7/25(水)21℃時々
昨日の朝のドタバタがよほど身に凍みたせいか、今朝はナ・ナント5時30分には目が覚めてしまいました。お陰様で新聞を角から角までズ・ズ・ズイ~っと熟読することもできたし、朝食にピザを食べることもできたし、いつもよりも早く職場に到着することもできました。
職場に到着して、まずはパソコンを起動させてと思った途端肝心要の大失態に気づくことに・・・・。そ、そうなんです。今日は夏休を予定してたんです。天気は良さそうだし、海へ行くには最適だと先週の木曜日から予定してたんでした。
チョッと霞がかかっているけど、「夏」を実感するのには最適だったかもと思うと、窓の外の天気が恨めしく感じます。
今朝の出勤時に、お父さんお母さん同伴でラジオ体操から帰る子ども達に出会いました。首からカードをぶら下げて歩いている子ども達を見ていると、私のご幼少の頃を思い出してしまいました。
低学年の時には、ラジオ体操が終わって一目散に一列に並んで判を押してもらったことや、カードを忘れてしまって泣いてしまったことも・・・・。高学年になると判を押す担当になって少しの優越感を味わったこともあったっけなー。以前は、第1・第2のラジオ体操しかなかったんですが、数年前から新しい体操も普及されてるようですが実際はどうなんでしょうかね。今も、あの旋律がラジオから流れるとつい本能(?)・無意識に手足を動かしてしまうから不思議です。
そうそう、私がさせていただいている消防にも体操があることをご存知ですか。ラジオ体操のように♪音符(旋律)は無いんですが、「イチ・ニイ・サン・シイ、ゴ・ロク・ヒチ・ハチ」と大きな声を出してする体操です。通常見かけることは無いと思いますが、訓練開始前には時々行われていますので見てやって下さい。ラジオ体操と違って大の大人が1・2・3・4・・・・とやってるし、動作があまり見慣れないので滑稽に見えるかもしれません。個別指導をさせていただきますので、やってみたい方はお申出ください。
大森神楽団が霧島公演に出演する情報を入手しましたので興味ある方はお問い合わせください。
催事名 第9回南九州神楽まつり
日 時 平成19年8月25日(土)
場 所 鹿児島県姶良郡霧島町「霧島神宮特設会場」
7月30日(月)は管絃祭(旧歴6月17日)
古くから都では、池や河川に船を浮かべ、優雅な「管絃の遊び」でした。廿日市市宮島にある厳島神社を造営した平清盛はこの風習を厳島神社に移し、遊びではなく神様をお慰めする神事として執り行うようになり、瀬戸の海を舞台に雄大に繰り広げられるダイナミックな平安絵巻を思わせる海に囲まれた宮島ならではの優雅な祭りとなりました。
平安時代の宮島は、島全体が神様とあがめられ、島内に人が住むことができなかった為、清盛公は厳島神社の姫神様がお乗りになる御座船を造り、舳先の左右に篝火を焚き、御鳳輦前の雪洞(ぼんぼり)や艫(とも)に上げた4個の高張提灯、二十数個の飾り提灯に明かりをともし、その灯火を暗い海に映しながら夕刻から深夜に掛けて瀬戸の海を渡っていました。
管絃祭の日時を旧暦の6月17日としたのは、海上の神事であるから潮の干満を考慮してのことだそうです。上げ潮の高い季節は旧暦の7月・8月頃ですがそのころは台風の季節に当たるためにこれをさけ、しかも大潮ということになると旧歴の6月が最適。この頃は夜になってほぼ満月に近い月が昇り瀬戸の海を明るく照らします。絶好の条件が整うわけです。
元禄十四年(1701)に管絃船が地御前神社から宮島の長浜神社に帰る途中暴風雨に遭遇し、まさに転覆寸前になりました。その時、風雨を避けて錨を降ろしていた阿賀村の「岡野喜右衛門」の鯛網船と九州からの帰路、厳島神社に参拝する江波村の「古川屋伝蔵」は二次災害をかえりみず勇気ある行動で管絃船を救助し、それ以来阿賀と江波の両村が管絃船を曳航して祭りが行われるようになりました。
阿賀の船は鯛網船であったことから現在でも六丁の櫓を用い、江波は伝馬船であったから、その形式を残し十四丁の櫂を備えた伝馬船です。
こう言う歴史を紐解きながら管絃祭を見ると関心が深まるかもしれませんが、実は、湯来町・伏谷にある鍋石明神社(通称「明神さん」)でも管絃祭と称される行事「子供花火」が古くから行われています。何故、山間の谷間で管絃祭?と思われる方もあるでしょうが、謂れがあるようです。
この神社の下にある岩の割れ目から「金泉水」(眼洗水とも言われる)水が湧き出していて、この水で眼病が治癒したお礼に神社の鳥居を奉納、厳島神社から社を勧請したと伝えられています。今も、鳥居と額が現存しています。鳥居に掛けてある額に書いてある文字はなかなか読めない方が多いようです。我こそはと思われる方は是非挑戦を。
神社の場所は、大森神社と佐伯区湯来出張所との中間辺り、「湯来名水」が沸き出ているところですし、当日は沢山の提灯がぶら下げてありますのでおわかりいただけると思います。
宮島の管絃祭と同じ日の夕方から、地域の子ども達が花火を打ち上げます。街中ではなかなかできない花火をしに来てみませんか。お待ちしております。
