パオと高床

あこがれの移動と定住

小倉紀藏『韓国、愛と思想の旅』(大修館書店)

2007-04-17 11:27:42 | 国内・エッセイ・評論
小倉紀藏の韓国思想沈潜記だ。表題通り、韓国の愛と思想を旅する。西洋哲学に惹かれ、80年代のポストモダン状況を生きた著者が、中華思想とその強烈な思想的実践を果たす韓国に出会い、記号の森をどうやって超克するかの旅の道程が刻まれた本である。実体と本質主義の韓国思想を探求することで、彼は日本の記号化された相対社会との間で分裂する。その分裂した自己を一体化していく思想的営為ともとれる。
詩人の分裂や変遷を第一章で語り、以下、文化、歴史とその罪、美やエロティシズムを探っていく。しかし、この人の中には思想とはつまり、思想を生きることだという強い意志があり、その探求はそこを内側から生きながら批判するという姿をとる。その態度は、思想的衝突を避けてポストモダン思想を導入したとする日本的態度を批判する。この批判はそれこそ著者が書くように、すでに丸山真男などによって批判されたものであり、そこから何も学んでいないという著者の慨嘆が聞こえる。
思想を生きようとする著者の文体は、それ自体がスタイルとしてけれんを持つ。そのけれんをどう思うかで印象が変わるかもしれないが、そのけれんがこの人の文の魅力でもあるだろう。
シャーマニズム、東学、仏教、そして儒教、朱子学と、韓国のいわば深みへと経巡っていく小倉紀藏が、否定ではなく無を媒介とする超越しない弁証法、「変革」と「多様性」を「包摂する」あり方に向かう思考は難しいものがあるが、それぞれの章が持つ思索、探求は、充分に説得力があり魅力的だ。
朱子学と中華思想は確かに巨大な理解の尺度なのだろう。
イ・サンやユン・ドンジュやキム・ジハについての文章が興味深かった。


コメント
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