三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「シサㇺ」

2024年09月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「シサㇺ」を観た。
映画『シサム』大ヒット上映中 公式

映画『シサム』大ヒット上映中 公式

映画『シサム』大ヒット上映中 公式

 まず、映像の美しさに息を呑む。ドローンも含めたカメラワークが素晴らしい。登場人物の動きや表情が、とてもダイナミックに描かれる。

 江戸時代の武士にとって、北海道は征すべき土地であり、アイヌを蝦夷と呼んでカテゴライズし、原住民として蔑む。一方のアイヌも、勝手にやってきた武士たちを和人と呼んでカテゴライズする。そこには個人を個別に評価する姿勢が決定的に欠けている。
 個人を見ないで、集団として一方的にこうだと決めつけるのは、国家主義の思想だ。一部の外国人の行ないを見て、外国人はマナーが悪いと決めつけたり、逆に一部の日本人を見て、日本人は礼儀正しいと決めつけたりする。自分の国を美しい国と讃えるのも、カテゴライズの一種であり、やはり国家主義者の思想である。

 本作品は、相手をカテゴライズした者同士の争いに巻き込まれた主人公孝二郎が、これまで刷り込まれてきた武士道の精神が、実は役人の隷属精神であることに気づいて、変化していく様子を描く。平和とは何か、戦争とは何か。兄の無念を晴らすことより、大事なことがある。演じた寛一郎は見事だった。
 アイヌの村長(むらおさ)を演じた平野貴大の演技も、迫力満点だ。原始共産制の平和な暮らしを営み、歌と踊りを娯楽とする小さな集団は、カムイから預かった自然の恩恵によって生活を維持している。コタンごとに政(まつりごと)があり、他のコタンの政には口を出さない。
 松前藩の小隊が迫ってきても、村長は少しも動じず、誰にも迷惑をかけずに暮らしている我々が、どうして逃げる必要があるのだ?と、孝二郎に迫る場面には、アイヌ(人間)としての尊厳をかけた覚悟があった。本作品の白眉である。

 中島みゆきが朗々と歌い上げる主題歌「一期一会」は、思わず聞き惚れてしまう名曲で、エンドロールが心地よかった。
 本作品は、戦争がどれほど無辜の人間を蹂躙してしまうのかを端的に表現している。戦争や紛争が多発して、先進国でも国家主義の右翼が政治勢力を増長させている国際情勢が、第三次世界大戦の予兆を感じさせるいままさに、観るべき作品だと思う。人生は一期一会なのだ。戦争で壊されるべきではない。

映画「スオミの話をしよう」

2024年09月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「スオミの話をしよう」を観た。
映画『スオミの話をしよう』公式サイト

映画『スオミの話をしよう』公式サイト

脚本・監督 三谷幸喜 5年ぶり待望の最新作にして最高傑作!主演長澤まさみと贈る、三谷ワールド全開のミステリー・コメディ!〈大ヒット上映中!〉『スオミの話をしよう』

映画『スオミの話をしよう』公式サイト

 三谷ワールド全開の愉快なコメディである。スオミという正体不明の女に執着する5人の夫たちの相関関係も面白いし、それぞれの力関係がどんどん変化するダイナミックな演出もいい。

 自論で恐縮だが、ほとんどの人間は一生、本当の自分をさらけ出さない。むしろ悟られないように隠していると言ってもいい。
 本作品の登場人物は皆、うわべを取り繕って、言葉を選び、行動を選ぶ。しかしスオミという共通の対象については、負けたくない気持ちを隠さない。ところどころで本心が見え隠れするところが、本作品の見どころで、笑いどころでもある。
 IT関連で少し儲けているはずの松坂桃李の十勝が「イケメン」ではなく「二枚目」という言葉を使うのも面白い。つまり夫たちの心は、いまだ昭和の浪花節なのだ。

映画「アビゲイル」

2024年09月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「アビゲイル」を観た。

 何故だか、自分が吸血鬼になったらと想像してしまう作品だった。ドラキュラの映画はたくさんあるから、どのような新しいタイプを見せてくれるのかが、面白さのポイントとなると思う。

 本作品は、映画サイトの紹介にある通り、バレエ少女のアビゲイルが吸血鬼で、誘拐した犯人たちを閉じ込めて、殺しと吸血を楽しむ。犯人たちにはたまったものではない。こういった作品の例に漏れず、ひとりひとり死んでいくのだが、死に方に工夫と独創性があって、とても面白い。
 説教臭さも無理な理由付けなどなく、少女に問答無用の凶暴性と、少女に似合わぬ奸計が同居しているところもいい。

 もしかしたらなのだが、大富豪で政界も財界も支配している闇の帝王の正体が、無慈悲な吸血鬼だという設定は、世界の支配層の本質を揶揄しているとも言えるかもしれない。限られた少数の人間が、大多数の消費による利益を吸い上げて、自分たちだけが肥え太るという点では、人間も吸血鬼も変わらない。

映画「ぼくのお日さま」

2024年09月16日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「ぼくのお日さま」を観た。
映画「ぼくのお日さま」公式サイト

映画「ぼくのお日さま」公式サイト

9月6日(金)テアトル新宿・TOHOシネマズシャンテ先行公開。9月13日(金)全国公開!

 吃音の子供を扱った映画では、2018年(製作は2017年)の「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」が強く印象に残っている。自尊感情の低い子どもが、現実とどのように折り合いをつけて生きていくかがテーマだった。
 本作品の主人公は、自尊感情が低いわけではない。吃音や運動音痴を笑う同級生もいないし、教師も気を遣っている。しかし、吃音の少年の名前がタダタクヤというのは、なんとも厳しい皮肉な設定だ。
 タクヤとサクラ、それに池松壮亮が演じたフィギュアスケートコーチの荒川との関係性が面白い。上手にフィギュアスケートを滑るサクラは、タクヤからはとても輝いて見える。サクラは、タクヤの吃音を気にしないし、タクヤの吃音を揶揄する友達に嫌悪感を覚える。
 そこまではよかったのだが、サクラは、荒川の真実を知って気持ち悪いと思ってしまう。それはおそらく、時代のパラダイムだったのだろう。サクラ自身には、差別の意識はなかったように思える。
 ただ、タクヤにはそんなことは関係ない。黙って一緒に滑ってくれるサクラとの時間は、この上ない幸福な時間だった。そして何故かタクヤを応援するコウセイの立ち位置がいい。友達というのは、こうでなくてはいけない。

 ほのぼのとした作品だが、そこかしこに差別の実態を盛り込んで、現代にも通じる格差と排除の問題をさりげなく提示している。サクラも、もう少し大人になれば、荒川のことも理解してくれるだろう。そんな希望の見える作品だ。とてもよかった。