函館 Glass Life

函館市田家町で眼鏡店「サポートGlass」を営む店主の趣味と感じたことの
日記です。

風林火山とたわけもの

2007-01-31 | 歴史
日曜の風林火山、僕の一押しは武田晴信です

勘助が板垣信方に召抱えられ、晴信の希望で
召しだされるシーン

緊迫した会話、良かったです!!

晴信役の亀次郎もなかなか様になってきましたね

いつも思うことですが、大河ドラマに歌舞伎俳優が
よく出演しますが、どうも歌舞伎の語り口調から
抜けないような気がします。

そう思うのは、僕だけでしょうか

イントネーションがやっぱり歌舞伎なんですよね

そういえば、歌舞伎俳優ってあまり現代劇に
出ませんよね〔僕が見ていないだけ??〕

ところで、またまた余談ですが

たわけ者の意味ご存知でしょうか

たわけは田分けと書きます。

農民が田畑を子供の数だけ分割して相続させると
代を重ねるごとに経営規模が縮小し
結局生活が成り立たなくなる。

田分けは、馬鹿なこと・愚公を意味する言葉です

武士も全く同じで、一子相続〔嫡男〕が原則です。

それは、領地を細切れにしないための唯一の方法
だからです。

次男三男は他家の養子に行くか、嫡男の
家来になるしかなかったのです。

嫡男といっても、先に生まれればいいと
言うものではありません。

ここで、問題なのは正室の子かどうかと言う事です。

たとえば、織田信長は長男ではないのです。

織田信広〔津田信広〕という兄がいるのですが、側室の子供
だったので信長が嫡男として扱われたのです。

当然長男の信広〔他家へ養子に行く〕は面白くない
争いになったわけですが、信長の勝利
冷酷な信長ですが、信広を殺さなかったのである。
逆に、同じ正室から生まれた弟の信行が反乱を起こした時は
信行を殺すのである。
正室から生まれたかどうかが、命の分かれ目か

実は信長の子供もそうなんです。
嫡男の信忠は本能寺の変の時二条城で
亡くなりますが、弟に次男の信雄〔のぶかつ〕
と三男の信孝がいます。実は年齢は
信孝のほうが上なのです。
信忠と信雄の母親が同じため年上である
信孝より上の織田の家次男として
扱われたのです。

江戸時代になり天下が安定してくると、正室は
ほとんど飾り物で、徳川家がいい例ですが
側室の子供が家督を相続するようになるのです。

いつの時代も相続でもめるのですね
















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