一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

ある警備(前編)

2014-04-04 00:17:50 | プライベート
いままで隠していたわけではないが、私は夜間大学の出である。もちろん昼間の大学に行きたかったが、勉強が嫌いだったので昼間が受からず、「二部」をしぶしぶ受け容れたのだ。
大学では1年生の秋からバイトを始めた。あれは2年生の4月だったか。休み時間に講堂に配られていたアルバイトニュースに、警備員のバイトがあった。日当は安かったが、ちょっとガードマンの制服を着てみたかったので、私はそのバイトに応募してみた。
バイトは採用となった。この会社のウリはテレビ番組の警備もやっているとのことで、それがフジテレビ系の人気番組「笑っていいとも!」だった。
私はアルタに行けるのかと期待したが、そこは早稲田大学の学生がしっかりシフトを組んでいて、一般バイトはお呼びでなかった。人気番組で学生バイトを釣っておいて、実際は別の現場に送る――。予想していたこととはいえ、一杯食った気分だった。
私が最初に配属されたのは電柱工事の警備である。電線の貼り替え作業をやっているそばを歩く歩行者を守るのである。
最初に会社に寄って、現場に赴く。これを「上番(じょうばん)」という。現場で制服に着替え作業員に合流し、電柱の傍らに立つ。そして歩行者を安全地帯に誘導するのだが、ここで作業員から叱責が飛んだ。
「お前がそこにいたら作業の邪魔だ!」
いきなり怒鳴られビックリしたが、コトはそれだけでは収まらなかった。
「トロトロしないでしっかり警備をしろ!」
「クルマへの指示が甘い、ボケ!」
「ほら、後ろから人が来てるだろうが!!」
なおも私への叱責が続いた。作業員は5人前後いたが、とくに主任格のふたりが、私に厳しく当たってきた。
こっちは新参者だから、ハイ、ハイと従うしかない。どこか釈然としないが、とにかく記念すべき初日は、怒られっ放しだった。
下番(かばん)後、会社に戻り報告をすると、「彼らは兄弟なんだよ。でも評判が悪くてねぇ。警備員がネを上げて、何度も担当が替わっている」と上司の弁だった。
そんなところに新人を派遣するなよと不貞腐れたが、それを顔に出すわけにはいかない。恐ろしい現場に配属されたと震え上がったのだった。
しかし翌日もやはり、兄弟に叱責された。だが、怒られる理由が分からないのだ。私の警備に不備があるとも思えないのだ。
こういうとき、バイトの立場は弱い。学生のうえに警備会社から派遣されているから、反抗できない。いったいこの人たちは、何が楽しくて仕事をしているのだろう。
ある日、弟のほうがそれは恐ろしい形相で、「こんなところに置いといたら邪魔だッ!!」と、パイロンをさらに車道に移動した。
こんなに動かしたら車道のクルマに迷惑が掛からないかと訝ったが果たしてそうで、通りかかった大型バスから運転手が顔を出し、「こんなに(パイロンを)出したらバスが通れないじゃないか!!」と盛大に怒られた。
さらに兄弟からも怒られるというダブルパンチである。
私の感情が喪われていく中で、兄弟の叱責は、私へのいじめであることが分かってきた。何しろふたりの指示に従いどんなに正しく警備しても、理不尽な叱責が飛んでくるからである。多分、兄弟は毎日の生活で何らかの不満を抱えているのだろう。それがバイト君を叱責することで、うっぷん晴らしになっているようであった。
余談ながら、運転手で私に容赦なく罵声を浴びせたのは、路線バスの運転手、大型トラックの運転手、タクシーの運転手だった。ふだん客にペコペコしている連中(失礼)が、私に当たっているようにも思えた。
とにかくこのころは1日1日が本当に長かった。警備の後に大学もあるから、心身ともに疲れた、そんな、警備8日目のことだった。今回は作業員が電柱の上方で作業していたから、私は歩行者をやや離れたところへ誘導する。
ところがまた例の兄弟が、「それじゃ(パイロンを)離し過ぎた!」とパイロンを電柱のすぐ近くに戻した。これじゃあすぐそばを通る歩行者に危険なのは察せられたが、私に歯向かう気力はない。相手は人間の皮をかぶったキチ○イなのだ。
女性の歩行者がそのそばを通る。と、その彼女の足元に、上からスパナが落ちてきた。弟が誤って落としたのだ。
このときは本当に肝を冷やした。一歩間違えば大事故である。このとき私は確信した。こいつらと働いていたら、いまにこっちに、厄災が振りかかってくる――。
私は会社に戻り、現場の配置替えを願い出た。敵前逃亡みたいなのは気が引けたが、何か事故があってからでは遅い。今回の直訴で会社を首になるなら、それでも構わないと思った。
結果、私は別の班の電柱工事を手伝うことになった。例のキ○ガイ兄弟の現場には、私の前に担当していたベテラン警備員が復帰することになった。
私の半生を顧りみて、あれほどつらい8日間はなかった。その意味では、いい経験になったともいえる。
(つづく)
コメント (2)
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