犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

三浦和義元社長の自殺について

2008-10-19 00:08:52 | 実存・心理・宗教
いわゆるロス疑惑の三浦和義元社長がロサンゼルス市警本部の独居房で死亡しているのが発見されてから、ちょうど1週間が経過した。その間、三浦氏の周辺の人物からは、それぞれの立場からの発言が繰り返された。マーク・ゲラゴス弁護士は、遺書が発見されておらず、三浦氏が精神的に落ち込んでもいる状況もなかったとして、自殺の兆候はなかった旨を繰り返し強調した。その上で、「事務所の人間が三浦元社長と自殺の4時間前に会いました。三浦氏は非常にやる気で、闘う準備ができていることを示していました。私はこの裁判で、無罪を勝ち取るのはひと月もかからないと思っていました」等と語り、さらなる調査を求めていく考えを示した。また、日本の裁判で三浦氏の弁護を担当した弘中惇一郎弁護士は、「今一番必要なのは真相究明だと思っています。仮に自殺だったにせよ、他殺だったにせよ、誰が三浦元社長を殺したのか、きちんとした調査がなされていくべきだと思っています」と語り、真相究明の必要性を強調した。

自殺か他殺か。自殺か不慮の事故か。この区別が争われることは多い。最近では、昨年2月、インフルエンザ治療薬「タミフル」を服用した人が相次いで異常行動をし、マンションから転落死したことがあった。厚生労働省は当初、タミフルの服用と異常行動との因果関係は明らかではないとの見解を示し続け、事実上自殺であるとの主張をしたため、世論から大きな非難を浴びた。結局のところ、これは生きている側の利害関係によって決まるということである。裁判において文献としてよく用いられる『精神保健研究第16号・自殺学特集』においても、「ある死亡が自殺であったのかどうかの判定も含めて、自殺とは何かについての正確な定義は、これまでの自殺研究の中でも最も難しい問題で主要な課題の1つと考えられてきた」などと書かれており、要するにお手上げという結論に至っている。これは、死んだ人には話を聞くことができず、生きている人は死んだことがないという単純な事実に基づいている。人は生死の一回性に逆らうことができず、人の生死は繰り返すことがない以上、これは実証科学の手法によれば当然に行き詰まる。この問題に正面から向かい合えるのは、形而上学しかない。

「三浦氏の自殺によって、ロス疑惑の真相が永久にわからなくなったのが残念である」。「三浦氏の死の真相を究明することによって、ロス疑惑の真相も解明されるはずだ」。日米の両弁護士や識者からはこのような見解も示されていたが、これは完全に逆立ちしている。自殺の動機というものは、実証科学によっては絶対にわからない。どんなに詳細な遺書が残っていても、「実は本心とは違うことを書いたのではないか」と突っ込んでしまえば終わりだからである。これは、どんな明確な目撃証言を前にしても「見間違えではないか」、どんな科学的な鑑定結果を前にしても「信用性がない」、どんな物証が出てきても「偽造ではないか」といって、何でも疑ってかかる刑事弁護人の得意とするところでもある。人生が一度きりである限り、生きている者は他者の死について自殺か不慮の事故かに明確な線を引くことはできず、自殺者の動機を知ることはできない。そして、これを争わなければならないのは、生きている側の都合である。典型的な場面は、保険金の支払いである。保険金を払いたくない側にとっては、その死は自殺であってもらわなければ困るというだけの話であり、故人の遺志の推測は単なるポーズとしてなされている。

三浦氏の死の真相究明という作業は、故人の遺志の推測ではなく、生きている側の解釈を示す。これは生きている側の都合であり、利害関係である以上、それに対する意見の表明は「語るに落ちる」という状況をもたらしてしまう。そもそものロス疑惑の真相究明とは、「真犯人か冤罪か」という単純なものである。そして、この事件の拘置中に自殺したとなれば、「身の潔白を証明するための抗議の自殺」か、「嘘をつき続ける偽りの人生に疲れた」か、パターンはこの2つに集約されてくる。弁護人が真に三浦氏の無実を争っているならば、遺書があろうとなかろうと、論理的には「身の潔白を証明するための抗議の自殺」の方向で主張を展開するのが筋である。事故や他殺が疑われようとも、正義の殉死のストーリーを書いたほうが、その本来的な主張に論理的に合致するからである。弁護人がこのような主張をしないのであれば、自分の弁護活動が実は三浦氏を苦しめており、かえって三浦氏を死に追い込んだことに対して自分自身を責める気持ちがありながら、弁護人の職務とは何なのかを自らに対して根本的に疑うことが怖いため、外部に向かって叫んでいるのだろうと勘繰られても仕方がない。

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