喜多院法興寺

住職のひとりごと

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オウム菊地容疑者・5年前まで高橋容疑者と生活か

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6月5日 編集手帳 読売新聞
 {どの事件といわず、歳月を隔てて凶悪事件を顧みるたび、胸のなかに掲げる短冊がある。〈これよりは恋や事業や水 温 ( ぬる ) む〉(高浜虚子)。東京高商(現一橋大学)の卒業送別句会で、社会に出る若者たちに贈った句という◆悔恨の情であれ、逃亡生活の苦しみであれ、容疑者には生者として語れる言葉がある。犠牲者にはない。恋に限らず、仕事に限らず、人生の 愉 ( たの ) しみすべてを断ち切られた無念の声を、胸の短冊から聴くことにしている◆オウム真理教の地下鉄サリン事件で、特別手配されていた菊地直子容疑者(40)が逮捕された◆逃亡生活は17年に及ぶ。7年前に知り合い、神奈川県相模原市内で同居していた男(41)も犯人隠匿の疑いで逮捕されている。男からプロポーズされたとき、菊地容疑者は偽名を使っていたことを告げ、「結婚できません。私は菊地直子です」と打ち明けたという。逃亡をつづける身にはつづける身の地獄があっただろう。そうだとしても――◆事件の真相を、仮面の生活を、知っていることのすべてを、語ってもらわねばならぬ。つらい恋さえ経験することのできない死者のために。}

 捜査関係者によると、菊地容疑者は「95年の警察による一斉捜索後、林泰男死刑囚と逃げた。その後、高橋容疑者と逃げるようになり、当初新横浜と川崎のホテルを転々とした後、川崎市内のアパートで2人で暮らした」と供述。同市内の京急大師線沿いのアパートで3、4年暮らし、JR川崎駅近くのアパートに転居したと話している。心の安まることのない逃亡生活は地獄であったに違いない。 




 
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