたようです。鎮痛剤の服用も敢えて止めてみました。痛みは耐えられる程度になってきました。(本当に骨折はしていなかも知れない。)

この水曜日の午後には牧場内をゆっくりですが散歩しました。しかし、通常の歩行は困難な状況でした。そして、この2日間、日本の家族にはいらぬ心配をかけるのを避けるためにこの事件のことは一切連絡しなかったのです。また、それは7月の帰国までは自らかん口令を敷いたのです。

木曜日、体は全快ではありませんが、体を動かす方が治癒を促すと自分も判断したので、スローペースではありますが、通常の作業に復帰していったのです。この時期はデンマーク人の若者が滞在していたので彼が力仕事等をサポートしてくれたのでした。

それにしてもこの若者が駆けつけてくれなかったら第4・第5の攻撃を受けていたかも知れません。まさに彼は命の恩人となったのです。

一方、この事件を通して、動物(家畜)の恐ろしさの一面も体験することになりました。それでも、その後に牛たちや馬とのふれあいもこれとは別に経験できたのも事実です。

ホストの奥さんが言っていました「秋(2012年)になったらあの雄羊を食ってやる!」と、・・・ その後、あの雄羊がどうなったかは敢えて聞いていません。

(写真: 羊が写っています。)
事件後、羊の群れには近づいていない私でした。

(巻頭写真)牛はやさしい家畜でした、私にとっては。
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デンマークでの農場体験・滞在も残り僅かのころ

2014-11-19 22:34:52 | 日記
2012年7月中旬、この農場での滞在も残すところ3・4日となったころです。

(写真: アイスランド産の馬)
別れを惜しむように牧場の風景を写真におさめました。

(写真: 救出された子豚ネフェ)
ハウスピッグ(名前はネフェ)の記事は以前のブログに綴っていますので、ここでの詳細は省きます。救出された後の様子で、生きています。寝ているだけです。傷だらけですが・・・。

以下は、家禽類です。鶏、アヒル、ガチョウなどが仲良く(?)暮しています。







この地に入ったのは4月下旬でした。広大な畑には大麦等の種が蒔かれた直後でした。そして早(はや)7月中旬、大麦も育っています。収穫も近いのでしょう。


(写真: 色が鮮やかに見えます。)

庭に咲く花も短い北欧の夏を感じているように思えました。



林檎の樹も庭に10本ぐらいはあったでしょう。実はまだ小さかったです。
(写真: 林檎)

洋梨です。

こうした果実も直接食したり、ケーキに入れたり、ジャム等に加工したり・・・農場生活は大変な面もありますが、自然の動植物との触れ合いもあって、まさに自然な生き方とも思えるのでした。


庭の木々も緑色が濃くなっている時期でもありました。

80日間のデンマークでの農場体験は間もなく終わるのですが、家畜達のそれぞれの特性にも触れることもできたし、危険な目にもあいましたし、貴重な体験ができました。尚、一番危険な事件については、公表(?)していません。次回のブログにでも綴ろうかと思います。

(巻頭写真: 目を覚ましたネフェ)
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デンマークの農場近隣風景・緑の森

2014-11-14 22:39:22 | 日記
2012年7月の写真です。4月下旬からホストの農場に滞在して70日ぐらい経っています。残りの滞在日数も約10日間となった頃です。

(写真: 巨石)
ホスト農場から4kmぐらい離れたところにある巨石です。古代からの遺跡なのかはわかりません。サイクリングで訪れました。

(写真: 美しい森)
この森はホスト農場に隣接しているものです。この森の大きさは、およそ2km×3kmぐらいです。なだらかな起伏はありますが山ではありません。写真からも少し伝わりますが、空気そのものも緑色に見えるかのように感じてしまいます。絵に描きたくなる風景でした。

(写真: 同じ森)
デンマークの森は大半が人工林で、自然林はほとんどないと聞きました。それでも、この森にも野生の鹿が棲んでいます。時折、牧場敷地内にも入っているのを見かけました。

以下の写真は同じ7月ですが、夕食後にドライブした時のもので20時~21時頃の撮影です。まだ十分明るいのでした。
(写真: ホスト農場の近くにある湖)
人口湖ではありません。6月に行われた地域の交流会で散歩した湖でもあります。違う場所から湖畔にたどり着いたのです。

(写真: 湖畔のバーベキュー施設)
このバーベキュー設備は常設してあるものです。

(写真: 注意等の案内)

(写真: 小川)
以前のブログに記述していますが、パンケーキのようなフラットな地形のデンマーク、それでも水は流れています。

(写真: 対岸に美しい建物)
何もないような光景なのですが、何故か美しいのです。



(写真: 湖畔でくつろぐ家族)
子供が二人いるようですが、その二人は湖で泳いでいます。20:30頃です。7月とはいえ、気温は20度ちょっとぐらいだったと思います。寒さには強い彼等です。


泳いでいたファミリーの自転車です。どうでしょうか、こうした光景を目にすると、日本との違いを感じてしまいます。しかしながら、日本の中山間地でも考えようによっては美しい風景がいっぱいあるのです。また、都会の周辺付近に広がる田圃や野菜畑も同様に美しい景観といえます。但し、電柱や架空電線が視界に入ってくるのは考えものです。デンマークは、景観重視と冬期の雪害対策の目的で地中化(電柱レス化)したと聞いています。

(写真: 湖畔の木道)
乗馬禁止マークがあります。デンマークらしいですね。

(写真: 水族館)