昨日の朝のドタバタがよほど身に凍みたせいか、今朝はナ・ナント5時30分には目が覚めてしまいました。お陰様で新聞を角から角までズ・ズ・ズイ~っと熟読することもできたし、朝食にピザを食べることもできたし、いつもよりも早く職場に到着することもできました。
職場に到着して、まずはパソコンを起動させてと思った途端肝心要の大失態に気づくことに・・・・。そ、そうなんです。今日は夏休を予定してたんです。天気は良さそうだし、海へ行くには最適だと先週の木曜日から予定してたんでした。
チョッと霞がかかっているけど、「夏」を実感するのには最適だったかもと思うと、窓の外の天気が恨めしく感じます。
今朝の出勤時に、お父さんお母さん同伴でラジオ体操から帰る子ども達に出会いました。首からカードをぶら下げて歩いている子ども達を見ていると、私のご幼少の頃を思い出してしまいました。
低学年の時には、ラジオ体操が終わって一目散に一列に並んで判を押してもらったことや、カードを忘れてしまって泣いてしまったことも・・・・。高学年になると判を押す担当になって少しの優越感を味わったこともあったっけなー。以前は、第1・第2のラジオ体操しかなかったんですが、数年前から新しい体操も普及されてるようですが実際はどうなんでしょうかね。今も、あの旋律がラジオから流れるとつい本能(?)・無意識に手足を動かしてしまうから不思議です。
そうそう、私がさせていただいている消防にも体操があることをご存知ですか。ラジオ体操のように♪音符(旋律)は無いんですが、「イチ・ニイ・サン・シイ、ゴ・ロク・ヒチ・ハチ」と大きな声を出してする体操です。通常見かけることは無いと思いますが、訓練開始前には時々行われていますので見てやって下さい。ラジオ体操と違って大の大人が1・2・3・4・・・・とやってるし、動作があまり見慣れないので滑稽に見えるかもしれません。個別指導をさせていただきますので、やってみたい方はお申出ください。
大森神楽団が霧島公演に出演する情報を入手しましたので興味ある方はお問い合わせください。
催事名 第9回南九州神楽まつり
日 時 平成19年8月25日(土)
場 所 鹿児島県姶良郡霧島町「霧島神宮特設会場」
7月30日(月)は管絃祭(旧歴6月17日)
古くから都では、池や河川に船を浮かべ、優雅な「管絃の遊び」でした。廿日市市宮島にある厳島神社を造営した平清盛はこの風習を厳島神社に移し、遊びではなく神様をお慰めする神事として執り行うようになり、瀬戸の海を舞台に雄大に繰り広げられるダイナミックな平安絵巻を思わせる海に囲まれた宮島ならではの優雅な祭りとなりました。
平安時代の宮島は、島全体が神様とあがめられ、島内に人が住むことができなかった為、清盛公は厳島神社の姫神様がお乗りになる御座船を造り、舳先の左右に篝火を焚き、御鳳輦前の雪洞(ぼんぼり)や艫(とも)に上げた4個の高張提灯、二十数個の飾り提灯に明かりをともし、その灯火を暗い海に映しながら夕刻から深夜に掛けて瀬戸の海を渡っていました。
管絃祭の日時を旧暦の6月17日としたのは、海上の神事であるから潮の干満を考慮してのことだそうです。上げ潮の高い季節は旧暦の7月・8月頃ですがそのころは台風の季節に当たるためにこれをさけ、しかも大潮ということになると旧歴の6月が最適。この頃は夜になってほぼ満月に近い月が昇り瀬戸の海を明るく照らします。絶好の条件が整うわけです。
元禄十四年(1701)に管絃船が地御前神社から宮島の長浜神社に帰る途中暴風雨に遭遇し、まさに転覆寸前になりました。その時、風雨を避けて錨を降ろしていた阿賀村の「岡野喜右衛門」の鯛網船と九州からの帰路、厳島神社に参拝する江波村の「古川屋伝蔵」は二次災害をかえりみず勇気ある行動で管絃船を救助し、それ以来阿賀と江波の両村が管絃船を曳航して祭りが行われるようになりました。
阿賀の船は鯛網船であったことから現在でも六丁の櫓を用い、江波は伝馬船であったから、その形式を残し十四丁の櫂を備えた伝馬船です。
こう言う歴史を紐解きながら管絃祭を見ると関心が深まるかもしれませんが、実は、湯来町・伏谷にある鍋石明神社(通称「明神さん」)でも管絃祭と称される行事「子供花火」が古くから行われています。何故、山間の谷間で管絃祭?と思われる方もあるでしょうが、謂れがあるようです。
この神社の下にある岩の割れ目から「金泉水」(眼洗水とも言われる)水が湧き出していて、この水で眼病が治癒したお礼に神社の鳥居を奉納、厳島神社から社を勧請したと伝えられています。今も、鳥居と額が現存しています。鳥居に掛けてある額に書いてある文字はなかなか読めない方が多いようです。我こそはと思われる方は是非挑戦を。
神社の場所は、大森神社と佐伯区湯来出張所との中間辺り、「湯来名水」が沸き出ているところですし、当日は沢山の提灯がぶら下げてありますのでおわかりいただけると思います。
宮島の管絃祭と同じ日の夕方から、地域の子ども達が花火を打ち上げます。街中ではなかなかできない花火をしに来てみませんか。お待ちしております。