一の谷の戦いから屋島の戦いをスルーして
一気に壇ノ浦の戦いに突入ですね
屋島での那須与一が扇の的を射た話も当然
スルー。
壇ノ浦の戦いでの平家の勇将・知盛の奮戦
ぶりなども見たかった気がしますし、二位
の尼が安徳帝に言ったとされる「波の下に
も都が御座います。」も聞けませんでした
ね
展開が早過ぎて少し戸惑いを覚えますが、
主人公が北条義時で、これからがドラマの
佳境に入るのですから仕方ありませんよね
鵯越も捏造だったので壇ノ浦での八艘跳び
も捏造するのかと思っていましたが、そこ
だけはかろうじて八艘飛びもどきを見れた
ので…
主力部隊を率いていた範頼ですが…
平家との戦いでは義経の陰に隠れた感があ
りますよね
歴史的には全くと言ってよいほど目立たな
い人物です
しかし、頼朝の代理として総大将を任せら
れたのは範頼です
義経はあくまでもサブの搦手軍を任された
に過ぎず、メインの大手軍を率いたのは範
頼。
大軍を率いていた範頼に比べ、義経軍はか
なり少なかったと思われます
機動力と言う意味では少人数の方が動きや
すいのが当たり前
義経は搦手軍を任されたからこそ突拍子も
ない奇襲を掛けられたとも言えます
裏を返せば、義経は大軍を動せる武将では
なかったのかも知れません
ところで
頼朝の血縁関係者、特に弟達は殆ど謀反の
疑いを掛けられて死んでいます
希義は頼朝の旗揚げの前後に平家方によっ
て殺されていますが、戦死した義円は別に
して、範頼、全成、義経とし非業の死を遂
げています
最も長生きしたのが全成ですが、2代将軍
頼家によって謀反の疑いを掛けられ修禅寺
で幽閉生活の後、おそらく刺客によって殺
された可能性がかなり高そうです
叔父・全成幽閉を命令した頼家自身も祖父
北条時政に将軍の座を追われ同じ修禅寺で
幽閉の後殺されています
因果応報と言えばその通りかも知れません
が、短い間にこれだけ身内の粛正が出来る
のも源氏の血の成せる業なのかも知れませ
んね
いよいよ、来週からは政治家として変貌し
ていく義時が見られそうです
お人好しの北条家の次男から、どの様に変
貌していくのか?見ものです
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます