山里の神社を中心に、歴史や建築等からの観点ではなく、風景という視点で巡ります。
神社のある風景



奈良県吉野郡十津川村小川

高尾谷からは来た道を少し戻り、国道425号線に入って大峰山脈を越える。
この辺りの大峰山脈は、北部に比べてだいぶ標高が下がっているが、それでも近畿の屋根と言われる山脈だから、カーブの連続する長い道のりである。
芦廼瀬川に沿うようになって暫くで、右から大野川が合流する。
芦廼瀬川ほどではないが大野川も大きな谷川で、普通の山地であれば本流といっていい規模がある。
大野川の橋を渡ってすぐの国道沿いに広場があるので、そこに駐車する。
大野川沿いの林道に入り、すぐに行き止まり。
ここに車を駐車してもいいだろう。
そこからは僅かな距離で清納の滝で、極めてお手軽に見られる滝である。



林道から樹林の中の斜面を下ると、地響きを伴うような轟音が響き、眼前が一気に開けて滝が現れる。
普段は上流で発電用に取水されているらしく、やや惨めな姿のこともあるようだが、今日は雨後なので豪快だ。



周囲のスケールが大きいので滝は低く見えるが、落差は15メートル以上あるだろう。
滝壺はまさにプールで、25メートルプールくらいはありそうだ。



ただ、ここは以前、瀬野滝(瀬野の滝)と呼んでいたはずで、いつから清納の滝と言うようになったのだろうか?
何となく、「せの」の音にイメージが良さそうな漢字を当てはめただけのような…。
もしかしたら何か謂れがあるのかも知れないが、改名のお蔭かどうか、最近は訪れる人も多くなったようで、三組ほどの家族連れが遊んでいる。
夏など水遊びに最高だろう。



ただ、この滝は水に濡れない限り、ほぼ正面からしか撮れない。
豪快で楽しいところであるが、撮影としては面白味に欠ける。
幸い、日差しが強く明るかったので、高速シャッターで変化はつけられた。



T君が、滝に打たれてみたいですね、などと言うが、首の骨が折れるんじゃないかと思えるほどの水勢だ。



撮影はともかく、気持ちの良い場所であるし、こんなに豪快な滝を見るのも珍しいので楽しめた。


撮影日時 190502 13時10分~13時30分
地図



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三重県熊野市五郷町桃崎


記事のタイトルからすると、どこかの渓谷歩きでもしたのかと思われそうだがそうではなく、高尾谷にある三か所の場所を纏めて掲載するのでこのタイトルとした。
ことのきっかけは、グーグルマップで熊野市五郷町辺りを見ていたときのことである。
地図上に、「水神」と書かれた場所があって、クリックすると、道路脇の小さな池のようなところに、綺麗な水が湛えられた写真が表示された。
湧水池のように見えるし、ちょっと興味をそそられたが、「クチコミ」は無かった。
最近のグーグルマップはこんな風に、相当辺鄙な場所にある名所とも言えないところにも、誰かのクチコミや写真が投稿されていて、情報収集には大いに役立つし、びっくりするくらい小さな神社にも書き込みがあったりする。
ただ、もう少しちゃんとした記事や写真が見てみたいと思ったので検索をしてみると、出てきたのはその水神ではなく、少し離れたところにある別の水神であった。
それがこの高尾谷にあるものだったのだが、これに紐付いて他に二ヶ所の場所の記事を目にすることになり、これは行ってみたいとなったのである。

いつものようにT君の車で出掛ける。
三回連続の南紀行きであるが、彼は行き先の希望を口にすることはあっても、不平や不満を言うことはない。
どこへ行っても、それはそれで楽しいと思っているようであるし、そもそも、私と出掛けるような場所は、他の友人と出掛ける場合には、まず行かないようなところらしいので(まあ当然そうだろうと思う)、私に任せるといった感じになる。

七色ダム湖に沿った国道から外れ、高尾谷の林道に入る。
しばらくで道路の右側が広場になっているところがあるので、そこに駐車。
道路の左側は何となく荒れた雰囲気があって、何やら門柱のようなものが立っている。
そこには「高尾遊園地」と書かれており、ここがかつてレジャー施設であったことを教えてくれる。
三か所のうちの一つが、この「高尾遊園地」跡で、廃墟マニアの間では知っている人も多いようだ。
それはともかく、ここは一般的な遊園地の概念からは程遠いし、そもそもこんな山奥の谷間に作ること自体、理解しがたいのであるが、マス釣り場や天然プールといったものがあったらしい。


林道から谷川へと降りていく小道を辿り、橋を渡るとこんな場所に出る。
いったいどれほど賑わったのかは判らないが、山中には意外なほどの施設が、どこか虚ろな空気を湛えていた。



いつ閉園になったかなどの情報は見つからなかった。
放置された車の屋根は、錆びて完全に抜け落ちており、鉄がここまで朽ちるのかと驚く。



春の終わりの、やや強い日差しのせいか、不気味さはあまり感じなかったが、侘しさみたいなものは感じる。
現役だった頃の写真はネットでは見つからないが、熊野市周辺に住む人の中には、当時の写真を持っている人がいるかも知れないと思うと、見てみたい気がした。



実は水神はこの園内にあって、先ほどまでの写真のすぐ近くにあるのだが、まずは上流に進む。
天然プールというのはこの辺りにあったのだろうか。
新緑が眩しく、夏ならば気持ち良さそうだ。



ここより上流には、一、二軒の民家があるようだが、水は清く、新緑を映して輝く。



下流へと戻って、水神の鳥居へ。



流れの向こうに祠がある。
やどかし水神と呼ばれているらしく、最初は「やどかし」とは何のことだろうと思った。



祠のそば、岩の上には大木があって、かつては熊野市の天然記念物であったらしい。
岩の上には二十種類ほどの植物が生育しているらしく、なるほど、それで「宿貸し」か、と合点がいった。
ただ、なぜ天然記念物の指定が取り消されたのかは判らない。



判らないけれど、私はこの木と岩が気に入ってしまった。



命の宿る場所。
そんな風に思えたのだ。



高尾遊園地を後にして、林道の終点まで進む。
終点は広場になっており、そこから先に続く小道の奥には鳥居が見える。
五郷町桃崎集落にある桃源寺の奥の宮、太郎坊権現である。



鳥居の先には驚くほど深い参道が続いている。
日差しのせいでコントラストが強く、その深さを写真で撮ることは出来ないが、早朝や曇りの日であれば、幽玄とも思える気配が感じられる場所であろうことは判る。
藤であろうか?
捩じれた幹には注連縄が掛かっており、どういうわけか、鈴が幾つもぶら下がっている。



参道の脇の地面には沢山の長い楊枝が突き刺されており、白い紙に「18歳男」などと書かれている。
千本幟と言われているらしく、まだ新しいものも多くあって、信仰の篤さが窺える。



長い石段の先には小さな広場があって、新緑が空を覆っていた。



ここが太郎坊権現で、瑞垣の内側は女人禁制となっている。
緑深く、木漏れ日が戯れるようなところで、またしても熊野の信仰の奥深さを感じる場所であった。


撮影日時 190502 10時20分~11時45分
地図  やどかし水神 太郎坊権現



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一枚岩の後も何ヶ所か立ち寄ったが、どれも一つの記事にするには弱い気がするので纏めて掲載。
まずは神水瀑。



以前から見たかった滝だが、もっと緑濃い時期に来るべきだった。



滝自体は大きくないが、ひっそりと神秘的な雰囲気はある。



水は古座川流域らしい、微かに青みを帯びた色。



苔やシダが水際まで賑やかなのも南紀らしい。



神水瀑 和歌山県東牟婁郡古座川町一雨
撮影日時 190329 15時~15時10分
地図


古座川流域から外れ、太田川流域に入る。
実はこの日、一番の目的地は太田川に架かる吊り橋で、過去に2回撮影しているのだが、どちらも微妙に桜の満開を外していた。
そこは吊り橋の対岸に桜があって、夕方前くらいに西日が当たって輝く位置にある。
時間的にはちょうど良かったが、桜は3分咲きにもなっておらず、吊り橋は修繕されて少し味気ないものになっていた。
撮影は諦め、少し上流にある廃校に行った。



