ヒロシの日記

たくさんの人たちの幸福を願いつつ、常に自然な生き方を望む私の日記です。

放ってあったホウレンソウを収穫しました

2011-01-29 23:24:19 | あれこれ畑日記
今の時期は本来そう忙しくもない筈なのですが、この季節にしか出来ないメインの土作りのための耕転作業やソラマメの手入れに気を取られて、他のことが放置状態になってしまいます。

このホウレンソウの播種は10月17日でしたが、今ひとつ育ち方が遅いようです。

葉が横に広がってはいますが、上の方に立ちあがらないのです。

それでも茹でてお浸しにして食べてみたら、驚くほどの甘さで美味でした。

もう少し大きくなってくれれば、見栄えがするのですが。。



-このブログの「ホウレンソウ」での検索結果-
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二番目の大根を片付けました

2011-01-29 23:05:48 | 大根
間引きの失敗などもあってそう大きくはなりませんでしたが、来年のための経験値は十分手に入れました。

その隣は最後に播種した大根ですが、播種は昨年の10月17日だったので、根が太る前にトウ立ちしてしまわないかと心配でしたが、何とかトウ立ちする前に収穫を終えることが出来そうです。

恐らく10月17日は、この辺り(袖ヶ浦、木更津、君津)においてタキイの「耐病総太り」をマルチ(保温)無しで栽培する場合の播種限界と思われます。

この最後の大根も後二週間後にはすっかり片付いていることでしょう。


-このブログでのカテゴリ「大根」-
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次なる提案の準備です

2011-01-29 22:24:01 | 日記
「男の隠れ家」をテーマに演出するのが目的です。

30年前のカメラです。
今のカメラ(デジカメ)より訴求力があると思いますが、いかがでしょうか?
目玉はメタリックな35mm一眼レフカメラMINOLTA XD50mmF1.2の交換レンズです(笑)






情熱の全てをボランティアと写真を撮ることだけにかけた日々がありました。
思い出は心の中に在り、今もなお私の通り過ぎた道を照らす光であり道標です。

ここにあるのは、全て既に使わなくなったものばかりです。
誰の目にも触れずに眠ったまま朽ち果てるより、先日の写真集と同じく演出の小道具として使ってもらって、誰かの心を動かせたらと思いました。

-マニアによるMINOLTA マニュアルシステム詳細情報サイト-
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買い物ミッション

2011-01-29 21:54:42 | 買い物
妻を母親のいる病室に残して食料品の買い出しです。

緊急事態においては私が調理する場合も想定して、ベーコンとか肉まんとかこのメモにないものも買っておきました。

自由に出られて外食も出来る私達夫婦と娘達は構わないのですが、同居している老父母の分は何があっても用意しておく必要があります。


-外の市での買い物-


-店内での買い物-


-いつも関心がある焼き芋-


-焼芋用にひと袋100円のサツマイモを6つ購入-
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新事実

2011-01-29 21:33:00 | 家族
妻からのメールのタイトルです。

入院時に実施した血液検査で、時間がかかるものの結果が今日出て「多発性骨髄腫」の疑いが出たとの事です。
しかしこの状況下で骨髄穿刺の結果による診断確定で、治療するべきかどうかを考えなくてはならないとのことです。

義母はこちらに越したその日から圧迫骨折による激しい痛みを覚え、その後あれよあれよと言う間に、検査の結果も追い付かないほどの速さで状態が悪くなってしまいました。

>明日どうするか相談すると言ったので考えておいてください

明日は先日見舞いに来てくれた義弟の家族と義理の叔父が来てくれますが、私が「どうするか」の話し合いの中に入るつもりはありません。

私が言えることは「望みがあるなら治療の可能性を探ったら?」だけです。
しかし、それは義母にまた大きな負担をかけることになるでしょう。

しかしそれでも私がそういう役回りなら、言わなくてはなりません。

肉親の母親をこれ以上苦しませたくないという結論を導くまでには、気持ちの落とし処が必要だからです。


-痛み止めの薬(麻酔薬)を連続的に血管注射する自動装置-



今日は妻と一緒に義母を見舞いましたが、義母は私達の呼び掛けに何一つ反応することはありませんでした。
「ここまで来たか」の無念さはありましたが、義母の恐縮する姿は見ないですみました。

私は家の食料品の買い出しのため先に退出しましたが、後で迎えに来る約束で妻は病室に残っていました。

小一時間ほどの用足しの後で妻にメールをしたら、こう返ってきました。

>うん
>まだいます
>少し反応が出てきたので


どうやら明日も妻の涙を見なくてすみそうです。 

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塗装業者から保証書が届きました

2011-01-28 23:33:02 | あれこれその他の日記
まさか保証書が付いてくるとは思っていませんでした。

意外と思ってしまったのは、私が塗装工事を他の工事より軽く見ていたからでしょう。

実際のところ家の塗装の本質は色を塗ることだけでなく、酸性雨や紫外線を含む太陽光などから家を守る大事なバリヤーの役目が主体だからです。
現代の住宅建築の主流※)は、工場加工であっても現場施工であっても、このバリヤーを必ず必要とします。