このローカルな地方の湖畔に、小さいのですが水族館がありました。この湖に棲む水生生物を展示しています。21時近い時間でしたが、施錠されていないので入館できました(無料)。 おそらく、地域の子供たちに見せるための施設でしょう。

(写真: 広い空)
「部分」が美しいのではなく、「全体」が美しいのです。


刻一刻と変化して行きました。この日のドライブはホスト農場のご主人が案内してくれたものですが、私達(計3人)の外国人が景色を感嘆している姿を見て、「そんなに美しく見えるんだ!」と逆に驚いていました。また、美しさを逆に教えられたとも言っていました。まア、普段から見慣れていると当然のこと・普通のことと思えるのでしょうね。同じことは私達にも言えるのでしょう。

(巻頭写真) 微妙な色彩の広がりを感じ取っていただければ・・・。
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デンマークでの農場体験・夏至祭り補足

2014-11-09 18:12:52 | 日記
2012年6月、夏至を迎えました。既に夏至祭りについては詳報済みですが、写真等を追加でご紹介します。

(写真: 祭りに集まってきた人たち)
21:30頃です。海岸近くの街で、夏場は海水浴客やヨットを楽しむ人たちで賑わうようです。

(写真: 女の子)
ホストファミリーの関係者ではありませんが・・・。

(写真: 小さな港街です。)
21:30頃の夕日です。北緯55度ですからね。

(写真: ヨットハーバー)
(写真: 廃船ではなさそうですが・・・)
絵になる1枚です。

(写真: 焚き火の山と魔女)
魔女はほうきにまたがったように作られています、藁人形です。しかし、リアルには作られていません。

(写真: 人が集まりかけています。)

右側は海岸です。

(写真: 生バンド)
自家発電装置も持ち込まれています。

(写真: 点火準備が始まりました。)
時刻は21:50頃です。点火の松明を持った人々が焚き火を囲んで行きます。




(写真: 点火されました。)
勢い良く焚き火の山に炎が広がって行きます。

(写真: 集まった人々)
このころで4・5百人はいたのかも知れません。

(写真: 魔女)
紅蓮の炎に包まれる魔女(藁人形)です。

(写真: 参加している人々)
会場内のアナウンスに従って、参加者たちは歌をうたっていました。

(写真: 燃え尽きて行きます。)
22:25頃には参加者は帰路についてゆきます。


大きな犬も参加です。小さな女の子が連れています。

ホスト農場への帰路(約20km)、2~3ヶ所で煙があがっているのが見えました。あちらこちらで夏至祭りが行われているようでした。宗教的な色合いは薄い印象でしたが、こうした伝統が守られていることにも感心しました。

(巻頭写真)焚き火が消えようとしています。22:30頃です。
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デンマークでの農場体験・近隣の風景など

2014-11-07 22:15:01 | 日記
これも2012年6月でした。夕食をいつも伴にしていた近所のご婦人が車で案内してくれたものです。

(写真: ホストの農場から5・6kmのところにある古い教会)
年代はわかりませんが、かなり古い教会だと説明してくれました。

(写真: 教会に隣接する施設)
茅葺屋根の小屋が綺麗でした。

(写真: 遠方に風力発電施設が見えています。)
ドライブすると、必ずと言っていいほどあちらこちらに風力発電施設が見えます。

(写真: リンゴ農場に鶏を放し飼い)
以前のブログに記述していますが、ホスト農場から約12km離れたリンゴ農家のリンゴ園に、ホスト農場の鶏を放し飼いしているのです。この農場のリンゴ園部分は約2haあるそうです。ダルメシアンの雄(リアム)が今日はお伴しています。
鶏への給餌と水遣りは毎日、ご婦人がやっているのです。・・・時々、私も手伝うことがありました。

(写真: 元気そうな鶏)

(写真: リンゴの樹と鶏たち)

(写真: 綺麗に植えられているリンゴの樹です。)
樹の根元近くには散水のホースが張り巡らせてありました。
ちなみに、このリンゴ農家もWWOOFホストをやっています。非常にめずらしいことですが、日本人の女の子が1ヶ月ぐらい滞在していました。2回ほどは会話しています。そうした場合でも、周りに他の人がいれば会話は英語で行うのがルール(マナー)なのです。

(写真: リンゴの実)
まだ小さいです。

(写真: 比較的小型のトラクタ)

(写真: 立ち寄ったガソリンスタンド)
ガソリンの価格が表示されています。通貨はデンマーククローネ(DKK)、この頃は1DKKが17円ぐらいだったと思います。1リッター200円ぐらいの値段になります。92とか95の数値が見えていると思いますが、オクタン価を意味しています。ご婦人の車(ボルボワゴン)は日本で言うハイオクではない方のガソリンを給油していました。それにしても、その2種類のガソリン価格に大きな価格差はないようですね。

(写真: 給油データ)
約6,000円を払っていたようです。ガソリン価格そのものはちょっと高そうですね。

(写真: 集合住宅?)
農家用ではなくてサラリーマン用の住宅だそうです。農村地帯の中にあります。従って、近隣の職場に車で通勤するイメージです。こうした住宅群がところどころに設けられているようです。

(写真: 緩やかな丘陵地帯)
全体にこうした緩やかな傾斜の地形が多いイメージでした。

(写真: 綺麗な風景)

(写真: ご婦人お薦めの風景)
この先にも教会がありました。この年(2012年)の2月頃にご婦人の実父が逝去され、その教会の墓地に眠っているとのことでした。

30~40kmをドライブしましたが、どこを見ても美しい風景なのでした。

(巻頭写真)ガソリンスタンドから眺めた道路、この道路には自転車専用の通行帯が設けられていました。

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