木造校舎の廃校も、緑いっぱいの時期に撮りたかったし、欲を言えば青空をバックにしたかった。



この時間帯だと、ノスタルジーとか木の温もりよりも、どこかうら寂しい感じになってしまう。



こういった廃校について調べていると、皆さん内部の写真を掲載されていることが多い。
私も撮りたいと思うが、なかなか判断の難しいところではある。
基本的に、施錠されていたり立ち入り禁止などの注意書きがあれば、中に入ることは不法侵入に当たる。
施錠されていなくても、軽犯罪法違反になる可能性がある。
だが、全く管理されておらず、立ち入りを拒むような措置が何ら取られていないケースなどは判断が難しい。
実際、そういった廃校は見てきたし、私も撮影したことはあるが、相当以前に撮ったものでないと掲載は躊躇われる(時効は3年らしい)。
軽犯罪法第一条には、「人が住んでおらず、且つ、看守していない邸宅、建物又は船舶の内に正当な理由なくひそんでいた者」と書かれている。
「ひそんでいた者」の解釈に困るところだが、「人目につかないように身を隠す」と考えていいらしく、であれば、公然と立ち入れば問題ないのか、という話になる。
要は、ホームレスが住み着くことや、犯罪にかかわる者の隠れ家的な用途、不良などが屯することを防ぐ狙いがある条文のように思えるがどうなのだろう。

ここは施錠されていたが、ガラスや壁が破れているところがあって、入ろうと思えば入れるが、明らかにアウトである。
とはいえ、細かいことを言い出せば、校庭に入ることもアウトの可能性がある。
門扉は閉まっていない、ロープも張られておらず、立ち入り禁止の看板等も無いことを判断基準にしているが……。



地形的には広い谷間にあって、あまり安全な場所とは言い難い。
平坦地の無い山間部では仕方ないのであろうが、大雨のときなどは不安である。
実際、右側に見える校舎の背後は、押し流されてきた土砂で埋まっていた。



校庭から見える風景は穏やかで、子供達の歓声が響いていた時代があったことなど嘘みたいに静かであった。

那智勝浦町立出合小学校 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町小匠
撮影日時 190329 16時5分~16時55分
地図


時間は17時になったが、辛うじてもう1ヶ所くらいは撮影できそうだ。
ということで、観光客がほぼ帰ったであろう大門坂に向かう。


駐車場から大門坂に向かう。
南紀らしい石垣と、小さなレンゲ畑と名も知らぬ鳥。



道路脇の何気ない風景に惹かれる。



もう相当暗くなっていたので殆ど撮影はせず。
いちばん有名なこの風景を撮って引き返した。

大門坂 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山
撮影日時 190329 17時35分~18時10分
地図



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和歌山県東牟婁郡古座川町相瀬


古座川町で最も知られた場所と言えば、やはり一枚岩であろう。
私は過去に何度か訪れたことがあるから、是非とも今回も、というわけではないが、次に向かう場所への通り道でもあるし、それにT君もいるので見てもらいたい気持ちが強い。
もっともこれは、親切心と言うよりは、「凄いだろ」と自慢するような感覚に近い。

川岸神社からは来た道を七川ダムまで戻り、そのまま古座川に沿って下る。
一枚岩を見るとき、ほとんどの人は国道沿いの「道の駅」辺りからであると思うが、私はいつも、少し上流の洞尾橋から左岸についている道に入ることにしている。
車が通れる道だが、ここは敢えて橋の手前に駐車して、そこから歩くことにする。



この辺りの桜は満開に近く、所々で目を楽しませてくれる。



一枚岩が見えてくるまで700メートルほどの距離で、対岸に岩壁が見えたりするものの、穏やかな雰囲気である。
一枚岩は緩いカーブを曲がりきったところで目に入るのだが、最初は何となく行き止まりのような場所に見える。
視線を普通の高さにしていたら、前方にある岩を道路脇の擁壁のように認識するからだ。
が、「ほら、一枚岩」と言って、私が上方を指さすと、まだその存在に気付いていなかったT君が、「おお! すげー!」と期待通りの反応をしてくれる。
わざわざこの道を歩くことにしたのは、この演出効果を狙ったからで、すぐそばに辿り着くまで、一枚岩の姿が全く見えないというのがいい。
突如として、まさに壁と言うべき圧倒的な存在感に出くわす、といった感じだ。
ただ、この位置からだと一枚岩が近すぎて、まともに写真が撮れない。
撮影は後で道の駅付近でするとして、まずはこの道の行き止まりにある公園に立ち寄る。



