「『このまえ、プールに行きました。とても楽しかったです。』事実と感情を伝えただけのこの文に、いろいろな言葉をどんどん加えていきましょう。」これは、小学校の国語科講師向けのウェブサイトにあった記述です。「自分の気持ちや周りの情景を丁寧に伝えることで、ぐっと印象的な作文になります。」と指導するよう勧めています。
こうした「気持ちや情景」を文章にすることで、優れた作文に仕上がるというわけです。
一方、ビジネスメール、提案書、説明文、議事録など、ビジネスパーソンが書くべき文章に「気持ちや情景」は必要ありません。ですから、小学生の頃に上手な作文が書けた人でも、良い仕事の文章が書けるとは限りません。いや、子供の頃上手に書けたからこそ「作文の呪縛」に囚われて駄目なビジネス文章を書いてしまうのです。
「朝7時に起きて、顔を洗い、7時20分から朝ごはんを食べました。お茶わん1杯のご飯と卵焼き、あさりの味噌汁でした。7時50分に家を出て、8時15分に学校に着きました・・・」 小学校では駄目な作文の例として、このまま教科書に載せられてしまいそうですが、ビジネス文章として見ればごく普通です。
とはいえ、私は小学生の頃からビジネス文章のような、簡潔で論理的な文章を書く訓練をするのもどうかと思っています。
小学生の頃は、大いに「気持ちや情景」を込めた文章を書く練習をするべきです。たくさんの物語を読んで、気持ちを高ぶらせたり、悲しくなったり、怖くなったり、喜んだりすることで人間的な「心の働き」がわかるようになるからです。それを自分の言葉で表現することで、心が豊かになるのではないでしょうか。
ただし、中学生になってからは、徐々にビジネス文章を意識した作文を書く練習を始める必要があると思います。同時に、そうした文書の骨格になる論理思考の習得も欠かせません。
ところが、中学や高校の国語の授業では、社会評論や学術書といった抽象度の高い文章を読ませます。大学受験という「ふるい」にかけるためには、どうしても「わかりにくい」文章が必要だからです。受験では簡潔で明瞭、すなわち「短くて誰が読んでも誤解することなく正しく伝わる文書」は役に立たないのです。
小学校と中学・高校との文章に関するこのギャップを埋めるのは、ビジネス文章以外にないと思います。特に高校の国語では、抽象度の高い文章の量を思い切って半分以下にし、ビジネスで使う文章を習得させるべきです。
その際、単なるビジネス文章(報告書や議事録など)を対象とするだけでは不十分です。
私は「テクニカル・ライティング」の授業が必須であると考えています。
たとえば、ある家電製品の取扱説明書を国語の授業で書かせてはどうでしょう。 製品の仕組みや構造、使い方、注意点を先生が口頭で伝え、それをノートに書き取った後で、実物の製品を見ながら取扱説明書を書いてみる、そんな授業です。
大学生になってからでは遅すぎます。 高校生に「テクニカル・ライティング」を学ばせましょう。間違いなく文系も理系も、社会人になってから「使える文章」を身に付けることができます。