普通に考えると
有識者(ゆうしきしゃ)とは
知識のある者、という意味
無識者(むしきしゃ)とは
そんな言葉があるかどうかは別として、知識のない者、という意味
なのでしょう。しかし無識者は「無意識者」を連想させるので、
- 有識者とは「意識的に」何かを述べる者、つまり理性的に何かを述べる者。
- 無識者とは「無意識で」何かを述べる者、つまり感情のおもむくままに何かを述べる者
なのか(笑)。
理性的な男性、感情的な女性〔多数の例外あり〕という説が昔からあります。
理性的なのがいつも正しいとは言えないどころか、間違った理性も無数にみられます。
同様に、感情的なのがいつも間違っているとは言えないどころか、的を射た感情も無数に見られます。
今から述べるのは、あくまでも一般論なのでした(笑)。
昨日や昨年言ったことを
今日も言うとは限らないのが女性であり、これが多くの男性を悩ませているのは衆知の通りです(笑)。しかし昨日や昨年は確かにそう思ったけれども、今日は確かにそうでないと思う、という言い分もあります。
一方、筋を通そうとして
ウソっぽく見えることを並べる男性に悩まされるのが女性なのも、これまた衆知の通り(笑)。しかし昨日や昨年と同じことを今日言うことが、筋を通す理性的な生き方である、という言い分も見られます。
そもそも、「一本の筋道」をウソっぽく見るのが女性であり、女性は短期の正しい判断力のほうを重視しているのかも知れません。
しかし何ら普遍的なものに関心を寄せない女性を、筋道がわからない人間だ、ととらえる男性は、より長期の普遍性を重視しているのかも知れません。
要は、何をウソと捉えるか、という判断力の問題でしょうか。
揺れ動く短期の判断をウソっぽくとらえるか、あり得ない普遍性をウソっぽくとらえるか。
一方では、人間はそもそもウソをつけるほど高度な知性をもっているわけで
ウソを付けないのは人間として高度ではない未開の野蛮人である、とみる人〔中国人や朝鮮半島人に多い〕もいます(大笑)。
だからこそ、「平気でバレバレのウソをついたり偽造・捏造に走るのをよしとしない日本的な考え方」も生まれてくるのでした(笑)。
昨今の言動を見ていると
まちがいなく中国・韓国は、感情のおもむくままの言動を尊重しており、ウソをつき人をだますことに快感を追い求める民族なのかも知れません。
たしかに、ウソに塗り固められた人が、人間として高度なのかも知れませんが、同時にそれが人間として信頼性を大きく欠くのが、これまた不思議ですね(大笑)。
歴史的に見て、中国では、しばしば政変があり
おびただしい殺戮が繰り返されてきたため、庶民にとって普遍性が重要な目標とはならず、その影響をもろに受けやすい朝鮮半島でも似た傾向が見られます。
自然科学とは、たとえ100年程度の短期とは言え、従事する人たちがこの普遍性を目指す分野であり、日本をのぞくアジアの中国や朝鮮半島で自然科学系でのめざましい発展が見られないのは、偶然ではなさそうです。
話を有識に戻すと・・・・、似た言葉として「有職(ゆうそく)」というのがあります。
ゆうそく【有職】
〔有識(ユウシキ)の変化〕 朝廷・武家の官制や行事の慣行に関する知識。また、それに明るい人の称。
用例・作例 ―故実
ゆうしょく【有職】
1 〔無職と違って〕なんらかの職業についていること。
2 ⇒ゆうそく
Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997
この辞書によれば、
有職(ゆうそく)とは有識(ゆうしき)から転じた言葉らしく、行儀作法や故事に関する物知りのことなのでしょう。
現在の諸問題をどうやって解決するかが最大の問題だとするなら
- その糸口の一つに過ぎない歴史的事実〔それさえ勝者の記録であり真偽不明なのが多い〕に詳しいだけだと、単に知識として歴史を語るだけで、時代の変り目では問題解決にほとんど寄与できない。これが識者(有識者)の宿命なのかも知れませんね。ただし時代が落ち着いている場合には、識者(有識者)たちの力が発揮されるかも知れません。
- 現在の難問を解決するには、有識者とともに無識者も集まって糸口を見いだす方向のほうが、より正しいのでしょう。
やはり上で述べた無意識と有意識を捨て去ることはできないようです。