この公園、一枚岩のすぐそばにありながら、一枚岩が全く見えないという残念なところなのだが、そのお蔭か、あまり人が来ない。
目の前の川も、雨後のみ水が流れる川のようで、それも残念。
それでも、桜のシーズンだからちょくちょく人はやってくるし、誰かバーベキューでもしたのか、河原に丸ごとのキャベツとフランクが一本転がっている。



水があれば、もっと桜が映えるのになぁ。



さて、対岸に移り、一枚岩を撮る。



しかし対岸からでも、もっと広角のレンズでないと納まりきらない。
それに、青空でないと引き立たない。



でもまあ、見ているだけで楽しくはある。



河原で遊ぶ親子。



さきほど、道路脇の擁壁に見えて何となく行き止まりに感じると書いたが、この写真の岩の感じを見ると、それが理解してもらえるだろうか。



普通の人は、「岩」を思い浮かべるとき、きっと漠然と大きな石の塊くらいを頭に描くと思うけど、この辺で育った人は、「岩」と聞けば、まずはこの一枚岩の姿が思い浮かぶんだろうなぁ、なんてことを考えたりした。
それくらいの存在感だし、子供の頃にこんな場所で遊べたら、楽しくて仕方ないような風景だ。


撮影日時 190329 14時~14時50分
地図



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和歌山県東牟婁郡古座川町松根


若宮神社からは七川ダムに出て、古座川本流に沿って上流に向かう。
七川ダムは桜の名所で、五分から七分咲きといったところであったが、次の神社とスケジュールが気になるので写真は撮らず。
山間部でこれくらい咲いているのだから、海に近付く後半のスケジュールなら満開の桜が見られるだろう。
と思ったのは失敗で、後半も、一部でしか綺麗に咲いている桜には出逢えなかった。

川岸神社は、十年ほど前、古座川源流の植魚の滝に訪れたときにも立ち寄ろうと思っていたのだが、その時は結局素通りしてしまっていた。
今回の計画を立てるまで、そんなことすら忘れていたほど歳月が経っていたことに驚いてしまう。
実際、大阪方面からは、行けなかったから今度にしよ、と簡単には行けない奥地にある。
進むにつれて緑も減ってきて、辺りはまだ早春の風景になってきた。



車道から対岸に神社らしきものが見えたので車を降りる。
古座川の河原に降りる階段も見えるが、そこへと続く橋は無い。
昔はそこにあったのか、あるいは神様の通り道、それとも禊場なのかも知れない。
対岸へ渡る橋は、ここより少し上流側にある。



若宮神社とは違い、ここは正真正銘の吊り橋を渡って参拝する。



この辺りは比較的落葉樹が多く、まだ冬の装いの木々が見られる中、五分咲き程度とはいえ、山桜が咲いていたのは嬉しかった。



橋の下の古座川。
河口辺りまで澄んだ水が流れるいい川だ。



若宮神社の橋とは違って、当然、ここはやや揺れた。



対岸に渡って先ほど車道から見た位置に戻る形で進む。
川沿い、というより森の中に佇むように鳥居がある。



鳥居と、木々と、苔生した石段に魅せられてしまう。



鳥居の真正面には、車道から見た河原への階段がある。



石段を少し上って振り返ればこんな感じで、古座川の流れが見える。



緑を積み上げたような石段を進む。
土を綺麗に整地して石の板を乗せていくのではなく、石垣のように石を組み上げて作られているようだ。
これなら、大雨などで土台となる土が簡単に流出することもなく、石段が傾くこともない。
もっとも、一般的な石段の工法など知らないのだけど。



簡素に見えて、労力がかかっている。
だからこんなに苔生すほどになっても、殆ど歪みは見られない。



石段を上りきると右に社殿。
鳥居と同じく川の方を向いている。



拝殿越しに本殿。



手前の杉は、古座川町最大級の杉らしい。
自然に包まれて、人と信仰がそれと溶け合うようなところだった。


撮影日時 190329 12時50分~13時15分
地図



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