一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

ある警備(後編)

2014-04-06 12:06:09 | プライベート
「いつも入っている早稲田の子が、この日は休みでねえ。ほかの学生もスケジュールが詰まってて、空きがいないんだ。この日だけ頼む」
いよいよ来たか!
「笑っていいとも!」とは、ハナモゲラ語で一世を風靡したタモリが司会を務める、お昼の帯番組。芸能人がリレーで友達を紹介していく「テレホンショッキング」など数々のコーナーが受け、いまや視聴率が20%を越えることさえある、フジテレビの看板番組である。
同番組には私の高校の1年先輩である野々村真さんがレギュラー出演していたこともあり、気になる番組であった。その番組に、ついに私が警備員として潜り込めることになった…。
ここでの警備の仕事はどうなのだろう。やはり客を誘導するところから始めるのだろうか。客の大半は女性だろうから、かなり接近できるのではないか。番組が始まり、警備員が会場でゲラゲラ笑うことはできないが、観客から羨望のまなざしで見られるのではなかろうか。そこから恋が芽生えたりして…と、妄想は果てしなく広がる。
ふだんはヘルメットを使用していたから、事務所にて帽子のサイズを測る。来週の火曜日が本当に楽しみになった。ところが…。
翌週になり、月曜日に事務所に顔を出すと、上司から、あすの「笑っていいとも!」の警備はなくなったと言われた。なんでも早稲田の学生のひとりが、その日もアルタに行けることになったからだという。
そんなこともあるかもしれない、と読みのひとつには入れていたが、いざ現実のものとなると、これは本当にガックリきた。しかし考えてみれば、芸能人がいっぱい、女性がいっぱいの会場で仕事をしてバイト代がもらえるのだ。こちらを最優先にしたくなる早大生の気持ちはよく分かる。
それにしても…と思う。こっちは朝から夕方まで男臭い現場に朝から夕方までみっちり拘束され、何の楽しみもない。「笑っていいとも!」はせいぜい仕事も午後2時までだろう。たしか4時間以上の警備時間があれば1日仕事と見做されていたから、金銭的にも割のいい仕事である。一度ぐらい、私にいい思いをさせてくれたっていいじゃないか!
私は嘆いたが、上司に直訴ができるはずもなく、私はしぶしぶ工事現場の仕事に戻った。
今回は生コンクリートの打設を見守る。休み時間に、現場監督から缶ジュースをもらった。と、ある作業員が、打設前の更地に空き缶を捨てた。
私はなんとはなしに見ていると、作業員のひとりが、
「ここは生コンを打つから、捨てても大丈夫なんだよ」
と言った。なるほどそうかと私もそこに空き缶を捨てたが、これは大悪手だった。コンクリートの中に空き缶があれば、その分コンクリートの強度が弱くなるのは自明のこと。むかしはこうした怠慢がそこら中にはびこっていたのだろう。
またある日のことだった。仕事を終え事務所に顔を出すと、今度は女性上司から、浅草サンバカーニバルの警備の話をされた。浅草サンバカーニバルは数年前から始まった催しで、私はまだ見たことがないが、男女がきらびやかな衣装を着て、浅草界隈を踊りまくるらしい。そこに私も応援に行けというのである。
「目の保養になるわよオ」
上司は目を輝かせて言ったが、私には「笑っていいとも!」の件もあるから、今度の話は半分疑った。
すると果たして数日後、私はお呼びでなくなった。ヒトに期待をさせておいて、それを平気で反故にする。会社にその気持ちはなかったろうが、私は本当に落胆した。
やられてイヤなことは、やらなければいい。少なくとも私は、人と交わした約束は、絶対に守ろうと誓うのだった。
私はまた、工事現場の警備に戻った。私にはこちらがお似合いなのだ。
さて工事現場は昼だけではない。深夜もあった。JR有楽町駅ガード下のペンキの塗り替え作業があり、これは防犯上、深夜に行われる。期間は1週間で、私はこちらの警備に回された。
これは大学を終え、現場に向かう形となる。時間は深夜の1時から6時まで。人の波があるから、終了が6時より遅くなることはない。1日扱いで割増料金も出るから、割のいい仕事ではあった。
上番前後は多少歩行者もいるが、終電が出ると、パッタリと人波が途絶える。眠気と戦いひとり佇むのは、意外に忍耐力がいった。
作業は1週間で無事終わった。ところが、あるとき先輩から、深夜の日当は、昼の1.5倍もらっていると聞き、私はズッコケた。私は1,000円の割増料金しかもらわなかったからだ。
「お前、騙されてるよ」
と先輩が笑う。
最初の数か月は研修期間だろうから、納得のいく日当はもらえないだろう。しかし私も、もう半年近く働いている。規定の日当ぐらいくれてもいいじゃないか。
こうして会社の方針に疑念を持ち始めた私は、会社を辞めることを考えるようになった。
もうガードマンの制服も着飽きたし、テレビ局の警備ができないことも分かった。とくに楽しいこともないし、これ以上働いている意味を見いだせない。
かくて、退職となった。短い間ではあったけれど、人間のエゴをみっちり学び、健康的にダイエットもでき、いくばくかのおカネもいただき、それなりに充実した数か月間だった。
ただ、のちの自慢話のためにも、1度ぐらい「笑っていいとも!」の警備をしたかったと思うのである。

―かつて警備の仕事をしたことがあるという、U氏に捧げる―
コメント (2)
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