責任と自信、これが無くては保証書は出せないでしょう。
だからこそこの業者さんは保証書を出してくれたのです。

※):「無添加住宅(Wiki情報)」の塗装は自然素材の「柿渋」と聞いています。



保証書にアンケート用紙が添えられていたので直ぐに書いて送りました。

早速社長から返事が来ましたが、少し辛口だったでしょうか。
職人さんの気配りなど塗装工事の本題から外れた指摘は、工事の出来栄えのことより辛く受け止められてしまうかも知れないからです。




>**** 様

>****塗装です。

>この度の塗装工事に際しましては、大変お世話になりました。
>ありがとうございました。
>また早速にお支払いをしていただきまして、ありがとうございます。
>お振込みの確認を致しました。

>また本日、アンケートも無事に届きました。
>当方の配慮が足りないところがありまして、
>誠に申し訳ございませんでした。

>今回の工事は終わりましたが、以後お気づきの点や何かございましたら、
>いつでもご遠慮なくご一報くださいませ。

>工事期間中はお気遣いを賜りまして大変お世話になりました。
>ありがとうございました。

>今後とも宜しくお願い申し上げます。

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コメントのお返し 「着地点」にコメントを寄せて下さった貴方へ

2011-01-28 22:33:48 | あれこれその他の日記
 
私は最初にお会いした時のままでしょうか?  
 
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人の「尊厳」について考えています

2011-01-28 22:16:28 | 絵本

義母は終末医療に入る直前まで、自分で立ってトイレに行こうとしていました。

終末期医療では、人の尊厳を損なわないための配慮が求められます。


私達は、自らの尊厳を損なわないように行動しているでしょうか?
私達は、誰かの尊厳に配慮して行動しているでしょうか?


今私の中で、何かの答えが見つかりそうな気がするのです。

答えが見つかったら、ここにそのことを書くかも知れません。 



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妻の母親はまどろみの中にいます

2011-01-28 21:25:01 | 家族
妻や見舞った娘から聞くと、昨日あたりからはっきりした受け答えは無くなったとのことでした。

家族の誰かの名前を呼ぶと声を出したりして反応があるとのことですが、それだけは義母の記憶の中に強く残っていて、かすかな覚醒のきっかけになるのでしょう。


もう点滴だけで食べられないとは聞いていましたが、母親の通院のついでに立ち寄った月廼舎で桜餅を求めました。

病室に持って行ってもらおうと一個をタッパに詰めて、「せめて香りだけでも」と妻に頼んでみたのですが、妻は無駄なことだと言わんばかりで取りあってくれませんでした。


このようなことになるなら、もっと早く見舞ってやれば良かったと悔やまれてなりません。

しかし義母は私の顔を見るといつも申し訳なさそうな顔をするので、弱った身体の負担になってはいけないとの思いがありました。

その代わりに娘達が幾度も顔を出してくれていたので、少しは気持ちが和んだことでしょう。


痛みをこらえていてもまだ口がきけた頃の義母は、見舞った娘達をいつも心配して気にかけた様子で話しかけてくれていました。


「お祖母ちゃんたら、私が来たばかりなのに『仕事で疲れているだろうから、もうお帰り』って言うのよ!」
「痛くて辛いのに、私のことばかり気にしてくれて・・・」

自分が辛く苦しい中でも常に相手を気遣う心配りを見せてくれた義母は、娘達の偉大な先生でした。



-2008年3月 義母宅にて-

-このブログでの検索キーワード「義母」-
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今日は私の母親の通院デーでした

2011-01-28 20:58:08 | 家族
受診は4週間おきになっていて、午前中は主にアレルギーが得意な先生のところで診てもらいますが、私と下の娘もアレルギー症状があるので、一緒に診てもらって薬をもらいます。

午後は夕方近くになってから心療内科を受診しますが、このふたつセットでの受診はもう4年近くになります。

母親のアレルギー症状は、以前からの発疹は改善されたのですが、いつからか花粉症を併発するようになりました。
今日連れて行く時に咳をして鼻水まで垂らしていましたので、風邪かと思ったのですが先生の診断は花粉症でした。

心療内科は、最初の頃のアリセプトの一回当たりの服用量が、当初は5mgの錠剤を半分にしていたものが、今は5mgを一錠半(1.5倍)になっています。

-このブログの「アリセプト」での検索結果-

足取りは少し調子が悪くてもこの通りですし、階段の上り下りも私が片手を添えているだけです。

-自宅で-



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